表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
遺恨之篇
30/67

二七ノ業 立ち止まる女、追い掛ける少女

 ディアナは返答に時間を要した。

 困ったのではない、彼女に許された答えは決まっているのだ。

 しかし彼女には、どうしても首を縦に振りたくない理由があった。


 だから、やはり彼女は少し怒った。


「…そこまで仰るのでしたら、分かりました。クレドと一度会ってきます」


「いや、一度だけではダメじゃ。何度でも会え。休息を取るべき日には必ずあやつと話をするようにせい」


 譲歩してやって出した回答が即座に否定されたので、ディアナにも怒りを隠す理由が無くなった。

 神仙に噛みつき始めたディアナの姿は、まるで駄々を捏ねる子供のようであった。


「…何故ですか。そんなことをして、僕が使い物にならなくなったらどうしますか? そうならないためにずっと会わないでいるんですよ、お師匠様はそのことを――」


「あぁ、分かっとるよ」


「じゃあ何でですか!? あたしはっ…! …僕が、戦い続けるためには、彼の存在が隣に在ってはいけないんです、邪魔なんですよ!」


「…その認識を改めさせるために会わせるのじゃよ」


 ディアナは目を見張り、全く理解ができないというように忌々しげに神仙を睨んだ。

 そのやりとりを見ていたルナは、柄にもなく怒声を上げるディアナの気迫に怯えてトテトテとヴィスの傍に駆けていき、ソファーに隠れるようにして彼女を見つめた。


「…な、なぁヴィス、ディアナが言ってること、意味分かっか…? クレドってぇのと会うと、何で戦えなくなるってんでぇ?」


「知るかよ。…まぁ、様子を見るに奴の心の問題のようだがな」


「…こ、心の…。…むぅ…?」


 不思議そうに話し合うルナとヴィスだが、その会話はディアナの耳にしっかり届いている。

 八つ当たりでルナ達を睨んでしまうディアナに対し、神仙は叱るように低い声を作って語り掛けた。


「ディアナよ、お前さんの考え方は分からんでもない。じゃが、はっきり言って青二才の思考回路じゃ。見栄っ張りで軽薄で下らん、プライドに縛られた感情じゃよ。その考え方こそ、さっきワシが言った『弱さから目を背けている』ということなんじゃ。……もし、クレドと再会して話し合って、それで本当にお前さんが腑抜けてしまうのなら、それは仕方の無いことじゃ。それをしっかり受け止めなければならん」


「…『腑抜けたら仕方無い』じゃ済まないでしょ!? そしたら誰が怪霊衆を倒すんですか! 僕が生きてる限り、その役目を果たしていかないといけないのは僕なんですよ!」


 神仙は物言わずディアナを睨んだ。

 それに少しは狼狽えた彼女だが、すぐにキッと睨み返す。


 暫しそれが続くと、不意に神仙が肩を落として大きな溜め息をつく。

 そしてルナの方を振り向き手招きをした。


「待たせてすまんのぉ、ルナさんや。早速じゃが修業をつけるぞい。ヴィスよ、お前さんもついてこい。三人で甲板でやるぞ」


 そう告げてディアナを横に押しやり、部屋の出入口へと差し掛かった神仙に、ディアナは何も言わず敵意を向けた。


 ルナはその光景を見て「えっ? えっ?」と困惑し慌てていたが、ヴィスはすぐに立ち上がって神仙のいる方へと歩き出す。

 そのためルナも置いていかれないように渋々進み始めた。


「ディアナよ、お前に何を言っても無駄なこと、よぉ~く分かった。クレドと会うか否かはもう自分で決めろ。ここで言い合っても時間の無駄じゃ。お前よりルナさんに時間を使った方がよっぽど有意義じゃったよ」


 ディアナは目を見開き、顔を赤らめ、両手をキュッと握って唇を噛んだ。

 そうして震えながら俯いている彼女を振り向きもせず、神仙は一人廊下へ出ていった。


 ヴィスは彼女の前で立ち止まり、少し眉間に皺を寄せてその姿を眺める。

 彼と一緒に歩いていたルナは、彼女の傍が居たたまれなくて、


「ディ、ディアナ! 頑張ろうな、オレっちも頑張っからさ!」


 と声を掛けるなり足早に出ていってしまう。

 しかしヴィスはいつまでも留まっている。


「…何…? …行ってよ」


 掠れて震えた声が、喉に突っ掛かるようにして彼女の口から飛び出した。

 そして、その声に引っ張られて目頭が熱くなり、それを隠すようにまた深く俯く。


 ヴィスは口を開こうとした。

 しかし何も言葉は見つからない。

 だから、彼が知っている慰め方は一つだけだった。


 ヴィスはディアナの頭にそっと右手を乗せた。


「――やめてっ!」


 彼女は余裕の無い大声を上げてそれを振り払った。

 パシンッと乾いた音を立てて叩かれた彼の手は力が抜けたようにプラプラと垂れ下がり、彼は手の痛みには関心を持たなかった。


 ポロポロと、涙すら頼りなく溢れた彼女の泣き顔にこそ、彼の眼と心は奪われていた。


「…やめてよ…ほんとに…」


 そう弱々しく繰り返して、彼女は両手で目を押さえる。

 そのままヨタヨタと後退り、背中が壁にぶつかると、ズルズルと滑るようにしてその場に座り込む。

 そして声も出さず、次々に流れる涙を手の甲で拭い続けていた。


 ヴィスはやはり言葉を見つけられず、自らの右手を見つめた。



※※※※※※※※※※※



 ルナが甲板に出ると、神仙は遠くの海を虚ろに眺めていた。

 その眼差しが剰りにも儚く、今にも消え失せてしまいそうな何かを感じさせるので、ルナは少しの間身動きが取れなかった。


 しかし、すぐに神仙が彼女に気付いて振り返る。

 そうするとまたいつもの優しい表情に戻るので、彼女は少し戸惑ってしまった。


「さっきはすまんかったな、ルナさん。あまり気分の良くないものを見せてしまって」


「…あ、や、いいけどよ…」


「優秀には優秀なんじゃが、ちょいと気難しい子でなぁ…時々こうやって誰かが正してやらんとすぐに危ない方向に行ってしまうのじゃよ。…今のディアナを叱ってやれるのはワシだけじゃから、…時間のある内に、やれることはやってしまわんとな…」


 神仙は物憂げにそう呟いた。

 一心にディアナを心配しているからこそ、彼は先程のような態度を取ったのだと、ルナにもやっとはっきり理解できた。

 そのため、彼女はクスリと笑った。


「…何か不思議な感じだけど…やっぱ神仙様も、ディアナのお師匠様だったんだもんな…」


「……そうじゃなぁ。…ルナさんも、ディアナが時々厳しいことを言うかもしれんが、お前さんのことを想ってのことじゃというのを忘れんでやっておくれよ。…どうしても嫌で堪らなくなり、嫌ってしまうこともあるじゃろうが、それでも教えられたことだけはよぉく受け止めてやってくれ。師というのは、弟子の成長こそが何よりの糧となるのものじゃ」


 神仙の言葉は温かく、ルナはそれににっこりと笑って大きく頷いた。

 かくしてその話は終わり、暫しヴィスが来るのを待っていた神仙だったが、一向に現れる気配が無い。


「…ふむ、仕方無いのぉ。一足先に修業に入ってしまうぞ」


 神仙がそう宣言するとルナはピシッと姿勢を正して小さく頭を下げ、


「はい、よろしくお願いします!」


 神仙は彼女の礼節ある態度にディアナの指導の良さを思い、満足そうにカッカッカッと笑った。

 そうして修業は和やかに始まる。


「ではまずルナさんに、これからメデューサとの戦いまでで習得してもらいたい技のことを教えておくかの。今覚えておるのが、我霊閃、我霊射、読霊と、…心依作用による飛行じゃったな?」


「はい、その四つです」


「うむ。…怪霊術師の基本は、我霊術、変霊術、操霊術、発霊術の四つを使いこなすことじゃ。今ルナさんが使っておる技は四つとも我霊術に当たる。己から引き出した怪霊力を用いる技じゃからな」


「…まだ三種類も覚えないといけないです」


「カッカッカッ…! 実はな、我霊術をマスターしたらその後にやるべきことはたったの一つしかないんじゃよ! …よいか、まず、変霊術は怪霊力の波長変化を利用した技の総称じゃ。自分以外の何者かの霊力の波長を読み、自らの怪霊力をその波長に合わせる。もしくは自分の周囲に漂う怪霊力を自分の波長に合わせることで取り込む…と言った具合じゃな。…操霊術というのは、怪霊力を対象物と同じ波長にして命令を送り込むことで操る技。発霊術も波長を変化させて放出し物体を発生する技じゃよ。――つまりは、『波長を変化させる』という技術を習得すれば我霊術の要領と組み合わせるだけで技が幾らでも生み出せる訳じゃ! どうじゃ、そう考えると簡単じゃろ?」


 おおぉ…と感心して口を開け、コクコク頷くルナの様子に益々神仙は喜ぶ。


「ルナさんは真面目で嬉しいのぉ…! ディアナが修業し始めた頃はそれはもうやる気も自信も無くて――…あぁいやいや、老人は思い出話ばかりでいかんな。……さて、そうすると、普通ならここから先は波長の変化が修業のウェイトを占めることになるんじゃが、ルナさんはその前に習得できる技があるんじゃ。…『具象変化(ぐしょうへんげ)』という技があるんじゃが、知っておるかの?」


「ぐしょー…へんげ?」


「野狐が使っておる技なんじゃが、簡単に言うといろんな姿に変身できる技じゃ」


 野狐と聞くとルナはすぐに思い出した。

 …コカトリスに跨がって現れた少女が、見る見る内に野狐の姿へと変わっていったあの光景…あれこそが具象変化という技だったのだ。


「あっ、あぁっ!」


 納得した、と人差し指を立てて繰り返し頷く彼女に微笑み、神仙は更に続ける。

 丁度そこでヴィスも階段を登って現れたが、幸い考え事をしている様子だったため神仙は彼には構わなかった。


「生き物っちゅーのは、心のままに身体を変化させる力を誰しもが持っておるのじゃよ。個人差はあるがな。…例えばじゃが、生き物は産まれた時は赤ん坊でも時間が経てば身体が大きく、強くなりやがて大人の身体になる。これも先祖から引き継がれた遺伝記憶が細胞に刻まれており、それの記憶の影響で肉体が変わっていくのじゃ。怪我が治ったりするのは肉体にそういう機能があるからじゃが、それだって実は皆無意識の内に『怪我が治るように』と心が働きかけておるんじゃよ。……具象変化という技は、怪霊力で自分の身体に命令を送り、思い描いたように姿かたちを変えてしまう技なのじゃ。『猫になれ~』とイメージして使えば猫の姿に、『剣になれ~』とイメージすれば剣になる。重さは変わらんし、硬さを変えるのも精々骨くらいの硬さまでが限度じゃろうけど、大きさや質感は術者の思い通りじゃ」


「へぇ…、す、すげぇ。…あ、でも、剣に変わった時とかって内臓はどうなんでぇ? 内臓が無いと獣も人も生きられねぇってディアナ言ってたぞ」


「勿論元が生き物じゃから、生命維持に必要な器官やらが無くなっては死んでしまうな。身体の中身は、構造と機能は変化せず、姿に合わせた大きさと配置に切り替わる。目鼻や口などは皮膚の下に隠れるか、超微細になるかじゃろうな。ここら辺は無意識に防衛本能が働いて調整されてくれるから心配要らん。…あ、『目を一つ増やして見えるようにしよう』などはやらん方がいいぞ。そういう肉体構造を弄くり回すようなことをすると、防衛本能が働かず最悪身体がめちゃくちゃになって死んでしまうからの。姿を変えるだけにしておけ」


 ルナは額に冷や汗を浮かばせて「とんでもねぇな…」と苦笑いし、神仙はそれを安心させるべく、「まぁ普通にやりゃあええ」と笑い掛ける。

 ヴィスは甲板から手摺に触れて海を眺め、まるで彼女らに関心を払わないでいた。


「…よし、案ずるより産むが易しじゃ。とりあえずやって見せるんで直感でやってみい。まずは爪を一本だけ伸ばすくらいの小さな変化(へんげ)から」


 神仙は言うが早いか早速ピンと人差し指を顔の前で立てて見せ、その爪を二十センチもの長さに伸ばした。

 ルナは『あんま参考にならねぇや…』と思いながら同じように指を立てて意識を集中させてみる。


「気を付けるんじゃぞ、心依作用で肉体を操作する感覚とはちょいと違うからな。頭の中でどんな姿になりたいかを想像して、それを全身の細胞に教えてやる感じじゃ。無理に身体を引き伸ばしたり縮めたりで形を作っていく訳ではないからな。それと、怪霊力は一とか少量でよい。怪霊力は変化のきっかけを生むためだけのもんじゃから、変化を持続させたり解いたりするのはお前さんの意思だけでできる。破壊的な感情も厳禁じゃ、明るく穏やかな気持ちで挑め」


「…むぅ…イメージ…穏やかに…」


 ルナは目を瞑って深呼吸し、心を落ち着けた。

 そして先程見た神仙の長い爪を思い出し、「…ん!」と声を上げて怪霊力を全身に行き渡らせる。


 すると、身体の中で風が騒ぐかのように、『ざわざわ』と表現する他無い奇妙な感触が広がった。

 ルナはそれにびっくりしてバッと顔を上げて瞬きする。


 当然具象変化は失敗し爪は伸びなかったが、それを見届けた神仙はカカカッと愉快そうに笑っていた。


「凄いもんじゃな、もう殆ど出来かけとるじゃないか! あとは怖がって変化を解いてしまわないように慣れさせるだけじゃな。とにかく怖がらないこと、それがコツじゃ」


「えっ、で、できてたのかっ? …じゃあ惜しかったな、もっかいだ」


 そうして暫しルナの好きなようにやらせながら、神仙はヴィスへと顔を向けた。

 相変わらず物思いに耽っていたヴィスだったが、神仙に「次はお前さんじゃ」と声を掛けられると鬱陶しそうに振り向く。


「…俺様にも変化(へんげ)を覚えろということか?」


「いやぁ、それとは別件じゃ。まぁ覚えるに越した事はないが、お前さんは生まれてずっとその姿ということじゃったし体質的に難しいかもしれんことは覚悟しといた方がええじゃろな」


「フン…。癪だな、いずれ覚える。…実際は何の用だ」


「怪霊領域いい加減閉じれんとマズいぞって話じゃ」


 ふむ…と頷いたヴィスだが、領域が閉じていた経験の無い怪霊獣には剰りにも難易度の高い要求であった。

 それを全て自力でやらせようとは神仙も考えてはいない。

 神仙は「こっちゃ来い」と小さく手招きした。


「本当は地道に挑戦させてやりたいが、今回は急を要するんでな。やり方を教えてやろう」


 彼はそう言って、傍まで歩いてきたヴィスの額に手を押し当てた。

 するとヴィスの頭の中に言語化できない複雑なイメージが飛び込んできた。


 額から手が離れるとヴィスは自らの頭に触れ、「何だこれは…」と訝しげに呟く。


「怪霊領域が閉じている時の感覚をイメージにして伝えてやったんじゃ。ちょいとそのイメージを元に練習してみい。しかし、できるだけ早く覚えるんじゃぞ。他者から受け取った記憶というのは頭に残りにくいからな」


 ヴィスは不満そうに神仙を睨み、「余計な手助けだ…」と言い捨ててまた海を見に歩いていった。

 しかしそんな態度ながらもしっかり領域の開閉を繰り返し試しているのは、神仙も読霊を用いて感知していた。


「あっ! できた! 神仙様、できましたよこれ!」


 ヴィスの背中を微笑んで見つめていた神仙は、ルナに呼び掛けられて振り返り「ほう!」と口を大きく開けて笑ってみせた。

 そこではルナが人差し指の爪をぐーんと伸ばして左右に振ったりしていた。


「そのまま他の指も伸ばせるかの?」


「はい! …ほらっ!」


 頷いたルナは両の手の平を広げて、それぞれの爪を無作為に伸び縮みさせて見せた。

 うむ、と力強く頷いた神仙は仕上げとして、


「よし、剣になってみせい」


「ほい!」


 少しいきなりな指示だったが、ルナは怖じ気付かず具象変化を発動した。

 スッ…と身体が銀色になって細くなり、その姿はスムーズに剣の形へと変わっていった。


 見事に長剣の姿に変わったルナはそのまま床に落ちて残された衣服から滑り出る。

 しかし床に触れて奏でられたのは金属らしからぬバタッという音で、直後剣は目にも止まらない速度でルナの姿に戻っていった。


 ルナは裸のまま踞って頭を押さえ、「痛ぇ~…打った~…」と涙声で呟いた。


「おおっと、すまんすまん! あっちを向いててやるから急いで着替え直しなされ。ともかく具象変化は完璧に出来ておったぞ! これでお前さんの技は五つじゃ!」


 神仙の紳士的な対応も、人間の文化に馴染みの無いルナにはただ不思議なものとしか思えない。

 彼女は片手で頭を擦りながらもたもたと服を着直し、特に羞恥心などは無く彼に話し掛けた。


「じゃー神仙様、オレっちって野狐が使える技を覚えられるってことですか? 具象変化は野狐の技なんですよね」


「ん、おぉそうじゃよ。野狐と言えば他には幻弄(げんろう)洗脳変化(せんのうへんげ)吸霊(きゅうれい)というものがある。いずれも変霊術に類するもんじゃから『波長変化』を習得せねばならん。先に操霊と発霊の修業をやってしまってもいいと思うが、その辺りはルナさんの好みで順番を決めてもらっても構わんぞ。今日のようにひょっとすると数十分で習得出来るかもしれんしな」


「ふーん…、分かりました。とりあえず波長のやつ頑張ります! 今からしますか?」


「それも良いが、今日は具象変化の精度を上げることに集中した方が良いかもじゃな」


 ふむふむと頷き、着替えを終えて立ち上がったルナは「神仙様」と呼んで振り向かせた。


「ちょっと神仙様に変身して練習してみます。違ったらアドバイスください」


「ほほう、いいぞ~。ワシのカッコよさを表現するが良い!」


 そう剽軽に言ってポーズを色々決めたりする神仙を、ルナは真剣な眼差しでじっくり観察する。

 そして一度変身してみて、微妙に体格が違ったり顔のパーツがずれていたりする何者かになっては解除してを繰り返していく。


 そのやり取りを横目で眺めながら、ヴィスは二人の傍を通り過ぎて階段へと向かっていく。


「…ん、部屋に戻るのか?」


 神仙が振り返って訊ねると、ヴィスは足を止めず答えて行った。


「用事は済んだ、留まる意味が無い」


「…ふむ、そうか。ディアナをよろしくのぉ」


 返答が無いまま階段を降りていった彼の姿を、神仙はまた満足そうに見送った。



※※※※※※※※※※※



 客室ではまだディアナが膝を抱えて座り込んでいた。

 扉を開けて入ったヴィスを上目でチラリと見て、彼女はまた顔を膝に埋める。


「……あなた…何で戻ってきたの」


「甲板にいなければならん理由は無い」


「あたしの所に居る理由も無いでしょ」


「…ある。上手くは言えんが、ある…気がする」


 立ち止まって答えていた彼だが、ディアナの返事が途切れたのでソファーまで進んだ。

 そうして腰を落ち着けてみるも、何かに責められているような心地でじっとしていられなくなる。


 それが数十秒、もしくは何分と続くと、不意にディアナの声が響いた。


「…クレドと、話をしてみる。多分上手くはいかないと思うし、話して何かが変わる気もしないけど……少しだけ、あたしの弱さって何なのか分かり始めた気もしてるから」


「…好きにするがいいさ」


 ヴィスの言葉は短かったが、その声は幾重にも深みを帯びているように彼女の耳には届いた。

 そのため彼女は、少し彼を頼ることにしたのだ。


「…あなたは、弱さって何だと思う?」


 以前の彼であれば、恐らくその問いに何の迷いもなく「己の敵だ」と即答していた。

 しかし今の彼は少し悩んでから、「…強さの裏返しだ」と遠い眼をして答えるのだった。


「孤高を気取る者は孤独に沈む。揺るがぬ者は縛られる。…強さを求め、それを己に課した者の背中に掛かる影こそが弱さだ。己を高めようともせん者は己の弱さに苦しむことも無い。…だから、今の貴様がそれに悩もうとしているならば、…きっとそれは以前より強くなった証なのだ」


 ディアナは呆気に取られた。

 彼の返答は今の彼女にとって、剰りにも崇高なものに感じたのだ。

 何故彼がそれほどの深い考え方をするようになったのかと、ただ不思議に思うばかりだった。


「…真の強さとは、何度でも己の弱さと向き合える力のことではないか…? ……俺にもまだ分からんのだがな…」


 ヴィスは自分にでも彼女にでもなく、今なお遠ざかっている名も知らぬ廃村の地中に問い掛けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ