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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
23/67

二一ノ業 あなたさえよければ、僕達はいつまでも…

今回は箸休め回。

…箸休め?

……まぁ、箸休めです。

「…さ、修業はそのくらいにして、馬に乗る練習をしましょう」


 ディアナは寂しそうに笑いながら、ヴィスとルナの間に馬を連れて割り込んだ。

 青鹿毛の馬は耳を横に倒して首をゆらゆらと揺らし、白毛の馬は耳を立ててルナをじっと見つめ、栗毛の馬は茫然と遠くの空を眺めている。


 いずれも人馴れした馬だったが、ルナは少しビクッと肩を跳ねさせて警戒の視線を送った。

 彼女は自分より背の高い動物には馴染みがなかったのだ。


「…ディ、ディアナ…馬に乗って、どうすんでぇ? 押し潰して食べんのか?」


 ディアナはそんな無邪気な発想にクスッと笑うと、「食べない食べない」と頭を振った。


「じゃあ、そうだね…人の足で長い距離歩くと疲れるでしょ? 最初、パロから数日歩き続けてどうだった?」


「すっげぇ疲れた…」


「ね。だから疲れず移動するために、馬に乗って、運んでもらうの」


「うーん…でも、そしたら馬が疲れちゃうんじゃねぇのか? 交代でオレっち達が馬を背負って行ったら、結局普通に歩いていくのと変わらないくらい疲れちまうぞ」


 ディアナは少し目を丸くすると、また寂しそうに笑った。

 彼女の笑みをルナは不思議そうに見て首を傾げる。


「走らん馬は鞭を打って走らせるのだろう? それでも走らねば休憩を挟んでからまた馬に乗るのだ。人間が売り物でもない馬を運んでやることなどあるはずなかろう」


 割って入ったヴィスの言い種にムッと眉を寄せたルナは「そいつぁひでぇな…」と誰へ向けた訳でも無く告げる。

 ディアナは表情を変えず眼を逸らして告げた。


「そういう人も多いね。でも、手元に鞭は無いから、時間制で馬が疲れる前に休憩を挟むようにして暗くなったらその場で朝まで休むような旅になるよ。不必要に痛めつけたり怖がらせたりはしない」


「けど、やっぱりオレっち達だけ楽して馬を疲れさせるの良くねぇよ」


「そうだね…。…じゃあ、こう考えてみたら? 長距離を走れない僕達に代わって馬が走ってくれる。その代わり僕らで馬の食事と睡眠のお世話をするし、移動中の指示も出す。全部を馬に押し付けるんじゃなくて役割を分担するの」


 ハッ、とヴィスは笑い飛ばしたが、その先までは言わない。

 その言葉がただの言い訳染みているのをディアナ自身も理解しているためだった。

 ルナは未だ納得できない調子ながらもコクンと頷いた。


「分かった。…で、その馬達の名前は? 何て呼べばいいんでぇ?」


 ルナの曇り無い目でそう問い掛けられると、ディアナは一層顔を逸らさねば堪らなくなり、肩を縮めて薄笑いを返すのが精一杯だった。


「購入する前は番号で識別されていたから名前は決まってないの。折角だから、ルナ、何か付けてみる?」


「えっ、オ、オレっちか!? …そ、そうだなぁ…」


 両手を腰に当てて目を瞑り、ウンウンと唸って知恵を絞る。

 うーん…名前…、とボソボソ呟いて苦しげに目を開いた彼女は、白毛の馬と眼が合うと暫くじっとそのままでいて、不意に懐かしそうに微笑んだ。


「この馬の毛…何か、にぃちゃんを思い出すなぁ…」


 ディアナはビクリと全身を震わせて俯き気味の顔を強張らせたが、ルナが振り向く前に平然とした風に顔を上げた。


「ディアナは、好きな人っているのか? …それか、いたことあるか?」


「ノーコメント」


「む、そっか」


 彼女の冷たい声を受けてルナは深入りしないようにヴィスを向き、彼も察知して振り向いた。

 ディアナの表情は無感情を気取って固まっている。


「ヴィスは好きなやつ――」


「俺様以外は好かん」


「まぁ予想通りでぇ…。…ん、と、…じゃあそれに因むか」


 ルナはまたブツブツと独り言を繰り返し、名を決めると唐突に顔を上げる。

 眺める内に気分を切り替えたディアナは、どんな可愛らしい発想が飛び出すかと少しワクワクしていたが、


「白い毛のが『メモリア』、茶色い毛のが『セクレト』、黒い毛のが『イプセ』でいいか?」


 ルナはそれぞれの馬を指差してそう提案した。

 ディアナは意表を突かれてぽけーっと口を開けていたが、それを聞いたヴィスは「待て貴様…」とルナへ歩み寄る。


「その名から察するに、貴様が白馬、俺様が青鹿毛というつもりか? 下僕の分際で主の馬を決めるとは良い度胸ではないか」


「ん、何でぇ、嫌か? おめえだったらきっと黒いの選ぶと思ったけど…」


「…フン、まぁいい。白や栗色など弱々しくて俺様に相応しくない。名も悪くない。それで乗ってやる」


「ん…。聞き分け良いのもそれはそれで気持ち悪ぃな…」


 ルナは苦笑いしつつヴィスからディアナへと顔を戻すと、「そいで、どうやって乗るんでぇ?」と問い掛ける。

 「…へ?」と暫し呆けていたディアナだったが、元々の趣旨を思い出すとカクカク頷いて各自に馬を分配し始めた。


「そ、そうだったね。えっと、とりあえず僕は栗毛の馬の…セクレト? を貰うね。じゃあメモリアがルナので、イプセがヴィスの。…全員渡ったらまず僕の真似をして背中に乗ってみて。人馴れした馬だから、お腹を強く触れたり下手なことをしなければ振り落とされたりしないはずだから」


 それぞれに手綱が託され、彼女が自分の馬で実践してみせようと距離を離している間に、早速ヴィスが指示などそっちのけでイプセの背に跨がろうとしていた。


 即座に注意しようと口を開きかけた彼女だったが、軽やかに飛び乗りをこなした彼の所作にその文句も何処かへ消えてしまう。

 彼の剰りの怪力に少し右へふらついたイプセだったが、乗った直後に彼が常歩の合図を送ると上手く衝撃を逃がしてその場をU字に回った。


「……意外。あなた、馬に乗れたの?」


 目を丸くして訊いたディアナに、ヴィスは鼻で笑い返す。


「怪霊獣の間にも首切れ馬というものが流通している。怪霊力を込めねばただの肉塊だが、動けばこんな普遍的な馬より百倍は速く走れる代物だぜ。とはいえ俺様の足に比べれば鈍足だからな、一興として嗜む程度のものだ」


「…首切れ馬…なるほどね、そんなものが…」


 ディアナにとっては怪霊獣の新説だったため少し感心したが、すぐに忌むべき敵の事情だと思い返すと何事も無かったようにルナへと視線を戻した。


 左足をセクレトの(あぶみ)に掛け、サッと鞍つぼに腰を落ち着ける。

 彼女の姿勢は初めから真っ直ぐに整い、セクレトの佇まいが崩れることもなかった。


「ルナ、こんな感じで鐙に左足を掛けて乗ってみて。乗る時は基本的に馬の左側から、鞍を両手で掴む。この時鐙に体重を乗せないでね、馬に負担が掛かるから。両手で身体を押し上げながら、右足で地面を蹴って跳び乗るの。さぁ、やってみて」


 ルナは神妙に頷くと恐る恐る左足を掛け、手順の一つずつを確かめながら乗る準備に取り掛かる。

 そしてメモリアに負担を掛けないことを第一に覚悟を決め、大きく地面を蹴り飛ばす。


 ふわりと浮いた彼女の身体はメモリアの背から離れ、危うくそのまま飛び越えて行きそうになりながらも、何とか鞍つぼの上に収まるに至った。


「そうそう、上手上手! 大丈夫、できてるよ! 力まないでやれば今度はもっと綺麗に座れるはず!」


「お、おっす…。…お、お、お……」


 ルナはメモリアの背の上で必死に姿勢を保ちながら手綱の持ち方を試行錯誤し、次の指示を待つ。

 ヴィスはそれを尻目に見るとフン…と笑い、手綱を引いてイプセをディアナの方向へ向かせると、外方脚をやや後ろに引いた。


 それまで笑ってルナを見ていたディアナの眼が、鋭くなって彼を向く。


「勝負だ、女ぁ! 避けられるなら避けてみせろッ!!」


 ヴィスは叫びながら駈足の合図を掛け、ディアナは冷静に開き手綱でセクレトに横を向かせた。


 他者を傷付けようとも何の躊躇いも持たない彼のことだ。

 彼が突進を仕掛け、それを彼女が手綱捌きで対処できるかという単純な勝負なのは誰もが容易に理解できていた。


 しかしその直後、イプセは苦痛に充ちた鳴き声を上げて忙しなく脚を踏み、首を振り、身体を揺らしてヴィスを振り落としに掛かった。

 彼は苛立たしそうに顔をしかめて鬣を掴み、必死にその場にしがみつく。


「なっ、何しやがるこの駄馬めが…! 黙って言うことを聞きやがれッ!」


 彼が怒鳴るとイプセは更に悲痛に鳴く。

 見かねたディアナは鞍を飛び降りてヴィスの傍まで走ると、彼の脚をパシパシと叩く。


「ヴィス、脚を締めすぎ! 馬だって痛がるんだから加減しなさい! とにかく今は開いて! 早く!」


「何だと…!? ク、クソッ! なんと軟弱な馬だ!」


 ヴィスが鬣を手放し脚を開くと、すぐにイプセは大人しくなる。

 姿勢のみで何とかバランスを保ったヴィスは、一息をつくと徐々に怒りが溢れ出し、遂に右腕を振りかぶった。


「この役立たずのゴ――」


「ヴィス、聞きなさい!」


 珍しく本気の声量で呼び掛けた彼女に、怯むでも従うでもなく自然と彼の手が止まる。

 ディアナはイプセに「どうどう」と声を掛け、首を撫でながら話した。


「さっきの話を聞くに、あなたが乗っていた首切れ馬というのは怪霊力で動くマシンのような存在なんでしょう。でもね、この馬は生き物。感情があるの。強く触れれば痛がるし、死角から大声を出されれば驚く。もっと優しく接する心配りをなさい。それが無ければ技量を論ずる舞台にすら上がれないよ」


「……チッ、能無しを寄越しやがって…」


 ヴィスはイプセを睨み付けたままその手をゆっくりと降ろした。

 そして不満げにまた彼女を向く。


「首切れ馬より鈍足、指示にも忠実ではない。…全く欠陥品どころではないな。俺様自らが走った方がずっと効率が良い」


「あなたにしてみればそうかもしれないね。でも、――」


「――それでも貴様らの都合に合わせれば馬での移動がベストと言うのだろう? …俺様にはそんな都合などどうでも良い。従順になるなど虫酸が走る。だが、これも岩壁上りの時と同じだ。目の前に立ち塞がった障害は何であろうと避けん。必ず勝利する。それが俺様のプライドだ」


「…あなたのそういうところは称賛するよ」


 ディアナはクスリと笑うとセクレトの下へと戻っていく。

 そして鞍に上がると、セクレトをヴィスの近くまでゆったりと歩かせ、悪戯っぽく微笑み掛けた。


「それで、さっきの『勝負』の目的は?」


「俺様の方が馬術に長けているのであれば貴様の指導を受ける謂れが無かったからだ。…フン、嫌味な女だぜ」


「僕の不戦勝でいいんだね」


「ああ。…だが教えは請わんぞ。貴様はルナを教えていろ。俺様は勝手に極意を盗むだけだ」


「はい、了解。良くないところを見つけたら指摘するだけにしとくね」


 そうして一悶着切りがつくと、漸く彼女はルナに基本姿勢から教えた。



※※※※※※※※※※※



 正午を過ぎると一同に馬を降りて一食挟む。

 懐中時計を懐にしまい直したディアナは、やっと本題に入ったというようにスッキリした表情でルナとヴィスを手招きで呼び寄せた。


 馬三頭は少し離れた場所にポールで繋がれている。


「よしっ、じゃあ、今日やらないといけないことはこれで終わり。ここからは皆で遊んで気分を上げよう!」


「おー」


 控え目に握り拳を突き上げたディアナに続き、少し困惑気味にルナも拳を振り上げる。

 ヴィスは腕を組んでそっぽを向き我関せずとしていた。


「ヴィスも、ほら。おー!」


「あ゛ぁ?」


 ディアナがわざとらしく拳を振り上げて誘うも、ヴィスは余計に不機嫌さを増して睨み返す。

 彼女自身も別に明るい催しに慣れているわけではなく、たったこれだけの行為も汗顔ものである。


 彼女は少し彼に詰め寄った。


「仙攻丹のこと、聞きたいんでしょ? ちゃんとノリを合わせて。ルナのためでもあるし、お願いだから」


 ヴィスは明らかに顔をしかめたが、二人のやり取りを眺めているルナの目に振り返ると僅かにそれも薄らぐ。

 彼女の丸く見開いた目に、得も言われぬ弱々しさを想ったためだった。


 そんなことを気に掛けている自分に彼自身も釈然としなかったが、そうして悩む内に彼の表情から嫌悪感が消えていた。


「…貴様に媚びるつもりはない。…しかし、ルナの管理に関わるならば主となる俺様の問題だ。今日だけ特別にくだらん余興に付き合ってやる」


「ええ、ありがとう」


 ディアナはホッと胸を撫で下ろすとその微笑のままルナへと踵を返し、中腰になって目線を合わせた。


「ねぇルナ、ソウラモンブルでは何をして遊んでたの? 僕、あんまり外でやるような遊びはしたことなかったから、教えてほしいなぁ」


「え? オネット達とか…? ……オネット達、とは…」


 ルナの言葉は辛い記憶に突っ掛かりながら辿々しく紡がれる。

 ディアナは割れ物に触れるようにそっと見守った。


「……四目…。…最初は、四目並べだった。オレっちが怪我してたから」


「四目並べね。うん、それなら僕もルール分かるよ。ヴィスはどう?」


「人間の遊びなど知らん」


 了承し笑ったディアナに対し、問われたヴィスはつまらなそうに言い捨てる。

 雰囲気を崩したくない彼女は「じゃあ教えるよ」と明るく返した。


 しかしそこへ、ルナが言い辛そうに口を挟む。


「でも、オネット達はいつも二チームに分かれて遊ぶんでい。…ここには三人しかいないから……。どうする?」


「…うーん…」


 これにはディアナもやはり困った。

 オネット達がそうだったと言うのであれば、その通りにさせてやりたいというのが彼女の考えだった。

 しかしそれでは不公平なことが起きる。


「どうしても二対一になるね。それならいっそ三人分かれた方が…。…でもなぁ、う~ん…」


 顎に手を当てて悩むディアナを、ルナも申し訳無さそうに見つめる。

 その視線が余計に彼女を苛む。


 しかし怪しかった雲行きは何気無いヴィスの提案で変わる。


「貴様らで組めばいいだろう。俺様は独りで相手してやる」


 ディアナは暫しの葛藤の後、「…いいの?」と訊ねた。


「まず第一に俺様は貴様とは協力する気が無い。敵対した方が楽しめそうだからな。そして、ルナは貴様が相手では遠慮するだろう。そんな中途半端な気持ちの者が勝負の場にいては邪魔だ。となれば、これが俺様にとって最善の組分けということだ」


「…自分本意には変わりないのね……」


 ヴィスの返答は妙に彼女を安心させた。

 それが何故かは彼女自身にも分からなかったが、とても嫌な思考の下で発生した感情だというのは漠然と自覚できていた。


 彼女は安堵と気落ちが絡まったヘドロ色の気持ちを笑顔に隠した。

 それを知ってか知らずか、すぐにルナが声を上げる。

 ヴィスはもう言うことは無いとばかりに腕を組み目を瞑った。


「そしたらチーム名どうする? オネット達と遊んでた時は、チームに名前付けてたんだ。『オネットチーム』とか、『オトサンチーム』とか…」


「チーム名、か…。特に制約は無いんだ。チームリーダーの名前だったり、チームの特徴を書き出してもいいわけだね」


「おう。ディアナはどんなのがいいんでぇ?」


 彼女は考えるまでもないと笑って、「ルナチームでどう?」と提案する。

 ルナは耳を前向きに立て、尻尾をフリフリと揺らした。


「い、いいのかっ? ディアナチームでもいいんだぞ?」


「今日の主役はルナだもの。…何か希望があったら変えてもいいけど」


「き、希望はねぇけど…。じゃあ、いいか? ルナチームでいいかっ?」


「うんうん、いいよ」


 ルナがそうしてはしゃいでさえいれば、ディアナの笑顔にも自然な熱が宿る。

 ヴィスは感情の見えるような反応は示さなかったものの、ルナの黄色い声に一瞥を返していた。

 続いて彼にも「おめえはチーム名どうする?」と声が掛かると、「独りがチームなものか」と無愛想な返事だけが返った。



 その後、早速ルールを確認して四目並べが始まった。


 初心者のはずのヴィスは早々に要領を掴みディアナとも互角の戦いを見せるが、やはり経験の差で負けてしまう。

 ルナとの勝負では更に差が開き、彼女に手加減するつもりも無かったが故に十ターン前後で勝敗が決まってしまう。


 それが暫く続いて流石に不憫に思ったディアナだったが、彼にとって慰めが何よりも屈辱であることは想像に難くないため踏み止まる。

 しかし彼女が殊勝にもそう考えている内に、彼も着々と実力を付けていった。


 一時間が立つ頃になると遂に、ヴィスがディアナから一本勝ち取るようになる。

 そのたった一本で勝ち誇って鼻を鳴らした彼に、大人げなくも彼女は「結構やったし次の遊びにしよう」と反発する。

 一時的かもしれないが、いつの間にか彼女からも気難しい葛藤が溶けて無くなっていたのだ。


 その後、ランブルチェスを行うも二回戦目以降はルナチームの圧勝が続く。

 流石に張り合いがないためチームをシャッフルしようとディアナは持ち掛けるが、ヴィスは自分一人での勝利に拘り一向に応じない。


 妥協案として一対一のチェスに移行するとヴィスも漸くディアナ相手に一勝する。

 数時間と経過してディアナが懐中時計を確認するまで二人の間では勝利の奪い合いが続き、結果は両者同点の戦績となった。


 チェスでルナに勝つ者は、遂に現れることは無かった。


「ん、良い時間かな。結構遊んだね。こんなに楽しいのは僕も久しぶりだった。ルナがオネット達とやった遊びは、これで全部?」


「…ん、そうだな。これで全部…」


 懐中時計をしまったディアナは、悩みを忘れて爽やかに笑っていた。

 ルナも満足して頷きかけていたが、一つ思い至って訂正した。

 ヴィスは石で作ったチェス駒を操霊でまた一つの塊に戻しながら振り向いて聞いた。


「崩し石、って遊び…。教えてもらったんだけど、結局オネット達とはやらなかったんでぇ。…もし良かったら、一緒にしてもいいか? …時間が無きゃ、別に――」


「うん、勿論! やろう!」


 ディアナの大きな首肯にルナはパァッと顔を明るくし、すぐにルールを説明した。

 それを聞きながら、ヴィスは人知れず口端を僅かに綻ばせて積み石と投げ石を作り出した。


 またルナチームとヴィスに分かれ、順番を決めて一人最大三回の投擲時間を設ける。

 初めはルナからだが、一回、二回、三回と投げても当たらない。

 これまでの知恵比べとは違い身体を使うので慣れが必要だったのだ。


 手本を見せると息巻いてこの様なのでヴィスに大笑いされたが、口を尖らせたルナの目は表情に反して喜び輝いた。


 次の投者のヴィスは一回、二回と普通に投げて積み石を外していた。

 フム、と冷静に状況判断した彼は、突き出した右手の先に石を浮かせ、操霊の力で射出する。

 その石は四つ積まれた石の天辺に当たり、その積み石の内二つを崩した。


 得点は二点だが、最大の四点に届かずヴィスは舌打ちした。


「い、今のはずるくねぇかぁ…? なぁディアナ」


「…うーん、いいんじゃない? どっちみち操霊で投げるのもコントロールが要るし、彼はそっちのが慣れてるんだから。あれが彼の投げ方ってことで」


「そ、そっかぁ…」


 釈然としないルナの声にフフッと笑い、次はディアナが前に出て投げる。

 風を読むように静止した彼女は、手首のスナップだけで空を切るように投げ、そしてその石は積み直した石の頂上を掠めてチリッと音を立てた。


 積み石は小刻みに揺れ、その動きは徐々に小さく収まっていき、遂には一つも崩れることなく元の姿勢に戻る。

 ヴィスは「ほう…」と感嘆の声を、ルナは目を見開いて「すっげぇ!」と驚嘆の声を上げた。


「四点だ! いきなり四点出たぞ! ソウラモンブルでも、四点はオネットしか出してなかったのにっ!」


「二人目の師匠に剣以外もバッチリ鍛えられたからね。こういうのはお手の物だよ」


 彼女が嬉しそうに胸を張っているのを、ルナは初めて見た。

 物珍しくてニマニマ笑いながら見つめたルナに、ディアナは少し頬を染めた。


 その後はルナが零か一、ヴィスが二か三、ディアナが四点を出していくために大分張り合いのある戦いが続く。

 そうして第十ターン目、ヴィスが四点を叩き出したことでその接戦の幕が降りた。

 遂にヴィスがチーム対抗での勝負に勝ちを納めたのだった。


「フハハハッ! 雑魚どもめ、俺様の勝ちだ!」


「くっそ~! オレっち最後まで一点しかとれなかった~!」


「…くだらん余興とか言ってたのに凄い喜んでる…」


 ヴィスが、ルナが、ディアナが、各々に満ち足りた笑顔を浮かべていた。


 陽が傾き始めているのでディアナは石の片付けに入る。

 ヴィスにコントロールのコツを教えるようにせがんでいたルナは、ふと気になって「そういやさ」と二人に問い掛けた。


「オレっち達三人で旅してっけど、これもチームだよな? …何か、チーム名とか付けねぇのか? ディアナがリーダーなんだから、『ディアナチーム』とかさ」


「ハッ、俺様と貴様らがチームだと言うのか」


 ヴィスが鼻で笑って言い返すと、ディアナの手がピタリと止まる。

 そして表情を作ることなく、ゆっくりと身体を起こして彼へと振り返っていた。


「この旅は、その女が怪霊衆を壊滅させるために始めたものだ。俺様は封印について取り引きをし、一時的に協力してやっているだけだ。別にその女の味方ではない。貴様はいずれ俺様の下僕にしてやるから、貴様が俺を仲間だ何だと呼ぶのも許してやる。その女に味方したいと言うのも構わん。…だが、俺と女は所詮敵同士。いつかは決着をつけるのだ。チームになってやるつもりは無い」


「……そうなのか。…何でぇ、いいじゃねぇか。一時的でも一緒にいるなら、仲間ってことでもよ…」


 ルナは難しそうに首を傾げながら不満を口にした。

 ヴィスはそれを静かに笑い、ふとディアナに視線を移した。


 迷子のように俯いて、薄暗い陽光を背に受ける、肩を小さく縮込めたディアナのシルエットが、不思議と彼の心に小さな杭を打った。


「じゃあ、とりあえずオレっちとディアナは仲間ってことでいいよなっ。それと友達だ! なっ!」


 考え事をしていたディアナは遅れて振り返り、急いで頷こうとしたが、その勢いは急に無くなる。

 そして控え目な声が僅かな震えを伴って吐き出された。


「…ええ、あなたさえよければ…」



※※※※※※※※※※※



「…戻ったようですね。どうでしたか、何か収穫でもありましたか?」


 リーラハールスの低い声が鍾乳洞に反響する。

 その振動に揺さぶられてか遠くでピシャンと雫の音が走った。


 彼の左には四神が並ぶ。

 相変わらず青龍だけは人の姿を借りているが、その面々のただならぬ威圧感は衰えようの無いものである。


 そして右には、灰色の着物を纏い脇差しを二腰携え、後頭部に長い瘤を作った小柄で細目の老人――妖怪ぬらりひょんと、その配下の妖怪達が並ぶ。

 その奇怪さ、おぞましさは相見えた数々の者達を惑わし戦慄させたであろう。


 その恐ろしい集団が一処に輪を作り、黒いローブを頭から被った一人の少年を迎え入れていた。

 中央に立ったその少年は、怯えも竦みもせずローブの下から真っ白い肌の口元を覗かせて笑っていた。


「あんたが言った通りにモンヴァーティを見張ってきた。そこに現れた三人組がインプ共の網に掛かり、そのやり取りを少し見てきたんだ。インプとオーガは返り討ちに遭って死んだが、奴らの犠牲のお蔭で良いことを聞けた。…その三人組の正体をな」


「ほう…。三人組、ですか。…いつかの霊力二一九万の者でしょうか」


「あぁ、その内の一人がそうだ。…メンバーは、剣聖ディアナ、そのお供、そして封印された怪霊王。二一九万はお供の奴で間違いない。オレが二三〇万もあったんだから、あいつが二一九万なのは妥当な数字だろうぜ」


「ほう、なるほど。…例の妹さんでしたか」


 朱雀はグワッと目を開けて驚愕し、「アレを封印できる奴がいるものか…!」と声を荒げた。

 四神の面々は顔を見合わせ、その波を受けて集団が一斉にどよめく。


 妖怪達は口々に怪霊王のことを話し合い、ぬらりひょんはたった一人怪しげに「ケケケ…」と笑っている。

 リーラだけは冷静沈着にその状況を受け止め、普段浮かべているような冷たい笑みは鳴りを潜める。


「…封印者が何者かは分かりませんし、その話自体が絵空事という線もありますが、警戒は必要ですね。…『凄霊長(せいれいちょう)』が現れたと考えれば辻褄も合うでしょうが、…それは流石に怯え過ぎでしょうかね。伝説は所詮、伝説です。……それで、三人の動向は?」


「さぁな。お供の奴に勘付かれそうだったもんで気配を殺してたんだ。気が付けば地面にデカいクレーターを残して消息を絶っていた。だからオレが知ってるのはここまでさ」


「それは残念です。…しかし、剣聖ディアナと共にディエシレの丘からモンヴァーティへ移動してきたことを考えれば行き先の検討もつくというもの。これだけ情報を頂ければ十分ですよ。…フフフフッ…」


 フッ…と少年も短く笑い返す。

 そこへ朱雀から「おい、お前。ローブのチビ」と声が掛かる。

 少年は顔を上げ、ローブの端から白い前髪と右目を覗かせた。


 白く濁った桃色の瞳。

 その瞳孔は血の赤に染まっている。


「何なんだ、お前は。リーラの野郎に眼を掛けられたのか知らねぇが、人間の癖に怪霊衆に加わるなんてふざけた話を聞いたぜ。俺達の世界はそう甘くはねぇ、油断していれば寝首を掻かれる羽目になることを覚えてろよ」


「安心しろよ、鳥すけ…。オレはあんたの座を取りに来た訳でも仲良くしに来た訳でもない。オレの復讐に使えそうだから立ち寄ってやっただけだ。はっきり言ってあんたらの世界にも興味が無い」


「……フッ、フフハハッ! …あぁ、そうかよ! こいつは失礼した! いや、ちょっと気に入ったぜ、お前」


「あ、そ。まぁよろしく」


 朱雀の嘲笑にも彼はまるで堪えない。

 ただの人間ではないのはそれだけでも明らかだった。


 そして更に肝が据わっていると窺えたのは、用が済んだからと断りもせずにリーラに背を向けたことだった。

 朱雀はこれにも腹を抱えて笑っていた。


 しかし、リーラはそれに腹など立てない。

 寧ろ頼もしくさえ感じた。

 次の世の怪霊獣を率いるだけの器を持つのは、紛れもなくこの少年であると彼は確信していたのだ。


「名も無きペール・ルナールとやら、そろそろどう呼べば良いか教えてくれませんか? そうでなければずっとペール・ルナールと呼ばねばなりません。怪霊衆に加わる者が種族名で呼ばれては示しがつかないではありませんか。番号で呼ばれたくないというのなら、一つ仮名でも作ればよろしいでしょう」


 リーラにそう呼び止められると、少年は振り向きもせず立ち止まって応じる。


「あんたで勝手に決めてくれと言ったはずだ。オレには名前なんて無いとな」


「でしたら一二五番体と呼ばせていただきましょう」


 その時、少年の向く先で鍾乳石から雫が伝って落ちた。


「…スティリウス、とでも呼べ」


「ええ。では、一足先にお行きなさい、スティリウス。我々も後から基地へと集まります」


 スティリウスは集団を振り返ることもなく、確かな足取りで孤高の道を進んだ。

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