二ノ業 監視役はアモルの妹…?霊峰帰りの剣聖ディアナ
「――ほほう、連れてきたか。…あのアモルとかいう田舎娘は役に立ったようだな。半信半疑だったが…―――」
「――しかし、何と醜悪なる顔でしょう。目を覚ますなり噛みつくやもしれませぬな。ははは―――」
「――そう言うでないぞ、フリヴォラ総司令。見よあの情けない背格好、まるで小鬼ではないか。憐れんでやるのが人の情というものだろう―――」
お飾りの気品を纏って笑い倒す声。
頭上から照らす金装飾のシャンデリア。
そして四肢や首から伝わる不快な金属の冷感。
それら全てが癇に触ってぼんやりしていた頭が冴えてくると、同様のタイミングでヴィスに掛けられた首輪が後方に引っ張られた。
「うっ! …く、…な、何だ…貴様ら…!」
無理やり顔を上げさせられ、完全に目を開けたヴィスはグッと正面に顔を向けて見えたもの全てに睨みを利かせた。
金と赤のビロードに覆われた玉座にどっかりと座り込み、襟の大きい黒ジャケットからチェーンを垂らした体躯の細長い男――ラティナ皇帝。
そしてその隣には全身に板金鎧を纏い背から深紅のマントを提げ、右脇に兜を抱えた禿面の巨漢――軍総司令官フリヴォラの姿がある。
その二人が目を覚ましたヴィスの立ち姿を眺め、やはりまた笑い出していた。
「お初に御目に掛かる、怪霊王。私はこのラティナ帝国の皇帝スペルビ。ようこそ我が帝国にのこのことお出でくださった。…王などとは言っても所詮は獣どもの頭。然程頭は回らんらしい」
「…あ゛ぁ…?」
ラティナ皇帝がそうして立ち上がり、悠々と目の前へと近付いてくると、額の血管を浮き上がらせて目を剥いたヴィスは自らもそれに歩み寄ろうとした。
しかし、彼の足はその場から一歩も動かなかった。
彼の両足は太い枷を短い鎖で繋がれて、両腕は手首の枷を左右からそれぞれ三人掛かりで鎖を引かれているためピンと張ったまま不動を強いられていた。
そして元々着ていた衣服や装飾は全て取り上げられており、そんな自らの姿を苛立たしく見回している彼にラティナ皇帝はまた腹を抱えて笑った。
「メリカダキナが墜とされたと聞いた時は戦慄したが、我が国の戦士達に掛かれば赤子の手を捻るようなものだったな。聞いていたよりずっと弱いようだな、怪霊獣とやらは。うん?」
ヴィスが暴れる度に左右の兵士達は身体を持っていかれまいと何とか踏ん張っていた。
しかし皇帝はヴィスを完全に捕らえたつもりになっていて、そうして笑いながら不用意に顔を近づけていったりなどしている。
慰問以外の目的で戦場に赴いたことのない皇帝は、現状の悲惨さなど知らない。
送り出した兵や戦士が何人死んだのかも、その数字しか知らない。
そしてその数字を見ても、幾らでも補充できると言って何ら省みないのである。
今ヴィスの鎖を引いているのは皆、家族や友のために命を掛けて恐怖と対峙してきた者達だった。
皇帝の言い分を憎らしく思うのも当然のことであった。
「ぅらああッ!」
「がはっ!?」
直後、鎖が少し緩まったのを見逃さなかったヴィスは皇帝の鼻先に頭突きを食らわせた。
見事にひん曲がった鼻からは止めどなく血が零れ、真っ赤に腫れた鼻を両手で押さえた皇帝はすぐにヴィスから離れて涙ながらに怒号を飛ばした。
「こ、この大馬鹿がッ! しっかり押さえていろと言ったはずだ! お前達六人とも処刑だぞ! おいフリヴォラ! こいつらの首をこの場で落とせ!」
これには六人とも少しの後悔を抱いたが、すぐにフリヴォラが「な、なりません皇帝!」と首を振って進み出た。
「そ、そればかりはご猶予を…! 今殺してしまえば怪霊王を止めておく者が…」
「他の者を連れてくれば良かろうが!」
「先の戦いで出払っていた兵士達は傷付き、今はそのほとんどが療養に専念しております! すぐには城に呼び出せません!」
クッ…と苦々しく顔を歪めた皇帝に、してやったヴィスは僅かに怒りが収まってニタリとほくそ笑んだ。
相変わらず左右からは腕を引かれ、易々とは動けないが、冷静になってくるとそれもどうと云うことは無いと思い出す。
ヴィスにはまだ対抗できる手段が二つ、残っていた。
内一つは少し時間が掛かるだろうが、もう一方は一瞬で片をつけられる。
憂さ晴らしにも丁度良かった。
「…皇帝、スペルビとか言ったな。…よぉく見ていろ…その汚ねぇ目ン玉抉じ開けてなぁ…」
「…な、何を…」
皇帝はヴィスへと睨み返す。
封印術を掛けられた癖に何が出来ると言うのだ、と。
しかし彼の力は完全に封じられてなどいない。
制限されたとはいえ、怪霊力を込めて扱える限り、最低限の怪霊術は使えるのだ。
腕力で敵わずとも打開策は幾らでも練れる。
「まさかこの俺様が、こんな雑魚御用達の技なんぞに頼らざるを得ないとは…ムカつくぜ」
ヴィスは右手を大きく開き、真っ直ぐ鎖の先へと照準を合わせた。
そして腕全体が赤いオーラを纏い、それは直後波のように手の先へ押し寄せた。
その瞬間、最前列で鎖を引いていた男の顔に恐怖が滲む。
「…『我霊射』ぁああッ!」
「う、うわぁ! ヒィッ――」
悲鳴を上げ、逃げ出そうとした男だったが、鎖を放すのが少し遅かった。
ヴィスの右手から放たれた赤い閃光は、細い線を描いて真っ直ぐ男の両手へと着弾し、その瞬間男の両手は大量の血を噴出させて滅茶苦茶に折れ曲がった。
「がぁああッ!! ハッ、ハァッ…!! うぅああぁぁぅ…!!」
男は見るも無残な形となった両手を庇うように床に寝そべって丸まり、呻いて身を捩る様は芋虫のようだった。
その光景に絶句した残り二人は思わず鎖から手を離し、ヴィスは悲鳴など見向きもしないで自由となった右腕を振り鎖を巻き付けていった。
しかしヴィスにも誤算が二つあった。
まず想像以上に腕への負担が大きく、赤黒く変色した肌が所々剥がれて激しい痛みが走っている。
その腕で継続して我霊射を撃てるのもあと二回が精々だろう。
それともう一つ、兵士の動きに自分の眼があまり追い付けていないことだった。
怪霊領域と身体能力の減衰は予てから感じていたが、五感までも以前より遥かに鈍っていることが分かってくると流石にヴィスも苦々しく感じる。
これが射撃の精度にも影響するので、この誤算はかなりの痛手だった。
「ひ、ひぃぃ~!」
ヴィスが曇った表情のまま右腕に鎖を巻き終えると、彼の背後から首輪を引いていた男は恐怖に駆られて背を向け走り出した。
真後ろに一人でいたと言うこともあり他の者より一層恐怖したのだ。
ヴィスはわざわざそれに構う必要など無かったのだが、少し気に障ったので口を塞ぐことにした。
「気色悪い、鳴くなよブタ」
吐き捨てるようにそう言ったヴィスは振り返って右手を向けたが、少し距離があるので今の慣れない感覚では命中させるのも一苦労のようだった。
そのため発想を変え、彼は玉座の間の入り口直上へと我霊射を放ち、思惑通り割れたシャンデリアのガラスがその男の目前へ降り注いだ。
男はヒッとまた短く大きな悲鳴を上げたが、それで尻餅をついたきり一声も出なくなってしまった。
それを見届けたヴィスはフンと鼻で笑って身体を皇帝へと向け直した。
…しかし流石に二度目の激痛は堪え、ヴィスも顔をしかめて額から汗を伝わせた。
肌は抉れて血が染み出して、肉や筋もボロボロで幾つかの繊維が切れて逆剥け、今にも骨が粉々に砕けそうだ。
それでも悲鳴すら上げないところは怪霊王の威厳を如実に示していた。
これで右手はあと一度しか使えないが、とはいえ左手から撃てれば十分だ。
「次は左手だな」
呟いてから、反応はどうかなと皇帝を一瞥すると、床にへたり込んで腰を抜かしていた。
ヴィスはそれを見れて満足すると、再び笑みを浮かべて鎖の先の手前の男に照準を合わせる。
しかし今度は早々に三人とも手を放し、手前の男が苦しく笑っていた。
「ま、待ってくれ! さっき手を緩めて頭突きさせてやったのは俺だ! あ、あんたについていくよ! 一緒に皇帝の野郎を懲らしめてやろうぜ! なぁ!」
「ハッ」
ヴィスはそれを鼻で笑うと問答無用に我霊射を放った。
三人は悲鳴を上げて一目散に逃げ出したが、最後列の男は出遅れてしまい左肩を掠めてしまった。
その肩は当然脱臼と骨のひび割れを起こし、当人は片手で抱くようにその肩を押さえながら受け身もなく倒れ込んでいった。
そして大理石の壁へと終着した我霊射は、そこに掠り傷程度の小さな損傷を与えてふわりと消えた。
人体ならともかく石相手ではこの程度か…。
ヴィスは舌打ちながらに左手を見つめ、左腕にも鎖を巻き付けると今度はその両手を皇帝へと向けた。
「…こちらこそ、お初に御目に掛かるなぁ皇帝。この俺が怪霊王ヴィスドミナトル様だ。よくも俺様が動かずにいてやったからと舐めた口を利いてくれたな。…こいつを貴様の心臓に撃ち込めば終わりだ」
今更自分が相手をしているのを怪霊王と悟った皇帝は「たっ…たす……たすっ…!」とか細い悲鳴を上げて床を這い始めた。
そしてそれを守るべく兜を被り、剣を抜いたフリヴォラに、ヴィスも少し警戒し始めた。
アモルなどという例外と出会した場合を除いて、彼も力量差が分からないような馬鹿ではない。
大理石すら破壊できない今の自分が素手で挑んでは、鎧で全身を防備した戦士など苦戦するのは必至だった。
しかし彼の心は敵前逃亡など許さない。
「…よぉフリヴォラ、退け」
「…だ、黙れ…化け物!」
「そんなゴミ守ってどうするんだ? ハッ、それとも死にたいのか?」
まだフリヴォラは自分が有利なことに気が付いていない。
そこを突いての言葉だったが、ヴィスの脅しは通用せず状況は何も変わらない。
何処から攻めてくるかと警戒し気を張っている彼に正攻法では攻め辛い上に、足枷のせいで小股にしか動けないのはかなりの痛手だった。
「…労力の無駄だな。貴様などどうでもいい。俺様が殺したいのはその後ろの奴一人だけなんだよ」
ヴィスはあれこれと考えた挙げ句に溜め息をつき、フリヴォラの足下で強張っている皇帝に眼を落とす。
そして大きく息を吸い、澄んだ声で兵士達に呼び掛けた。
「貴様ら、殺されたくなければフリヴォラの両腕に組み付いて身動きを止めろ」
「な、何だと…!?」
フリヴォラの困惑に引き換え、呼ばれた兵士達の判断は早かった。
負傷した二人はさておき、残る五人は鞭を打たれたような急ぎようでフリヴォラの両腕にしがみついていく。
「お、お前達何をしている! さっさと手を放せ! は、放さんか!」
フリヴォラの叫びに聞く耳も持たず、兵士達は力を強め、フリヴォラも根負けして膝を突いてしまった。
ヴィスはそれを見届けると足枷に使われている鋼鉄が宿す霊力を読み、再度限界まで込めた怪霊力をそれと同調させて足首から放つ。
それは足枷とへ放電する形で発現し、足枷の鎖は彼の意思に従うように宙に浮いてぐにゃりと曲がると音もなく千切れて落ちた。
その術こそ操霊――怪霊力を通じ合わせてあらゆるものを操る技である。
それにかかれば全てのものが思うがままだ。
つまり、はじめから彼を拘束するなど無意味なことだったのだ。
ヴィスは高笑いして悠々とフリヴォラの横から歩いて回り込み、許しを請うように無言で震えている皇帝の頭を右足で踏みつけた。
そしてグリグリと足裏で髪を擦り、決して逃げ出せぬよう体重を掛けて床に押さえつける。
「さぁ、待たせたな。今終わりにしてやる」
ヴィスは怪霊力を限界まで込め、それを右足へと伝わせていった。
何も手から出さずとも、一点からの放出さえコントロールできるなら我霊射は何処からでも撃ち出せるのだ。
しかし、その怪霊力は唐突に抜けていくようにして無くなり、続いてその脚からも力が抜けていく。
平衡感覚も失われ、皇帝の頭の上に片足を置いた状態ではバランスが取れず後ろへ倒れていった。
その脱力の感覚といい、タイミングといい、ディエシレの丘で戦士に気絶させられる直前と全く同じだった。
「…く、くそ…! また寸でのところで…!」
そうして頭から仰向けに倒れていく中、ヴィスはその憎しみの対象にアモルの姿を思い浮かべた。
しかし彼が考慮しなければならないことは他にあった。
この脱力が封印の影響であることは予想に難くないが、そうだとすれば、封印によって肉体ごと弱体化されているということは衝撃や傷にも弱くなっているということでもある。
実際にその極端な虚弱化の末に戦士に気絶させられたことは彼の中に屈辱の記憶として強く残っていた。
今度も気絶とはいかずとも相当なダメージを負う覚悟を決めて瞼を閉じた。
――しかし次の瞬間、その背中は温かく柔らかい小さな手に支えられていた。
「…今、気を失われては僕も困るよ」
女の声…しかもそれは、彼の耳にも強く残っていた声だった。
小川の清流のような穏やかさと底知れず深みのある声。
それは自分にこのような惨めな封印を仕掛けた女、アモルの声そのものだった。
「…な、き、貴様ッ!?」
何故生きている…!?
そう怒鳴りかけたヴィスは咄嗟にその女から飛び退き、反射的に左手を突き出して睨み付けた。
そしてその女の姿を見た時、…彼はそれが本当にアモルかと悩んだ。
アモルと同じ目、同じ顔、同じ髪色の女だったが、その目に宿る静かな冷徹さはとてもあの穏和そうなアモルと同一人物とは思えなかったのだ。
「け、剣聖ディアナ…! お前、今頃になって現れおって…!」
「そう言われましても、僕の仕事は怪霊王の監視ですからあなた方のことは知りませんよ。それに僕もさっきまで重症で寝ていたんです。伝わっていませんでしたか?」
兵士達を振り払ったフリヴォラがそうして怒鳴り付けても、彼女――ディアナは涼しい顔で冷たく笑っていた。
その出で立ちはと言えば、青光りする板金鎧を胸に宛てて左腰に刀身の大きな片刃の剣を二本差している。
兜は着けておらず、顔立ちの整い方やその凛々しさが目立って既に王子のような印象であるが、ストレートボブと少し女性的な髪型が更に気品を加えている。
振り落とされて床に座り込んでいた兵士達は彼女の優雅な登場に頬を染めて心を奪われていたが、男女という概念に理解の及ばないヴィスはただ彼女がアモルの縁者かどうかにのみ注目していた。
「…ディアナだと…? 貴様、俺に封印をかけた女ではないのか? それに今、俺様の監視などと馬鹿げたことも言ったな…。何の冗談だ」
ヴィスに声を掛けられた彼女は意外だとでも言うようにヴィスを見ると、すぐにその眉を寄せて恨みの籠った視線をぶつけた。
「それは僕の姉のアモルだ。姉さんが封印したあなたを妹の僕が見張る、これだけでも筋は通ってるはずだよ。…それと今の内に忠告しておく。僕には今後気安く話し掛けないこと。あなたから質問は必要が無ければ一切受け付けない」
「……随分と、偉そうだな…。焼き殺されたいか? あぁッ!?」
疑問は解けたがディアナの無礼な物言いにヴィスの心中はまるで穏やかでない。
今にも八つ裂きにしてアモルへの手向けにしてやりたく思っていた。
しかし、紛いなりにも自らを封印せしめたアモルの妹となれば、普通の人間より戦えるはずだという確信もあった。
既に右腕も損傷している現状でそれを考慮に入れれば、激情のまま戦おうと埒が明かないだろうことは分かっている。
ヴィスは怒りに額をヒクつかせながら意識を集中し、小手調べにディアナの霊力を読んだ。
そして抵抗無く見破った彼女の霊力を目にし、ヴィスは愕然として身を引いた。
思わぬことにヴィスの怒りは関心へと消えた。
「…な、何だ貴様…その力は…? こんなことがあろうはずは…」
…と、そこまで言ってからまた考え直し、目の前のあり得ない出来事がただのトリックだと予測がつくとニタリとほくそ笑んで頷いた。
「…いや、なるほど。貴様、人間ではないな? 貴様の霊力は数にして五千だ。ラティナ周辺まで攻めてきている怪霊獣で変化の術を使える者は何体かいたが、この霊力量で妥当なところは野狐辺りか。おおかたリーラの奴の差し金でこの俺様を迎えに来たのだろう? フッ、わざわざご苦労だったな」
ディアナはそれを聞くと更に眉を寄せ、今にも殺しに掛かろうかという鬼のような眼で睨んだが、すぐにその心を鎮めるように目を瞑って細く息を吐いた。
そして落ち着いてきてから見開いた目をしっかりとヴィスへ向けて答えた。
「質問は受け付けない。……と、思ったけど、怪霊獣扱いは癪だ。僕は歴とした人間だよ。特別な修業を遂げた、ね。霊力の高さはそのせい」
「…修業だと? フン、貴様、俺様を馬鹿にしているのか? 霊力は生まれた時に決まっているものだ。努力なんぞで高められるものではない」
ディアナは彼の言葉に嘲るように笑った。
「残念だけど、人間は出来るんだよ。確かに怪霊獣と比較して、人間なんて生まれつき霊力も少なくて基本的に怪霊領域も開いていない。だけど、怪霊獣には無くて人間にはある長所…――それが、霊力と怪霊領域を成長させられるという特性なんだよ」
ヴィスがディアナの返答に「フン、いけすかねぇな」と睨み返し、彼女もそんな彼へこれ見よがしに溜め息をついていると、それとは別にフリヴォラが怒りの形相でずかずかと歩み寄ってくる。
面倒臭そうに視線を移した彼女に、フリヴォラは更に腹立たしくなって怒鳴り付けた。
「おいディアナ! ディアナ・テネリタス! どういうことか説明しろ、何故怪霊王がまだ力を使えるのだ!? お前の姉の封印が杜撰だったからではないのか!? ことによっては姉に代わり、お前が皇帝を危険に曝したとして謀反の罪を―――」
「姉さんを罪人呼ばわりするなら僕があなたを殺します」
静かに一言答えただけのディアナだが、その女豹が獲物に狙いを澄ませるような鋭い眼光にフリヴォラは息を詰まらせてしまった。
しかし、フリヴォラの勢いに調子づいた皇帝は今更体裁を取り繕うように立ち上がって怒鳴った。
既にフリヴォラが身を引こうとしていた中で、状況も理解せずまるで勝ち誇ったかの如く笑う皇帝は、却って気が動転しているのを露呈してしまっていた。
「そ、そうだ、フリヴォラの言うとおりだぞ! 貴様ら姉妹は御女、剣聖などと嘯いてこの私を暗殺しようとしたのだ! おおかた仙儒の国の霊峰を生きて帰ってきたなどと騒がれ、自惚れて天下取りなど目論んだのであろう! しかしそうはさせん、もう抵抗などしようと考えるなよ!」
そして次の瞬間、ディアナの腰から目にも止まらぬ速さで抜かれた片刃の剣が皇帝の顔の横へと突き出された。
その剣裁きの見事なことはフリヴォラや兵士達は勿論のこと、ヴィスもよく理解できた。
ヴィスは人間の剣士達とも何度か戦ったことがある。
彼が知る中で彼女ほど素早く、雑念の籠らない綺麗な太刀筋を見せた剣士は一人もいなかった。
…今まで出会った人間の中では最強の人物だと、ヴィスはそう直感して目を見張っていた。
皇帝は、頬に傷を受けて血を流しながら声にもならず震えていた。
「二度は言わない」
ディアナの声は殺意だけで色塗られたような黒々としたものを感じさせ、皇帝、フリヴォラ、兵士達の全員を威圧して一切の口答えすら許さないような響きだった。
一方、ヴィスは彼女の技量の高さやポテンシャルを理解し、認めていながら、恐怖することはなかった。
彼にしてみれば如何に強くとも所詮は人間、自分の本来の力と比べれば総じてゴミ同然なのだ。
「…ラティナ皇帝、素人のあなたに分かりやすく『カリバン』のことを教えてあげましょう。今後文句を言われないように…」
彼女は溜め息混じりにそうして語り出し、皇帝の頬から剣を退けた。
彼女が冷静沈着な視線を戸惑う人間達に向け、そしてそのままヴィスも同じように見ると、彼はそれが癇に障り睨むような視線を返す。
しかし、皇帝達に対してとは違いもう手を上げようとはしなかった。
封印術カリバンの謎を聞き出すためなどではない。
彼女の中に、怒りのまま捨て払うには惜しい魅力を感じ取ったためだった。
…彼女は下等な人間、どれだけ高めようが怪霊獣と同等になることは無い。
人間と怪霊獣にはそれだけの壁がある。
更に彼女は怪霊王たる自分にも偉そうに上からものを言う。
それは自分が封印を受け、弱体化しているからという余裕から来るものであり、不当も甚だしい態度だ。
しかしやはり、その気迫と研ぎ澄まされた殺意は称賛に価する。
もしも彼女が従順な怪霊獣ならば、自分の下僕として日夜共に過ごすことを許してやってもよかったのに、と。
それが、心の凍てついた彼女に対して傲慢な彼が抱いた最初の印象だった。
ヴィスドミナトル(封印解除率0.00001%)
握力500kg
パンチ力1.4t
キック力3.4t
耐久度840
走力34m/s
霊力99,999,999
怪霊領域9
回復力1
術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊
ディアナ・テネリタス
握力80kg
パンチ力200kg
キック力500kg
耐久度120
走力8m/s
霊力5150
怪霊領域4096
回復力1
術: 仙攻丹、我霊閃、我霊射、読霊、収霊、操霊、発霊