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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
遺恨之篇
45/67

四二ノ業 成し遂げた想い、彼女と彼の第一歩

 メデューサ達の戦いは一旦静止した。

 ヴィスは両腕それぞれに負った我霊射二回分の反動傷の回復を待ちながら読霊を展開し、メデューサは対面して空中に留まったまま同じ瞬間を待ちわびていた。


 お互いにその瞬間こそが、敵を仕留めるための絶好の機会だったのだ。


「…フンッ、何だ貴様、折角ステンノーとエウリュアレを殺してまで得た霊力が湯水の如く消えていくではないか! …所詮貴様は石化能力と不死の(しもべ)に頼りきった愚鈍だ。方向転換の度に莫大な怪霊力を使うそのような杜撰な操霊では、霊力切れも時間の問題だろう!」


「…馬鹿はアナたノ方ね…! 分カッてイルのヨ…あナタは我霊射ノ際に読霊を切ル。そノ瞬間ハアなタノ大キナ隙ニナる…! …さッキまデハ様子ヲ見テイたノ…でモモうアタしニモ後ガナい…。…次ノ機会デ終わラセてヤル」


「…フン、避けられるものか…」


 両者はその時が来るのを睨み合って待った。


 メデューサは破壊されず残っていた左足を細く鋭い槍の形態に変える。

 操霊の付加動力を自らのキックに上乗せして心臓を貫く…それが狙いだった。


 ヴィスの方にも当然戦略はある…メデューサが両手の我霊射を読んでいるなら、此方は更に両足も使って弾幕を張るのだ。

 読霊が切れて位置が掴めなくなるとは言っても、その直前までメデューサは目の前にいるのだから、彼女の左右上下に誘導我霊射を放てば必ずいずれかは当たる。


 一発でも当たれば彼女は怯み、隙が出来る。

 …その隙をついて読霊を展開し距離を詰め…至近距離からトドメの一撃…!



「…その勝負、待った」



 凛とした声に両者の思考は切り裂かれる。

 それはディアナの声だった。

 ヴィスは彼女の自信に満ちた気配を感じるとフッと口の端を上げて笑い、何も言わず両手を下ろして横へと歩き去っていった。


 メデューサは彼の行動の意外さに驚いて眼で追い、「メデューサ…」と呼び掛けられると再びディアナを向いて睨む。


 目の前のディアナは、左腕でルナを抱き上げたまま彼女に剣を向けていた。

 ルナは壮絶な戦いに巻き込まれる恐ろしさに顔を強張らせながら、ディアナの腕から落ちないようにぎゅっと肩に腕を回してしがみついている。


「………何ソノ格好…ふザケてルノ?」


「あら、真剣なつもりだけど。あなたこそもう少し緊張したら? これからあなたは僕に敗けるんだから…」


「フフン、霊力不足の分際で何を…――」


 ――フッと笑った瞬間、ディアナはその場から姿を消していた。

 そして気が付くと、既に背後に回って首に斬りかかろうとしている。

 怪霊力七五五〇の仙攻丹だった。


「――クッ…!?」


 メデューサは寸でに操霊で身体を回転し左脚でその剣を受ける。

 槍と化していた脚の脛骨は刃に打たれて粉々に砕け、具象変化も解けてしまう。


 そしてメデューサは直感する、…操霊で対抗しては敗ける。


「く、クそォォぉオオおオッ!」


 怒り、嘆き、困惑…あらゆる衝動を内包した叫びは天に吸い込まれる。

 メデューサは身体を打たれた衝撃で飛んでいきながら操霊で血を鉄の帯に変えて折れた両腕を固定する。

 そして地面に尻を着くと、その瞬間腕の損傷など気にせず我霊射を連射する。


 …原理は知らないがこの女の肉体強化は一秒で区切りを迎える。

 ならばその一秒間近づけさせなければいい…!

 相手はたかが人間…腕にダメージが蓄積しない程度の我霊射でも怯ませるには十分…!!


 メデューサはそんな思惑でしてやったりと笑ったが、一度跳び退いたディアナはそれに勝ち気な笑みを返した。


「――あなたの技を借りるわ…ヴィス!」


 ディアナは早業の納剣から空いた右手を右へ伸ばし、絶妙なタイミングで我霊射外しを連続し対応した。


「なッ…!? …だッタら貯蓄が崩レるマデ続ケテやル…!」


 ディアナが収霊か何かの方法で怪霊力を集めてきたにしても、元々怪霊力が底を尽きていた状態でこの短時間とあってはストックも知れている。

 しかも集めた怪霊力の殆どを仙攻丹に使ったのであれば、我霊射外しに使える怪霊力などそう多くはないだろう。


 …しかし、メデューサのその憶測は外れた。


 ディアナは何度でも我霊射を外させる。

 そしてその度に前進してくる。


 メデューサの顔には次第に恐怖が浮かび上がる。


 ――…一回、二回、三回…六回…!?

 まダ外す…!?

 マダ近ヅク…!?

 …七回、八回――駄目ダ、もう目の前まで来てる…!!


「何故力尽キなイ!? 何故迫ル!? タカが人間の小娘なンカが何故強イ!?」



「…馬鹿が…ディアナ一人の力ではない。ディアナとルナの力だ。ルナが矢継ぎ早に怪霊力をディアナに渡し、ディアナが瞬時に波長を変えて撃ち出しているのだ…」


 ヴィスはその戦いを静かに見守り、誇らしげに笑った。

 ディアナとルナが果たした一つの実りを称賛する温かな笑みだ。

 もはや彼が介入する必要などその戦いの何処にも無い。


 勝利を確信した彼はノサティスが立ち尽くす方へと歩く。



「――これで終わりだ…メデューサァーッ!!」


 …ディアナの居合の太刀が真っ直ぐにメデューサの首を刈りに行く。

 最後の足掻きに出たメデューサは、へし折れてズタボロになった両腕で首を庇う。


 その両腕は鉄の帯ごと粉砕され、元から折れていた部分から真っ二つに斬り離された。

 そして威力の減衰した太刀筋は、メデューサの首をガンと打ち据えて真横に倒れさせる。


 傾いた首のままバタリと倒れたメデューサは、首から下を自由に動かすこともままならない有り様でありながら、…まだ生きていた。


「…コっ…コんナコ…ガ…あタシが…人間…んテ糞のヨ…な奴ラに…」


 息絶え絶えのメデューサが、哀れな程の掠れた声で恨み言を呟く。

 ディアナはルナを後ろに降ろして、メデューサの首を断ち切りに進む。

 長剣を上段に振り上げて辛そうに眉を潜めるディアナを、メデューサはこの上無く恨めしく睨む。


「…あなたは、人々を石に変えて殺し回った怪物だった。けど、…その心は紛れもなく人間だったわ。悲しい過去に囚われて自分を見失う…弱くて小さい、人間だった…」


「…喋ルな…人間ッ…!!」


「……そうね、これはあたしの独り言よ。…あなたを、怪霊獣なんかじゃなく、人の命として扱ってあげたい…独り善がりな処刑宣告よ」


 ディアナの慈愛は、きっと何千年と掛かってもメデューサには届かないであろう。

 彼女はそれも分かっていて、後はただ剣を振り下ろすだけのつもりだった。


 …ふと、メデューサの視線がルナへと向いた。

 その表情が何処と無く優しげで…ディアナは最期の一言だと思って聞き届けることにした。


 …それは、防がなければならない一言だった。


「ルナ…ねェルナ…アたシ達とトモダチニなリマしョウ…? アなタハあタシ達ニ似てル…人間ヲ恨ベキ人生ヲ歩イテきタ…。…デも優し過ぎル…。あナたニ恨ミを晴らス悦ビを教エてアげル。あタし達の記憶ヲあげる。ステンノーを食べたあなたにはもうその細胞が肉付いている。恨みの込もった魂で形作られた細胞達が、今あなたの中に同化している。…ねぇ、感じてごらん…。あなたにはもう見えるはずよ。…あたし達『女』の、底の無い憎悪の歴史が…」


 メデューサの目がギラギラと光る。

 ディアナには見えないが、その異変を空気で感じることはできた。


「あなた、一体何を…――」



「――うぅぅああああああああああああああぁぁっあっうぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!」



 直後、背後から内臓を吐き出すような壮絶なルナの叫び声が上がった。

 ディアナが「ルナ…!?」と呼び掛けても、彼女は踞っただけで返答の様子が無い。


 ゲテゲテゲテとメデューサの笑い声が響き渡る。

 ディアナは慈愛など捨ててメデューサの首の亀裂に鉄槌を下した。

 そうしてその声とメデューサの魂が虚空に消え去ると、ディアナはその顔を蹴って反対を向かせてから目を開けてルナの傍へと駆け寄った。


「ルナ、しっかりして! ルナ!!」


「うっうぅ! あっが、あっ…は―――」


 手に触れたディアナの手を、パシンと甲高く音を立ててルナが振り払った。

 そしてその瞬間、ルナは叫ぶのを止めて立ち上がった。


「………ルナ…?」


 もう一度、心配そうにディアナが声を掛ける。

 そうすると、ルナはいつものような優しく明るい笑顔で返してくれた。


「…わりぃ、ディアナ。オレっち今、ちょっと変になってた」


 そして、呆然としているディアナを置いて、メデューサの遺体へと歩いていく。


「…何か変な光景が頭ん中にぶわーっと広がってきてさ。すっげぇ嫌な気持ちに包まれた気がした――んだけど、もう全部忘れちまった! 不安がらせてごめんな、オレっちもう大丈夫だから」


 そして、メデューサの傍に跪いて優しくその頭を撫でた。

 ディアナは一歩も動けずその背中を見つめている。


「…ディアナはメデューサのこと人間として扱いたかったみたいだけど、オレっちは怪霊獣として弔ってやろうと思う。…こいつ、人間なんか大っ嫌いで、化け物になりたがってたんだから…。死んだ後くらい、気持ちを汲んでやりてぇ」


 そう言ってメデューサの顔にかじりつくルナに、ディアナは不安を覆しきれず俯く。

 しかしルナは優しさを失ってはいない…ならば大丈夫だろうかと、「…そうね」と頷くのだった。



※※※※※※※※※※※



 結局ディアナ達がヴィスと合流する時には既にノサティスはアノロクから立ち去っていた。

 よって、メデューサの死を以て今回の遠征は終わり、そこからは真っ直ぐパロへと引き返した。


 『ノサティスのやろー、礼くらい言やぁいーのによ』と道中呟くルナだったが、…今回はただ一時共闘となっただけ、という寂しい事実は認める他無い。

 ヴィスにはディアナとルナに伝えておくべきことを胸に秘めていたが、それは帰って一晩勝利の余韻に浸らせてやってからでもいいだろうと考え、気難しい顔をしてただ黙っていた。


 ――数日経ちラティナ帝国城へと辿り着いた一行。

 ディアナは皇帝への報告と後日調査の依頼を出してから荷物を部屋に戻し、入浴や歯磨き、着替えをして身なりを整えた。


 そうしてわざわざ万全の準備を整えてから、訓練場の休憩室のドアの前へと歩いてきた。


「…あの、やっぱり皆でお祝いした方が良くない?」


 ノブに触れておきながら、彼女は戸惑ったように振り向いてルナとヴィスに訊ねる。

 それに対してヴィスはフン…と鼻で笑い、ルナはニコニコと笑って首を振った。


「人間流の祝杯など俺様の肌には合わん。馬畜どもの顔でも見てくるさ。それに今後のことを少し俺様なりに整理しておきたい」


「出発前のディアナの誕生日会、折角クレドが二人きりで祝える準備してきてたのにオレっち達まで混ざって大所帯にしちまったからな。帰ったら、クレドに二人きりで祝ってやれって言ってあったんでぇ」


 そう言って、二人はディアナの返事を待たずに滞在室に戻っていく。

 一人残されたディアナは却って妙に緊張してしまって、ノブに触れる手が少し震えて熱くなる。


 仕方がないので覚悟を決めてノブを引き掛けた時、向かいからもノブを押して人影が現れた。

 その人影はノブに引っ張られ、意図せず前のめりになって彼女の顔を自分の胸に抱え込むように進んだ。


 ディアナは顔を見られなかったが、すぐにそれが誰か分かり、「…た、ただいま」と上擦った声を上げた。


「…うん、お帰り。無事で良かった」


 その人影――クレドは微笑んで彼女を抱き締めた。



「――じゃ、はい。乾杯」


「うん、…乾杯」


 カチンと軽くグラスが触れ合う。

 クレドの部屋で二人きり、ソファーに横並んで座った彼らは甘い酒をコクリと呷る。


「まずは一体目、大勝利だったね」


「…そう立派なものじゃないわ。皆がいてくれなきゃできなかったもの」


「皆でできたんじゃないか」


「…そうね。胸、張ってみる」


 ディアナが少しはにかんで、一呷り。


「…昔は何でも一人でできないといけないと思ってた…それも、姉さんの妹として、胸を張れるくらいに」


「……君のお姉さんは特別な人だったよ。本当に何でも一人でできてしまうんだから」


「そう。…でも、それをあたしまで無理に追わなくても良かったんだって、それが少し分かってきた気がしてるの」


 そうしてまた彼女が一呷り。

 クレドもそれを優しく見守って、「うん」と大きな一口。


「…でも、分かってきたからって、受け止められるかは別ね。今もまだ、ある程度のことはできなくてはと身構えてしまう自分がいるもの」


「それが君の長所でもある。…大丈夫さ。肩の力を抜く機会は、これから僕が幾らでも作るから」


「うん、ありがとう…」


 そうして擽るように笑い合い、互いに一口。


 すると、ディアナの頬が少し赤らんできた。

 彼女はグラスを小さなテーブルに戻してコテンと倒れ、クレドの膝上に頭を乗せた。

 彼はそっと指先でその額に掛かる前髪を払ってやる。


「疲れたよね。少し寝る? それなら、残りは僕が頂いてもいい?」


「……うん、お願い。…三口しか飲めなかったなぁ…」


「ははっ、一口で眠ってた頃よりは上達したよ」


 クレドは膝で彼女を揺すってやりながらグラスを傾ける。

 ディアナは彼の邪魔にならないようにゆっくりと寝返りを打ち、目の前のお腹に抱きついた。


「…あたし、変われたかな…?」


「変わったよ、すごく。…綺麗になった、かな?」


「…そっちは、変われた自信が…無いけれど…」


 彼女の声は微睡むように小さくなる。

 彼はそれを眺めるのに夢中で、グラスを持つのが煩わしくて酒を嗜むのも止めていた。


 ――ねぇ、ちょっと笑ってみてよ――


 ――笑う…? …ごめんなさい、そういうのは…――


 ――難しい?――


 ――作り笑顔って苦手で……嬉しくもないのに、笑えませんよ――


 ――そっか。じゃあ、僕が何か喜ばせてあげなきゃいけないね――


 いつかのデートで交わした他愛の無い会話。

 何とはなしにそれを思い出していた。


「…ね、笑ってみて」


 彼がそう呼び掛けると、彼女は顔を上げてぎゅっと抱き締め、えへへ…と照れたように笑った。

 彼はそれに小さく頷く。



 ――…ありがとう、ございました……えっと、フォルティス…さん、でしたか…――


 ふと昔の会話を思い出したせいか、彼女が初めて自分を呼んでくれた時のことを思い出した。



 ――フォルティスさんも姉さん狙い…なんですよね。一緒にいるのをよく見ますし――


 兵士達に言い寄られていたのを助けた二回目の時、『馬を射よと言いますもんね』とそんな風に冷ややかに言われたのが印象的だった。



 ――…喫茶店ですか…あたしと? 何で……あ、デートの下見ですか? 姉さんとの――


 君と行きたかっただけだと言ったら、『…フラれたん…ですか?』と探り探り訊かれた。



 ――え? …あ、あたし笑いましたか? …それは、ケーキ食べれば誰だって頬くらい綻ぶでしょ。…いちいち見ないでください――


 連れていった喫茶店で初めて笑っているのを見た。

 よく見ていないと見過ごしてしまいそうな小さな微笑みで、それを大切にしていきたいと思った。



 彼女を常に気にするようになったのも、その時だったように思う。




 ――また喫茶店ですか…? あたしと行ってもそんなに面白くないでしょう? あたしより、姉さんの方が……――



 ――…また、ですか? よく飽きないですよね。……あっ、いや、あたしも別に、嫌じゃないです。…いいですよ、行きましょう――



 ――はいはい、喫茶店ですよね。行きます行きます。…え、あ、今日は晩御飯を…? …あの、あたし本当に飽きてないですよ? その、だから、また誘ってくれても…――


 ――…何だかここ、高そうな雰囲気ですけど…。…あの、あたし、お金はあまり出せなくて…。……いや奢りなんてそんな! ……そんな、困りますよ……――


 ――…お酒は…飲んだことなくて……あ、でも、…飲みます。折角フォルティスさんがお金出してくれてるんですし、…ね。少しだけ頑張ります――


 ――…もー、またこども扱いして~。大丈夫ですよぅ、まだ一口なんだからー。そりゃちょっとクラクラするけど…。クレドさんだってあたしと歳変わんないんでしょー? …はぁ、一歳差~? たった数ヶ月じゃないの。クレドさん、細かい人はモテないですよ~――



 ――…昨日は、すみません…なんか寝ちゃって…。ご自室にまでお邪魔しちゃって…。先にあたしの家の場所伝えておけば良かったですね。…それと、……フォルティスさん、昨日のあたしのこと、早く忘れてくださいね――



 ――ねぇねぇフォルティスさん、あの喫茶店のケーキ新しくなったらしいですよ。……え? あぁ、いいえ、だから何って訳じゃないですけど。…別に行きたいとか、言ってないです――


 ――…やっぱりここの方が落ち着くわね…。………いや、何も言ってないですよ。…何も言ってないですもの――


 ――……あの、どうかしました? 急に真剣な顔して…――


 ――この前のディナーで……言いそびれたこと? ……えっと…はい、聞きますよ。いつもお世話になってますし、あたしもたまにはご恩返しできたらなって、思ってますから…――



 ――…あの、昨夜のことは…気にしないでください。…嫌だった訳じゃなくて、ただ…怖かっただけなので…――


 ――…あの、あたしは大丈夫ですからっ! …だからクレドさんも、ほら、心配なんてしなくていいから…――



 ――…ご、ごめんくださーい……。………あはは…えー…っと……うん、来ちゃった――


 ――今日、訓練で凄い叱られてたじゃないですか。…だから、慰めてあげようかなーって……ほら、お酒も持ってきたから――



 ――…いくじなし――



 ――ねぇ、最近助けて貰えてないんですけど。…何がって、訓練所で待ってる時にナンパされるの…。……そういう問題じゃないでしょ、…放っておかないでよ――



 ――明日は家に来てみませんか? 姉さんもあなたと久しぶりに話とかしたいって言っているから。……ご、ご挨拶って…あなた何度も話してる相手でしょ…。……まったくもう、…馬鹿なんだから――



 ――あのねクレド、姉さんが本格的な指導のために仙儒の国まで行くように言われてるの。そう、一年帰ってこないの。…その間、あの広い家にあたしだけだから……心細くて…。もし良かったら…――


 ――部屋は余ってるけど、どうせなら同じ部屋に住まない? …大丈夫だってば。姉さん、いないんだから…。あたし達だけ、ね?――


 ――姉さん、早く行ってしまわないかしら。……冗談よ、冗談――



 ――……ねぇ、クレド聞いて。…今日ね、エ連の偉い人に姉さんが呼ばれて、あたしもついていったの。…姉さんがやろうとしてること、聞いてきたわ。……あなたは、知ってたの? ……そうよね、知らなかったのはあたしだけ…――


 ――あたし、とんだ大馬鹿よ。自分のことしか考えないで、能天気に過ごしてた。……ねぇ、クレド。あたしに怪霊術のこと教えて。…姉さんもそうだけど、あなたとも…もう無関係は嫌なのよ――



 ――クレド、大事な話があるの。あの家ね、家具もまとめて全部売り払うの。……冗談で言ってない。帰ってくる場所なんてものがある限り、あたしは必死になりきれないの。……いつ、って…姉さんとあたしがこの街を発つ日――


 ――ええ、あたし…仙儒の霊峰で修業を受けてくる――



 ――いよいよ明日ね。…寂しくなんかないわ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。……ごめんなさい、少し…嘘よ――


 ――いいわよ、きて…。最期かも知れないんだから。忘れられなくして…――



 ――…これで、本当に最後。……元気でね。帰ってきたら真っ直ぐあなたに会いに行くから。……っ、…馬鹿……最後の最後で、あたしの決意を挫かないでよ――




 ――あ、久しぶり――


 ――ごめんなさい、顔を見せに来ただけなの。また一年出掛けてくるわ――


 ――…じゃあ――




 ――……ごめん、今話し掛けないで。集中してるから――


 ――………あぁ、うん、久しぶり。何か用事? ……。……ごめん、この後また会議があるから――



 ――何? 忙しいから用事が無いなら……、…ううん、別に、あなたは何も悪いことなんかしてないよ。……あ、…その、…ごめんなさい、忙しいのは本当で…――


 ――…今晩……? …空いて…、……空いてない。…じゃあ――



 ――……違うの、クレド。仲直りなんていらない。…だって、……。…とにかく、いいから…――



 ――…明日だね。……明日、全てが終わる……ううん、皆にとっては、全ての始まりなのかも。あたしは……僕は、そんな風に浮かれて生きてはいけないから――


 ――…はい、クレド。これ、あげるね。……そういえば、贈り物なんて初めてか。…そのハンカチ、結構高かったから、血で汚したりしないでね。…無茶だけど、あなたには戦わないでいて欲しい。あたしの帰る場所のままでいて欲しい。…今度は帰ってくるか分からないけれど…――



 ――さようなら、クレド。…愛してた――


 ――あなたは生きてね…――


 ――――――


 ――――


 ――




 ―――……………久しぶり…―――



「――…どうかしたの…?」


「ううん、何でも」


「……そ…?」


 彼が首を振って、顔を覗き込んでくると、彼女は真っ赤に蕩けた微笑で見上げた。

 それを見て彼は、…あぁ、可愛い人だと笑って頷いた。


「……ねぇ、ディアナ」


「…うん…?」


「愛してる」


「…あ………うんっ」


 空を焼く黄金の陽が窓から射し込む。

 彼女は眩しくて堪らないと笑っていた。

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