表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
20/67

一八ノ業 ディアナの不在に更なるピンチ!不調コンビの命運は…!?

 オーガ、インプ達との戦いの後、三人はソウラモンブルから大急ぎで移動した。

 万が一怪霊獣の応援が駆けつける場合を考え、絶対に追い付かれないように距離を離さなければならなかったのだ。


 今回は慣れない馬の利用は見送り、急遽全員を乗せられる土の浮島を作ってヴィスの操霊で移動することとなった。

 当然「何故俺様がそんな面倒を…」と彼は渋ったが、


「たまには霊力全部使い果たしてみたくない?」


 とディアナが誘うと、『煽られた』と勝手に判断した彼が最高速度でパロを目指し、その結果は―――



「まさか一七分で到着してしまうなんて思わなかったよ…」



 都市を目前に空から降りた浮島はそのまま小山に還し、そこから地面に降りたディアナは馬の手綱を引きながらぽっかりと口を開けて呟いた。

 ヴィスは何ら得意でもないというように鼻で笑い、「貴様でもできただろ」と言い返す。


 まだ本調子でないルナは会話に加わらず、原っぱに突然できてしまった小山をぼんやり見つめていた。


「僕は怪霊領域だけならあなたより上だから、瞬間的な出力は確かに勝るけど、霊力量に天地の差があるから出力を長時間持続できない。僕がやっても、四キロまで進んで一分以上休んでの繰り返しになるからこうはいかないの」


「フン、なるほど。先天的な差という訳か。…このクソ忌まわしい封印さえなければ怪霊領域でも俺様が上になるがな」


「あなたの封印が解ける頃には、僕ももっと強くなっていないと…。ううん、それどころか今のままじゃやっぱり雑魚が相手でも厳しい…」


「ハッ、そうでなければ張り合いがない。精々修業とやらに励むがいいぜ」


 ヴィスにしては明るく笑ってそう言うのでディアナは面食らい、「嫌に爽やかだね…」と苦笑いを浮かべる。

 彼女はそれからルナに眼をやり、その落ち沈んだ表情に胸を痛めながら馬を引いて歩き、優しく笑いかけた。


「…ルナ、まだ人里に踏み込むのは辛い? 大丈夫?」


「……大丈夫でぇ」


「…そう。…うん、でも、今日のところはやっぱり止めて野宿にしておきましょう。…あ、じゃあ、一回僕だけで行ってきて、高級料理のコース予約しておくね! えっとね、一日前に予約を入れないと食べられないお店があるの! ほら、ルナってまだちゃんとした料理って食べたことないでしょ? それからお城に一報入れて、とびっきり綺麗な部屋を用意してもらいましょう!」


 頑張りすぎているのが端から見ても分かるようなディアナの表情に、ルナは少し苦笑する。

 ディアナはヴィスへと振り向くと、


「ルナのことお願い! ここで待っていて!」


 と、一方的に告げて馬を連れ街へと歩いていった。

 頷いてないぞ、と目を細めてヴィスは見送っていった。


 彼女が去って場が静まると、彼には少しの葛藤が生まれる。

 このままディアナを待ち続けるより、ルナを連れて去った方が利口でないか、と…。


 前にルナの面倒を任された時にはまだルナの怪霊領域が開いていなかった。

 その修業を終えてからでなければ連れ拐っても仕方がないと考えていたのだ。


 しかし、今は技の修業を受けさせてやっているだけなので、彼自らがルナに教えれば済むことのようだった。

 読霊や操霊、発霊など、彼でも教えるくらいはできるはずだ。


「…俺は何を悩んでいるのだ。あの女に頼る理由など何も無いと言うのに…」


 思わず呟いた彼だったが、ルナは気に留めず振り返りもしない。


 結論から言って、彼はディアナの下からルナを連れて去ることに言い知れない抵抗感を感じていた。

 何かリスクを失念していただろうかと考え込むが、何も出てこない。


 ルナのことを下僕にするとは言っていたが、ディアナまで手下にしたいかと言えばそんなことはない。

 彼にとって彼女は、一貫して見返すべき相手だった。

 封印を解き、その力を行使して打ち負かすという一つの到達点が彼女なのだ。


 彼は彼女と敵対していたい、それは確かだった。

 その上で、彼は彼女の傍を離れることに妙な抵抗を感じるのだ。


 そうやって違和感と疑問に首を捻っていた彼だったが、ふと妙案を思い付く。

 彼は、今しがた悩んでいたのはこれを発見するためだったのだろうと一人で納得した。


「…うむ。奴が旅の中で成長し、力を付けていく過程を見た上でそれを叩き潰すというのも一興だな。…あぁ、なるほど…。…いいな、俺様の強大さをより強く感じることができるぞ…」


 新境地を確立した喜びに彼が打ち震えていると、「…なあ」とそれまで無口でいたルナが話し掛けてきた。

 機嫌を良くしていたヴィスはすぐに「何だ」とそれに応じたが、ルナの方は未だ薄ぼんやりした表情でいた。


「…(かい)れいじゅうってよお、殺すのが好きなんだろ? 何でだ?」


「何故だと? 好きなものは好きだ。当然だろう」


「…そっか、そいつがカチカンってやつなんだな。そりゃ分かり合えねぇ訳だ。オレっち、殺すのが楽しいなんて全く理解できねぇもん」


「フン、俺様も貴様の思考など知らん。しかし、知れぬと分かることも理解の形だ。貴様はそれに甘んじていればいい。そして自らの心にのみ従って生きろ。強者とはそう在るべきものだ」


 ルナは難しそうに顔を歪め、ガシガシと頭を掻いた。


「でも理解できた方が友達が増えんだろ?」


「貴様が理解したとて相手が理解せん。そして理解したからとて許容し合えるとは限らん。…何故そうも群れたがるのか気が知れんな。独りで完結していればこの世に難しいことなど何も無かろうに」


「む、難しくてもっ、オレっちは分かり合いてえんだよ!」


「ハッ、馬鹿を言え! 貴様は分かって欲しいだけだ」


 ヴィスの厳しい指摘に、むぅ…とルナは唇を結んで黙り込む。

 しかし、不思議と彼女の気持ちは然程落ち込んでもいなかった。


 言い負かせた彼は得意気で、また別段彼女の考え方に嫌気が差した様子も無い。

 ただ雑談をしただけという空気が漂っていた。


 しかし、彼がその雰囲気を帯びていること自体が珍しいことである。


 ルナは神妙にヴィスの顔を眺め、その真意を探ろうとしたが、そうして意識を張り詰める内に予期せぬ違和感が襲って彼女は後方へ振り返った。


 遠く見つめるルナの背から同じ方を覗いて、ヴィスはお決まりのように嘲笑った。


「貴様、今度は何だ。言っておくが俺様は一々下僕の面倒など見んぞ。『あれは何だ』『これは何だ』と言う前に自分で一つ結論を生み出せよ」


「―――…な、なぁ…あれ、何だと思う?」


「…話を聞けよ。自分で考え―――」


「か、(かい)れいじゅう、じゃねぇのかっ?」


 溜め息混じりに言い返していた彼だったが、予想外の言葉にピクリと眉を寄せてルナの隣まで進み出た。

 そうして見てみると、彼女が言う通りの不可解な事象が迫っているのに気が付く。


 初め、遠くに砂塵が巻き上がり地鳴りが近づいてきているようだとだけ窺えていた。

 しかしとてつもない速さでの接近に距離が詰められていくと、その一つ一つの容姿にまで眼が行き届く。


 それは一見すると通常より二回り大きい黄羽毛の雄鶏だが、首から胴、尾へと蛇に似た紫の腹が続き、また羽根は鳥と云うより翼竜のような赤く血走った薄い翼膜を携えていた。


「…コカトリスだと…? な、何故奴らが…」


 ヴィスは自分の腕を見下ろして、少し焦ったような声を上げた。

 その大群がどのような意図で迫っているかは分からないが、もし敵対するのであれば今の状態はマズい。


 彼の両腕はまだ、やっと瘡蓋で傷が埋まって痛みが静かになったばかりのところだった。

 我霊射は使えない。


 そして操霊を駆使してもオーガの一体も仕留められないことは先の戦闘で重々理解していた。


「…チッ…! …ルナ! 死にたくなければ俺様に従えッ! 俺の許可無く動くな! 声も上げるな! 分かったか!!」


「いっ、言われなくてもそうすらぁ…! だからこっちに手を向けんない! 脅されなくたって従ってやる!」


 慌てて胸の前で両手を振るルナにヴィスは突き出していた片腕を下げ、大群の到達を待ち構える。

 ルナはディアナが去っていった街の方を振り返ってオロオロしながらヴィスの背中に隠れていった。


「じょ、ジョーホー! ジョーホー共有しようぜ! なっ!」


「喋るなと言ったろうが!」


「そ、それくらいいいだろ!」


 どうしても不安が拭えないルナの質問に、ヴィスがプツンとキレて怒鳴り返す。

 しかし実際に彼女が言うように状況を理解できた方が不要な問答も省けると分かり、彼は気を落ち着かせて口を開く。


 そうして二人が言い合う間にも二十体ものコカトリスは着々と近づき、その光景が鮮明になっていく。

 そしてその群れの中の一体が背に、小さな少女を乗せていることも明らかになってくると、ヴィスはその少女を不可解に思って凝視した。


「…奴らはインプ並みの虚弱な体質な上に操霊しか使わん、本来なら雑魚と呼ぶべき相手だ。此方の発見が早ければ無策で接近して素手で殺すことも容易いが、あの数を相手にするとなるとそうはいかん。…何より奴らは怪霊獣でも只では済まん程の不可視の猛毒を分泌して操る。…これが厄介だ」


「…ど、ドクって…モンヴァーティでオレっちが吸って死にかけたアレか!?」


「その何倍も強力だ。おまけに臭いなどもしない。更に奴らは操霊の精度が高く、毒素を個体から気体まで自在に変化させられる。だから毒気を射出された時、避けようにもその動きを察知できず苦心するのだ…」


 ルナは短く「ひぇぇ…」と呟き顔を引き釣らせた。


 その直後コカトリスの群れが間近まで接近し、その中央にいた謎の少女が「止まれ!」と声を張り上げる。

 その声は人間と呼ぶには剰りにも掠れていた。


 ヴィスはルナを背に庇ってその少女と眼を合わせた。


「人間に変化(へんげ)してコカトリスに跨がって…。貴様、野狐の癖に人の真似が楽しいか?」


「…その霊力量…もしや、あなた様が王…」


「ほう、インプやオーガと違って流石に聡いな。ならば俺様に従うべきだというのも分かるだろう…?」


「はっ…」


 少女は両手を地に突いて頭を垂れたかと思うと、見る見る内に体を膨れ上がらせ、四肢は細く、顔は長く、そして肌は朱色の毛に覆われていく。

 そしてその姿が夕焼けのように光る一匹の狐に変わると、ルナがヴィスの背からヒョコッと顔を出して目を丸くした。


「すっ、すげぇー! な、何でぇ今の!? どーやったんでい!?」


 野狐は黄色く澄んだ瞳で彼女を見たが、ヴィスからの問い掛けがあるとすぐに眼を戻す。


「貴様ら、何故パロを攻めようとしている。数ヵ月前、俺様が直々に『人間への侵攻は控えろ』と指示していたはずだ。人間が倒すに価する存在へと昇華するまで待て、とな…。パロはラティナの首都、中枢だろう。それを失った人間が戦意喪失しては元も子もない。攻めるなら辺境の地、そうではなかったか?」


「…恐れながら、リーラハールス様の命によりパロへの調査指示が出ておりました。怪霊王様が消息を絶ったのはラティナの軍勢との戦いの直後だったもので…」


「…フン、野郎…頭がキレる癖に相変わらず俺様を信用せず動くな。…まぁ、だからこそ信用していたのだが…」


 腕を組んで状況整理をしているヴィスに、野狐はチラチラと視線を動かしながら「…一つ、お訊ねしても?」と問い掛けた。

 その眼はルナへの怪訝と敵意を訴える。


「…何だ」


「その娘は人間ですか? …何故怪霊王ともあろうお方が人間と行動を共にしているのです」


「フン、早とちりな野郎だ…。こいつは人間どもが作り出した新種の怪霊獣だ。今は力を使い果たしているが、平常時にその霊力は二百万を超える。俺様が眼を掛けた、新しい下僕だ」


 野狐はじっと問い詰めるように彼の目を見た。


 一方、彼は焦っていた。

 自分が怪霊王だと知られた以上、此処でどうにか始末しておかなければならないと考えていた。


 …リーラハールスは優秀過ぎる……王の所在を知ったならば、忽ち自己の判断で行動し始めるに決まっている。

 そうなった時、ヴィスの計画は却って頓挫してしまうのが目に見えていたのだ。



 しかし、次の瞬間に野狐が下した決断は――


「…あなたが王だと言う証拠を見せてもらおう」


「…なっ、何ッ…!?」


 野狐は言う間に走り出した。

 ヴィスは思わぬ反逆に少し狼狽えたが、すぐに左腕を指して身構える。

 コカトリス達は静観を決め込み、ルナは大慌てでヴィスから後方へ離れていった。


「怪霊獣の忠誠は常に強者にある…! あなたが王だと言うのならそれを力で示すが早い! さすれば仮に人間の子を連れていようとも咎めることはない!」


「…チッ…! …その誇りは見事だが、俺様に刃向かった貴様は此処で死を迎えるだけだ! 精々あの世で忠誠を誓えぇッ!!」


 ヴィスは緊迫感を滲ませつつも楽しげに笑う。

 そしてつい左腕に怪霊を込めようとして、腕の怪我のことを思い出す。


 慌てて手を引っ込めた彼だったが、そうして腕へと目移りし、再び前を向いた時には野狐の姿はもう無かった。


「クソッ、消え…――」


「この程度か」


 ヴィスが振り返る間も無く背中に衝撃が走る。

 傷は負わず、そのまま身体を泳がせて進み、振り向くも誰もいない。


 そしてまたしても横から、突進を受けたような衝撃を食らってよろめいた。

 今度は明確に、誰もいないはずの場所から攻撃を受けていた。


「…私が聞いた王とは強靭至大な者だったが…傷を負わなかったとは言え翻弄されていてはとてもそうは言えないな。それにその両腕…虚弱な身体で力を暴発させた証だ。そんなもの王の器ではない」


「…ク、クソッ…このッ…! 封印なんざなけりゃ貴様など…!」


「…封印…? …下手な言い訳を……王ほどの力を封印する技があるものか」


 せせら笑う野狐の声。

 それはヴィスの頭の中に響き、何処から喋り掛けたものか探ることも出来なかった。

 ルナも同じ状況で、「…な…何でぇ何でぇ…?」と怯えてキョロキョロしている。


「…貴様の技は見切っているぞ…『幻弄(げんろう)』だろう!? イメージを付加した怪霊力を放ち、それを浴びたものに幻覚を見せる技だ! その効果を逆利用し自分の姿を認識させないようにしている、そうだろう!! 力が無い者が使うセコい技だ!」


「防げぬなら見切ったとは言わない。…王を語る愚か者よ、制裁を受けるがいい」


 野狐はヴィスの言葉を負け惜しみと取って打ち捨てた。


 しかし、本来の彼ならばもう勝負はついていたのだ。

 封印を受ける前の彼は、その圧倒的な強さで以て敵を征してきた。

 見えぬ敵、多い敵、速い敵…全てを我霊閃の一撃で薙ぎ払ってきた。


 彼には細やかな攻略の思案など経験の無いことだったのだ。

 もはや、我霊射を撃てたとしてもそれだけでは対応できない状況だった。


「…ちょ、調子に乗りやがって…! 威力さえ出せれば貴様など(せん)の一撃で…――」


 しかし、彼は言いながら思い出した。

 ディアナから聞いた我霊閃本来の使い方を。


「小手調べはおしまいだ。この一撃で決めてやる」


 不確かな気配でのみ野狐が何かを仕掛けるのを悟る。


 ヴィスには余裕の笑みなど無い。

 失敗すれば棒立ちのまま終わるのだ。

 しかし当然、彼は立ち止まったりはしない。


「…『我霊閃』ッ!」


 両脇を締め、腰を落として地を踏み締めた彼は、叫び声と共に赤い閃光と突風を放った。

 閃光は彼の思惑通り五感に絡みついた怪霊力を吹き飛ばし、幻惑の霧を晴らす。


 そうして光が去ると彼の目の前には、頭上に直径五メートルにもなる大きな炎の弾を作り出した野狐の姿があった。

 野狐の毛並みは遅れて届いた突風にそよぎ、その眼は惜しいとばかりに歪んでいた。


「…なるほど、多少の心得はあったのか。しかしやはり王とは到底呼べない。我霊閃ごときに無駄な力を使い過ぎていてはな」


「すぐに呼ばせてやるよ、あの世でな…」


 ヴィスはニタリと笑って言い返すと正面から駆け出した。

 野狐は真正面から炎弾を撃ち飛ばすと即座に幻弄を用いる。


 彼の眼には再び野狐も、今まさに目前まで迫ってきているはずの炎弾も、その熱すらも認知できなくなる。


 しかし、彼は余裕を崩さず笑っていた。


「貴様がその気ならッ、俺は『連鎖我霊閃』だぁッ!!」


 ヴィスはそう叫ぶと再び我霊閃で幻惑を吹き飛ばし、密かに移動して右から向かってきていた炎弾へと目掛けて突き進む。

 その炎の先に野狐はいた。


「なっ、何故進むッ…!?」


 野狐の困惑の声を気分良く聞いたヴィスは、続けて我霊閃を放つ。

 そしてまた間を置かず我霊閃、我霊閃、我霊閃…。

 パ、パ、パ、パッ…――絶えず放たれる閃光に炎も幻惑も押し退けられ、彼は真っ直ぐ野狐へと接近していく。


「な、で、デタラメだ! 何てデタラメな戦いなのだ! この霊力馬鹿の化け物め!!」


「ハッ、霊力以外はハンデなんだよ! …このまま終わらせてやるッ!!」


 身体能力では圧倒的にヴィスの方に分がある。

 その上に我霊閃を連発されていてはその勢いを止める手段が野狐には無かった。

 野狐は漸く自分が刃向かった相手の脅威に思い至ったのだった。


 時間も残されておらず、焦る野狐。

 しかし遠巻きに緊張した面持ちの観戦者を見つけ、野狐の表情には礼をかなぐり捨てた嫌らしい笑みが浮かんだ。


 ヴィスは野狐の視線の先が思い当たると、砂塵を巻き上げながら急停止して振り返った。

 彼が通り抜けた後の、形の崩れた炎の塊が、速度を上げてルナの下へと直進し始めていた。


 それも、先程とは比較にならない恐ろしい程の速度。

 野狐は自身が持つ半分以上もの霊力を注ぎ込んで炎を操っていた。


「守りたくば守れ! 身を挺して死ね!!」


 憎悪に満ちた野狐の叫びは、炎を越えてルナにも届いた。

 その一瞬にも熱が空気を通して彼女に伝わり、避けようの無い死を実感させる。


 秒速三千メートルにもなる驚異的なスピードは、彼女に思考の暇も与えない。


「…に、にぃ――」


 彼女の小さな悲鳴は炎の音に掻き消され、遂にその熱が彼女の目と鼻の先まで迫る。



 しかし、そこで止まった。


 炎の塊はピクリともしなくなり、茫然とするルナの前で静かにその熱量を失っていく。

 そして緩やかに炎が中心から薄れていき、宙に溶けるようにして消えていくと、空いた炎の隙間から遠くの光景が覗き見えた。


 そこにはルナへと腕を伸ばし、険しい顔で額に血管を浮き出させているヴィスの姿があった。

 彼の手の先から伸びた小さな稲妻は炎へと繋がり、炎の霧散と共に途切れる。


 そしてゆっくりと彼が身体を向け直すと、野狐はその憤怒の眼に身を凍り付かせた。


「…貴様、余程死にたいようだな。事も有ろうに俺様のものに手を出すとは、なぁ…?」


 じりじりと歩み寄る彼に、野狐も足を縺れさせかけながら後退る。

 そして次の瞬間、薄い残像を残してヴィスが消え、直後野狐の体が横へと吹き飛んだ。


 その胴体は真っ二つに裂かれ、黒い血を撒き散らす。

 それがボタリと地に落ちて、見届けたコカトリス達は互いに確認を取るかのようにカクカクと首を振って視線をぶつけ合う。


 気が付けばヴィスは横蹴りの姿勢から脚を下ろしていた。


「ルナは俺の下僕だ。みすみす殺させてなるかよ」


「…げ、下僕じゃねぇっつーのに……」


 安堵の混じった苦笑いを浮かべ、ルナはぺたりと地面に座り込む。

 そして溜め息を一つ。


 …しかし、二十体ものコカトリスがそっくりそのまま残っていることに気が付くと、急いで顔を上げた。

 コカトリスは丁度、真っ直ぐ街へと向かって歩き出したところだった。


 幸いにも、警戒からかその歩みは探るように辿々しい。


「ヴィ、ヴィス! おめえまた封印が急に解けたろ! 元に戻っちまう前にパパッと追い返してくれよ!」


 期待を寄せて立ち上がったルナだったが、その言葉を聞いて手を握ったり開いたりしたヴィスは、フム…と息を吐いて首を振った。


「どうやらもう元に戻ったようだぞ。何なのだ一体…この封印は…」


「じゃ、じゃあっ、()れい(せん)ピカピカでトツゲキだ! それで炎の時みたいにドクもよけられるんだろ!?」


「あれは弱い怪霊力を吹き飛ばすだけだ。物理攻撃には効かん。操霊の怪霊力を吹き飛ばしても超高速の毒は慣性運動で到達するだろう。流石に目に見えんものを此方からの操霊で停止させることもできんしな。はっきり言って打つ手無しだ」


「そっ、そんなぁ…!」


 いまいちやる気が無くなっているヴィスの様子に、彼女はコカトリスの群れを見つめてワタワタしている。

 彼は嫌に冷静になってコカトリスの侵攻方向から脇に退けると、クイクイと彼女を手招きで呼び寄せた。


「奴らにはものを考える頭は無い。司令塔がいなくなれば街を襲うように仕込まれているのだろう。このまま俺達が介入しなければ危害など受けん」


 それを聞くと彼女は目を見開いてパクパク口を開け、迷いつつも彼の傍まで近づく。


「バ、バカ野郎…! おめえ、自分が助かりゃ他の奴らはいいってのか!」


「いいに決まっておろう。俺様と貴様が無事なら他の奴らなど知るか」


「い、う、…むぅ…。……じゃ、じゃあ、ディアナはどうすんでい? 助けねぇのか…?」


 ルナは頬を少し赤くし、街の方を指差して訴える。

 ヴィスはつまらなそうにフンと鼻で笑った。


「奴だぞ? どうせ一人で片付ける」


「――…ところが…そうでもないの…」


 二人が勢い良く声に振り向くと、少し息を切らした様子のディアナが肩を上下させて立っていた。

 「ディアナ…!」と喜んだルナを一瞥し、瞳を閉じて精神統一を遂げた彼女は、平常通りの呼吸に戻ってヴィスと顔を合わせた。


「そうでもないとは何だ。貴様でもどうしようも無いと言うのか。剣聖などと呼ばれている癖にか?」


「二、三体ずつなら倒せる。鋭利な鉄片か何かを作って、コカトリスの操霊も振り切れる程のパワーで操れば遠くからでもあっさり殺せる。…でも、そもそも僕の戦い方を覚えてる? 収霊で集めた怪霊力で一気に方を付けるの。…つまり、確実にコカトリスを殺す強さの操霊を使えばすぐに一分以上のインターバルが待ってる。だから団体との長期戦となると僕は詰むんだよ」


「なるほど、それは兵として使い物にならんな。一騎討ち専用と言う訳だ」


 ディアナは険しい表情で頷くとコカトリスの群れを睨み付ける。

 そして近くに放置された小山に視線を移すと、そちらを指差してヴィスとルナを交互に見た。


「ヴィス、もう一度浮き島を作って僕らを乗せて。空中からの操霊で、さっき言った戦術を繰り返そう。奴らもベースは鶏だから空は飛べないはずでしょ?」


「いや、飛べるぜ。確かにあの重量に対してあの羽根は貧弱で羽ばたいても浮かんだろうが、おそらく操霊の応用で空に浮上し滑空することはできる。…貴様そんなことも知らんかったのか?」


「…だって、飛んでるとこ見たことなかったし…。え、じゃ、どうしよう…。…い、急いで街の人達を避難させる? ま、間に合うかしら…?」


「何しに戻ったのだ貴様は…」


 オロオロバタバタと慌てているディアナとルナを尻目にヴィスは明後日の方を向いている。

 野狐を始末した今、彼の所在が知られるようなことはない。

 彼が無理に戦う理由などもう無いのだ。


 そうして収拾がつかなくなっている中に、「…はぁ~~…」と深く長い溜め息が流れた。

 それはヴィスのものでもなければ、ディアナでも、当然ルナでもない。


 少ししゃがれたその声は彼らの更に後方から発せられ、その声の主は皆が振り返るより早く通り過ぎて前に出た。



 それは白い漢服に身を包んだ老人――二怪霊神仙だった。



「ディアナお前…落ち着け? その慌てると頭真っ白になるとこ直した方がいいよ? まぁ今日はわしが何とかしてやるからそこで見ておれ」


「お、お師匠様…!」


 ディアナは驚きつつも畏まって会釈をし、喋ると言い訳が飛び出しそうなのを黙って呑み込んでいた。

 ルナはぽけーっと神仙の狭い背を見つめて、


「ヌルッと出てくんのディアナそっくりだなぁ…」


 と妙に何かを納得していた。

 そしてヴィスは、訝しげな視線を一心に神仙に向けて「師匠だと…?」と眉を寄せていた。


「ディアナよ、見ておれ。こういう時はこうするのだ。少し無理をすることにはなるがお前にもこのくらいはできるはずじゃぞ」


 そうして地面に膝をつき両手を頭上に伸ばす。


「行っくぞー。そりゃっ」


 そして神仙が地に手を突くと、次の瞬間遠くに甲高い悲鳴が響き渡る。

 見れば巨大な石の針が地面から無数に生い茂り、コカトリスの群れは全身を串刺しにされていた。


 短く終わった悲鳴は針の林に反射して低音を後に残し、空にふわりと消えていく。


「ホイホイホホホのホイ!」


 神仙は軽薄な声を上げながら、無数の針を瞬時に地に戻し、宙に投げ出されたコカトリス達の亡骸へと手を翳す。

 その手から大気中に放出された怪霊力は薄ぼんやりと青く輝いて、亡骸を取り囲み球状の結界となると瞬く間に内部の全てを圧縮して小さく纏まった。


 そうして出来た光り輝く小さな球体を指先に引き寄せ、「ほれ、終わりじゃ」と笑って振り返る。


「な、何だ…このジジイは…!?」


 ヴィスは困惑に目を見張り怒鳴り声を上げた。

・コカトリス

押力3t

キック力7t

耐久度1,800

走力48m/s

霊力1500

怪霊領域1500

回復力5

術:読霊、操霊


・野弧

押力8.5t

キック力25.5t

咬合力12.7t

耐久度5610

走力238m/s

霊力5100

怪霊領域5100

回復力17

術:読霊、幻弄、洗脳変化、具象変化、吸霊、我霊閃、操霊、発霊



・ヴィスドミナトル(ルナを庇った直後)(封印解除率0.004%)

握力200t

パンチ力560t

キック力1360t

耐久度336,000

走力13,600m/s

霊力99,791,648 / 99,999,999

怪霊領域3999

回復力400

術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊



・レイ・テッカイ(神仙)

握力40kg

パンチ力100kg

キック力250kg

耐久度80

走力7m/s

霊力270

怪霊領域1,048,576

回復力1

術: 基本怪霊術全般

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ