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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
21/67

一九ノ業 語れること、分かり合えること

 ヴィスの大声にキョトンと緊張感の無い顔を向けた神仙は、特に反応を示しもせず指先の光の玉を「ほれ」と飛ばしてルナの目の前まで持っていく。


 ビクッ、と身体を揺らして狼狽えたルナは、その光の玉に鼻を寄せてクンクンと嗅いだ。

 光の玉は神仙の指先から放電で繋がっている。


「見ての通りそいつはあの鶏どもの血肉と霊力だけを封じ込めた玉じゃ。そいつをパックリ飲み込んでみぃ。腹の中でゆっくりと玉が溶けて、ルナさんに負担が掛からん調子に栄養と霊力を摂らせてくれるぞ。しかしいいか、噛むなよ。間違って破裂したらお前さんがバラバラになるからな。喉の中にストンと入れてしまえ」


「そっ、そんな危ねぇもんおっかなくてオチオチ飲めねぇよ…! あ、で、でも……いや、…う~…」


「安心せい、噛まなけりゃホントに何ともありゃせん。味もせんし痛くも痒くもない。まぁ飲むには大きいかもしれんがなぁ」


 神仙が朗らかに笑ってそう告げていると、ルナは顔をしかめてその場に足踏みし、その横で「…頑張って!」とディアナが両拳を握って声援を送る。


 しかしまたその穏やかな空気をぶち壊し、ヴィスがズカズカと神仙に歩み寄って怒鳴り付けた。

 神仙はやれやれと肩を竦めて彼の方へと振り返る。


「おい、無視をするな! 貴様は何者だと訊いておるのだ! 霊力量二七〇の老いぼれが何故あのような大技を使える!?」


「うるさいやっちゃなぁ…。わし耳は結構近いんじゃよ。そんな大声出さんでも聞こえとるわい。何故大技をってそりゃお前、怪霊領域が広いからに決まっとろう。経練(けいれん)(ぎょう)を繰り返した結果じゃ」


 神仙は何でもないことのように言い返すと、少し興味を持ってヴィスの顔を見つめた。

 ヴィスはその返答に頭を抱え、「けいれんの…? 何だそれは…」と呟いている。


「よ、よし…飲むぞ……飲むぞ…飲むぞ!」


 彼らの会話の他所で覚悟を決めたルナが、光の玉を勢い良く頬張り、そして結局喉に詰まらせてディアナに背中を擦られていた。

 ディアナは甲斐甲斐しくルナを世話しながら神仙を一瞥する。


「それにしても流石です、お師匠様。やはり僕にはあれほど見事な手際で遠くの敵を串刺しには出来ません。…おそらく、読霊で正確な位置を把握しつつ操霊を行ったのでしょう? 僕はまだ一度に一つの術しか使えませんから…」


「む? ほお、そうだったかの?」


 神仙は顎髭を撫でて首を傾げ、『そういやそうかも』と視線を斜め上に逸らしていた。


「ええ。それにルナに飲ませていた光の玉…あの術も僕は知りませんでした」


「あー…えー? …あれぇ…? …う~む、そうじゃったかぁ。わし近頃物忘れが酷くての、勘違いじゃったかもしれん。…ま、まぁ、お前ならその内いつかやれるじゃろうて」


「はい。精進致します」


 気まずそうに頭をポリポリと掻いて、神仙は逃げるようにヴィスへと視線を戻す。

 そうして一つ咳払いして右手を差し出した。


「さて、お前さんとは初めましてじゃったな。わしはレイ・テッカイ…――二怪霊神仙と呼ばれとる者じゃ。そこにおるディアナの元師匠でもある。…ま、あやつは自分の力で極めただけでわしの手柄など無いがな」


「…フン…なるほど…。貴様が人間の分際で怪霊術の権威などと嘯く輩か…。初めに聞いた時はふざけるなと思ったものだが、…確かに…それなりにはやるようだな…」


 ヴィスは睨むような鋭い目付きで笑うと、一切の手加減も無く本気で神仙の手を払い除けた。

 大きく振るわれたその手はバシッと甲高い音を響かせたが、普通は人間の手ではそんな生易しい音で済むはずのない勢いだった。


 へし折れるか千切れるか、いずれにせよ無事で済むはずが無かった。

 しかし神仙は赤く染まっただけの手を慌ただしく振ってヒーヒー言うだけだった。


 触れた一瞬、神仙の手が青い膜に覆われていたことをヴィスは鮮明に眼にしていた。


「うわ()ってぇ! お、お前、年寄りにはもっと優しくせんかい! わしのお肌案外デリケートなんじゃぞ!」


「俺様でも見たことが無い技をこうも易々と…。貴様、何故今まで表立って怪霊獣と戦わなかった? 貴様が出てくればもっと面白い戦いになっていたはずだ」


「わしがそんな物騒な世界でやっていけると思うか! 大体わしはただの僧じゃ! お前さんらみたいな戦闘屋と一緒にするでない!」


 ふむ…、と腕を組み、ヴィスは難解そうに顔を歪めた。




 光の玉を飲んで落ち着いたルナは身体の無事を確かめるようにポンポンと腹を叩くと、少し遠くで真っ二つになったまま放置されていた野狐の方を向いて走り出した。


 そして膝をつくと、怯えた表情で固まった野狐の頭をそっと持ち上げて、自分の顔と同じ高さにして見つめた。

 ディアナはその背後にスタスタと歩いてきた。


「…や、こ……野狐、か…。オレっちの父ちゃんも野狐なんだよな? 野狐の父ちゃんと(へん)れい術師の母ちゃんが交尾して、産まれたのがオレっちだ」


「…そう、だね」


「じゃあ、こいつも共食いってやつになるのかな。…もう人間も食っちまったし、今更だけどな」


 そう告げたルナは野狐の頬を一噛りし、毛皮ごと飲み込んだ。

 味への興味も特に無く、ただ食べると言う行為に儀式めいた厳かさを重んじていた。


「…『結婚』…って、百科全書で調べたんだ…。オレっちの父ちゃん、母ちゃんってさ、好き同士だったのか? …それとも、国のためとかで、無理やり結婚、させられたのか? 政略結婚とか…」


「…」


 ディアナは言葉を失って、まるで自分を守るように胸の前に左拳を添えた。

 ルナは彼女の無言を感じ取ると小さく笑って、野狐の死骸に食らいつく。


 しかし、それでも向き合わなくては気が済まないのがディアナの不器用で生真面目なところだった。


「……結婚なんてしてないよ。恋愛感情だって無い。…人々が、最強の生物兵器を作り出そうとした研究の果てがあなた。その研究の過程に野狐と術師の性交が必要だった……ただそれだけ。後期型は殆どが人工授精だけど、あなたの場合は……。既にそのサンプルにされた野狐は処分されているし、術師は莫大な報酬金と一緒に隠居済み。その所在も一般には公開されない。…だから、あなたが母だと慕うような必要は無いの。彼女もあなたのことを自分の子だとは思わないでしょうし…」


 ルナは何も言わず食べ進め、上半身を平らげると骨を捨てて下半身を取り上げた。

 その背中は、必死に悲しみに背くような無理な強さを感じさせた。




「貴様、俺様と戦え」


 不意にヴィスの口から飛び出した言葉に神仙は間の抜けた顔を上げる。

 ヴィスは睨むような視線はそのままに、しかし無駄な力の抜けた穏やかな佇まいでいた。


「じーっと人の顔を凝視しおって何を考えとるかと思えば結局それか…。お前、聞いた通りの野蛮な奴じゃな」


「ほざけ。俺様は貴様のそのナヨナヨした気性が気に入らん。力を持ちながらそれを振るわないなど言語道断だ。しかも貴様は訊いたところでその真の訳を明かさんだろう。ならば実力行使で吐かせるしかない」


「ええ…。怖い…。テロリストかよ…」


 呆れて身を引くような仕草をした神仙にフンと鼻で笑い、ヴィスは軽く肘を曲げた左腕を顔の前に掲げ、腰を落とした姿勢で構える。

 溜め息混じりに神仙も、構えるまでとはいかずとも身体を正面に向けて受けて立つ。


 ヴィスはニタリと笑うと直ぐ様左腕を伸ばして我霊射の一撃を放つ。

 彼が過去に放ったいずれにも類を見ない大きな閃光に、しんみりとした空気が漂っていたディアナのルナの二人も一斉に驚き振り返っていた。


 神仙はスッと右に腕を伸ばすと、その手の先に頭ほどの大きさの赤い怪霊力の玉を発生させて宙に留まらせた。

 そして同時に両目から眩い光を放つ。


 我霊射はとてつもない速度で直進してきていたところから徐々に進路を逸れていき、その赤い玉へと引き寄せられて通過していった。

 左腕を血に染めたヴィスは、眼を疑い食い入るように玉を見ると、その場でゆらゆらと覚束なく足踏みした。


「…な…何故…外され……――」


 プツリと意識が途絶え、彼は前から地面に倒れた。

 後には小さな寝息だけが残る。



「お、お師匠様、今の技は…?」


 駆け寄ってきたディアナは称賛の眼差しを湛えながら訊ねた。

 神仙は赤い玉を消失させると遠くで未だ野狐を食べているルナを一瞥し、「ホッホッホッ…」と笑って首を振った。


「技名なんぞありゃせんよ。適当に怪霊力を操っておるに過ぎんのでな」


「…しかし、あれほど威力の高い我霊射を逸らすだなんて余程の技術とお見受けしますが…」


「いやいや、実は威力なぞ関係無く割と簡単に逸らせられるんじゃよ。操霊の基本を復習してみぃ。お前さんならきっとすぐに検討がつくじゃろうて」


 彼女は少し俯いて「操霊…逸らす…」と思考を巡らせていたが、皆目検討などつかなかった。

 神仙はうむうむと頷き「大いに悩めよ」と笑うと、また這いつくばって眠りこけているヴィスに視線を戻した。


「それにしても怪霊王とはとんでもない危険人物じゃな。お前さんも苦労したろう、こんなのと二四時間一緒では…。しっかり眠れたか?」


「え? …あぁ、はい、大丈夫です。僕も一応無我の(めい)を極めていますから、起きながらでも休息は取れていました」


「つまり寝てないんじゃん…。寝て…」


 ドン引きしつつ呆れている神仙の傍に、漸く食事を終えたルナも口の周りを血だらけにして歩み寄ってくる。

 それまでの話をその大きな耳で聞いていた彼女は、ヴィスの左腕を見つめて口を挟んだ。


「でもあいつ、初めて会った日よりずっといいヤツになった気がするぞ。さっきもオレっちのこと助けてくれたんだ」


「…ふむ、まぁわしも隠れて見ておったがの。それはルナさんの特別な力を欲してのことではないかな? あれはかつてその悪名を世に轟かせた怪霊王そのものなのじゃからな、あまり信用しすぎてもならん」


「うーん、確かにあんにゃろーはオレっちをしつこく下僕にしたがってるけど、前は助けてくんなかったと思うぜ。だから、やっぱり変わったよ、あいつ」


 ルナは腕を組んでヴィスの方を見つめ、うんうんと頷く。

 それに続いて俯くディアナも、言うのを惜しむように細々と告げた。


「…あたしも、彼は変わったと…そう思う…」


「……そうか」


 彼女までもがそう言うならば、神仙には疑うつもりはなかった。

 しかし彼がこれ程にヴィスを悪く感じるのは、一重に愛弟子達を想ってのことであった。


 彼は、前髪に隠れた彼女の瞳に儚さを覚えて優しく笑った。


「奴の心がどちらに転んでも、お前さんには結局辛かろう…」


 暫し湿った静けさを帯びた空気に、「さて!」と神仙が大きく切り出す。

 ルナはビクッと驚いて振り向き、ディアナはずっと平静であったと装うようにゆっくり顔を上げた。


「怪霊王はわしが一晩預かろう。お前さんらは二人でゆっくり休んで羽を伸ばせ」


「あ、いえ、お師匠様…実はちょっとした事情で、ルナを人里に連れ入るのは時間を置きたくて…。部屋や食事の予約を明日に入れてしまって…」


「ふむぅ…そうか…。よし、そんなら二晩預かろう。街の近くじゃし、さっきのようなことでもなければ怪霊獣に襲われることもないじゃろ。もしそうなってもわしがまた駆けつけてやろう。熟睡してても野生動物の接近くらいはディアナなら感じ取れるじゃろうしな。それに関してはお前さんの方がプロじゃろ?」


「あ…、はい。そうしてもらえるとありがたいです」


 神仙はディアナと話しながらスタスタとヴィスに近寄り、傍に立つとまた振り返る。


「そういえばお前さん、さっきその予約とかで街に行ったんじゃろ? ()()()には会ってきたか? 怪我が治って飛び起きるなりわしのところに来て、『ディアナはどこだ』と詰め寄ってきたんじゃぞ? 城におるから早く安心させてやれい」


「…いえ、いいです。会いたくないので、お師匠様から元気だと伝えておいてください」


「え、なに…喧嘩でもしたの? 破局?」


「詮索するならお師匠様でも怒りますよ。いいから、どうぞ、行ってください」


「あい…」


 神仙は幾度と無く首を傾げて「痴情の縺れかしら…?」などと呟きながらヴィスと自分の身体を宙に浮かせ、猛スピードで街へと去っていった。


 取り残されたディアナとルナの間は少し静閑したが、やはり気になったルナが顔を上げる。


「あいつって? ちじょーのもつれって何でぇ?」


「怒るよ?」


「お、おう。ごめんなさい…」


 珍しく作り笑いを浮かべながら威圧感を放っているディアナに彼女はいそいそと口を閉ざした。



※※※※※※※※※※※



 意識を取り戻したヴィスは目を開けるより早く夜風の涼しさに時の経過を察した。


 身体を起こして辺りを見ると、石煉瓦造りの狭い部屋にいて、右の壁の高い所には換気用の隙間が空いている。

 左には鉄格子があり、その先は狭い通路がある。


「ここがルナさんが育ってきた場所じゃ。何とも嫌な場所じゃろう?」


 一切気配がしなかったはずの背後から突然声が掛かり、ヴィスは立ち上がりながら振り返り透かさず左腕を構える。

 そこには壁に背を凭れて神仙が座禅を組んでおり、細く開いた目は夜闇に陰って鋭く感じられる。


 ヴィスは視界に入った腕が一つの傷も無く綺麗に治っているので一瞬気を取られたが、すぐに神仙に眼を戻した。


「何故こんな場所へ俺様を連れてきた。他の二人はどうした?」


「お前さんは本来敵じゃ。敵が傍におるのに十分に休めるような奴はおらんじゃろ。よってお前さんを引き離してディアナに休息を取らせておる」


「フン、なるほど…。それで、貴様なら一人でも俺様を制御できると考えた訳か。中々肝が据わっているな、ムカつく野郎だ…」


「うるさい奴じゃな。寝とれよ」


 言うが早いか、神仙の両目が再びあの光を放つ。

 しかしヴィスも負けじと、眠気が襲った瞬間に我霊閃で気を弾き飛ばす。


 得意気に笑ったヴィスに対して、神仙はつまらなそうに鼻で笑った。


「…『我霊閃』…体内外の弱い怪霊力を瞬間的に弾き飛ばし、操霊や洗脳系の技を無効化する技じゃ。しかしそこに込める怪霊力は弾き飛ばせる距離にしか影響せん。お前のように考え無しに無駄な力を使っていては普通霊力が尽きてお陀仏じゃ。優秀なのは身体だけと言うことじゃな」


「…な…何だと貴様…!」


 かつてこれ程までに彼を愚弄した人間はいない。

 剰りのことに彼の頭には怒りよりも困惑が大きかった。

 しかも神仙はそれだけに終わらず、悪ガキを咎めるような調子に続けた。


「お前、力ばかりデカくてろくに術の応用もしてこなかったじゃろ。我霊閃をようやく正しく使えたというだけで得意になっておるのじゃからな。ある意味不運というものじゃな、誰よりも強くして産まれてしまったというのは。成長のしようがないのじゃから」


 ヴィスは大きく見開いた目で神仙を睨み据え、拳を固く握り、唇を噛んだ。

 …しかし怒鳴り出すかと身構えていた神仙の予想と反して、瞳を閉じたヴィスは僅かに口角を上げていた。


「フッ、…フフッ、…フフフフフフ…」


 奥から込み上げてきたように、肩を揺らして鼻から抜け出てきた笑い声が低く牢に響いた。


「…確かに、不運だったかもしれんな。手応えの無い雑魚を蹴散らしてばかりで、時に虚しさすら覚えたこともあるぜ。貴様の言う通り、誰が相手であれ力を放てば簡単に勝ててしまっては、策も何も無い。かつての俺は、『策を弄するも技を磨くも弱者の足掻きだ』とそう言っていた。今もまだその節はあるがな」


 神仙は初め、悪党の戯言だと聞き流すつもりでいた。

 しかし、何となくその先が気になったのだ。

 彼は余計な口出しをせずに聞いた。


「…しかし、…意外に面白かった。この俺が我霊射に望みを託すなど、攻撃を当てるために操霊の拘束技を用いるなど、挙げ句幻術を破るためだけに我霊閃に頼るなど考えもしなかった。それが楽しいと感じるなど、夢にも思わなかったのだ。…そして、こうして目の前に、その『策』と『技』を磨き俺様を圧倒する者が現れた。…封印以前の俺様にも通用し得ると感じる程の者がだ。こんなことは考えられなかった…」


 神仙は目を丸くしていた。

 悪は悪、善は善…何者であれその本質を覆すことは有り得ないと、彼は人生を通じて知っていた。


 しかしその枝葉は幾らでも変わり得る…それを見せられたような気がしたのだ。


「アモルの野郎にも少しは感謝してやるぜ。封印が無ければこの楽しみを知る機会は無かったのだからな。そして、今の俺には力だけでは敵わない敵が多くいる。こいつは俺様の技を磨くための良い練習台になるだろう。この俺様にも漸くやり応えのある目標が出来たのだ、この喜びが貴様には分かるまい! …俺様は必ず封印を破いて元の力を取り戻し、貴様をも凌ぐ技を編み出し、再び究極の王としてこの世に君臨してみせる!! そしてその暁には…―――」


「…暁には?」


「―――全人類、全動植物、全怪霊獣を優良種を除いて絶滅させ、強者だけが住まう最高の世界を造り上げてみせよう!!」


 ヴィスは両腕を高く掲げ、その理想を嬉々として語った。

 僅かでも期待の眼差しを向けてしまった自らに呆れ、神仙は大きな溜め息を溢す。


「老い耄れ、貴様にその第一歩を手伝わせてやる。ディアナが使っている、放電現象を起こしながら急激な肉体強化を施す技……あれを俺様にも教えろ」


「最後の一言さえなけりゃあ一考してやったんじゃがなぁ…。お前殺し以外に趣味とかないの?」


 腕を下ろして真面目な顔でせがむヴィスだが、既に神仙の興味は彼から離れてしまっていた。

 しかし、彼が神仙を頼ったのもただの気紛れである。

 教われないなら自分で探す、彼はそういう考え方をしていた。


 フン、と鼻を鳴らして背を向けようとしていた彼だったが、神仙の何気無い一言がその足を止めた。


仙攻丹(せんこうたん)はディアナが自分で編み出した技じゃ」


 振り返ったヴィスに、「じゃからあやつに聞け」と神仙ははね除けるような冷たさを以て言いつける。

 ヴィスは身体を向け直してまた腕を組み、対話の姿勢を取った。


「どういうことだ、貴様が師匠なのだろう? 貴様には使えんと言うのか?」


「使えるか使えんかで言えばわしにも使えるじゃろうな。非常に簡単な技じゃ。…しかし、わしはあんな技、必要に駆られなければ絶対に使わん。ディアナの奴があれを使い初めた時もわしは口煩く反対したんじゃ。しかしあやつは『あたしが戦うにはこれしかない』と言って聞かんかった…」


「…チッ、勿体振りやがって。何だ、何故そこまで拘るのだ?」


 神仙は首が疲れてそっと俯き、床に顎をしゃくって目を瞑る。

 ヴィスは暫しじっと不満そうな視線を彼にぶつけていたが、大人しく目の前に胡座を掻いた。


「あれは命を蝕む技だからじゃ」



※※※※※※※※※※※



 …眠れない。

 焚き火に背を向けて藁の上に寝そべっていたディアナの頭にはその言葉が巡っていた。


 焚き火を挟んだ先で同じようにルナも背を向けて横になっているが、寝息のような安らかな音は聞こえていない。

 息を殺したような気配で、両者ともおそらく互いに起きているであろうと気が付いていた。


 それが余計に、ディアナの心に拭いきれぬ影を落としていた。




 ―――同日真昼、ラティナ帝国城地下フロア。


 レストランと部屋の予約を取り付けたディアナはルナのいないこのタイミングを狙って小用を済ませることにした。

 彼女はルナールプロジェクト総務担当の執務室を訪ねると、挨拶も手短にインフェリオ博士に問い掛けた。


『脱走したペール・ルナールの件、そういえば詳しくは教えていただけておりませんでした。脱走した個体の詳細を話していただければ此方でも少しは対応ができますが…』


『ええ、その節は申し訳ございませんでした。実は、情けない話なのですが、我々もつい最近まで何番体が脱走したのか把握できていなかったのです。それと申しますのも、廃棄していただいたペール・ルナールの遺体には顔の判別がつきにくいものや、首が刎ねられてしまったものも多かったので、すぐには特定できなかったのです。それで、ディアナ様からも何か情報を得られればと思い、その時点での情報をお伝えしたということです』


 彼女はペール・ルナール達の最期を思い返しながら『そうですか…』と小さく頷き、そして眼を合わせてその先を促した。

 博士は引き出しから薄汚れた書類を一枚取り、それを彼女に渡して話した。


『ご存知の通り、ルナールの候補者は四匹おりました。最終的に選ばれたのは一二六番体でしたが、実はもう一匹、それと同等かそれ以上の才能を持った逸材がいたのです。そいつは先天的にとある問題を抱えていて、将来性の無さから採用を断念した経緯がありました。特徴的な見た目なのですが、遺体の中にその特徴が認められた個体が一つもありませんでした。…そいつが脱走者で間違いありません』


『この書類が脱走者の情報ですか。……問題というのは…』


『色素欠乏症だったんです。それが随分と悪性で、特に目は産まれつきの弱視に重ねて角膜に異常があり、地下の暗闇でさえ紫外線のダメージを過度に蓄積してしまうんです。そのため片目は遂に失明してしまいました。そして間も無くもう片方の目も光を失います。そのためルナールには採用しませんでした。型式は…―――』




「―――……一二五番体…」


 ディアナの独り言にピクリとルナの耳が大きく揺れて、寝返りを装うようにしてルナが焚き火越しに彼女を向いた。

 ディアナは背を向けたままにまた口を開く。


「…ねぇ、ルナ、聞いていい?」


「……ん…何でぇ…?」


「ルナールって呼ばれるのを嫌がってたのは、どうして?」


 思いもよらなかった問いに、ルナは少し言葉を詰まらせた。

 何の意図かと身構えつつも、ディアナにならと彼女は話した。


「…博士がさ、一人ぼっちになったオレっちに言ったんだ。『君はルナールに選ばれた名誉ある成功体だ。他のやつらなんか気にするな』って…。…オレっちがルナールだから…『成功体』だから、みんな『失敗作』にされて殺されちまった。…そんなの嫌でい! みんなを…にぃちゃんを『失敗作』だなんて呼ばれたくねぇ! …だから、オレっちは、ルナールなんて呼ばれたくねぇ…」


「…そっか…。うん…。お兄さんも喜んでると…思う…」


 ディアナは掠れた優しい声で告げた。

 迷いの滲む言葉ながらも、ルナを大切に思う気持ちは確かに伝わった。


 ルナは小さく「へへ…」と笑うと、尻尾をパタパタ振りながら半身を起こして彼女を見つめた。


「オレっちからも訊いていいか?」


「あ、うん。…なに?」


「人間の兄妹は結婚できねぇけど、…ペール・ルナールの兄妹は結婚できるかな?」


 ディアナは息をするのも忘れて目を大きくし、ゆっくりと起き上がってルナを見た。

 ルナは屈託無く笑っていた。


「……多分、人間の法律は適用されないし…勝手にしちゃえばいいかもね。だから、…うん、できるよ」


「ん! じゃあさじゃあさ、もしいつか死んじまって、天国でにぃちゃんに会ったらさ、『結婚しよう』って約束したいな! そんで今度は、ずっとずーっと一緒でさ! もう離れ離れになんかならねぇようにしてぇんだ!」


 ディアナは面食らって呆けていた。

 そして、じわりと熱が浮かんできて、不意にそれが彼女の喉に迫る。


 スン、と鼻を鳴らして、掠れた声を上げた。


「…ルナールプロジェクトの…交配は、野狐の管理の…問題で……一匹につき、一人だけの体制で…行われる…から………ルナと…お兄さんは…血は繋がってないよ…。…できるよ…結婚…ちゃんと、できるよ……」


「ホントかっ? …そっかぁ…! よかった!」


 心の底から嬉しそうにするルナ。

 感極まったディアナは焚き火を踏んでも構わずルナの元へと駆け込んだ。

 そして押し倒すようにして抱きつくと、力任せにルナの背を強く両腕で締め付けた。


 ルナはぽかんと口を開けたまま、震えるディアナの背を見つめた。


「…ごめんなさい…! ごめんなさいっ…! あたし、…、…本当に、ごめんなさい…!」


「な、何だよ…何で泣いてんだ…。…わ、分かんねぇけど、泣かないでくれよ…。オレっちは大丈夫だからさ、な?」


 ディアナはそれからいつまでも泣き続けていた。

 ルナには彼女の悲しみも後悔も分からなかった。


 泣き疲れ、慌て疲れた二人は、抱き合ったまま夜明けを迎えた。

 小さな少女の胸に抱かれた彼女は、幼い日のように頼りなく背中を丸めて眠った。

・ヴィスドミナトル(封印解除率0.0008%)

握力40t

パンチ力112t

キック力272t

耐久度67,200

走力2720m/s

霊力99,791,648/99,999,999

怪霊領域799

回復力80

術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊

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