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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
遺恨之篇
40/67

三七ノ業 苦悩するノサティス!石像の廃市アノロクの悲劇!

 大勢の怪霊獣が目を瞑って災厄の退散をじっと縮こまって待ち望む中、スティリウスはその静けさを嘲笑って辺りを見渡す。

 手にした生首は蛇の髪をズルズルと床に擦り付け、その物音が更に獣達を怖がらせた。


「…何だ、今日はあの鳥すけはいないのか?」


 肩透かしを食らったような声を上げたスティリウスに、リーラはフッと笑って玉座の肘掛けに肘をついて凭れながら答えた。


「朱雀でしたら他の四神の方々を訪ねて廻っていますよ。ちゃんと各々が基地に集まっているかの確認にね」


「『基地』? …四神の内、怪霊衆は朱雀だけだと聞いたはずだけどな。怪霊衆でもない青龍や白虎、玄武にも基地があるのか?」


「彼らは特別なんですよ。確かに怪霊衆に身を置いているのは朱雀だけですが、あの四名はいずれもそこに身を置ける逸材ですからね。もし残りの三名も怪霊衆に入ったならば、ぬらりひょんもメデューサもあなたも、すぐにその座から引き摺り降ろされる。それほどの力がある、故に基地の用意もある」


「へぇ…そうかい。オレがあいつらに敗けると?」


「えぇ、戦えば敗けますよ。…()()


 スティリウスは瞳を閉じて『どうでもいい』と言うようにフッと笑い飛ばす。

 リーラはそんな彼を頼もしそうに見ながら、また一層に楽しそうに笑って告げた。


「それに彼らは、一定条件下にのみ今以上に恐ろしい力を発揮する『とある術』を持っています。…その条件が整えば、私だって危うくなるでしょうね。あなたが考えているよりもずっと素晴らしい逸材なんですよ、四神達はね」


「………」


 スティリウスはその話を聞きながら空いた手をパキパキと折り鳴らし、つまらなそうに天井の氷柱を眺めた。

 その先端から一滴の雫が落ちた頃、「…フン」と静かに鼻で笑い、スティリウスはリーラを睨み付けて生首の頭蓋を握り潰した。


「強さになんか興味ねぇな。人間を滅ぼせればオレは満足だ。…けどオレも男なんでね、売られた喧嘩は買うよ。オレはいずれ四神を超え、あんたをも超える。あんたがふんぞり返っているその玉座を踏み潰し、世界最強の座だって頂いてやるよ。楽しみに待ってろ」


 宣戦布告――しかし、リーラは怖れもせず笑っている。

 ふと、その間にノサティスが割って入って怒鳴り付けた。

 その大声に毛虫を払い除けるような冷たい眼を向けたスティリウスに、彼は更に怒りを増した。


「いい気になるなよスティリウス! お前などリーラハールス様のお力には遠く及ばないのだからな! 大体お前ごときが本当にメデューサを倒したのかも疑わしいぞ!」


「吠えるなって、ノサティスさん。そんなに言うならこいつの顔でも見てみりゃいいだろ。そうすれば一発で事実を確認できるだろうぜ」


「…ッ!」


 スティリウスは小馬鹿にして言い返しながらその生首の顔を正面に向け直して掲げてみせた。

 しかし怖じ気付いたノサティスはサッと目を瞑り悔しそうに奥歯を噛み絞めている。


「アッハッハッハッ! そうだよなぁ、顔が見れないんじゃ確認のしようがないよな! あぁ、一本取られたよ、降参だ! アッハッハッハッハッハッ!」


「…く、クソォッ…! わ、私を、見くびりおって…!」


 年相応の子供らしく腹を抱えて笑っているスティリウスだったが、殆どの者は恐ろしさが勝って顔を上げることすらできない。

 ただ一人だけ、リーラだけが「フフッ…」とそれに笑い返すことができていた。


「…うん? …そうか、リーラハールス、あんたは目を開けていても平気なのか」


「ええ、私に石化は効きませんからね」


「ならあんたが審判をしてくれりゃあいい。そしてはっきりノサティスに教えてやれよ。オレがメデューサを倒したってさ」


 リーラは頬杖をついたままコクリと頭を下げると、クックックッ…と堪えるようにして笑った。

 そして立ち上がると、結局問いには答えないまま話を進めてしまう。


「スティリウス、あなたがメデューサや朱雀、そして私を殺したとしても、あなたに人類を滅ぼす許可など下りませんよ」


 スティリウスは返答を避けられたのを疑問に思いながらも、それよりもずっと重要そうな今の発言に気持ちが集中していた。


「何…? だったら何だよ、どうすればいいって?」


「以前の王は、『怪霊術を使わなかったはずの人間が今なお急速に進化しようとしている。殺すなら成長しきった後がいい』と常々言っていましてね。現在の王、ラーベルナルド様も同じお考えなのです。そして怪霊衆に属する以上、最も強い者の意向こそが善です。…つまり、ラーベルナルド様を倒して怪霊王とならない限り、あなたの望みは叶わないという訳ですね」


「…なるほどね。ならラーベルナルドを殺さないとな。そいつは何処にいる?」


「怪霊王国ですよ。かつてメリカダキナと呼ばれた大陸の中央です。…ですが、今のあなたには勝てませんよ。もっと成熟してから挑むのがよろしいでしょう」


 スティリウスは全て聴き終えると腹立たしそうに息をついて踵を返した。

 彼の足音が離れていくのを察したノサティスは、「ど、何処へ行く!?」と呼び掛けながら恐る恐る目を開いていく。


「まずはぬらりひょん、次は朱雀……怪霊衆を下位から順に潰し、いずれはラーベルナルドを殺しに行く。…人間を滅ぼすためなら怪霊王でも何でもなってやる」


「ええ、お待ちしていますよ」


 リーラに軽やかに見送られ、スティリウスは速やかに闇の奥へと消えていった。

 それに安堵した怪霊獣達は皆、目を開けて大きな溜め息をつく。


 ノサティスだけは溜め息の変わりに怒声を吐き出し、スティリウスが消えた先を指差す。


「よろしいのですか、リーラハールス様!? あのようなことを言わせておいて…!」


「いいではありませんか。彼は紛れもなく怪霊王を目指せる器の持ち主ですよ。…それに怪霊衆同士で殺し合ってはいけない規則など無いでしょう? 結局強い者が生きればいいだけなのですからね」


 切り返したリーラの声は涼しいものだった。

 その物言いにも、スティリウスを優遇していることにも、彼は納得がいかない。

 返す言葉を失って唇を噛んでいるノサティスを、リーラは酷く冷たい眼で一瞥してスタスタと彼の前から歩き出していた。


 リーラは気を休めていた怪霊獣達を振り向かせるべくパァンッと大きく手を叩き、「さぁ、戦いを続けていいですよ」と低い声で勧めた。

 それを切っ掛けに皆が急ぎ始めると、ニコリと笑った彼はノサティスへ振り向いて告げる。


「もし気になるのでしたらスティリウスについていけばよろしいでしょう。彼はあなたを殺す気は無いでしょうから、邪魔にならないように気を付けていれば生きて戻って来られるはずです。…何も心配は要りません。あなたが私の傍にいなくてもいいように、こうして後任を決めさせているのですから」


「…し、しかし…リーラ様…」


「お行きなさい」


 彼は静かに頷き、おずおずとその場を去っていった。


 ――けれど、ただでは終われない。


 スティリウスのメデューサ殺しが真実なのか、自分の足で確認しにいかなければ何も始まらない。

 メデューサは今までずっと、ノサティスの前に立ち塞がり続けていた大きな壁だった。

 それを突然現れた子供に倒されたなど、認められないのは当然のことだったのだ。


 …それに、もしスティリウスがメデューサを殺したことが事実だとしても、それは無駄足にはならない。

 前怪霊王ヴィスドミナトルが告げたことが嘘でなければ、もうじきメデューサ基地には例の三人が現れるはずだ。


「…前は遅れを取ったが、もうあんな無様を曝しはしない。この私を貶めた報い…必ず受けさせてやるぞ…! 覚悟していろ、ヴィスドミナトル…!!」


 …そしてもう一度、リーラハールス様の右腕へと返り咲いてみせよう。



※※※※※※※※※※※



 仙儒の国を目指し、三之明の一行は馬を走らせていた。

 しかし十八日経った今もなお、目的地には少しも近づけていない。


「…ディアナよぉ、これ、後どのくらいでつくと思う?」


 走りに粗が見られ揺れるようになった馬の上で、疲れの滲む声を溢したルナ。

 そんな彼女の問いに、ディアナも大きな溜め息をつきながら答えた。


「…多分、ここから一ヶ月以上掛かる」


「い、一ヶ月ぅ!? …ぬあぁぁ……無理だぁぁ…」


 肩を落とすルナに、ディアナも苦笑してやれる余裕は無い。

 先程から妙に舵を取れなくなってしまった栗毛の馬のセクレトは、ディアナを振り落としそうな勢いで左右に進路がぶれている。

 焦り始めた彼女は、セクレトに停止の合図を送り続けた。


 その様子のおかしさに気付いたヴィスは、先頭を走っていたイプセをセクレトの隣まで下がらせた。


「…おい、ディアナ。貴様、さっきから――」


 そう、彼が声を掛けた直後だった。

 セクレトの右前肢がガクンッと急に曲がったのだった。


 セクレトはそのまま真横に倒れ、ディアナは咄嗟に身を丸めて転がり下敷きになるのを回避した。

 二つの悲鳴が上がってすぐ、ヴィスもルナも慌てて馬を停めて降り、駆け寄った。


「ディアナ、大丈夫か!? セ、セクレトはっ!?」


 ルナは呼び掛けてディアナの下へ、そしてそれを見たヴィスはセクレトの方へと跪いた。


「だ、大丈夫よ…。それより、セクレトは…!?」


 ディアナはルナの肩にポンと触れると、急いで起き上がりセクレトとヴィスを向いた。

 ヴィスは軽くセクレトの前肢に触れ、腫れ上がった部分をそっとなぞる。

 その光景を見て、ディアナはすぐに病状を理解した。


「重度のエビハラ…き、気が付かなかった…。ここまで症状が進行してると、冷やしたくらいじゃどうにも…。抗炎症剤も無いし、これは、一度またパロに引き返して治療させるしか…」


「ふむ、戻るか…」


 責任を感じ、思い詰めた表情のディアナと、それを一瞥して来た道を見つめたヴィス。

 ルナは両者を見比べると、「うん、それがいいな!」と笑って告げた。


「もうこれ以上何十日も走ってらんねぇからな! みんな一緒にパロに戻ろう!」


「…あ、いえ、あたしがセクレトを連れて一人で戻るから、二人はこのまま先へ行ってくれれば…」


「うんにゃ、みんなで戻るぞ! ディアナがちゃんと管理しててもセクレトがこうなるくらいだから、メモリアもイプセもきっと同じことになるかんな!」


 ルナの返答に暫し悩んだ彼女は、そのままチラリとヴィスに視線を送った。

 彼もすぐそれに頷き、


「常に万全の状態で戦闘を行えるようにと移動を馬に任せているのは分かるが、無理をさせても仕方あるまい。別に俺達が歩いていけば良いことだ。ノサティスから俺様のことが伝わっている以上、怪霊衆は必ず正面から受けて立ってくるはずだから急ぐ必要は無い」


「い、急ぐ必要は一応あるわよ。辺境の町なんかは今なお怪霊獣の攻撃を受けているのだから、早く事態を終息させないと…」


「そうか。しかし、その事情に付き合わされ寝る間も惜しみ走らされ続けているこいつらは堪ったものではなかろう。馬だって心を持って生きているのだからな」


 彼の切り返しにポカンと口を開けたルナは「ヴィスが馬に気ぃ遣ってる…だと…」と驚愕しているが、ディアナにはあまりそうした衝撃は無く、気落ちして俯いていた。


「どれだけ自分では優しい人間のつもりでも、結局動物の命は人より軽く思えてしまうのよね。……いえ、ヴィス、歩くよりもっと良い方法があるわ。空を飛んでいくの」


「しかし、それでは怪霊力を消費してしまう。辿り着いた瞬間に攻撃を受けてはマズいぞ」


「ええ、だから、今回戦わない人が皆を連れて飛べばいいの。…だって、メデューサと戦うのはヴィスだけでしょ? 皆を岩に乗せて、その岩をあたしの操霊で動かす。こうすればかなりの早さで到着できるわ」


 ヴィスは彼女の提案に異論を唱えようとして、けれど口を閉ざした。

 …確かに今回自分が戦うと言った…しかし、本当にそれでいいのか…。

 彼がそうして悩んでいるのを、彼女は弱気な眼でじっと見つめている。


 すると、『はい!』とルナが手を挙げて介入した。


「だったらオレっちが操霊やんのが一番効率いいぜ。ディアナよりオレっちの方が何倍も霊力があるんだし、オレっちの方がディアナより全然戦えないからさ。いざって時に戦えるのはディアナの方が良い、だろ?」


「…そうね、ルナの操霊の練習にもなるし、それも良いと思うけど…。でも、あたしも師匠に殺されかけて怪霊領域がかなり広がったから、一度に移動できる距離も伸びてるの。…あ、でも、収霊のために休憩する時間がその分長くなるかもしれないか…。……それなら、うん、そうね。お願いしていいかしら?」


「えっへっへ~。おう、任された! やっとオレっちが役に立てるぜ!」


 ルナは嬉しそうに笑うと、早速馬達を一ヶ所に掻き集めてパロへと引き返す準備に掛かった。

 ディアナもヴィスも、彼女のそんな背中を眺めて妙に安心していた。



※※※※※※※※※※※



 陽が落ちて暫くした頃、ノサティスは単身でアノロクへと辿り着いていた。

 月に照らされた廃れた街――そこには戦慄した面持ちで逃げ惑う姿の石像が辺り一面に転がり、家屋などはまるで時が止まったようにそのままになっている。


 その街の中央にある広間には、他のものとは違い人工物の感じの強い石像が一つ立っている。

 その像は漢服の高貴そうな男を模して台座の上に佇み、台座には一世紀前の年号と共に碑文が添えられている。




 ――昔この大陸に疫病蔓延せり。

 その疫病、わたりの肺焼き、肌炙り、頭髪散らし、悉く死に至らしむ。

 当時東の君はこの疫病をアノロクの風土病にて欺く。

 これを聞きし大衆はアノロクの町に火をつけ、わたり吊し上げて殺しき。

 アノロクより逃げいだしきと覚ゆる者もとぶらひいだして殺しき。

 されどその民族を判別せられぬわたりは、怪しき者、恨みよしき者、気に入らぬ者を疫病の使徒と囃し立て、拷問し、アノロクの生まれと認めさせて処刑せり。

 わざと拷問は美女を苦しめき。

 羨望を浴びし美女は誰がしかの噂もちて拷問を受けさせられき。

 時に権力者は美女を隷従さするために嘘の噂垂れ流し、拷問にかけさせ、その一環と称して辱しめき。

 時遅くし君が革命人に暗殺され、『アノロクの風土病ならざりき』と明かさるとも、大衆はその悪しき流れを改めざりき。

 ここにアノロクのおもておこしと復興に努めずと契りを捧ぐ。

 かくて願わくば、この哀れなる被害者どもに安らかなる眠りを――




「…ふん、他人事のように過去の罪科を語る者達にあやかった末路がこの有り様か。何と相応しい天罰ではないか」


 ノサティスは石像の街を一望してせせら笑った。

 ふと、その耳に談話の声が届く。

 彼は家屋の陰に隠れ、その声の主が現れるのを息を殺して待った。


 現れたのは、やはり彼の思惑通り、メデューサ討伐にやってきた三人だった。



「…ひっ…でぇな…。これ、みんなみんな作り物じゃねぇんだろ…? 生きてんだよな?」


 ルナは石像の一つ一つを恐ろしそうに見つめながら歩いた。

 ディアナはそれに首を振り、辺りへの警戒を休めずに応じる。


「いえ、…『生きていた』のでしょうけど…もう、ただの石になってしまってるわね。軽く読霊で見たけど、魂が残っている様子が無い。波長は人間寄りの石といった感じね」


「…メデューサは、アノロクに立ち入った者だけを石にしてんだろ? じゃあ、ここしばらくは被害者は出てねぇのかな? 石にされるのが分かってて来るような奴はいねぇだろ」


「いるのよねぇ…残念ながら。人の危機感なんて好奇心にすぐ負けちゃうもの。…それに、怖いことにメデューサの被害を受けるエリアが年々広がってきてる。初めは立ち入った者だけに罰を与えていたのが、段々と、近づいた者、近くにいた者も対象になっていく。そうして広がって、やがては人を滅ぼすのかしらね」


 二人の会話を聞きながら、周囲を警戒して眉間に皺を寄せていたヴィスが口を開く。

 彼の視線は家屋の影へとじっと向けられた。


「…ふむ、それは解せんな。メデューサとはアノロクに立ち入った者だけを殺すことを取り決めていただけのつもりだった。…もしそれが事実ならば奴はこの俺様の決定に歯向かったということだ。…舐められたものだな、八つ裂きにしてくれる」


「ええ、頼むわね。…あたし達も可能な限りはフォローするけど、視界を塞がれての戦闘にあたし達がぼーっと突っ立っていたら邪魔になるかしらね」


「だろうな。貴様らは何処へでも隠れて俺様の帰還を待っていれば良かろう」


 彼はそう告げて家屋から眼を離し、メデューサ基地の入り口へと彼女達を先導する。

 その通り掛かりに例の石像が立っていた。

 早々にルナが駆け寄って「これって何でぇ?」と食いついたので、ディアナはつまらなそうに蘊蓄を垂れた。


「この街の市長…というか、ここに大都市を作って観光名所に仕立てた人よ。昔、ウイルス性の出血熱が大流行したことがあって、アノロクはその源泉と吹聴されてスケープゴートにされたの。その結果市民がアノロクを全焼させ住民を虐殺する事件が起こった。それでも当然疫病は無くならないから、世論はアノロク人を探し出して処刑する方向に移る。無関係の人まで冤罪で処刑されたそうよ。……で、そのほとぼりが冷めて誰もアノロクのことなんか見向きもしなくなった頃、この市長さんが焼け野原だったアノロクに街を作って、『人類の負の遺産』として宣伝して大儲けしましたとさ。めでたしめでたし」


「…嫌な話だなぁ…。ってこたぁ、一度そうやって街ができて、人が住むようになったらメデューサが現れたのか。何かタタリみてぇだな」


「…まぁ、言われてみれば確かにピンポイントでアノロクだものね。そういう噂もたまに聞くけど、幽霊ならともかく怪霊獣でしょ? 偶然なんじゃないかしら」


「うーん、偶然かぁ…」


 そうして、一瞬の話題にしただけで石像を通り過ぎていく。

 ルナは釈然としていない様子だったが、ディアナはあまり進んで話そうとはしていないようだったため無理に追及することもなかった。

 しかし前を歩いていたヴィスにはディアナの表情など窺えず、「案外合っているやもしれんぞ」と答えていた。


「怪霊獣は、心を同じくした死者の魂が寄り集まり肉体となっていると聞く。謂わば怨念の集合体だ。虐殺されたアノロクの住民達、冤罪で処刑された者達と強い憎しみがメデューサを産み出した…という経緯も考えられんことはない」


 ふむー…と難しい顔をして腕組みしているルナの横で、ディアナは幽霊と聞くなり顔を真っ青にして寒気に身体を縮めた。


「こ、怖いこと言わないでよ。オバケなんているわけないでしょ」


「馬鹿か貴様、いるに決まっておろう。そも幽体というのは死の瞬間、その衝撃によって怪霊力と共に肉体から飛び出した魂のことだ。尤も霊力を持たん以上、怪霊力は魂の解離を防ぐためのコーティングとしてしか機能せんので、生前に大きな力を持っていたとしても脅威にはならんわけだがな。…いや待てよ、逆は無理だが、魂から霊力への変換はできるか…事実それによって怪霊獣が肉体を得るのだしな。…と、すれば、幽体でも魂を失う覚悟で怪霊術を使うことはできるのか。…案外、それが幽霊の呪いというやつの正体なのかもし――」


「わーっ! わーーっ!! わーーーっ!!」


 怪談紛いの彼の呟きを、ディアナは両手で耳を押さえて大声を上げ必死に振り払った。


「敵地で騒ぐ奴がいるか馬鹿者!! 聞いておるのか、おい! うるさいぞ貴様ぶち殺されてぇかッ!!」


「両方うるせぇっての……」


 ルナだけが騒ぎの後ろを呆れた顔でついて歩いた。



「……何とか、バレずに済んだか…」


 ノサティスは家屋の裏から三人を見送って呟く。

 疑うように何度も此方へ突き刺さってきたヴィスの視線を思い返し、冷や汗を掻くも、彼はそれを首を振って否定する。


「…私とて怪霊獣の誇りがある、闇討ちはすまい。しかし、まぐれとはいえ一度は敗北を喫した相手だ。奴らに戦闘の機会が回ってくればそれを観察し攻略のヒントにできよう。…そう、これは戦略だ。決して恐れているわけではない。…恐れているわけでは…」


 そう言い聞かせ、彼は震える脚を叩きつけて物陰を移り渡り始めた。



※※※※※※※※※※※



 ヴィス達一行は街外れの森に隠された地下壕へと降り、松明の薄明かりを頼りにトンネルを突き進んでいた。

 後方をひっそりとついて歩くノサティスは遮蔽物の少なさが災いして随分と距離を取らなくてはならないが、ヴィス達はそんなことは構わずどんどん先へと歩く。


「…そういえばリーラ基地も地下にあったけど、ここも地下なのね」


 暗がりに眼を光らせてルナの手をしっかり握りながら、ディアナがポツリと呟く。

 ヴィスは広域に読霊を展開しつつ振り返らず答える。


「うむ。特に決まりがあるわけではないが、地下の方が涼しくて良かろう。人間や畜生の喧騒から離れられるしな。俺様も基地は怪霊王国の地下に設けていた」


「ふーん。…寒いけど、風邪とか引かないの?」


「引くと思うか?」


「…それもそうね」


 肩の力が抜けるような呑気な会話だった。

 しかしその直後、突然通路が地鳴りを起こして揺れ動き、床と天井から同時に大きな鋼の杭が高速で伸びてくる。


「ディアナ、ルナ、避けろッ!」


 ヴィスが呼び掛けて飛び退くと、同時にディアナはルナを抱いて反対方向に退く。

 無数の鋼の杭が牙のように噛み合わさって壁となり、ヴィスと彼女達との間を隔てる。


「無事かッ!?」


 鋼の壁に手を当てて呼ぶも、流石に声が通らない。

 しかしすぐ、その壁に片目で覗き込める程度の小さな穴が開き、ヴィスは急いでもう一度「無事か?」と聞き直した。


 穴から見える景色にヒョコッと狐の耳が入り込む。


「おう、無事だぞー! オレっちが操霊で穴開けたんだぞ!」


「あぁそうかよ、良かったな。…で、ディアナも無事か?」


 彼はルナの自慢を適当に流して安否確認を続けた。

 ディアナもすぐに「ええ、無事よ」と軽く答えたが、その声には僅かに緊張が走っている。

 ヴィスは読霊を展開しながら冷静に指示を飛ばした。


「俺が操霊でこの穴を広げる。貴様らは後ろを警戒し、今すぐ戦えるように身構えろ。さっきから雑魚がついてきて――」


 彼の言葉は、読霊が背後の気配を捉えると同時にピタリと止まる。

 ペタ……ペタ……足音が近づいている。


「後ろ? ついてきてるって、誰が…」


「悪いが壁はこのままだ、追っ手は貴様らで対処しろ。ディアナ、今の貴様なら必ず勝てる。…俺はそれよりも先に、戦わねばならん相手が現れた」


 質問に答えて貰えず混乱しているディアナだったが、危機が迫っていることは理解していたのでルナと共に来た道を振り向いた。

 そして壁越しに彼女達と背を向け合ったヴィスは、瞳を閉じて足音の主の到来を迎え入れる。


 …亡霊のような力無い足取り、魂や心を感じない異様な身体、そして百万の霊力…。


「…何度会っても貴様の気配には慣れんな。一度戦ってみたいとは思っていたのだ。……手加減はせんぞ、メデューサ」


 立ち止まったその怪物は、抑揚の無い冷たい笑みを浮かべた。

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