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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
19/67

一七ノ業 彼の雪融け、追い討つ災いに企みの影

 モンヴァーティの麓には一本石のポールが立ち、そこに馬が三頭繋がれている。

 そしてそのポールの頂点には円盤のような広がりが設けられ、馬達が接触しないようその上に荷物を纏めて置かれていた。


 いずれもディアナが用意しておいたものであるが、本人はあまり得意に思ってはいない。

 彼女は、未だ涙し続けているルナの肩を擦ってやるばかりで気持ちが沈んでいた。


「…ルナ、大丈夫。あたしはあなたの友達よ。どんなことがあっても、友達。だから、もう何の心配もしなくていいのよ」


「…あ…り、が…とうっ…。…で、も……グスッ…オレ……悪いこと…した、って…」


「大丈夫、大丈夫! ルナはリナリアさんのことを大事にしたかっただけなんだから…! ね、あたしもちゃんと分かってるし、きっとあの子も分かってくれるはずよ!」


「……オ、オネット…怒っ…てっ…。…友達じゃ…ない、って…。……オレっち…オレっち、ただ…」


「もういいの! …もう、ね…大丈夫…」


 何をどう伝えても慰められず、泣き止んでくれないルナを精一杯抱き締めて支える。

 ディアナに出来るのはそれくらいのことであった。


 ヴィスは二人に背を向け、先程から感じる胸のムカつくような気分の悪さに苛立っていた。

 何よりも彼を不快にさせたのは、その感覚が未だかつて感じたことの無いものであって自分でも上手く理解ができないことだった。


 些細なことで立ち止まっているルナを情けなく思ってのことか、もしくは泣いている彼女が鬱陶しいからだと彼は思った。

 それ以外には考え付かなかったのだ。


「…チッ……、…耳障りな声だ…」


 そう呟く彼の声は確かに腹立たしげだが、あまり威圧的な感触は無かった。

 ディアナは彼の一言にチラリと不思議そうな視線を向けると、またルナの世話に戻る。


 しかし彼女も、ずっとこうしてはいられないため少し焦っていた。


「…ルナ、あなたが辛いことは分かるし、その痛みを癒してあげたいとも思っているけど、…でも、ごめんなさい…今はとにかく此処を離れましょう? 公爵がこんな辺境の村に来たのは、きっと硫黄泉が目当てのはず。このまま居続けると鉢合わせてまた面倒が…」


 彼女は言いながら、周囲二キロメートルに亘って読霊を放った。

 読霊では霊力の他にものの動きなども感知できるため、怪霊領域が開いていない人間が相手であっても何者かが接近していないかくらいは探ることができる。


 これで公爵達との接触も防げるはずであったが、その読みは外れた。

 その思わぬ危機に、ディアナの手に嫌な汗が滲む。


「…霊力量…六千と三千が三つずつ…!? かなりの速度で迫ってきてる!」


 ディアナは村から少し逸れた方角の空を見上げた。


 彼女の発見で奇襲を免れたが事態は好転などしていない。

 膨れ上がった積乱雲を突き抜けて、今まさに六つの影が下降しようとしていた。


 それは二体一組で現れる。

 蝙蝠のような羽をはためかせる灰色の痩せこけた小さな悪魔が、額に二本角を持つ白群の大男をぶら下げていた。


 特に大男の方は肥大化した胸や腕の筋肉の屈強さから身体能力の高さが窺えるが、腰から下はそれらと対比して然程強靭ではない。

 そのアンバランスさが却って上半身の力強さを不気味に象徴しいる。


「…飛んでいるのはインプ……連れてるのはオーガだね…。僕だけで六匹を相手にするのは少し分が悪いけど、…」


 彼女は呟きながら敵の群れとルナとを見比べた。

 ルナは未だに泣き続けてぎゅっと彼女にしがみついている。


 …ルナと、馬も連れて逃げるのは厳しいだろうかと考えるが、そもそもディアナの怪霊領域の開き幅では例え一人だったとしても一気に引き離すでもなければインプの速度を完全に振りきることは難しい。


「…戦うしかない…けど…」


 ディアナは緊迫した面持ちでルナを見つめ、その震える手にそっと手を添える。

 本当ならそのまま手を引き剥がして怪霊獣を迎え討たなければならないのだが、優柔不断なディアナは今のルナを邪険にすることに躊躇って動けないでいる。


 まして、ルナが悲しむ要因を作り出したのは自分だと言う自責の念を抱いているディアナにはとても決断できなかった。


 そうこうしている内にインプとオーガの集団が十メートルの距離を離して正面に降り立っていた。

 それまで眉間にしわを寄せてただ集団の接近を眺めていたヴィスは、ゆっくりと組んでいた腕を解いて苛立ちをぶつけるように睨む。


「コイツらカ…。キサマらがイッテいた…イジョウチは」


「ああ、そうみたいだ。あんなにも急速に変動を繰り返す霊力は見たことがないからな、見失いようがねぇ。確かにこの場所に移動してたよ」


 地に降りたオーガの一体が相方のインプに背を向けたまま問い掛ける。

 インプは腰の低そうな薄ら笑いを返しながら少しだけ得意に頷いた。


 六つの敵意に曝され、久々の緊張感を味わいながら、ディアナは隙を突く算段をつけながらルナの肩を強く抱き寄せる。

 ルナは急いで腕で目元を拭いながらその六体に顔を向けた。


 ルナにとっては怪霊獣との接触はこれで二度目だが、クー・シーの時とは違って非常に危険な状況だということはディアナの険しい表情から察しがつく。

 オーガの一体と眼が合った瞬間、彼女の身体が僅かに強張った。


 しかし、その空気を覆すように突如一筋の赤い光が撃ち出され、向かって左端のオーガが急いで盾にした左腕に着弾する。

 オーガの腕は血を噴いて小さく折れ曲がり、野太い悲鳴が上がる。


 光の元を辿るとヴィスがヒクヒクと口角を引き釣らせて恐ろしい笑みを浮かべながら、肌が爛れて黒い血に塗れた右腕を突き出していた。

 そして痛みなど無いかのようにその手を返し、クイクイッと指を曲げて挑発する。


「…おい、雑魚ども…今俺様は虫の居所が悪いんだよ。貴様らが何であれまだそうしてノコノコと居座る気なら、片っ端から殺すぜ。さっさと選べよ、死にたけりゃ残れ」


「ヴィス…!」


 ディアナは彼が自分の代わりに戦っている訳ではないことを知っている。

 ただ殺したいから殺す、そんな人物だと分かっていた。


 だからその呼び声は感動のためではなく、浅慮に行動する彼への戒めだった。

 そして彼がそんなものに耳を貸すはずもない。


「女、貴様はそこでルナを庇って突っ立ってろ。…ムシャクシャすんだよ、糞餓鬼が愚図りやがるから…! 貴様は俺様のストレス解消の邪魔だ!」


「待って! 何故彼らが現れたのかも分からない。訊き出すことは訊き出してから――」


「そんなものルナの霊力量を見て飛んできたに決まっておろうッ! 疑う余地など無いだろうが! グチグチ言うなら貴様も殺す! 黙っていろッ!」


 二人の問答の間に気を落ち着けてきた負傷のオーガは、白い目玉を血走らせてヴィスを睨む。

 彼は獲物が餌に掛かったように笑って構えた。


「…グ、ウゥッ…! アイツ、コロす! オレがコロす!! オマエらテをダすナ!」

 

 オーガは鈍重な動きで荒々しく走り出す。

 ヴィスは「…ハッ!」と楽しげに笑い捨てて地を蹴るが、その表情にはやはり苛立ちが残っている。


 他のオーガ達は血が騒ぐのか脚を揺すってニタニタ笑いながらそれを見送った。

 闘争が本能の彼らには恐怖が薄い。


 しかし、その後ろのインプ達は、皆一転して不安を露にした。

 計算が違う…と、一体が妙なことを口にしていた。


「オラッ、我霊射もう一発だ! 能無しオーガには防げまい!」


 ヴィスは走りながらもう一撃右腕から放ち、オーガの右腕を狙い撃った。

 その光はいとも簡単に腕を折ったが、オーガは悲鳴を噛み殺してそのまま接近――負傷した右腕を構わず振りかぶった。


 何の工夫もない大振りのパンチ。

 フンッ、と歯を剥いて笑ったヴィスは左腕でそれを受ける。


 しかし彼はオーガを舐めていた。

 彼が知るオーガは中途半端な腕力しか持たず怪霊術も使えない雑魚だったが、封印を受けた今の彼にはその腕力こそ脅威だったのだ。


 攻撃を受けた腕は肌が大きく捲れ、彼は四、五メートルと打ち飛ばされて転がっていった。

 そしてその衝撃は胸にまで伝わり、彼は転がった先で胸を押さえてよろよろと身体を起こそうとしていた。


「ぐっ…ゴッ…ガホッ……ッ」


「ハァッ…ハァッ……コロす…コロす…!!」


 オーガは腕の痛みに耐えながらゆっくりとヴィスへと歩き続けた。

 もう勝ってしまうのかと他のオーガは半ば残念がっているが、やはりその後ろのインプ達の面持ちは暗い。

 その内の一体が読霊を放ち、その結果に青冷めたことで残る二体も自ずと顔を強張らせた。


 オーガ達には気付けていないが、彼らは既に重大な異常事態に瀕していたのだ。


「お、おかしい…! さ、さっき読霊で見たのは、こんなものじゃなかった!! 遠くから読んだ時の霊力量はっ……『五四五〇』、『一二九』、『一九九』だったはずだ!! …そ、それが…今、読んだら……」


「お、おい! どうなった!? 読んだらどうだったって言うんだっ!」


「……アイツ…今、戦ってるあの謎の小人の怪霊獣…ヴィスとか言ってたアイツだ…! …お、オレは最初、アイツが『五四五〇』のやつだと思ったんだ! でも違った! 『五四五〇』はあの女の方、『一二九』はあの変な耳のガキの方だ! ……でも、あの小人は、今読んだら『一九九』なんかじゃなかった!! 全然違う、そんなちんけなヤツじゃねぇ!」


「な、何だよっ! もったいぶるな! いくらなんだよ、オーガより上かっ!?」


 その時、鈍い衝突音の連鎖と共に前線で戦っていたオーガの胸が二連続の我霊射に打ち砕かれた。

 その足はいつの間にやら地面から伸びた鋼の枷に繋がれて身動きを封じられ、オーガは固定された脚はそのままにばたりと後ろに倒れる。


 ヴィスは膝をついたまま血塗れの左腕を突き出し、息を切らしていた。

 自身の重体も省みず、相手を殺した喜びにのみ細く笑う彼の眼光は、その狂気を以てオーガとインプを一様に恐れさせた。


「……ヤツの、今の霊力量は、九千万……――(きゅうせ)(んきゅ)(うひゃ)(くきゅう)(じゅう)(きゅう)(まんきゅ)(うせん)(にひゃ)(くなな)だ…」


「約一億だとっ…!? で、デタラメだ! そんな馬鹿げた数値になるわけねぇ…! …お、オレが読んでやる! 一旦読霊を解け!」


 インプの一体が読霊を解き、もう一体が発動。

 そしてまた唖然とすると、またもう一体が試しに読霊を発動する。


 そうして三者ともが同じ結果を見たことで、オーガ達も漸く目の前にいるのがどんな相手かはっきりと理解できた。


 ヴィスはまた、先程と同じように右手を返し、…クイッ…クイッ…と息を切らしながら手で招いた。


「…どうした、来いよ。…ごちゃごちゃ言わずに…」




「……どうしたのかな…。何だか、向こうの方が混乱しているみたい…」


 戦いの行方を眺めていたディアナは、じっと眼を凝らして怪霊獣達の思考を読み取ろうとした。

 そこに抱かれていたルナは殺されたオーガの姿を見つめ、涙を止めて思い耽っている。


 二人はそうする内に意図せず互いを解放し、繋ぎ止めていた腕を離していった。

 そして両者の腕が垂れ下がったことを、ディアナは左腰に差した剣の柄に触れてやっと自覚する。


 彼女は暫しルナの横顔を眺めてから、「…これ以上、彼は戦えない」と溢した。




「おい、どうした! そんなに俺様が怖いか! 立ち向かえんのか、おい!? ……フッ、腰抜けめ! 所詮インプとオーガが徒党を組んでもこの俺様には到底歯が立たんのだ! さっさと失せやがれゴミども!! フハハハハハッ!」


 そう挑発する彼には敗ける予感など無い。

 例え両腕が使えず、我霊射の使用も厳しかろうと、彼には敗ける気など更々無いのだ。


 とは言え、それは彼が自信を持っているに過ぎず、別に勝算などもない。

 霊力の残高は十分だが、今の彼にはそれを発揮する器も肉体も無い。


 オーガ達が恐れを為して逃げ出すことくらいしか、彼が敗けない道は残っていないのだ。

 しかし当然、ことはそう上手く運ばない。


「う、ウオォォーッ! ウオオォォォッ!!」


 オーガの一体が恐怖の剰り半笑いで発狂しながらヴィスへと立ち向かっていった。

 思わぬ強敵と出会い、闘争本能と誇りが(せめ)ぎ合った結果、オーガの胸に敵前逃亡の文字は失くなっていたのだ。


「フン、来るか。…いいぞ…、それこそが怪霊獣の生き様だ!」


 ヴィスは両腕に纏った血を鉄に変化させ、圧縮し硬度を引き上げたガントレットを作り出した。

 そして次に右手の平を上に向け、そこに炎の玉を作り出す。


「我霊術だけが俺の専売特許だと思うなよ。まぁ、愚鈍な貴様は区別もつかんだろうがな…」


 ヴィスはニヤリと笑うとその炎の玉をオーガへ投げつけた。

 猛スピードで近づく火の玉にオーガは避けようともしない。


「馬鹿めッ!」


 ヴィスは操霊のコントロールを解き、オーガの視界が炎に塞がれた瞬間に読霊を使用した。

 そして走り出し、ガントレットの先端に設けた鋭い刺を一瞥する。


 読霊で炎をすり抜けつつオーガの輪郭を読んでいれば、視界が不鮮明でも的確に心臓を狙える。

 オーガの眼を炎で封じつつ自分は真っ直ぐ近づき、心臓を一突き…。


 しかし、ヴィスの作戦は呆気なく破られる。

 オーガは両腕の凄まじい腕力で風を起こし、炎を掻き消したのだ。

 そこには無策で飛び出したような隙だらけのヴィスがいて、丁度オーガの腕の間合いに在る。


「しまっ…――」


 ヴィスの表情が大きく崩れた。

 オーガは両手で組伏せようと腕を伸ばした。


 そしてオーガの思惑のまま、ヴィスは真上に伸し掛かられて胸に一発重い拳を食らう。

 かひゅっ…と情けない息が零れ、ヴィスは息の仕方を見失った。




「…な、何だ…? あのヴィスってヤツ、霊力量の割には大したことないぞ…?」


「…そうか! おかしいのは霊力量だけなんだ! あの小人、怪霊領域と身体は普通なんだよ! だからオーガの骨を折るだけの我霊射で腕がボロボロになってるんだ!」


 一体のオーガと一緒に観戦を続けているインプの二体がそうして話し合い、戦いに希望を見出だしていた。

 そしてそこへ、天高くに飛翔して読霊を使ったもう一体のインプが嬉しそうに笑い声を張る。


「おい、あの小人の霊力、遠くから読めば変わらず一九九だったぞ! オレ実はこの現象には見覚えあるんだ…! 普通の人間どもはさ、なぜか遠くからだと霊力が読めなくて近くにいくと急に三百になるんだ。…もしそれと似たような理屈なんだとしたら、多分封印か何かのせいで、怪霊領域が開いてるのと同じ量までしか遠くからは霊力を読めなくなってるんじゃないか!? 一九九なら、我霊射でのダメージ量と辻褄が合うぜ!」


「…なるほど! きっとそれだ! けど、それならやっぱり…近くで読んだ霊力量九千万ってのは、事実…なのか?」


「かまうか、大丈夫だ! どのみち腕も我霊射も使えないらしいからな!」




 ガヤガヤと楽しそうに騒ぐインプ達を、額に血管をビキビキと浮かせたヴィスが睨み付ける。


「…あ、あの野郎…調子に、乗りやがってぇ…!!」


 しかし、そうして起き上がりかけた瞬間にオーガの拳が胸を打つ。

 彼はまた呼吸困難に陥り(ひび)が入りそうな胸へと眼を落とした。


 オーガは勝利に酔いしれ両腕を広げ、狼のように咆哮する。

 ヴィスはそれを恨めしげに見るが、事実は悟っていた。

 …自分は敗けたのだ、という事実を…。


 オーガは両手を握り合わせて高く振り上げた。

 ハンマーのように何度も打たれ、間もなく死ぬのだろうと、彼はキリキリと奥歯を噛み締めてオーガの顔を見つめた。

 自分を殺すものの顔を忘れまいとするように。



 しかし、次の瞬間、そのオーガの両腕と、首が、ポトリと身体から切り離されて落ちた。



 ヴィスは呆気に取られながらも起き上がってオーガの遺体を突き飛ばした。


 そして更に先を見ると、パチパチと瞬いていた小さな放電を静かに消して、右手に剣を携えたディアナが立っていた。

 そして彼女の足下には観戦していたはずのもう一体のオーガの遺体と、斬り落とされた生首があった。


 二体のインプはヒィッと短く悲鳴を上げて宙へ飛び、しかしディアナに睨まれてそこから動けなくなっていた。

 ヴィスは立ち上がるとすぐ彼女に食って掛かる。


「き、貴様ッ…! 俺が『手を出すな』と…――」


「思いっきり敗けそうだったじゃない。それで手を出すなって言われてもね。…最後なんてガントレットまで作って……。確かこの前、…『武器など心の弱い者が仮初めの自信を付けるための代物でしかない。俺様には不要だ』…なーんて言ってなかった?」


「自分以外の力に頼ったところでそんな勝利に意味は無い! そんなものは弱者のすることだが、これは俺の血を使って俺の技で作った、謂わば俺自身の力の結晶だ! 故に該当せん!」


「何その謎ルール…。ほら、仙活湯、パス! 怪我治しなさい!」


 ディアナは瓶を一本投げ渡し、ヴィスはそれを取ると忌々しそうに舌を打った。


「借りとは思わんからな…」


 そう呟きつつ瓶を開けて飲む彼の横に、そっとルナが歩み寄る。

 彼女の視線は、ヴィスにもディアナにも向かず、地面に這いつくばる無惨な死体達に向けられていた。


「さて、じゃあそろそろ訊こうか。…あなた達が一体誰を見つけて此処に来たのか…」


 インプ達は固唾を呑んで黙り込んだ。

 否、恐怖に喋ることすらままならなかった。


 霊力量にして高々五千の、華奢な女を前に何もできないなど、彼らにとっても初めてのことだった。

 しかし、実際に眼で追えないほどの速度でオーガ二体を斬首したその実力が、確かに彼女のものだったことは疑いようがない。


 上空にいる一体も、最も安全圏にいながら動き出すことができなかった。


「…答えないなら、反応を見ることにしよう。僕の推察に頷くも首を振るもあなた達の自由。そしてその答えは僕が判断する」


 誰も答えないが、構わず彼女は進める。


「…まず、あなた達はルナの霊力量には関心を持っていない。…と言うより、ルナが強大な霊力を持つ人物だと認識してないね。これは当然か…。大気中に怪霊力を放っている相手への読霊はその怪霊力に妨げられてしまうから、怪霊領域を開くと同時に読霊の修業を行っていたルナの霊力が見つかるはずがない。そして今は限界まで霊力を消費した後だから見つかっても何ら問題ない」


 インプ達は怯えたようにディアナと後の二人とを見た。

 それで彼らが本当にルナのことは何も知らないと分かる。


「…そして僕を探してきたわけでもない。何なら五千の霊力量なんて、下級の怪霊獣では相場みたいなものだし、然程珍しいものでもないだろうからね。…だから僕が剣聖ディアナだというのも知らなかった訳だ」


 名前を聞いた瞬間、下二体は息を呑んだ。

 つまり、やはりディアナが目的でもなかったのだ。


 しかし、上空の一体は冷静に「…そうか…」と何やら考えている。

 ディアナはそちらに警戒を向けて、最後の持論を展開した。


「あなた達は初め、『急速に変動を繰り返す霊力』と言った。…ヴィスは読霊を受けた時に怪霊領域分の霊力量を返すから、その条件に当てはまるのはヴィスしかいない。先日まで『七九』の怪霊領域だったものが、今日の昼には『九九』、そして今は『一九九』に達している。……確かに彼の封印の変動には眼を見張るものがある」


 上空のインプは相変わらず考え込んでいるが、図星を突かれた二体のインプはキリキリと奥歯を噛み、なけなしの敵意を向ける。

 そしてその内の一体が、逆上のような勢いでヴィスを指差した。


「あ、アイツは何者だ! 九千万超えの霊力量を持つ怪霊獣なんて、…たった一人、ヴィスドミナトル様しかいないはずだぞ! そうかと思えば数百程度の力で傷を負う…こんなおかしな者は見たことがない。……何なんだ、お前は!」


 ディアナは何も答えず剣を鞘に納め、柄に触れたまま足の踏み場を変える。

 そして上空の一体は、「……ヴィス…」と彼の呼び名を呟いて大きく目を開き、その結論に破顔した。


「…そうか、やはりそうだ! おい、あの小人はヴィスドミナトル様だぞ! おそらく何らかの封印を受けてあんな姿にされてしまったんだ! だから怪霊領域がこんなにも狭まって、肉体も弱くなっているんだ! …ねえ、そうなのでしょう! 怪霊王様!」


 あとの二人もハッと気付きヴィスへと視線を集めた。

 そしてその先で、腕の傷を僅かに治した彼がガントレットを捨てて「フン…」と笑っていた。


 インプ達は喜びに笑った。

 しかしそれも束の間、「潮時だ」と身体に放電し、ディアナが二体の間を一瞬で通り抜ける。

 その手には既に剣が抜かれ、二体の首がボトリと落ちる。


 死んでからも少しの間続いていた羽のはためきが徐々に弱まり、後から地面に落ちていった。


 上空にいた最後のインプは焦って逃げ出そうかとしていたが、より確実な方法を思い付いてその場で声を上げた。


「怪霊王様、剣聖ディアナを殺してください! 私と共に行きましょう!」


 ディアナはその叫び声に反応し急いで振り向いたが、ヴィスは特に動く気配も無く聞いていた。


「わ、私が囮でも何でも引き受けます! 自由にお使いください! そうすれば、きっと二人でもディアナを――」


「勘違いをしてるようだな、インプ。貴様と手を組んで勝てる相手ではないしそもそも組む気が無い。ヤツはいずれ俺様が自力で倒す。貴様は不要だ」


「ッ…!」


 目論見が外れたインプは今更に逃げ出した。

 そこへ投げ槍のように剣を背負ったディアナだったが、ヴィスが自らその上を越えて飛んでいった。


「俺がやる。貴様はそこにいろ」


「…なっ、…に、逃げないでよ!」


「ルナも連れずに逃げるか」


 ディアナとの短いやり取りの直後、怪霊力全開を二度繰り返し一秒半で追い付いた彼は、宙で身を翻して威力を上げた蹴りでインプを打ち落とした。


 落下した地面は大きく窪み、割れた土が雨のように周囲に降り、砂塵を巻き起こし、そしてその中心に横たわるインプは全身至る所の骨をへし折られて起き上がることもできない。


 虫の息で這おうとしているインプの下にスタスタと歩いてきたディアナは何の躊躇いもなく剣を振り上げた。


「…な、何故…です…王…よ…―――」


 その剣は容易くインプの首を落とした。

 その隣にヴィスが着地する。


「あなた、同胞を殺すことに躊躇いは無いの?」


「あぁ? こんな雑魚どもがどうなろうと知ったことか。そもそも会ったこともない奴らだぞ」


「まぁ、そうでしょうね」


 分かりきっていたことだったとディアナは冷ややかに笑った。

 そうしてヴィスに話し掛けながら怪我の程度を見て、命に別状は無いと判断するとルナの方へと向く。


 ルナはオーガの死体の傍に膝をついてムシャムシャとその肉を食べていたが、ヴィスを含め二人の視線を感じると顔を上げて話した。


「…オレっち、やっぱり自分のしてきたことが間違いだったなんて思えねぇ。『食べて死を意味のあるものにする』…これは、ペール・ルナール達で共通の考え方なんだ。それを間違いだなんて言われたくねぇ。…だから、きっと、オレっちは一生人間にはなれねぇし、人間と友達にはなれねえんだ…」


 寂しそうに、けれど達観した目で告げた。

 そして、二人とは別の視線を感じたような気がしたルナは、モンヴァーティの麓の先へと眼を移した。

 しかし、それが気のせいだったと分かるとまた食事に戻る。


「…難儀なものだ。貴様が友だと思うなら友で良かろうに。所詮、種が同じであっても個は別だ。完全に理解し、理解されようと言うのが馬鹿馬鹿しい」


 下らないと鼻で笑うヴィスに、ディアナは賛同も否定もせず、頼りない小さな笑みを溢した。

 そしてふと思い出し、気になった彼女は一言訊ねる。


「そう言えばあなた、最初のオーガを殺した時、普通に…」


「あぁ? …ふむ、殺す気で撃って殺せたな。封印による無力化も起きなかった」


 言われてやっと気がついたヴィスは自らの左手を曲げ伸ばして見つめ、満足げに笑う。


「着々と封印が解けておるのだろう。貴様を殺す日も近いな」


「それもあるだろうけど、…何か、相手を殺せる時の条件があるのかも…」




「………」


 ―――顎に手を当てて深く考える剣聖ディアナ、力の回復を喜び悪巧みを謀るヴィスドミナトル、そして悲しい顔で怪霊獣を食べ続けるルナ。


 その姿を麓の遠い陰から眺めていた一人の男が、音も立てずひっそりとその場を立ち去ったことを、この時の三人は知る由も無かった。

・ヴィスドミナトル(封印解除率0.0002%)

握力10t

パンチ力28t

キック力68t

耐久度16,800

走力680m/s

霊力99,999,999

怪霊領域199

回復力20

術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊


・ディアナ

握力80kg

パンチ力200kg

キック力500kg

耐久度120

走力8m/s

霊力5450

怪霊領域4096

回復力1

術: 仙攻丹、我霊閃、我霊射、読霊、収霊、発霊、操霊


・オーガ

握力95t

パンチ力100t

キック力125t

耐久度7750

走力50m/s

霊力6000

怪霊領域6000

回復力20

術:なし


・インプ

握力1.5t

パンチ力4t

キック力10t

耐久度2,500

走力97.5m/s

飛行速度113m/s

霊力3000

怪霊領域3000

回復力10

術:読霊、発霊

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