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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
22/67

二十ノ業 第二修業の成果、驚異の成長はルナール故か

今回はいろいろ説明回


次回は箸休め

「さて、と…」


 注目を受けるディアナはいつもより少し緊張してルナだけに視線を留めた。


 早朝の薄暗い陽の下、霜に濡れて重たそうに頭を垂れる草花をしげしげと踏む馬達。

 綱を岩のポールに繋がれたその三頭にルナは気が散っていた。


 ディアナの緊張の原因は言わずもがな、ヴィスを送りに来てから少し離れた場所に居座ったままでいる神仙の存在だった。

 彼女が神仙を一瞥し、苦みきった顔でパロに眼を移し、またルナへと帰っていくのを、ヴィスは目敏く見届けた。


「じゃあ、今日は十時までだけ修業しましょう。そこから一二時までは騎馬の練習ね」


「きば…? き()か…。じゃあ、午後は何をするんですか?」


「午後はね、一緒に遊びましょう」


 予想外なディアナの提案に、ルナはよく意味が分からず「遊ぶ…?」と首を傾げる。

 大きく頷き返したディアナの表情はとても優しく愁いを帯びていた。


「遊ぶのも…修業になるんですか?」


「…うーん…。一応、修業にも通じてるかな。霊力強化のためにいつもたくさん食べさせてるけど、その分ちゃんと減量しないといけないし、怪霊術を扱うにも強い肉体は必須だからね。…でも、今日はそんなことのためじゃないよ。ここのところ修業に熱を入れてばかりだったから、今日はたっぷり休む時間にしようと思うの。だから、お昼はたくさん遊んで、夜はレストランに行って、フカフカのベッドで眠りましょう! 休息は大事だよ、身体にも心にもね」


 そっかぁ、と分かったような分からないような態度でコクコク頷いたルナ。

 神仙はその師弟のやり取りにホッホッと楽しげに笑う。


 その笑い声に少し気が逸れているディアナに、「ふざけるな」とヴィスが少し低い声を上げた。

 こうして彼が流れを断ち切るのは日常のことなので、ディアナもルナも気分を害した様子もなく振り返る。


「仲良しごっこが目的か? 貴様は怪霊衆を打倒するのだろう? だったら遊んでいる暇などあるまい」


「大丈夫、一日くらいじゃ影響しないよ。肩肘張ってばかりじゃ上手くいけたはずのことも駄目になるだろうし、ルナにも休みが必要でしょ」


「ならばルナだけ他所で遊ばせていればいい。貴様は残れ」


 ディアナはパチパチと目を瞬き暫し考えて、結局意図するところが分からず「うん?」と小さく首を傾げる。

 ヴィスは腕を組んで眼を逸らし、フン…と不機嫌そうに鼻を鳴らして告げた。


「今日から俺様も貴様の修業を受けてやる。貴様も俺様のために時間を割きやがれ」


「…こいつ教えてもらうってぇのにすげぇ偉そうにしてんぞ…」


 呆れたルナはジトリと目を細めて呟くが、ディアナは泡を食って彼をただ見つめた。

 そして当然の疑問として、「急に何…?」と問い掛けて歩み寄り顔を覗き込んだ。


「仙攻丹とかいう技を俺様に教えろ。元々はあのジジイに訊こうとしていたが、俺様には教える気が無いらしいからな」


「…せんこーたん…? …って何でぇ、あの身体をビリビリする技か?」


 ルナもチョコチョコ駆け寄って話に割り込むが、ディアナは表情を真剣に変えるとルナには眼もくれず言い返した。

 遠巻きの神仙も顔に陰りを帯びる。


「…あなたがあの技を覚えたら僕じゃ手に負えなくなるじゃない。だからダメ」


「そんなもの貴様が強くなればいいことだろうが。この俺様が貴様ら人間に感銘を受け、学ぼうというのだ。貴様もその気概に応えろ」


「なんて一方的な…。大体あれは…」


 ディアナは溜め息と共に斜め下に視線を落とした。

 ヴィスは歯切れの悪い返答しか返さない彼女に、諦めたような小さな舌打ちを浴びせ、神仙へと振り向いた。

 急に矛先を向けられた神仙は意外そうに目を丸めて顔を上げる。


「貴様はさっさと失せろ。どういう訳か知らんが貴様が見ているせいでこの女の気が散ってしまう。邪魔だ」


「こやつ口が悪いのぉ…。ルナさんの修練具合を見たらすぐ帰る。もうちっとだけ待っとれ」


 ヴィスは神仙の頑なな不動に顔をしかめ、すぐにルナへと向く。


「…チッ、仕方ねぇ…。おい、ルナ。我霊閃、我霊射、浮遊、読霊と順にやってみせろ。さっさとこの老い耄れを追い払え」


「いっ!? きゅ、急に言うない! オレっちまだ読霊は成功したことねぇよ!」


「できるかは問題ではない。今どこまでやれるかを見せるまでだ。グズグズするな」


 ルナは「無理だっつーの…」と大きな溜め息をつきながらも渋々応じ、集中力を高めようと目を瞑る。

 しかしディアナは態度の悪いヴィスに怒りを向けていて配慮が足らず、怒鳴り出してルナの気を削いでいた。


「ちょっとあなた、お師匠様になんて言い種なの! 言うに事欠いて老い耄れだなんて…!」


「老い耄れは老い耄れだ。こいつも自分で老い先が短いと言っていたろう。黙っていろ、ルナの邪魔だ」


 うぐっ、と言葉に詰まり、彼女は深呼吸で気を鎮めてからルナを見守り始める。


 やっと静かになって精神統一ができたルナは、中腰になってグッと脇を閉め、怪霊領域に少量の怪霊力を込めておく。

 そして舞踊のように、連続して技を繰り出していく。


「我霊閃!」


 ルナの全身から紫の閃光が放たれる。


「我霊射!」


 右腕を頭上に突き上げ、その手から光線を放つ。

 弱々しい光は一メートルだけ進んでスッと消え、右腕には傷も残らない。


「そして、…浮遊だ!」


 残った僅かな怪霊力を体内に巡らせ、数十センチメートルほどふわりと空中に浮き上がった。

 おおっ…と微笑んで歓声を上げた神仙にディアナがコクリと頷く。


 怪霊力を使いきったルナがストンと地面に降りると、神仙は小さな拍手を送った。


「驚いた、この短期間で中々上手くなるもんじゃな! 読霊を修得出来とらんということは、操霊の修業には入っとらんはずじゃろう? それなのに空を飛ぶ技術を掴んどるとは…」


「ええ、彼女は僕が教えずとも自力で心依作用の感覚を会得したんです。恐らく野狐の遺伝記憶が成長を助けているのでしょう」


「なるほどのぉ…。なら変霊術の修業に入るより先に変化(へんげ)の術を覚えさせてやっても良さそうじゃな。野狐の体質を引き継いでおれば具象変化(ぐしょうへんげ)もできるじゃろ」


「そうですね、それも良さそうです」


 ディアナは少し誇らしげに神仙の言葉に応じていたが、一旦怪霊領域を閉じたルナが「しんい作用って何でぇ?」と訊ねたので、咳払いをして彼女に向き直る。


「心依作用っていうのはその字面の通り、心のまま…思うがままに物体を動かすことを言うの。例えば手を使わずに遠くの物を宙に浮かせたり、変形させてみたりするのとかがそれだね。怪霊術が知られる前は『テレキネシス』とも呼ばれていたんだけど。…厳密には遠隔で物理的なエネルギーを発生させて操る訳じゃなくて、怪霊力を通じて意思を送り込んで物体そのものを操作するの」


「…む、むずっけぇなぁ…」


「とりあえず自由自在に物を操作することだって理解でいい。あなたが空を飛ぶ原理も、怪霊力で全身に意思を送って身体を物体として操作しているってことなの。とりあえず出来てるんだから軽く分かってればいいよ」


 ルナは両腕を組んで「…むぅ~…」と唸りながら何とか納得すると続けて、


「…じゃあ、あのソウ霊ってぇのも、遠くの物に怪霊力で意思を送り込んであやつってるんですか? いつも手から細いビリビリを出してやってますけど、あれが怪霊力だったんですね」


「そうだね。読霊みたいに薄く張り巡らせる怪霊力は濃度が低いから目に見え辛いけど、操霊とかみたいに強い意思を送る場合にはある程度の濃度が必要で、高濃度の細い怪霊力は放電現象に酷似した見た目になる。ほら、こんな風に」


 ディアナはそう答えると試して見せようと近くの石を見つめ、それを指差す。

 指先から放たれた小さな稲妻が石に到達すると、石は風を切り音を立ててその手元に吸い寄せられ、彼女はパシッと掴み取ったそれをルナに見えるように掲げた。


「心依作用では物の操作ができるって言ったけど、『操作』にも色々ある。さっきのは単純に移動させただけだけど、操作対象のどの部分でも自由に動かせる訳だから、こんな風に形を変えることもできる」


 彼女が言うと、その手に乗せられた石は一瞬稲妻を走らせて独りでに曲がってピラミッド形になる。


「更に物体に含まれている成分単位でも操作が可能だから、その範囲内で材質も変化できる。本来なら石から作ることはできないものでも、成分配置だけを変えることで、ほら――」


 手の石はまたピリッと光って表面だけ透明化する。


「――この通り、必要な成分さえ含んでいれば石からガラスも作れる」


「…す、すげぇ…」


「これはあなたが空を飛んでいる時にも言えることだよ。その気になればあなたはその力で身体を捻曲げたり、真っ二つにしたりもできる。水分だけを引き抜いて干からびさせることもね。…でも、それをしたら当然死んじゃうから、そんなことにならないように気を付けてね」


 ルナは最後に飛び出した恐ろしい空想に顔を引きつらせ「は、はい…!」と大きく頷いた。

 ディアナはクスッと笑い石を放ると、「それとね…」と少し声を大きくして彼女の意識を引き戻して更に告げる。


「さっき僕が石を手元に移動させた時、その直前にじっと石を見つめていたのは分かった? 実はあそこで行っている手順が無いと自分以外の物を操作することは出来ないの。さて、あの時裏では何をしてたと思う?」


「…な、何を…? …んーっと……んー…っと…」


 ルナは頑張って考えようとしたが如何せん推測の引き出しが少ない。

 まずは考えようとしてくれた彼女に満足し、ディアナは笑って答えを教えた。


 ヴィスは場が停滞していることに苛立ちを拭えないが、ルナの勉強を邪魔する訳にもいかず眉根を寄せて足を揺すっていた。


「実はね、二つやることがあるの。まず先に読霊で石の霊力を読む」


「……え、石の? …石にも、霊力があるんですか?」


「うん、あるよ。どんなものにでも必ず霊力は宿ってる。そして、霊力にはそれぞれ違う性質が――『波長』が存在する。僕らの顔が皆違っているのと同じだね。…そして物体は、同じ波長を持った怪霊力でないと意思を受け取らない。つまり、僕が持つ『人間の波長』では石を操作できないんだ」


 ルナはまた難しい顔で唇を舐め、「…そうすると?」と続きを促す。


「怪霊領域は霊力を怪霊力に変換して貯蔵する役割を持ってるけど、そこで波長を変えることもできるんだ。石の波長を持った怪霊力に変換して、それを使って操作の意思を送ることで、やっと石を動かすことができるってこと」


「……ふむ。……ふむ…ふむ……ふむ! よし、分かった! 前におっしょーさまが話してた内容も合わせてまとめると、要するに…―――」


 ルナは一拍子置いて整理し、口にして確かめる。



「怪霊力のハチョウを対象物に合わせて、『動けー』って念じながら放出すると、その対象物を自由にあやつれるんだな! んでもって、あやつった対象物が持てる力とかスピードは、送った怪霊力の大きさで決まる! これがソウ霊って技だ!」



「はい、よくできました。因みに、怪霊力の波長を合わせるみたいに、怪霊力の変化を応用した技のことを変霊術って呼ぶよ。操霊、発霊は元々変霊術の一つに数えられていたけど、その特異性から第三、第四の怪霊術として独立して、現在の四怪霊術の概念に終着してるの。お師匠様が『二怪霊神仙』と呼ばれているのは、我霊術と変霊術しか認知されていなかった頃に怪霊神仙と呼ばれていた名残りだね」


 漸くスッキリできたルナは気分良さげにその話を聞くと、「発霊は何でぇ?」とまた聞き始める。

 ディアナが調子良く「発霊は――」と答え始めていた所に、痺れを切らしたヴィスが「そこでやめろ」と威圧を掛けた。


「今日一遍に教えても全てを吸収できるものか。『変霊術と操霊術の概要を学ばせた』…これで満足しろ。まだ読霊の披露が残ってるだろうが」


「ん、そうだね。…あなた、いつもそんな感じでまともなことだけ言っていればいいのにね…」


「あ゛ぁ…? …ルナ、さっさとやれ」


 怒りが収まらない彼だが、とにかく先へ進めたい一心で爆発を堪えてルナを急かす。

 ルナは無言で再び目を瞑り怪霊力を込め直す。


「ルナさんは読霊のどの段階まで習ったんじゃ?」


 待ち時間の間に神仙がディアナに問う。


「昨日の修業の終わり頃には、連鎖技法のコツを掴みかけている状態でした。ですから、それを完成させて、あとは怪霊力越しに感覚を得られるようになれば修得完了ですね」


「え、ごめん。連鎖技法って何じゃっけ?」


「えっ? あ、え、あ…、…あの…怪霊力に繋がりを設けておいて、放出した怪霊力が怪霊領域と繋がった状態を維持する技法で…」


「あー、そういう名前じゃったな。めんご了解」


 拍子抜けしてポカンと呆けているディアナだったが、神仙は特に気にもせずルナの技を見守る。

 すると、ルナの口が細かく動いているのに気が付いた。


 それは長らく『思い出せ…思い出せ…』と繰り返し口ずさんでいたようであったが、ルナの目尻がピクリと震えると、直後その調子が変わってはっきりとした声が聞こえた。


「…体感は触れるようなイメージで…領域から繋いだまま…切れないように広げる…」


 そして直後、ゆっくりと目を開いたルナの足下から、ディアナ、ヴィス、馬達と通過し、神仙の立ち位置まで地面が薄い砂塵を巻き上げた。


 空間が固まったような、冴えきった空気が漂い、そして次の瞬間、緊迫した面持ちのルナがヴィスの方へと大きく振り返った。


「…お、おめえ……な、何者なんでぇ…」


「……ほう、やればできるではないか。読めたのだろう、俺様の霊力が」


 鋭い目のまま口元だけ笑わせたヴィスの表情に、ルナは畏怖にも似た驚愕の視線をぶつけて佇む。

 ディアナは二人の会話の意味にハッと得心すると身を乗り出した。


「ほ、本当!? ルナ、もう読霊が使えるようになったの!?」


 ヴィスに気を取られていたルナは少し遅れて振り向くと、おずおずと頷いて辿々しく答える。


「…は、はい…多分。…昨日やろうとしてたこと頑張って思い出して、やってみたら上手くできました。…ちゃんと感覚もあります。えっと、ヴィスの肌はゴツゴツして何か冷たくて、おっしょーさまはやわこくて温かくて、神仙様はしわしわブニブニしてます。…それで、そーゆー感触とは別に…何だか、()()()みたいなのが皆の中に詰まってるみたいな…感覚? イメージ? …が伝わってくるんです。それが自分の中にも同じようにあるのが分かります…」


「あっ、うん! それ! そう、それが霊力だよ。…じゃあ、数は分かる? その光の粒の数が、霊力量の数値になるよ。一個ずつ数えたりしなくてもいい、感じ取ったままの数を口に出してみて」


 ルナは固唾を呑んで小さく頷いた。


「オレっちの数が、二、二(にひゃくにじゅう)三五、(さんまんごせんき)九〇九(ゅうひゃくきゅう)…。…そんで、神仙様が二七〇、おっしょーさまが五四七〇…」


 そして、ルナはヴィスへと視線を戻すと少し気圧されたように後退った。


「…ヴィスが……(きゅうせ)(んきゅう)(ひゃくきゅ)(うじゅう)(きゅうま)(んきゅう)(せんきゅう)(ひゃくき)(ゅうじゅ)(うきゅう)…。……そ、そうか…ヴィスが怪霊王……な、なるほど…」


「フン、今更俺様の偉大さを理解したようだな。…しかし貴様も最初の二一九万代から二二三万代まで霊力を上げたのは大したものだぜ。おそらく昨日の怪霊獣どもの霊力を奪ったお蔭だろうがな。そして更に多くの命を食らえばその分霊力は無限に上がっていく訳だ。…やはり貴様は俺様の下僕となるに相応しい」


「………お、おめえが、オレっちを下僕にしたがったのは……こ、これを知ってたから…なのか…。…た、確かに……こんだけ桁が違ってりゃ、オレっちが人間なはずがなかったんだな…。……みんな、知ってたん…だな…」


 ルナは悲観するつもりはなかったが、言い知れぬ何かを突きつけられたような感じがしていた。

 そうして彼女が言葉を失い、それぞれが沈黙していると、神仙がピッと手を挙げて「じゃ、わし帰る」と切り出した。


 ルナの成長速度に呆気に取られていたディアナは急いで背を正し、「…あ、お気をつけて!」と声を掛けた。

 うむ、と一旦は答えた神仙だったが少し考え直し、去り際に一度ディアナの傍に寄った。


「ルナさんの修業が上手く行っとるようで安心じゃ。言葉や常識もしっかり教えたようじゃな。あぁ感心、感心」


「ありがとうございます」


 取って付けたように言いながら神仙はポンと彼女の肩に手を置く。

 直後、彼女の頭に直接彼の声が響いた。


《ルナさんが怪霊王に誑かされんようしっかり見張っておけよ。あの子の心はどうやら人間と怪霊獣との境で揺れ動いておる。生い立ちのことも考えれば、最悪、あの子が憎しみに囚われ人類を滅ぼす結末をも十分に予想できる》


「…え、ええ…」


《それに加えて、例の脱走したペール・ルナールの件もある。わしもある程度の情報を得ておるが、やはり事情が事情じゃ。仮に怪霊王が大人しくしておってもいずれお前さんらの前に必ずそいつが現れる! その時になってもまだルナさんが迷い続けておれば、…その時はルナさんを殺す腹を決めておかねばならん。分かっておるな…?》


「…はい…」


 テレパシーを使えない彼女は相槌のような曖昧な返事で場を乗り切るしかなかった。

 神仙は伝えることは伝えたとしてそのまま踵を返して去っていく。


「さぁて…しわしわ…ブニブニ…かぁ…。何食べたら潤うかなぁ…」


 何事も無かったように緊張感の無い独り言を繰り返しながらトボトボと歩いていく神仙。

 見送る内に少し気を取り直したディアナは、馬の傍へと歩いていきながらルナに笑い掛けた。


「その感覚が掴めたなら、今後は読霊を使わなくても自分の霊力は把握できるようになるよ。あと、スムーズに読霊が使えるようになるまで練習は続けてね。そうして初めて読霊修業が終わるから。それが終わったら、お師匠様の提案通り野狐の技が使えないか試してみよう」


「…は、はい…。分かりました…」


 やはりまだ本調子には戻れないルナは、言われたままに読霊を切り、再度行いと繰り返す。

 その間にディアナは地面から伸びたポールを風化させ、宙に投げ出された手綱を取って馬を引いて戻ってきた。


 また状況が変わりつつあるのを感じ取り、「おい」とヴィスが不満そうに呼び止める。


「貴様何をしようとしている。騎馬の練習は十時からなのだろう?」


「でもルナが読霊を使えてしまったから予定が前倒しになったし…。他の術の説明もしちゃったからこれ以上詰め込んでもなぁ、って」


「俺様に仙攻丹を教えろと言ったろうが!」


「無理だってば…」


 やはりこればかりは両者とも譲る気配が無く、彼は言葉も無く睨んで催促し、彼女は迷惑そうな視線を返すだけである。

 ヴィスも食い下がるのは無駄だと感じつつあった。


 そのため彼は、溜め息を一つ吐くと妥協案を呈示する。


「ならば、これだけ聞かせろ。何故貴様は自らの命を削ってまでその技を愛用する?」


 ディアナはそれを聞くと呼吸を止めて目を見張る。

 聞き付けたルナも咄嗟に集中が途切れて読霊を止め、視線を向ける。


「…何故、そんなことを訊くの?」


「貴様ら人間は俺様や他の怪霊獣達と比べて寿命が短い。なのに何故命を削る技を使うのか…。『恐らくそれほどの魅力がある特別な技なのだろう』としか俺には思えんが、貴様の性格を考えた時ピンと来なかった。…そこを詰めれば貴様にとってこの技がどのような意味を持つのかを理解でき、その『意味』によって俺様がこの技を利用する際の留意点が決まるであろう。…技の修得は俺様が自力で成し遂げてみせるが、ヒントを得られるやもしれぬ部分を見逃す手は無い。だから問うたのだ」


「………そう」


 ディアナは拍子抜けし、一瞬自嘲気味の薄ら笑いを浮かべると、直後に彼女らしくない奇妙に朗らかな笑顔を見せた。


「今日一日僕のやることに協力してくれたら教えてあげるよ」


「必ずだ、逃げるなよ」


「ええ、勿論」


 ヴィスは真意を探るように暫し視線を向け続けると、フン、と気に入らなそうに鼻を鳴らしてルナの下へと歩く。

 ルナは読霊の練習を再開しつつ、勝ち気を装って彼に笑みを向けた。


「お…おいヴィス、おめえ、おっしょーさまに修業つけてもらうってんならちゃんと敬語使えよ! それが礼儀ってもんだろ」


「奴はまともに修業をつける気は無いらしいがな。それに奴が俺様に修業をつけるとしても、奴を敬ってやる理由は無い」


「む、バカ言うな! 師匠は敬うもんだ!」


「ハッ、貴様が俺様を敬うようになったら一考してやるよ」


 一見じゃれ合っているようなその二人の、友情と呼ぶには脆く小さ過ぎる繋がりをディアナは儚く見つめる。

 当初から抱えていながら必死に眼を背けていた過去の重しが、腹の奥にずっしりと圧し掛かる。



「…その方が、いいかも」



 彼女の言葉は人知れず宙に溶けた。

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