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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
遺恨之篇
36/67

三三ノ業 埋まらない溝、メデューサを倒し得るのは…

 パロへと辿り着いた頃、既に太陽は地平線に沈みかけていた。

 窓から差し込む斜陽に朱く染め上げられた城内の通路を三人縦並びで歩いていると、その背後から「おーい!」と声が掛かりパタパタと駆け足が近付いてきた。


 振り返って見れば、居ても立ってもいられないといった様子で急いだクレドと、その後ろを神仙が神妙な面持ちでゆっくりと歩いていた。

 クレドはヴィスやルナを通り過ぎてディアナの前まで進み、息を切らしながらも「無事?」と訊ねた。


「え、ええ…。無事は無事だけど…どうしたの?」


「ど、どうしたも何も……ディアナ達が出発した後、ソウラモンブルの調査依頼が出た経緯について詳しく調べてみたんだ。そしたら、元はアルビノの少年が城の兵士に訴えた話で、半信半疑で調査隊を派遣したら事実だと判明したって経緯があったんだ。…『アルビノの少年』だったって言うんだよ! 例のペール・ルナールも確かアルビノで…、もしかしたらディアナを誘い出すためだったんじゃないかと…」


 クレドはそこまで告げてからハッと口を手で押さえ、ルナの方をチラリと見る。

 ルナはそれに悲しそうな笑みを浮かべて、「そうだな…」と頷いた。


「多分、そのアルビノの正体は、人間に化けたにぃちゃんでい。クレドの言うとおりだ、にぃちゃんはオレっち達と話をするためにあの場所を教えてきたんでい。そんで、『自分は本気で人を殺せる』って見せつけるためだけに、村のやつらを殺したんでい…」


「…いや、ごめん。僕は、ただ……」


 彼は急いで弁明しようとしたが、その弁明に意味があるのかと悩み、結局何も言えず俯いてしまった。

 直後、そのどんよりとした空気を引き裂くようにヴィスが割って入る。


「事情は俺様も、その二人も把握している。スティリウスの野郎とも会ったぜ。これはその二人の問題だ。貴様が如何に心配していようと決着をつけるのはその二人だろう。ならば外野が口を挟んでも邪魔にしかならん。貴様にできるのはディアナを信じ、黙って見守ることだけだ。ルナの味方には俺様がなってやる。ディアナのことは貴様に任せた」


 彼の発言にはクレドはもとより、ディアナもルナもポカンと口を開けて驚いた。

 そこへ機嫌良さそうに「カッカッカッ」と笑いながら神仙が到着し、ヴィスの肩をパシパシ叩いた。


「たまには良いことも言うもんじゃのう。こやつの言うとおりじゃぞ、クレドよ。お前さんはしっかりディアナを支えてやれ」


「馴れ馴れしく触るな、老い耄れ。殺すぞ」


「あれれぇ? こいつワシには優しくないぞ~?」


 おっかしいぞ~、と暫し首を捻っていた神仙だったが、ヴィスの態度が相変わらずなのを感じると溜め息一つで気持ちを切り替え、「ときにディアナ嬢」と真剣味を帯びた声を掛ける。


 囃し立てられたような気になって頬を染めていたディアナとクレドは、背筋を正して神仙に身体を向ける。

 ルナはぽーっとヴィスを見つめたまま、色々な思いが脳裏を廻っていた。


「この後は空いておるか? 皇帝に調査報告か?」


「いえ、今日はもう夕刻ですから、一度帰還だけを皇帝に伝え、詳細の報告は翌朝に行いたいと考えています。そのための報告書も夜に(したた)める予定なので、もし用事でしたら九時までのところで――」


「あぁいや、そんなに時間は掛けんよ。少しだけ付き合っとくれればよい。実はワシ、明日からちぃっとエクソシスム連邦国に出張するんじゃ。現場で直接仙活湯を作ってくれとの依頼でな」


 ディアナは神仙の突然の報告にピリッと空気を張り詰めさせ、


「…前線が、激化しているんですか?」


「いやいや、そーゆーことはないぞよ」


 神仙は安心させるようにカラカラと笑って手を振る。


「やはりどうも怪霊獣の奴らは本気でエ連を潰すようなつもりはないようじゃ。定期的に攻めてきては五百人きっかり殺して撤退していく。先日も丁度五百人が殺されたらしい。それでも負傷者は大勢いるので仙活湯が必要ということらしいのじゃ」


 ディアナは神妙に眉を寄せ、そこへフン…とヴィスが鼻で笑うので訝しげに振り向いた。

 彼は、それはそれは楽しそうに笑っている。


「俺達怪霊獣は常に強い敵と戦いたいのだ。今のひ弱な人間を全滅させても何ら面白くはなかろう? だからそうして定期的に発破をかけてやって追い込み、その極限状態から人間どもが進化するのを待っているのさ。殺されたくなければ必死に強くなることだ」


「…あなた、結局あたし達と怪霊獣、どっちの味方なのよ…?」


「味方? …何故今更そんなことを訊く? 何度も言ったろう、俺様はディアナとルナの味方をすると」


「じゃあ、今の人間が滅ぼされるのを好しとするような発言は何?」


「…貴様の言いたいことが分からんな。人間どもを滅ぼすことと貴様らの味方をすることが何か関係あるのか?」


 彼は心から不思議そうにしてそう首を傾げた。

 …その時彼女は、唐突に自分が大きなことを見落としていたのだと知った。


 それは本当に唐突の気付きで、その戸惑いは、今日まで培ってきた信頼に疑惑を植え付ける。


「…あなた、まだ人類を滅ぼすことを正しいと考えているの?」


「『正しい』? 貴様は何を言いたいのだ。ならば貴様は怪霊衆を滅ぼすことを正しいと思っているのか? 正しい正しくないではないだろう、これが俺様の望みだ。旅が終わり、封印を解けば、俺様は再びこの世を強者のための理想郷へと作り替える」


 彼女は息を呑んで彼を見つめた。


 …そう、彼は根本的には更正などしていない。

 ただディアナとルナに絆を見出だし、その二人と周囲を取り巻く環境に対して物腰が柔らかくなったに過ぎないのだ。

 強者は横暴に生き、弱者は踏み潰されるべきという彼の基本理念は、未だ純粋なまでに真っ直ぐ突き通されていた。


 それを思い知らされて彼女が抱いたのは、敵対心ではない。

 ただショックだった。

 気を許していたつもりが、また理解できなくなってしまった。

 彼女はそれだけが悲しくて、彼の理念を頭ごなしに否定するような気は起こらなかった。


「まぁ、人間自体が進化しなくとも、怨霊達の想いが新たなる怪霊獣を産み出してくれれば、それはそれで俺様の本意だがな。寧ろそちらの方が可能性が高いだろう」


 ヴィスは彼女の心境など露知らず、思い付いたままに話すのだった。

 そんな彼の言葉に、「なに、怨霊が怪霊獣を…?」と神仙が興味深そうに首を突っ込むも、ディアナの悄気込んだ様を心配したクレドが折悪く提案して遮ってしまう。


「神仙様、とにかく話は後ほど、ディアナ達の部屋に赴いてからにしましょう。旅から帰ったばかりで疲れてるでしょうし」


「…うむ、そうじゃな。一旦解散じゃ。ではディアナよ、後で行くからな」


 渋々ながら頷いた神仙は、クレドと共に来た道を帰っていった。

 あと三人は居心地の悪い静寂に取り残され、その元凶たるヴィスだけが不可解そうにディアナとルナを見て「…皇帝のところへ行かんのか?」と急かす。

 ディアナはスッと顔を上げ、平静を取り繕って歩き出した。


「報告はあたしだけで行くから、ヴィスとルナは先に部屋へ」


「ふむ、そうか。…ではルナ、行くぞ」


 先を進むディアナの背に答え、ヴィスはルナを手招きで呼び寄せる。

 ルナはせかせかと彼の隣を無言で歩いた。


 そしてディアナと廊下を別れると、同時に漸く口を開いた。


「ヴィスよぉ、ディアナが人間殺さないでくれって言ったら、人間滅ぼすの考え直してくれるか?」


「ああ」


 ヴィスの即答は意外で、ルナはバッと振り返って目を見張った。


「…や、やめてくれんのか…?」


「奴が嫌がるなら敢えて滅ぼすことは無い。元々俺達が人間を消したかった理由は、『人間が弱く醜いから』、そして『地球を汚す無作法者だったから』だ。その心根さえ正せれば必ずしも殺す必要は無い。…まぁ、俺様の楽しみが減ってしまうのが考えものだがな。それは雑魚の怪霊獣を殺して憂さ晴らしでもすれば良かろう」


「そ、そうか…。…ま、とりあえずそれでいいよな」


 ルナは彼の理論にはついていけないものの、期待する回答を得られたので満足する。

 後でディアナにも伝えてやれば、少しは不安を薄めてやれるだろうと考えていた。


「…妥協点があればいいんだよな。本当に他人の気持ちを変えるなんてことができるなら、始めっから苦労しねぇんだから」


 兄の蛮行を思い返し、ルナは一人悲しく目を細めた。



※※※※※※※※※※※



 食事とシャワーを済ませたディアナ達の部屋へ、神仙とクレドが一時間置いて現れた。

 ディアナ達はベッドに、訪問者二人は壁沿いのソファーに腰掛けて向かい合い、少々の世間話の後に神仙から切り出す。


「率直に訊く。メデューサを倒す算段はついておるのか?」


 ディアナは今一度自らに問い掛け、小さく頷いて答える。


「…一応。眼を合わせたら石にされてしまいますので、目を瞑って読霊で位置を把握しながら接近し、仙攻丹の一撃で決めればよろしいかと」


「現状の仙攻丹で確実に倒せるのか?」


「それはまだ分かりかねます。メデューサがどれほどのスピードを有しているかは知り得ませんから。ですが、あたしが取れる選択では最も効果的かつ現実的な手段と思います」


 神仙は顎髭を撫でて「ふむぅ…」と息をつくと、我関せずという風に他所を向いているヴィスを向いた。


「ヴィスよ、お前さんから見てどうじゃ? ディアナの仙攻丹で倒せそうか?」


「さぁな。単純なスピード勝負ならばディアナの勝ちだろうが、まず読霊を使いながら仙攻丹も使うなどと器用なことが本当にできるかどうかだ。少なくとも俺様は、二つの術を同時に用いるなど余程集中していなければできん」


「そうすると? どうなるのじゃ? ワシゃあ怪霊術は色々編み出したが戦術は専門外での」


「…自然、仙攻丹を使用する直前に読霊を切ることになろう。しかし目を瞑ったまま攻撃を仕掛ける場合、相手がその場を動いていれば敗けてしまう。メデューサは常に目を開けて戦っておるのだからな。倒すには、絶対にメデューサに悟られない状態から攻撃を仕掛けるに限る。…つまり最も有効な戦術は本来、『狙撃』だ」


 神仙は、それらの話を聞いてどうかと問うようにディアナを向く。

 彼女は即座にそれに頷き同意を示した。


「彼の言う通りですね。霊玉操が使えないあたしには異なる術の同時使用はできない。メデューサの位置を遠距離から特定して、立ち止まっている所を一瞬で攻めるしかありません。…そしてその攻撃手段も、本当なら即時性の高い遠距離攻撃……我霊射が適切でしょうが、あたしは我霊射に耐える身体を持っていません」


「…ふむ、じゃから仙攻丹しかない、ということか。…確実ではないが、ディアナができる最善の戦法はそれじゃろうな」


「はい。…それに、問題はもう一つあります。もしメデューサの方も読霊を使用していた場合、お互いが怪霊力を展開しているので、いつまで経っても読霊が相手の身体まで届かないでしょう。…そうなれば、そもそもの大前提である『読霊で探知して戦う戦法』が成り立たなくなります。その場合はメデューサが読霊を解くまで待つしかありません」


 渋い顔をしている神仙にもディアナは冷静に向かい合っている。

 そうして彼女は、ヴィスの方を一瞥して「…言うだけ言うけど」と予防線を張りながらも告げた。


「ヴィス、あなた、メデューサと戦ってくれる?」


 彼はそっぽを向いたまま振り向こうともせずにいて、彼女は少し言い淀んだ。


「…あなたなら我霊射が撃てる。それにきっと、我霊射なんて無くても読霊さえ展開すれば肉体一つで戦えてしまう。あたしが仙攻丹を使うよりあなたはずっと強い。…ねぇ、引き受けてはくれない?」


「……俺様は楽しめるがな。貴様はそれで本望だと言うのか?」


「…本望も何も、それが一番効率が良くて確実でしょ」


 彼女が視線で訴えても、ヴィスはやはり振り返らず黙り込んでいた。

 …それはそうだ。

 今は味方と言えども彼は元々怪霊衆の一員で、ディアナが始めたこの旅に積極的に戦力となってくれる謂れは無いのだ。

 特にこれはディアナが果たすべき使命であり、それを投げ出すようなこの申し出は厳格な彼にとって忌むべきものだろう。


 彼女は溜め息をつき、「…馬鹿なこと言ったわね、忘れて」と笑った。

 しかしその直後、彼は「いや…」と振り向いた。


「分かった。俺がやろう」


 その回答に驚いたのはディアナだけではなく、ルナも、神仙も、クレドも目を見張っていた。

 ヴィスは真剣な面持ちでディアナだけを見つめている。


「…い、いいの?」


「俺様は殺しが好きだ。強い相手ならばなおのこと楽しい。…了承する理由などこれだけで十分だろう?」


「……いいなら、お任せするけど…」


「ただし、最悪戦えるだけの準備はしていろ。状況によっては俺様にも庇いきれん局面もあろうからな。その方が貴様も安心だろう」


 ディアナはホッとしたのも束の間、何か取り返しのつかない過ちを犯したような気になって悶々とした。

 …整理しきれぬ自戒の念が延々胸の戸口を叩いてくるような、そんな居心地の悪い心境で俯いてしまう。


「…ふむ、なるほどの。……まぁ、それも良いのかもしれんな」


 神仙はひっそりと微笑んで、ディアナには聞こえぬように呟いた。

 しかし隣に座るクレドには聞こえている。

 クレドはディアナの身を案じなくて良い安堵と、彼女が自身の決意を容易く挫いてしまったことへの危惧との板挟みに遭い苦々しく顔を歪めた。


「…ディアナ、ホントに我霊射撃てねぇのか? どうしてもヴィスに任せねぇとダメか?」


 ふと、ルナだけがディアナの結論に疑問符を浮かべた。

 それが彼女なりにディアナを気遣っての問い掛けだったことは誰の目にも明らかで、ディアナは優しく笑い返して右腕を捲った。


「じゃあ、あたしが我霊射を撃ったらどうなるか見せてあげる。…お師匠様、すみませんが回復力を…」


「いやぁ、そんな無理してまでせんでもええじゃろうに…。……まぁ、ワシも今日はもう寝るだけじゃしええか。ほれ、回復力十万倍にしといてやろう」


 神仙は溜め息混じりに彼女の腕に触れ、バチッと怪霊力の放電を瞬かせて離れた。

 彼女はそれに「ありがとうございます」と一礼すると、その腕を人のいない方へと向けた。


「じゃ、行くわよ。よく見ててね」


「えっ、こ、ここで撃つのかっ? ここ部屋ん中だぞ!?」


 そうして慌てているルナにディアナはクスリと笑い、僅かに冷や汗を流しながら青い閃光を放つ。

 その細い光は腕から離れると一瞬の内に威力が減衰していき、たった一メートル届くか届かないかという所で宙に溶けるように消えてしまった。


 そして、そんな弱々しい我霊射を撃っただけの彼女の右腕は、皮膚が剥がれ、肉が割れ、骨はズタズタに砕かれて軟体のように曲がりくねっていた。

 ディアナは全身にぶわっと脂汗を掻いて歯を食い縛り、右腕を突き出した姿勢を必死に維持する。


「…ディ、ディアナ…腕…」


 ルナは彼女の様子や腕の有り様で怖くなってしまいすっかり青冷めていたが、神仙の補助のお蔭で腕は見る見る内に修復していく。


 肉が引っ付き、瘡蓋が覆い、すぐに新しい皮膚ができていく。

 その裏で骨も元のように繋がっていき、十秒もするとディアナの表情にも余裕が戻ってきた。


「…こ、この通り……たった(いち)の怪霊力の我霊射で腕が使えなくなってしまうの。…我霊射は大気中の怪霊力とぶつかって減衰していくから、威力の無い我霊射では遠距離攻撃なんてできない。…だから、あたしでは無理ってこと」


「う、うん…。分かったけど…怖ぇからもう無しな、それ。な」


 冷や汗を混じりに頼むルナにディアナが笑い返し、傷跡もくっきり消えた右腕を擦りながら一息つく。

 それを見届けたクレドも冷や汗もので、大きな溜め息をついてソファーを立つ。


「ディアナ、要らない無理はしないでよ。もっと自分を大事にしてくれないと僕も悲しいし、…純粋に心臓に悪い」


「あ、ごめんなさい。でもこのくらいのこと、特に無理でもないから…」


 ディアナは頬を染めて嬉しそうに笑い、彼が大切そうに彼女の腕に触れるのを眺めた。

 そこへ神仙が咳払いして「話の続き、良いか?」と遠慮がちに問う。

 ディアナは急いでクレドの手から右腕を隠し、「ど、どうぞ」と真っ赤な顔で促した。


「メデューサに対抗する手段は分かった。では、そのための修業として何をする予定だったのかを聞きたい。結局はヴィスが戦うことになってしまったが、修業の予定そのものは変わらんはずじゃろ? 今のところ、どう考えとる?」


「…そうですね…まず、あたしの欠点は『使える力に制限があること』に尽きます。もっと怪霊領域を広げて、貯蓄できる怪霊力を増やないと…」


「経練の行を続ける気か?」


 神仙の声音は低く、鋭く彼女の言葉を割いた。

 ピリッと張り積めた空気にルナやヴィスも彼を見つめる。


「やめておけ。あれを立て続けにやるとどうなるかお前さんはよく知っておるはずじゃ。また二週間も目覚めなくなってしまっては本末転倒じゃろ。下手すりゃメデューサの姿も拝めず死ぬことになるのじゃぞ」


「…そう、ですよね…。……でしたら、やはり怪霊力の補充力を上げるのも手ですね。収霊では怪霊力の補充に時間が掛かってしまう。…今ルナが修得しようとしている…『吸霊』という術。あれなら相手の怪霊力を自分のものとして吸収できるので素早く怪霊力を回復できます」


「うむ、それは良いじゃろうな。修得するに超したことはない。…しかし、ちと仙攻丹に頼りすぎじゃな。お前さんが持つ本来の強さを忘れてしまっておる。今のお前さんに必要な修業は新たな怪霊術を編み出すことではなく、既存の強みを理解することじゃ」


 神仙はそうアドバイスすると、ガラリと表情を柔らかくした。

 ディアナは彼の目を見てその真意を探った。


「…と、言いますと…?」


「お前さんの師匠はワシだけじゃないじゃろ?」


 暫しぽーっと考えていた彼女は、彼の発言の意味を理解していくに連れ、口を開けて顔を強張らせていった。


「…ま、まさか、ルキウス様を…」


「うむ、呼んどいたぞ。明日城に到着するそうじゃ」


 サーッと顔を青くした彼女に神仙はカッカッカッと楽しげに笑った。

 続いてルナに顔を向ける。


「お前さんには残り三つの術のやり方は教えておいたよな。あと少しで修得という所まで行ってたはずじゃし、術に関してはそれを完成させて一旦終わりじゃ。吸霊のやり方もお前さんからディアナに教えてやってくれ」


「りょ、了解です。…そんで、それが終わったら?」


「うむ、お前さんの場合は怪霊領域を広げなければならんな。いくら術が増えたとて力が及ばなければ勝てはせんのだから。すぐには難しいじゃろうが、経練の行を行えるように少しずつディアナに修業をつけてもらいなされ。吸霊を教えるのと交換じゃ」


「わ、分かりました、神仙様」


 コクコクと頷いたルナに満足して、次に彼はヴィスの方を見る。

 ヴィスは物怖じなどせず真っ直ぐに睨み返していた。


「お前さんの方は何か修業の予定はあるか?」


「山積みだ。まずルナが覚えている術は全て修得せねば気が済まん。仙攻丹も自力で編み出す。そして老い耄れ、貴様が俺様の我霊射を誘導して外させたあの術…あれも修得してやる」


「ほぉー、欲張りじゃなぁ~。…しかし、我霊射外しは別に特別な術でも何でもないぞ。怪霊力が同じ波長のもの同士で引かれ合う特性を利用して逸らせているに過ぎん。…ま、やるなら『我霊射外し』、『幻弄』、『洗脳変化』の順で挑戦するのが良かろう。後の術はオマケくらいのつもりで良い。『具象変化』はお前さんの体質で修得するのは至難の業じゃろうし、『吸霊』も『仙攻丹』もお前さんには不要な術じゃろうからな」


「…フン、上等だ。次会う時には全て修得してみせてやる。具象変化もだ」


 神仙はケラケラと笑って「楽しみにしとるよ」と返した。

 そしてパチンと両手を叩き、部屋の淀んだ空気を一掃する。


「さて、話は終わりじゃ! よしクレド、お前ディアナを連れてどっか行け。リフレッシュさせたるんじゃ」


「…は、はい! ディアナ、行こう」


 示し合わせていたように速やかにやり取りし、クレドはディアナの腕を引いてドアへと歩き始める。

 とうの彼女は困惑してクレドと神仙とを交互に見ながら、


「ちょ、ちょっと待って! あたし、このあと報告書…」


「そんなの明日でいいさ。ほら、どこか遊びに行こう。僕が奢る」


「お師匠様、あのっ、前に言っていた『始まりの場所を巡れ』との件は…」


「あぁ、それ、やっぱまだやらんでよい。今はとにかくあの鬼師匠にしごかれてこい」


 クレドと神仙に言い返され、ディアナは残る二人に縋るような視線を送りながら連れ拐われていった。

 ヴィスとルナは互いに首を捻って顔を見合わせる。


 廊下の足音が遠ざかっていくと、また神仙が真剣な面持ちで問い掛ける。

 ヴィスは呼ばれずとも自分に問うたと気付き答えた。


「…お前さんなら己の使命を曲げるような真似は許さんもんじゃと思ったが、どうしてディアナの代わりにメデューサと戦うことにしてくれた?」


「さっき言ったろうが。メデューサを殺すのが楽しそうだからだ」


「それだけじゃなかろう。お前さんはそこまで単純ではない」


 フン、とヴィスは鼻で笑うが、神仙の視線は未だ真っ直ぐ彼へと向けられている。

 暫し眼を逸らしていた彼は、追及を逃れられないと悟った。


「ディアナは戦いを望んでいない。そして怪霊衆を滅ぼす使命も、奴が納得して背負ったものではない。…このまま奴が沈むばかりなら、そんな使命貫かせる意味も無かろう。だから奴に代わり俺が全うする」


「…うむ、そんなところじゃろうと思ったぞ。随分甘くなったのう、お前さん」


「貴様だってディアナに命じていた試練を撤回したろうが」


「そりゃあ、今あやつに自分の過去を見つめさせても気持ちを暗くする一方で実りがないからじゃ。効率を考えたまでじゃよ」


 彼らは互いに笑い、そして悩んでいた。

 その『悩み』をルナが言葉にする。


「…ディアナ、あのままでいいのかな? 正しいのかな、これで」


 しかし三人とも、その答えを持ち合わせない。

 答えを選ぶのはディアナ自身……彼らがどれだけ案じようと無駄なことだった。


「…そういやヴィスよ、お前さん確か怨霊がどうとか…」


 神仙はそう切り出そうとして、ふと思い直し、「いや、やめよう」と首を振った。

 物憂げにしていたヴィスは覇気の無い声で「何だ?」と問うが、神仙は何も答えなかった。


 …どのみちメデューサを倒すのがヴィスならば、無理に確かめることはない。

 そうでなくとも、既にスティリウスという大きな波紋が立つディアナやルナの道程に、これ以上余計な波を立てることはないと考えた。


 ――怪霊獣が如何にして生み出されるか、神仙はその謎を胸にしまい込んだ。

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