番外ノ一
…どうせ家に帰っても誰も待っていない。
街を歩き回ったって、自分を知っている人なんて誰もいない。
だから、ディアナは傷付くと分かっていても毎日こうしてベンチに座る。
こうして、城の訓練場に一人だけ粧し込んでポツンと利口にしているのだった。
遠巻きに兵士達と操霊の乱取りを行っているアモルの姿を眺める。
彼女は五人もの兵士達が飛ばした石を見事な手際で操り、或いは足下へ放り、或いは消滅させた。
まだ訓練には一ヶ月ほどしか通っていないはずが、すぐに他の兵士達の力量を超えていき、今や教官に混じってアモルが指導をしているような感触すらある。
男臭いこの環境に姉が身を置くというのもあって心配していたディアナだったが、どうやら杞憂だったなと最近は思っていた。
…寧ろ、その心配をすべきは自分らしいと、最近常々そう思う。
「――で、ノってきたか? アモルちゃん」
「やぁダメダメ。てんで相手にされねぇの。相変わらず身持ちが固ぇ固ぇ! ぜってぇ男いるぜーあれは。お相手はやっぱあの新入りか?」
「ははっ! そらオレらみてぇな汗臭いのより若いオトコのがいいだろうさ!」
当のアモルからかなり離れた場所で、屯した兵士の数人がコソコソと話し合っていた。
…自分の姉の事でなかったとしても決して気持ちの良い話では無い。
意図して見ないように、聞かないように顔を背けていたディアナには却って鮮明にその続きが聞こえてきた。
「したらよ、おい、クレドのヤツが上手いことたらしこんでくれたらご相伴に預からねぇか? 上物の酒をやるって言やぁ根性無しのヤツのことだ、断れやしねぇだろうぜ。それで注ぎ続けてりゃ酔っちまってよ、コロンと眠りこけちまう。そっからはアモルちゃんをどうしようとオレらの勝手ってわけよ」
「無ー理無理、若いヤツらの話じゃアモルちゃんはあれで結構呑むんだぜ。きっとそーゆーのも場馴れしてるさ」
「へっ、呑むんならそれも良いじゃねぇか。酒が呑める女のが楽しいだろ。下手なことして帰られたりしなきゃだがな」
そうしてゲラゲラと笑っている彼らの声が、一人きりのディアナには恐怖だった。
彼らの眼に留まったりしては嫌だと身を固くしてベンチに縮込まっていた。
しかし、そんな時は決まって彼女が嫌がる方向に進むのだ。
「オレ、妹狙ってみようかな」
一人がそう言って、彼女は視界の外で彼らに見つめられているのを肌で感じた。
「アモルちゃんの妹? …あぁ、あそこの」
「お前あんなのがいいの?」
「何でだよ、アモルにそっくりだしアレでいいじゃん。とりあえずさ。ってか、こっちの方がスリムじゃね?」
「いやあれは細すぎるって。もうちょっとムチッとしてりゃあ男心に来るってもんだがなぁ」
「つーか暗くない? 潔癖そうだし。結局さ、ケラケラしてるくらいがいいんだよ。綺麗でもつまらないのはNG」
「オレこの前あの子狙ってみたけど、返事してくんなかったぜ。他に話しかけた奴らも、すっげぇ引き攣った愛想笑いされたってよ」
「そーゆー子は断れやしねぇんだから押しきりゃヤれたんじゃねーの?」
「結局すぐ姉の方が飛んできて引き離されんだよ」
「おー、それいいじゃん。助けが来なかったら妹ちゃんゲットで、来たらアモルちゃんゲット。後者ならオマケで妹ちゃんもゲットできるかもよ」
「あー、オマケなら全然アリだな」
その声が段々と彼女に近付いてくる。
ディアナはベンチに身体を押し付けるようにして震えを堪えていた。
手の平に滲んだ汗を握り潰して、視線はじっと伏せたまま、近付く気配が勘違いであることを祈るだけだった。
…少し耐えていればすぐに姉さんが来てくれる。
だから、そんなに不安がることなんてない。
そう自分に言い聞かせて、声を掛けられた時にどう受け答えれば彼らの気分を損ねずに済むのかを必死に考えていると、
「ねぇ、ディアナさん…だっけ。大丈夫?」
予想していたよりも早く、予想していたよりも穏やかな言葉が、彼女の頭上に影を落としていた。
遠くで舌打ちが聞こえた。
恐ろしい足音達は踵を返して去っていく。
「…あれ、聞こえてる? お腹痛い?」
少し困ったような間抜けた男の声が、飽きもせず彼女に語り掛けてくる。
彼女は、安心してもいいような気がして顔を上げた。
白馬の王子と呼ぶには些か情けない、子供のような顔をした彼が笑い掛けてくれていた。




