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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
遺恨之篇
29/67

二六ノ業 忍び寄る憎悪、新たに旅路を始め直して…

 ――リーラ基地崩壊と同日、ラティナ帝国城内。

 平常時であれば国民すら易々と入り込めない固い守りを敷いたその城は今、兵士を総動員させてたった一人の侵入者を捜索していた。


「おい、いたか!?」


「いや、こっちには来なかった! …ちくしょう、とんでもないことになったぞ…!」


「お、俺達みんな首が飛ぶんじゃないか…? 大臣や上役達が全員殺されちまったなんて…」

 

 慌ただしい足音があらゆる場所から響いてくる中、フルプレートメイルに覆われた兵士達は息苦しそうに熱気を籠らせ、息を切らしながらその不安を共有していた。


 しかしそこへ大柄な体躯にマントを棚引かせた軍総司令官フリヴォラと、もう一人女性に見間違うほど小柄で細身な体躯をした兵士がアーマーに翻弄されながらも駆けつける。

 話し込んでいた兵士達は揃ってフリヴォラへと敬礼した。


「お前達、話している時間は無いぞ! 結局二階より上にもいなかった…。残るは一階か、既に逃げられたかだ! まだ探していない場所などは無いだろうな!?」


「は、…はっ! 一階担当のどの班からも未だ発見の連絡はありません!」


 内一人の兵士がそう返答するとフリヴォラは苦みきった顔で腕を組み、思案しながら唸り声を上げる。

 そこへ、連れてきた小柄な兵士が「あ、あの…!」と遠慮がちな大人しい声で呼び掛けた。


 フリヴォラもその兵士には全幅の信頼を置いていたため、「どうした、クレド!?」と即座に反応を返した。


「一階は訓練場や武器庫、整備作業用の多目的ルームなど、大きく管轄の異なるエリアが他の階と比べて多くあります! そのせいで各管轄が自エリア内でのみ情報共有しているのが実情と見受けられます! つまり、少数人数で限られたエリアのみを管轄している場所などであれば侵入者に制圧され、他への報告が行われていない可能性があると思います! …例えばそう、『ルナール・プロジェクト』の地下フロアからは連絡が来ていますか!?」


 ハッと息を呑み、素早く兵士達へと視線を投げ掛けたフリヴォラに、兵士達は大きく首を振る。


「そ、そういえば地下のことは何も聞いておりません…! ま、まさか…!」


 フリヴォラは皆まで聞かずに走り出し、クレドや兵士達もその後に続く。


 辿り着いた地下フロアの入り口――その鋼鉄扉は、普段と変わらず厳重に鍵を掛けられた状態のままであった。

 しかし見る者が見れば、その扉の異変はすぐに分かる。


「…総司令、ここを見てください! 扉の真ん中だけが大きく装飾が歪んでいます!」


「ふむ…! なるほど、操霊で鋼鉄を抉じ開けて内から閉めおったのか! …事は一刻を争う。クレド、扉を壊せ! 私が許可を出す!」


「はい!」


 クレドは両手を重ね合わせて扉へ突き出し、鋼鉄の波長を読んで操霊を仕掛けた。

 手先からの放電を受けた扉はぐにゃぐにゃと曲がって隙間を作っていく。


 そうして開いた所へフリヴォラが先陣を切り、


「入ってすぐ階段だ! 前の者を押さないようにして続け!」


 と呼び掛けて突き進んでいった。




「…な、何しにここへ戻ってきた…一二五番体…!」


「何だ、実家に帰ってきただけだろ? …そう睨むなよ」


 執務室の奥の机に背をつけ、逃げ出そうと辺りを見回しながら青い顔でいるインフェリオ博士の前に、深紅のチュニックの肩に黒いマントを羽織った少年が立っている。


 その肌と髪は透き通るように白く、瞳は瞳孔ごと薄く濁った血の赤に染まって神秘を想わせる。

 頭の上には大きな狐の耳が周囲を警戒するように鋭く立ち、マントの下からは蛇が蠢くようなゆったりとした動きで尻尾が覗いている。


 …その美しい姿も今の博士にとっては悪魔のように映った。

 ペール・ルナールの一斉廃棄が行われた日、監視の網を掻い潜って逃げ出した検体が一体いた――それが一二五番体だった。


 彼は博士が恐れていた通り、人智を超えた力を手にして激しい殺意の下、人間の前に再び姿を現したのだった。

 …スティリウスと名を変えて…。


「何をしに、か…。答える意味があるか?」


 静かに嘲笑う様は、神の鉄槌を下そうというように尊大に構えている。

 そうしてゆっくりと、博士の胸元へ指を差す。


 博士はビクリと肩を揺らし、スティリウスの足下に転がる四散した助手達に眼を移した。


「…わ、分かった! お前を失敗作と詰ったことは撤回しよう! お前を第二のルナールとして認め、一二六番体と同様に剣聖ディアナの旅の供に推薦する! こ、これで名誉は守られるだろう!?」


「……まさか何も分かっていないとは思わなかったよ。博士という割には脳が足らないんじゃないか、あんた」


 スティリウスは失望を込めて冷たい声を浴びせ、指先から操霊の放電を博士へと至らせる。


 その部屋へ丁度バタバタとフリヴォラ達が押し寄せ、そんな彼らの目には地獄のような光景が飛び込んだ。

 …博士は身体の内側から破裂して、その血肉と骨、臓物を、壁一面に花火のように撒き散らしていた。


「…悪いな、ギャラリー。今、終わったところなんだ」


 スティリウスは微笑んで振り向いたが、その目には相変わらず殺意の鋭さを孕んでいる。

 …また、大量の血と肉が転がる一室の中で、衣服や顔の何処にも返り血を浴びておらず悠々としていることが、彼の残忍さを際立たせていた。


「…そ、そうか貴様…! 先日報告会に上がった、例の脱走したペール・ルナールとか言う奴だな! どうりでプロジェクトに関与した事のある方々ばかり殺された訳だ…!」


 腰の引けている兵士達の前で、果敢にも両手剣を構えて凄むフリヴォラ。

 スティリウスはその顔を見るとカラカラと笑って「暑苦しいなぁ…」と呟く。


 束の間に優しげな表情を浮かべた彼に、フリヴォラはまるで相手になどされていないことを悟りながら叫んだ。


「何故関係者を特定できた!?」


「うん? …あぁ、なに、そこでバラバラになってる助手くんが教えてくれたんだ。腕をへし折ったらポロリとね。とても素直で助かった」


「……ふ、復讐の理由は、何だ…?」


「尋問のつもりか? …まぁ、気分が良いから答えてやるさ。失敗作と言われたからなんて幼稚な理由とは思われたくはないしな」


 スティリウスの得体の知れない雰囲気が、じわじわとフリヴォラに恐怖を与え、声を竦ませた。

 しかしそれを察したクレドは、ひ弱な人間の一兵士の立場にありながらもフリヴォラの横を通り過ぎて前へと出た。


 スティリウスは「へぇ…」と感心して冷ややかな笑みを浮かべると、敬意を表してクレドの方を見ながら答えた。

 見えていないはずの焦点の合わない目が、確かに自分へと向けられると、流石のクレドも僅かに悪寒を覚える。


「五五八名、オレの同胞達は人間の身勝手によって生み出され、そして人間の都合で殺された。…それと同じことをオレもしようというだけさ。ただし人間を同じ数だけ殺そうってんじゃない。これはペール・ルナールと人間という、種を争う戦争だ。あんたら人間がペール・ルナールを滅ぼそうとしたように、オレはこの世に生きる全ての人間を見つけ出して殺す。……そして、その最後を飾るのは他でもない――『ラティナ皇帝と剣聖ディアナの死』だ」


「…ッ! ディアナを殺す…!?」


 不意にクレドが声を上げた。

 その鬼気迫った大声に、他人事ではなさそうな空気を感じたスティリウスは、新たな玩具を見つけたようなにんまりとした笑顔に加えて獲物を見るように眼をギラギラとさせた。


「…そこの兵士さんよ、兜を取って顔を見せてくれ。あと名前を知りたい」


 クレドは剣を握り直して無言を貫き、頑として応じない。

 スティリウスは笑い、バチッ…と空気を裂くような音と細く小さな稲光を発生させ、―――それと同時にその場から消えた。


「如何にもな優男だな」


 クレドは背後からその声を聞き、息を呑み汗を掻きながら飛び退くようにして振り返る。

 フリヴォラや他の兵士も同じように慌て、そして恐れた。


 そこにはクレドから奪った兜を地面に放り投げるスティリウスの姿があった。

 クレドは急いで自らの頬に触れ、その平凡な顔立ちや碧眼、黒い刈り上げのオールバックが彼の目に触れてしまったことを理解する。

 そして覚悟を決め、「…クレド・フォルティスだ」と名乗った。


「クレドか、良い名前だ。さて、剣聖ディアナとはどんな仲か教えてくれるか? …まぁ無理に答えろとは言わないよ。無関係と白を切ってもいい。奴にあんたの首を見せてやれば答えは出る」


「…無関係と言いたくはない。僕自身は彼女とそれなりの仲になったつもりだ。…だけど、それ以上のことを明かす気は無い」


「…クハハッ…! いや、十分だ。ありがとう。なら奴と会った時に今日のことを伝えてくれ。じゃあ――」


 スティリウスは気さくそうにポンポンとクレドの肩を叩いた。

 クレドは身を強張らせ、警戒するように目を見張る。


 そこへ、隙を突こうとしたフリヴォラが高々と上げた両手剣をスティリウスの脳天目掛けて振り下ろす。

 しかしその刃は、既にスティリウスが去った後に残された雷を斬り裂いただけだった。


 息苦しい空気が消え去ると、クレドは眉を寄せて佇み、フリヴォラはプハァッと圧し殺された息を吐いた。


「…奴が何故、剣聖ディアナの技を使える…!?」



※※※※※※※※※※※



 リーラ基地から撤退し港に着いたディアナ達は、早速メモリアとセクレトを引き連れて船に乗り込んだ。

 神仙は全員を連れての高速移動で疲れたと言って一人客室へ赴き、ヴィスは特に断りを入れるでもなくディアナ達に付き添った。


 船内の収容スペースに先に預けられていたイプセは、船員に世話をしてもらって上機嫌に干し草を食んでいた。


「おー、イプセー。元気か~? 何か久しぶりだな~」


 ディアナと共に自分の馬を馬立てに繋いだルナは、にへらと笑ってイプセの頭を撫でに行った。

 イプセも頭を差し出して尻尾をフリフリと揺らしているので、彼女はディアナと顔を合わせて温かく笑った。


「帰り道、ヴィスにいじめられなかったか~?」


「…フン」


 悪ふざけでそんなことを言うルナだが、対してヴィスは気に留めたりもせず鼻で笑ってイプセの首に軽く触れる。

 するとイプセがルナの手から退いてヴィスの手に首を優しく擦り付けたので、ルナも、その後ろのディアナも驚いていた。


「…な、懐かれ…た…の? …何で?」


 ディアナの問い掛けに彼は「知るか。首でも痒いのだろう」と答え、イプセを右腕に抱く。

 その姿をぽーっと眺める内に、ルナは彼が纏う空気が以前と大きく違っていることを認め、不思議と笑いが込み上げてきた。


「に、似合わねぇ~! え、偉ぇけど…うん、やっぱ似合わねぇ~~!」


「チッ…うるせぇな…。そんなこと俺様が一番分かっているが、こうした方がイプセの機嫌が良くなり扱い易い。貴様の頭を撫でるのと同じことだ」


「むっ…。オレっち、そんな単純じゃねぇやい」


「単純だろ何を言ってる馬鹿か…」


 そうしてギャイギャイと二人の言い争いが始まる。

 …とは言え、ほぼ冗談の延長で掴み掛かりポカポカと拳で叩くルナに、面倒臭そうに横目で見ながら馬を撫で続けるヴィス……争っているのは片方だけだ。


 …こんな平和な光景を眼にすることになるとはディアナも思わず、彼女はただ呆気に取られていた。

 素直に受け取るべきか、夢でも見ているのか…彼女は目の前で繰り広げられることを受け入れきれずにいたが、少なくとも望ましい光景だと感じた。


 …しかしその光景が、いつまでも享受していられるものという確証が無いことも、彼女はよく理解していた。


「…ヴィス、少しいい?」


 その気落ちしたような声に騒ぎはパタリと収まる。

 ルナは神妙に振り返ってヴィスの傍から離れ、彼は普段と変わらずぶっきらぼうな調子で「何だ?」と聞き返す。


「今回戦ったノサティスって怪霊獣…僕じゃ全く歯が立たなかった。怪霊衆でもない相手でこのザマじゃ、きっとメデューサにも勝てない。…剣聖なんて呼ばれて天狗になったかもね。ルナに修業をつける以前の話だよ」


「………慰められたいのか?」


 彼にはそのつもりはなかったが、ディアナは皮肉と思って笑って首を振った。


「メデューサの正確な力量を教えて。どんな部下を従えてるかも。…そして、もし良かったら今の僕で相手になるのかを測ってもらいたい。お願いして、いい?」


 ヴィスはフム…と眉を寄せて耽考すると、ディアナの頼りない視線としっかり向き合って頷いた。


「…まず貴様は、ノサティスに敗けたことを酷く気にしているようだが、今の貴様では勝てなくて当然だ。仙攻丹を考慮に入れても奴は貴様より強力だった。しかしそれはそれとして、今の貴様でもやりようによってはメデューサを倒せるはずだ。俺様が基地の場所について嘘をついていなければ、今回の準備だけでメデューサにも勝てていただろう」


「…慰めは、要らないんだけど…」


「いや、事実だ。メデューサは以前言ったように身体能力も霊力も大したことない。ノサティスより劣るほどにだ。対策すべきは、奴の顔を見ると身体を石に変えられてしまう石化能力だけだ。だからその対策が出来れば倒すことができる。……貴様の戦術は自身より身体能力の高い相手には通用しないものだ。現時点ではノサティスとの相性が悪かった。気に病むことは無い」


 ディアナは俯くと、「…うん」と惨めに笑った。

 ヴィスはそんな彼女の姿に少しだけ胸を痛めて眉を潜める。


 そして小さな声で「…何かして欲しいことは――」と探り探り問い掛けようとしていたが、しんみりした空気に耐えかねていたルナが間が悪く口を開いた。


「でも、ノサティスってなぁ怪霊衆じゃねぇんだろ? なのにメデューサより強かったのか?」


「……いや、分野が違うのだ。あのノサティスという馬鹿者は、以前の俺のように我霊術で押しきるような単調な戦い方しかしない。しかし、いくら力があろうとそんな者がメデューサと戦えば忽ち石にされるだけ。事実ノサティスは、初めは怪霊衆にメンバー入りしようとしていたが、メデューサとその座を争って戦い、敗れたのだ。…その後リーラに手駒として眼をつけられ、今ではただのリーラの腰巾着になってしまったがな」


「ふーん…。…力ばっかり強くても勝負にゃあ勝てねぇんだな」


「あの野郎の力が中途半端だっただけだ。俺様ほどの力があればそんな無様は晒さんで済む」


 また急に自慢が入りルナは白い目で見たが、ヴィスは何処吹く風で「それと余談になるが、」と話を続けた。


「メデューサより強くとも敢えて怪霊衆のメンバーに入っていないような輩もいるぞ。ぬらりひょんの下僕達が良い例だ。奴は自分よりも強大な怪霊獣を複数意のままに操っている。そのような事情があれば当然ぬらりひょんがそれらの代表としてメンバーに入ることになる。それ以外にも四神の連中などは、名誉を得たい朱雀とその恩恵の下自由に動きたい残り三体という構図で成り立っていたりする」


「…なるほど、ただ怪霊衆を倒すだけでは終わらなくなりそうだね」


 暫し口を閉ざしていたディアナは、洗面器へと歩いてそう頷いた。

 セクレトとメモリアの前には知らぬ間に餌が撒かれている。


 ヴィス達二人は餌袋も絞まっているのを確認すると彼女に続いて手を洗いに集まった。

 そしてディアナが横に退いて二人が洗い始めると、また会話が再開する。


「…メデューサには部下はいるの?」


「いや、いない。奴は自分の手で人間を殺すことに拘っているし、群れるのを好かん。怪霊衆の集会にもほんの数回しか顔を見せんかったしな」


「そう…。…ルナに実戦を経験させる機会が欲しかったから、部下がいてくれた方が好都合かとも思ったんだけど…」


「ルナとメデューサを戦わせればいいだろう」


「それは流石に無茶じゃない…?」


 苦笑いしたディアナだが、ルナがピンチになりそうなところで選手交替とすればできないことはないかとヴィスの提案に少し傾く。

 それでチラリとルナの方を見てみると、涙目になってブンブンと風を切る勢いで首を振っているので「ぬ、ぬらりひょんの時にお願いしましょうか…」とやはり苦笑いで断った。




「何にしても、早急に力を付けないとね。…ルナも、そしてそれ以上に僕自身も…」


 神仙が待つ客室までの廊下で、ディアナは噛み締めるように染々と告げた。

 脇目に見ていたヴィスはフン…と穏やかに笑う。


「良い心掛けだ。早く俺様と渡り合える所まで追い付くがいい」


 ディアナは彼の意外な発言と笑顔に目を丸くしたが、そんな彼の変化に思いを馳せて真剣に目を細める。

 そして彼に続き、「…うん、がんばる」と思い詰めたようにルナが頷く。


「…今回オレっち、本当に何にもできなかった。ずっとディアナに守ってもらってただけで、そんなだからディアナばっかり痛い目に遭って…。……役に立てたらいいけど、でも、オレっちなんかじゃディアナやヴィスみたいには戦えないから…まずは自分の身を守れるようになりたい。手が掛かんねぇようになりたいよ…」


「…うん。一緒に頑張ろう!」


 ディアナはルナの手を握り、元気づけるように微笑んだ。

 ルナはそれに微笑んで頷き、そして前を向くと真剣な面持ちになった。


「僕の修業方法はもう決まってるから、ルナの修業の方針を決めないとね。…一応考えてはあるけど、多分、お師匠様の力を借りないといけない」


 そう告げてディアナは足を速め、ヴィスもルナも無言でそれに合わせた。

 その話の続きは客室に着いてからになるだろうと感じたルナは、「…それとさ、」と基地にいた時から気になっていたことを訊ねる。


「…ノサティスが変なこと言ってたんだよな。『怪霊獣と人間のハーフ』…なんてさ。……何であいつ、オレっちが野狐と人間の混血だって知ってたのかな? もしかすっと、オレっちみたいな境遇の奴が他にもいたりすんのかな? …もしそうだったら、そいつ、怪霊獣と人間…どっちの側についてんのかな?」


 ルナは、なかなか返事が返らないのでディアナの顔を覗き込むように仰いだ。

 そして、苦痛に耐えるように顔を青くして唇を結んでいる彼女の姿に、『何かを知ってるのだ』と理解した。


 しかし生来の優しさと遠慮がちな性格故に、それ以上追及しようとはしなくなる。

 ディアナも隠していたかったからここまで何も言わずに流してきたのだろうからと、「ま、ディアナも知らねぇよな」と笑って終わらせる。



 すると丁度、目的の扉の前に来た。

 先頭を歩いていたディアナが扉を開け放つと、その正面には神仙が立ったまま待ち構えていた。


「よし、来おったな。ルナさん、今日から少しの間ワシがお前さんの師匠を受け持つぞ。よろしくじゃ」


「…へっ?」


 神仙は朗らかに笑ってそのように急に申し出た。

 驚きに声を上げたルナは、説明を求めてディアナへと視線を移す。


 しかしディアナは、初めから分かっていたと言うようにコクリと頷いていた。


「ありがとうございます、お師匠様。此方からもお願いしたいと考えておりました。野狐の技は僕には教えることが出来ませんから…」


「うむ、そうじゃな。ディアナもそろそろ自分の修業に専念したくなってくる頃じゃろうし。一旦ディアナは師匠をお休みじゃ」


 入り口の傍で会話が始まってしまいその場に立ち尽くした三人だったが、あまりそこに留まっても意味が無いと自覚したヴィスは扉を閉めてスタスタと神仙を通り過ぎていく。

 ディアナは彼の一挙一動を見送って複雑そうな微笑を浮かべた。


 それを目敏く見つけた神仙は静かに諭す。


「お前さんも強くなりたくばヴィスのように自分を見つめると良いぞ」


 大きく目を見開いたディアナは、見透かしたような神仙の眼からゆっくりと顔を逸らした。


「…彼が強くなったのは封印が解けたからです。僕の場合とは…」


「違わんよ。確かにあやつの封印が弱まっているのはあやつが封印を解くために必要な何らかの資格を徐々に手にし始めているからじゃろうが、あやつが強くなったのはそれだけのお蔭ではない。戦い方、気の持ちよう…それらが合わさったからこそノサティスを退けたのじゃ。それが分からんお前さんでもあるまい、なぁ? お前さんは弱さから眼を背けておるから強くなれんのじゃ。何度これを伝えてもお前さんは聞き入れんかったが、今回は流石に身に染みて分かったろう。これを機に自分を知る努力をするのじゃ」


 神仙の語気は最後には叱るように鋭くなった。

 黙って聞き入れ唇を噛んでいるディアナの姿に、隣で聞いていたルナはオロオロと彼女と神仙とを見比べる。

 そして覚悟を決め、「ディ、ディアナは弱くねぇよ!」と声を張って神仙に言い返す。


 神仙はそれを優しく笑って見つめ、「うむ、そうじゃな」と頷いてやっていたが、まるで相手にされていないのだというのはルナにも分かった。

 なおも抗戦の眼差しを送っているルナを手で制し、「ありがとう…」と微笑んだディアナは神仙と真っ向から眼を合わせた。


「お師匠様の仰る通り、僕にはそうした時間が必要なようです。…しかし正直なところ、何から始めれば良いか分かりません」


「ふむ、そうじゃな。ただ座り込んで頭の中で捏ね繰り回していても寝ているのと大して変わらん。答えが欲しければ、やはり何かしらの行動が無ければ。…そこで二つほどワシから提案したいことがある」


「…はい、何でしょう?」


「一つはまず、始まりの場所へ足を運ぶのじゃ。かつてお前さんが暮らしていた場所や、城の訓練場、仙儒の霊峰…お前さんが戦士となる決意をするに至るまでに通ってきた道を一つ一つ順番に確認して来い。そうすればお前さんに何が足りていないのか、何を見落としてきたのかに気が付けるはずじゃ。…ただし、ヴィスかルナさんと一緒に行くこと。こういうもんは一人で行っても見て帰るだけに終わってしまうからの」


 ディアナは誰が見ても分かるほど苦しげな顔をして聞いた。

 『嫌だ』というのを必死に抑え込むようにして拳を固く握り、「…はい」と呟くように答える。


 ヴィスはソファーにどっかりと座って彼女から背を向けながら、僅かに振り向いて彼女の顔を盗み見る。

 そして眼が合うと、何も言わず元の向きに戻って膝の上で頬杖をつく。


 ルナは彼より正直に、「手伝うぞ、ディアナ!」と両拳を胸の前でぐっと握った。

 ディアナは苦味走った笑みで「…ありがとう」と頷く。


 しかし神仙はその様子を眺めると、「…やっぱそっちは後回しにせい」と告げた。


「今見てて分かった。お前さんは弱さを見つめるということの意味をどうやら履き違えておるようじゃ。そんな状態で始まりの場所を巡っても辛い気持ちだけが残る。今から言う二つ目の試練に挑んでからにすると良い」


「……はい」


 ディアナは気落ちして小さな声で答え、しかし神仙の伝えたいことを汲み取れず首を捻った。

 神仙はそんな彼女の目を真剣に見つめた。


「よいか、ワシは茶化して言うわけではないぞ。ましてや面白がってる訳でもない。お前さんが強くなるには決して外せないことじゃ。じゃからお前さんには断る権利は無いぞ」


「…は、はい…?」


「うむ。じゃ、言うからな。くれぐれも我が儘を言うでないぞ。怒るのもダメじゃからな。な!」


 随分と長い前置きに何を言われるものかと、ディアナは少し不安になってきた。

 しかし神仙がここまで言うのは当然のことだ。

 これは今までディアナが何としても避けてきた事柄であるためだった。


「…お前さんの一番の理解者―――クレド・フォルティスと会ってくるのじゃ」

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