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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
16/67

一四ノ業 怪霊領域の弊害、ルナと普通の子供達

 モンヴァーティより東北東二五〇〇キロメートル地点、レシスタン共和国西端――朱雀基地。


「こうして皆さんが一堂に会するということは、どうやらあの謎の霊力の正体は四獣の一つという訳ではないようですね」


 リーラの低く冷たい声は、常と変わらず丁寧な言葉になって岩肌に反響した。


 洞窟奥の空間を借りた広間にはリーラと、大きな全身を炎が揺らぐように赤と黄に光らせた朱雀が向かい合っていた。

 羽根を畳み、青と緑の編紐のような細長い尾でぐるりと足下に円を描く朱雀の姿は、まさに荘厳と呼んで相応しく、その頭はリーラより二メートル高くにある。


 相変わらず肩より下をマントに覆い隠したリーラはその格好も相俟って見劣りするようだが、彼が湛える薄い微笑には優劣などでは言い表し得ぬ決定的な()()を、触れることすら恐ろしい絶対の存在感を感じざるを得ない。


 現に、双方の会話を横に控えて眺める青龍、白虎、玄武は総じて、朱雀のように余裕綽々とその姿を見ているわけではないのだ。


 白虎は四メートルの巨体に黄金の目、白金(プラチナ)の毛並みには金の粉を振るったように輝きが散らばっている。

 玄武も同じ巨体に黒々とした鱗と砂色の尖った甲羅を持ち、その尾は先端を牙を剥く蛇とし、体表面には清流がせせらぐような影が走る。

 その異形の者達すら、警戒の視線を怠らない程の不思議な威圧感が、リーラの瞳の奥から浮き上がってくるのだ。


 青龍とて余裕の表情ではない。

 今は洞窟に身を置くため乳白色の青年の姿を借りているが、そこに佇む彼も紛うことなく四獣の二番手でありながら、リーラの仕草を一つでも見落とせば忽ち臨戦する心構えでいた。


 なまじ敗けを知らない朱雀ばかりが、彼の脅威に眼を向けず会話に応じていた。


「例の、霊力量二百万超えのヤツだろう? 気になるならさっさと会えばいいじゃないか。そいつもどうやら此処へ向かって移動してきているようだしなぁ。何も俺達を一挙に集める意味など大してなかったんだ」


「いいえ、如何なる相手であれ無策に接触するのは愚の骨頂ですよ。それに意味ならあります。お蔭で怪霊衆とその関係者全員に王の居所を訊ねられたのですから」


「しかしその結果誰も知らなかったろう? 結局どちらもてめぇの足で探しに行く羽目になるわけだ。ま、俺もアレがどこでくたばっていようとどうでもいいんだがな」


 クックックッ…、フフフ…、と朱雀もリーラも静かに笑い合う。

 束の間の静閑が包むと、朱雀は笑みを消し去って「…九尾が目覚めたか?」と鋭い目付きで探った。


「まさか、目覚めませんよ。それに霊力量二三〇万では九尾には及びません」


「なら俺達と同じ、突如無から発生した完結個体ということだな。新たに怪霊衆へ迎えるも好し、敵として殺すはなお好し。…おい、今読霊を行っても感知できるか?」


「ええ、してみましょうか」


 リーラの全身から噴き出して瞬間的に広域に広がっていく怪霊力の激流に、洞窟は轟き破片を溢し、四獣達は身を持ち去られぬよう踏み止まる。


 そしてその流れが止み、静かに漂う力の海を掌握したリーラは、ふとした予想違いに「おや…?」と目を大きくした。


「どうした? 見つからんのか?」


「いえ…」


 朱雀の問いにリーラは不思議そうに顔を上げた。


「もう一人見つけました。…霊力量二一九万の者を」



※※※※※※※※※※※



 ソウラモンブルの診療所を離れて十数メートル、ルナが「プハッ」と大袈裟に空気を吸い込んだ。


「オレっち、ちゃんと病院でしずかにできたぞ!」


「そうだねぇ、よくできたねー」


 これ見よがしに両腕を広げてディアナの方を向いたルナは、頭に伸ばされた優しい手を嬉しそうに受け入れた。

 ディアナもディアナで禁欲していた分を発散するように長い時間を掛けてルナを撫で、口元には弛んだような笑みが滲んでいる。


 彼女は満身創痍の身体を怪霊術を用いてものの二十分で完治させると、すぐにルナを山から連れて下りていた。

 怪霊領域を解放したとはいえ硫化水素が残留している懸念は残っているので、専門家の眼で確実に調べてもらいたかったのだ。


 ルナの耳や尻尾を医者に見せては追及は免れないと考えタオルを巻きマントを羽織らせたが、診察中本人は暑くて八の字眉でいた。

 怪霊領域解放によって解毒された彼女には寧ろその頭のタオルと包帯巻きの右手の方が目立ってしまい、ディアナもその釈明に追われる時間となった。


 一方、二人の後ろで待たされていたヴィスはひたすらルナの処遇と今後の動きについて悩んでいた。

 怪霊領域が開いたと言うのであればもう連れ去ってしまってもいいが、このまま暫くディアナに修業を任せた方がルナも成長できるかもしれない。


 幸か不幸か、ディアナは彼への警戒を解きつつあるため連れ去るのも容易のはずで、それが余計に彼を悩ませる。

 何故俺がこんなことで悩まねばならん、と勝手に苛立っていた。


 ふと、ルナの視線がジー…っと後ろを歩くヴィスに向けられ、彼はそれに気が付くと「チッ…!」と大きく舌打ちして怒りを露にした。


「その程度の言いつけを守ったくらいで俺様が褒めるわけあるか! 馬鹿か貴様はッ…!」


「バッ、ちがっ…! オ、オレっち何も言ってねぇだろ! 見てただけでい!」


「だったら鬱陶しい視線を俺に向けるなこの糞餓鬼!」


「なに急にキレてるのあなた…」


 唐突に怒鳴ったヴィスに対しディアナの眼は冷たい。

 彼はフンと顔を背けたきりまた会話に混ざらなくなる。


 ルナは密かに顔を赤くしてディアナの手からソロソロと離れると、彼女に対し誤魔化すように笑った。


「こ、この後どーすんだっ? ヤドに行くとか言ってたけど」


「ええ、宿というか村長さんの離れに泊めてもらうことになるけど、…それより先にしておかなければいけないことがあるの。モンヴァーティの傍まで行くのが最善だけど…急いだ方がいいし、どこか広場でもあれば…」


 ディアナは寂しくなった左手を右手で包み込んで辺りを見回すと、丁度そこにあった草むらの空き地へと転向する。

 ルナもヴィスもただ彼女が歩くのに従って空き地に踏み入ったが、先にそこの一角を陣取って遊んでいた子供達はパタリと静止して不審げに見ていた。


 ディアナは子供への迷惑を気にしつつも、少し焦りがあったため自分達の事情を優先する選択を取る。

 彼女は空き地の中央で二人と向かい合った。


「ルナ、改めて話すけど、今のあなたは怪霊領域が開いてる。怪霊領域というのは勿論、霊力を怪霊力に変換して貯蓄しておく箱のようなものだけど、それが開くことは同時に怪霊力が体内から外へ出るための扉も開かれている状態なの。それはつまり、その扉を通って外部からあなたの怪霊力や霊力に干渉することも容易になってしまったということ」


 ルナはパチクリと目を瞬かせたが、すぐにピシッと背筋を伸ばした。


「カンショウってぇと…、オレっちのれい(りょく)(かい)れい(りょく)がかっ()に使われるかもしれねぇってことですか?」


「ううん、それは大丈夫。怪霊力は霊力で操れるけど、その霊力は自分の体内でしか作用しないものだから、他の人があなたの怪霊力を完全に離れた場所から扱うことは有り得ないよ。あなたの怪霊力を他の怪霊力が操る、なんてことも起きない。…ここでマズいのは、あなたの霊力を誰かが察知してしまうことだよ」


「サッチ…」


 ルナは小さく呟いてポカンとしていた。

 ディアナはそれに、クスッと笑って視線を合わせるように屈んだ。


「まず前提から話をすると、怪霊力はとある性質を持ってるの。それが、『身体が持ち得るあらゆる機能と同等の効果を持つ』ということ。噛み砕いて言えば、体外に怪霊力を薄く伸ばして広げれば身体の外にあるものでも触れた感触を得ることができる。…体外に怪霊力を充満させて、その範囲内にいる相手の肉体の質感や簡単な肉体構造、霊力などを感知する――これが、読霊(どくれい)と呼ばれる術だよ」


「……てぇと、…(かい)れいりょういきがひらいてると、その分かん(たん)にれい(りょく)がバレちまうんですか」


「そういうことだね。もっと厳密に言うと、怪霊領域が開いていなくても別に霊力量は読霊できるんだ。ただ、体外に放った怪霊力は当然距離が離れる毎に薄まるから、それに連れて読霊も不正確になっていく。そうなると、怪霊領域が閉じていて読み辛い相手には視認できるくらい近付かないとまともに読めない。…今のあなたは怪霊領域が開いたままだから、遠くからあなたの霊力を見つけて怪霊獣が襲ってくる可能性もある。最悪、怪霊衆に眼をつけられて殺される」


 ルナは首を傾げて格好だけフムフムと分かったフリをしていたが、少しずつ話を呑み込めてくると事態の深刻さに目を見開いていった。

 彼女の理解に同調し、ディアナは静かに頷いた。


「あなたの霊力量は二一九万。…これは、野良の怪霊獣とは比較にならない程脅威的な値だよ。僕なんて五千くらいだからね。だからもしも今、怪霊衆が広域に読霊を使っていたら、必ずあなたに眼をつけて殺しにやってくる。そうしたら僕らの命運は此処に尽きる」


「…や、ヤバいじゃねぇですか! え、っと、じゃ、じゃあ! ど、どうすりゃあ…!」


 慌てふためくルナにディアナは真剣な面持ちで見つめ返す。

 ヴィスはその会話にピクリと眉を動かして腕を組み、思考に耽りながらディアナを凝視し始めた。

 しかしディアナも余裕が無いので彼の相手は見送る。


「怪霊領域を閉じれば大丈夫。落ち着いて、まずはリラックス…――」



「おい!」



 不意に、彼女は背後から呼び掛けられた。

 振り向くとそこにはルナより一つか二つ歳上の、ツンツンした茶髪が印象的な男の子が立っていた。


 その男の子の背後には四人ほど年齢もまちまちに子供が寄り集まり、彼が代表として飛び出したことが窺える。

 彼はある種果敢にディアナを指差して怒鳴った。


「オレたちが先にここで遊んでたんだぞ! お前ら勝手に入ってくんなよ!」


 ディアナは暫しキョトンとしていたが、すぐに危機感と罪悪感と板挟みに遭って苦笑いを浮かべた。


「…ごめんなさいね、本当に…。でも、もうすぐ済むからあと少しだけ待ってもらえないかな…?」


 ディアナは男の子に身体を向けて可能な限り誠意を見せつつ、ルナには一瞥して「…お願い、早く」と急かす。

 男の子は冠を曲げて腕を組み、胸を張ってルナを見た。


「は、早くったって、おっしょーさま…どうやるんですか…?」


「…あ、そうだね…。怪霊領域が開く前と後では感覚が違っているのは分かるでしょ? 開く前は重くて固まっていた身体が、開いた後は軽くなって内側から力の泉が湧き出しているような感覚になったはずだよ。その湧き出すような刺激感こそが怪霊領域が正常に霊力と連結している証拠なの。だから、それを閉じる意識を持つことで以前の感覚に戻ることができれば、それが怪霊領域を閉じることができた証なの」


「…って、言われてもよぉ…」


 ルナは眉根を寄せてムー…と唇を結び、難しい表情のまま両目を閉じて自らに意識を集中した。

 そうして身体が感じ取るあらゆる感覚を研ぎ澄ませてみるが、蚊帳の外から男の子が「さっきから何やってんだよ、それ」と不満げに訊ねるので試みを阻害されてしまう。


「本当にごめんなさい。今は少し、静かにしてもらえない? 大事なところだから」


「えぇー? …じゃあ、何してんのか教えてくれたらな」


「…後で時間を取って教えてあげるから、お願い」


「うーん…。…しょうがねぇな、いいよ」


「ありがとう」


 渋々とだが男の子が身を引いてくれたのでディアナがホッとしていると、また他所から、


「おい女、ルナの霊力が読まれる可能性の前にまず俺様の霊力の方が見つかり易いのではないのか? 言っておくが俺は怪霊領域を閉じる方法など知らんぞ」


 空気も読まずヴィスが声を掛けた。

 子供相手には堪えていたディアナもプツンと限界を迎え、低い声で捲し立てる。


「カリバンの影響で常時あなたの怪霊領域はほぼ閉じてる。少し特殊な閉じ方だけど。今のあなたに遠くから読霊を用いたところで霊力量百以下の雑魚が歩いてるとしか思われない。大体あなたの霊力量が元々の大きさのまま観測されるようならとっくに僕らは全滅してるんだから、その心配は不要だって少し考えれば分かるでしょ。今はルナに集中してもらわないといけないんだから、黙ってて。気が散る。うるさい」


「あ゛ぁ? 俺に八つ当たりするな。そもそも貴様は怪霊衆を根絶やしにしたいのだろう? 呼び寄せてさっさと迎え討てよ」


「今の僕とルナで太刀打ちできるわけないでしょ。仮にあなたが僕らの味方をしたとしても勝てない。今はまだ準備期間」


「チッ、ビビリが…」


 多くの命を手に掛けた者同士が一触即発の空気感を醸すと、その緊迫感は絶大なものとなる。

 両者とも怒りの中に殺意が滲み出ていて、普通の眼をしていないのだ。


 二人にとってはただの言い争いでも、その様子は穏やかに暮らす子供達にとっては身の毛が弥立つ程の恐怖を覚えさせた。


 しかし、その爆発寸前の空気に軽々と触れる声がある。


「ヴィス、カッカすんなよ。おっしょーさまも。オレっちもう(かい)れいりょういきとじましたよ」


「あ゛?」

「え?」


 二人が揃って振り返ると、ルナは自分の身体の変化をアピールしようと両腕をブンブン振っていた。

 別にその動きで何が伝わる訳でもないので試しに二人が読霊を用いる。


 ヴィスは眉を寄せて首を傾げ、ディアナはフムと頷く。


「…閉じただと? 別にいつもと変わらんぞ」


「あなたが読霊でも無駄に怪霊力を込めすぎだからでしょ。近くで読むならごく少量を薄く広げないと、この違いは分からないよ。ルナは確かに怪霊領域を閉じてる」


 ルナは聞きながら得意気に笑った。


「ひらくのも自由にできますよ。…ほら、こうでしょう?」


 そうしてルナが腕を広げると、同時にディアナは彼女の霊力を鮮明に感じ取れるようになる。

 すぐにスッと閉じ直したルナに、ディアナは安堵して柔らかく微笑む。


「…これで安心だね」


 その声はヴィス以外の誰が聞いても優しく響き、子供達は先程まで感じていた恐怖心が癒されていく。

 男の子は平常心を取り戻すとじっとルナの顔を見つめた。


「おっしょーさまも今は(かい)れいりょういきとじてるんですか?」


「あ、ううん。僕は収霊で怪霊力を貯めておかないといざという時に戦えないから、必要がないと滅多に閉じないよ」


(しゅう)れいですかぁ…。その内オレっちも使えるようになりますか?」


「頑張ればね。ルナは霊力量が多いから要らない気がするけど…」


 ディアナはルナに答えてやると、「…さて」と男の子の方に向き直った。

 彼はついさっきの恐怖を一瞬思い出して背を正した。


「待ってくれてありがとうね。…それで、やっぱり何をしていたかの説明が要る? でも、長い割には退屈な話になってしまうけど…」


「…あ、いや、いいよ! そんなにきょうみねぇし。…で、代わりにさぁ――」


 男の子はルナの前に手を差し出して、少し頬を赤くして笑った。


「お前、オレらのなかまになれよ。五人じゃ崩し石のチーム分けできないんだ」


「……はぇ?」


 素っ頓狂な声を上げたルナは、説明を求めてディアナを見上げた。

 彼女の方も少し驚いていたが、早くに整理をつけて切ない顔になると二人に合わせるようにしゃがみ込んで笑った。


「…彼、友達になりたいんだって」


「…友だち…? …オ、オレっち、と…?」


 ルナは人間の友達が出来たことに喜びより驚きの方が強かった。

 男の子はと言うとディアナにはっきり言われて顔を真っ赤にし、「人数合わせたかっただけだっつの!」と怒鳴り付けていた。

 そしてまた、男の子のすぐ後ろにいたブロンドの髪をお下げにした女の子はブスッと口を尖らせてルナを睨み付けていた。


「…でも、オレっち、修業しないとだから、あそんでるヒマ、ねぇぞ…」


「はぁ? 何だよ、修業って。さっきやってた変なののことか?」


 男の子に眉を寄せられて、ルナは頬を掻きながら「困ったなぁ…」と口に出した。

 するとディアナはフフッと笑って彼女の背に手を回し、男の子の前に歩ませた。


「良い社会経験だよ。ちゃんと友達を作って、人に馴染めるようにならないとね。第二修業には心の平穏さが重要だから、療養の意味も込めて気持ちを一新するといいよ。どうせ馬が手に入るまでこの村を離れられないんだしね」


「…で、でも、ディアナよぉ…」


「これも修業の内、ね。僕らは先に村長さんの離れ家に向かってるよ。夕方の五時くらいになったら此処に迎えに来るから」


 情けない声を上げる彼女を敢えて無視し、ディアナはサッと立ち上がってヴィスを引っ張り去っていく。

 ヴィスは早々に彼女の手を叩き除け、「俺様を引っ張るな殺すぞ!」と罵声を浴びせながらその後についていく。


 師匠の立場で命じられた以上ルナには反抗のしようがない。

 彼女は大きく溜め息をついて肩を落とす。


「お、お前、イヤそうにすんなよ! 今日は、特別になかまにするんだからな! もっとうれしそうにしろ!」


「いやじゃねぇけどよぉ…、(にん)げんのあそびって何かフクザツなんだろぉ…? 合わせる自信とかねぇもんよぉ…」


「に、人間ってお前…」


 ルナの奇妙な言い草に驚く彼だったが、その肩からヒョコッと顔を覗かせたお下げの女の子がキッとルナを睨めつけて声を上げる。

 その様は縄張りから威嚇する猫のようだった。


「せっかくオネットがさそってるのに、そのたいどってどうなの? 失礼だと思う」


 ルナはそれを聞くと文脈を少し考え、「…オネット?」と男の子を指差して訊ねた。

 彼は威勢良く頷いて親指で自らを指した。


「ん、オレがオネットだ。こいつらのリーダーみたいなもんだな」


「ふーん…リーダー…。…リーダーって、命令とかするやつのこったろ? じゃあ、エラいのか?」


「はあ? 別に、えらくねぇよ。オレらはなかまなんだから、立場に上下は要らないんだ」


 ルナは知識との矛盾が生じ大きく首を傾げたが、何にしてもお下げの子が言うように悪いことをしたようだとは思った。

 だからその謝罪ということで、ルナは差し出されたまま下がり始めていたオネットの右手を両手で握り返す。


 すると、お下げの子がまた顔を真っ赤にして形相を厳しくした。


「失礼なタイドしてわるかったよ。オレっち、ルナってんだ。くずし石…だっけか? いいぜ、いっしょにやってやらぁ」


「ちょっと、オネットにあんまりさわらないでっ。ダメよ」


 お下げの子はズカズカ詰め寄ってオネットから強引にルナを引き離すと、彼を庇うように背に隠す。

 控えたままの三人はその固まりでヒソヒソと話し始め、「ま~た始まったよ…」と彼女への文句が溢れてきた。


 ルナはと言えば混乱している。


「い、今のも失礼なのか? でも、オネットがあく(しゅ)したがってたから、オレっち…」


「そうじゃない、けど、ダメっ。ルナちゃんも、男の子みんなと手をにぎってたらいつかヒドいことになるよ!」


「…え…えぇ…? …オ、オネット、そーらしいぞ? 知ってたか?」


「リナリアの言うことは気にすんなよ、こーゆー変なやつだから」


 オネットは呆れ笑いを浮かべながらルナにフォローを入れると、リナリアと呼んだお下げの子の手を引いて「ほら、行くぞ!」と空き地の隅へと駆け出していった。


 リナリアは一転して浮かれたような笑みを浮かべてそれについていき、他の三人は「やるかー」「今度は勝ーつ!」などと口々に言いながら後を走っていく。

 ルナはいまいちついていけないままモタモタその後ろを歩いていった。


 向かった地面には四つの石を積んだ纏まりが一定間隔で横に並び、そこから五メートル手前に線が引かれていた。

 オネットとリナリアは左に、残り三人が右に列を作り、遅れて来たルナはキョロキョロとすべきことに迷っていた。


「ルナ、お前は『オネットチーム』な!」


「ふえ? おねっとちーむ?」


 オネットは疑問符を浮かべた彼女の腕を引いて自分の列の先頭に立たせた。

 それから片手を挙げて注目を集め、


「ルールはかんたん! 各チーム交代で石を投げる。一人の持ち回数はさいだい三回だけど、積み石に当たればそこでおわり。点数は、投げ石を当てても動かずに残った積み石の数で決める。つまり、当たって全部倒れたら一点、二つのこれば二点ってな感じで、さいこう四点だ! 三回投げて当たらなきゃ当然〇点な!」


 オネットに続き、男の子三人衆は「うおー!」と盛り上がる。

 ルナもその熱気にはついていけないものの、少し面白そうだなと期待が膨らんでいた。


 すると、不意にリナリアが「ちょっと待って」と静かに申し出た。

 そうしてルナの右手をそっと持ち上げると、そこに巻かれた包帯を皆に見せながら心配そうに目を細めた。


「ルナちゃん、この右手はケガ? もしそうならやめておいた方がいいよ…」


「怪我だけど、もうだいぶ治ってんぞ。昼は折れてたかんな。今ぁ骨も固まってきたし、カサブタもたくさん剥がれた」


「おれてるの!? だ、ダメよじゃあ! 休まないと!」


 男の子連中はポカンとそれを眺めていたが、すぐに右列の男の子達が先頭から順にジトリと眼を向ける。


「リーダー、さっき手ぇにぎったのに気づかなかったのか?」


「リーダーも男だからなぁ。あんなカワイイ子と手なんかにぎってそれどころじゃなかったんでしょ」


「エローい! リーダーエローい!」


「るッッッせぇよスール、ペトゥ、クッタ! ルナがしっかりにぎり返してたから大丈夫だと思ったんだよ!」


 ガヤガヤとじゃれ合う四人を放置してリナリアはルナの左手も見た。

 そちらは無事だと分かると少しホッとして、「ルナちゃんは見学ね。さそったのにごめんけど」と言いつける。


「何でだ? オレっち、左手空いてんぞ?」


「ルナちゃん利き手どっち?」


「ききて?」


「よく使う手」


「右手だ」


「じゃあ治るまでダメ」


 リナリアに厳しく止められてルナはちょっぴり残念がってムー…と口を尖らせた。

 しかしすぐにオネットが、


「じゃあ四目やろうぜ、四目並べ! 動かなきゃ大丈夫だろ!」


 と言い出して積み石を蹴散らしていった。

 スール、ペトゥ、クッタの三人組も「よっしゃ任せろ」と嬉々として線を消したり積み石を蹴ったり次の遊びの準備を始めたりする。

 リナリアは頬を染めてオネットを見たかと思うとルナを一瞥して複雑に顔を歪めたりしていたが、異論は唱えない。


 その後はディアナが迎えに来るまで、理屈の読めない未知の遊びにルナは怖じ怖じとしていたが、クッタに一勝した時の胸の昂りや、オネットとリナリアに促された片手のハイタッチの嬉しさは初めてのものだった。


 これが人間の子供なのか、とルナは新鮮に思った。

 そして、『オネットたちと同じに、自然にはしゃいでみたい』と淡い憧れも抱いた。


 「どうだった?」と後からディアナに訊かれると、迷わず彼女は「楽しかった」と笑った。

 明日から毎日あそぼうと、ルナはオネット達と約束した。



※※※※※※※※※※※



「随分と遅いお帰りだったな。目当ては見つかったか?」


 半日経って戻ったリーラに、朱雀は嘲るような笑みを向ける。

 残りの四獣達は既に帰されていた。


「片方はまた急に消えてしまいました。モンヴァーティを上手く隠れ蓑にしていただけあって利口な相手ですね。…ですが、思わぬ収穫もありましたよ。()の力を借りて上手くすれば、人間達を我ら怪霊獣の傘下――…いえ、頼もしい仲間にできるかもしれません」


 リーラは彼に笑い返した。

 愛想でも嫌味でもなく、純粋に笑うリーラの姿を見たのは、朱雀も初めてのことだった。


 朱雀は虫の頭の中を覗き込んでしまったような、不気味な寒気を感じた。


「なに、人間を…?」


「ええ、その通り。人間と、怪霊獣の、…混血としてね」


 リーラの笑みは普段の薄笑いではなく、所謂子供のような無邪気さと残酷さを孕んだ狂暴なものだった。

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