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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
15/67

一三ノ業 ルナvsディアナ!その激突の果てに…

 口論とすら呼べない独り言の行き交いに終止符を打ったのは湯疲れの眩みだった。

 ルナは真っ赤になった頬を両手で揉み解しながら歩き、温泉に半身を浸す岩に腰を下ろした。


 そうして脚だけを浸けて、言葉無くパシャパシャと湯を蹴っているとその湯気に混じって見知らぬ臭いが(くゆ)るのに気付く。

 また、それとよく似た臭いが遠くから薫り、見ると平地の先に山に沿った細い登り坂ができていた。


 ディアナが言っていた山頂への正規ルートであるが、坂の入り口は古びた木柵で仕切られており、大きく文字が書き殴られた立ち入り禁止の看板も立っている。

 そしてよく見ると、その先の岩肌は黄色い結晶が吹き出して煙を上げていた。


「…なぁ、このにおい何でぇ? ユからもするしあっちからもすんぞ」


「硫黄だろう。活火山では珍しくない」


「いおう…」


 ヴィスはゆったりと温泉に肩まで浸かったまま、普段より安らかそうな声で答えた。


 ルナは辺りを見回して荷物を探し、見つけると一糸纏わぬまま湯を蹴って駆け出していった。

 濡れたままの手でリュックを開け、百科全書を漁り出し、硫黄の文字を引いて調べ始めた。


 当然紙はふやけるが彼女が知るはずもない。


「…ひきんぞく(げん)そ…き色いけっしょう…あおいほのお……むー…。…あっ、おんせん地…! ……かつ火山!」


 フムフムと頷きペラペラと頁を捲り続けるルナの様子をヴィスは遠巻きに眺めた。


 温泉に多少気を休める程度の情緒は持ち合わせている彼だが、それだけではやはり退屈なので少しルナの相手をしてやることにした。

 ルナが成長し上等な下僕となるのならそれはヴィスにとっても喜ぶべきことである。


「餓鬼、これを見ろ」


 そう呼びかけ、ルナが振り向くと、彼は突き上げた手の平に炎を発生させ、それを坂の方へと飛ばしてみせた。

 炎は間も無く消されたが、その寸前確かに青く煌めき宙に膨れ上がって見えた。


「…ほ、ほんとにあおくなった…!」


「俺が餓鬼の頃はこうして遊んでいたこともある。あの時は近隣まで燃え広がり、それはもう壮観だった。…すぐに飽きたがな」


 ルナはヴィスの言葉を拾ってまたパラパラと百科全書で調べ始め、またそれと一緒にふと浮かんだ疑問にクスリと笑って呟いた。


「おめえにもガキんころなんかあったんだな。そうぞうつかねぇや」


「貴様が考えているような幼い時代など俺様にはない。生まれた瞬間から姿は変わらん。下等種族とは違うのだ。…強いて今との違いと言わば、あの頃の俺はまだ誰も殺したことがなかったというくらいだ」


「へぇ~…そいつも、ちっとそうぞうつかねぇな。…ディアナもガキだったころがあんのかな…」


 ルナは然して驚かず聞いた。

 そして調べたかった事を全て調べ尽くすと、干された服が未だ乾ききらないのを確認して第三の岩壁へ駆け寄っていった。


「…おい、何をしているんだ貴様は。あの女は貴様に休めと言っていただろうが」


「オレっち、もう充分休んだぞ。それに、ディアナがかえってくる前にちったぁ(じょう)たつしときてぇんでい。そんで早く前のディアナに戻ってもらうんだ。オレっちがちゃんとすれば、きっとまたディアナがやさしくなってくれるはずでい」


 彼女は言う間に登り始めていた。

 ヴィスは舌を打って不機嫌になりながらもルナの行動を見守った。


 しかし数日酷使された筋肉がこの数時間で癒されるはずもなく、湯疲れも尾を引いて不意の風が彼女を高所から突き落とした。


 身体が平地に迫り、ピタッと宙に留まると「ほらっ、とべるだろっ?」とルナが得意気にヴィスへと顔を向ける。

 しかしそこでは、ヴィスがルナへと右手を返して指を指し、その指先から彼女の肩へは見え辛い程にか細く放電で繋がっていた。


 ヴィスがくいっと指を曲げるとルナは怪霊力で引き寄せられて温泉の中に放り込まれた。

 温泉から顔を出して噎せ返る彼女は、ある程度落ち着いてくると喉を押さえながら今の事象に目を見張った。


「馬鹿が…。貴様は師の言い付けすら守れんのか。奴が休めと言ったなら今日は何があろうと休み通せ。居ても立ってもいられんと言うなら身体を使わずに出来ることを探せ。素直に命令に従わん者がどれだけ優秀になった所で誰も正当に評価などするはずがないだろうが」


 ヴィスの説教はルナには届いていない。

 彼女はもっと別の事を耽考していた。


 そうして暫し黙り込んだかと思うと、ルナは突如立ち上がってまたパタパタと温泉の外へ駆け出した。


「おい、貴様! 俺の話を――」


「きいたよ、分かってらぁ! 今日一日はコトバのべんきょうだ!」


 ルナはそうピシャリと言い返すと、また濡れた手で百科全書を持ち上げて座り込む。

 ヴィスは彼女から顔を背け「クソ餓鬼…」と愚痴を溢すと、山の高所から微かに漂ってくる硫黄臭と焦げ臭い熱気に苛立たしく天を仰いだ。



※※※※※※※※※※※



 翌日、昼食の直後に修業は再開された。

 その食事中にもディアナとルナの間に会話は無い。

 それまでの間にも四度ほど食料を持ち寄りにディアナが温泉の崖を訪れたが、いずれもルナとの会話は避けていた。


 その二人が崖の上で対面に立ち、ルナは困惑の眼を、ディアナは冷徹な眼を、一心に互いへと向け合っていた。

 ヴィスは岩壁に寄せられた荷物群の横で腕を組んで眺めた。


「……おっしょーさま、…今の、ききまちがいじゃあ……」


 ルナは冷や汗をかいて問い直した。

 しかしディアナは首を振り前言を取り下げなかった。


「もう一度言う。僕はあなたを殺す」


 それは比喩などではなく殺意の表明だった。

 そしてルナの困惑など気に掛ける素振りもなく、早々に構えを取り始める。


 左脚は軽く前へ伸ばし、右脚はやや曲げて後ろで体重を支える。

 腰を落とし、右腕は肘から先が胸と平行になるように曲げて浅く拳を握る。

 その姿勢で左腕を前方に伸ばし、その手を祈るように立てた。


 ディアナの視点からは、その左手に並んでルナが見える。

 ルナからは彼女の全身が、自分を殺すためだけに研ぎ澄まされていくように見えた。


「……オ、オレっちに……ディアナとたたかえってのか…」


「戦わないなら死ぬだけだ。殺す気で来なさい!」


 彼女は溜めの間も無く走り出す。

 提げた剣の二腰に手も掛けぬまま、人間の速度で接近していく。


 そして躊躇って立ち竦んでいたルナは、今のままの速度ならディアナから繰り出された拳でも何とか止められるだろうと待ち構えることにしていた。


 しかし、ディアナの全身に放電が走るとその瞬間、動きは閃電の如く変わる。


「――ぅぎゃっ!!」


 短い悲鳴と共に背中を地に滑らせて転がっていくルナ。

 その腹部には僅かに血が滲んでいた。

 繰り出されたのは、両手を円を描くように眼前に交差し、その緩やかさとは裏腹に体重を乗せて放たれた強烈な火形手の掌打だった。


 そしてルナが痛みに歯を食い縛って身体を起こしたところへ、一瞬の細い風。

 気付けば一口が振り切られて青く鈍く光り、その先端と、ルナの頬からサラサラと血が滴って落ちていった。


「…まだ冗談だと思う?」


 ディアナはその場でぐるりと右へ回り、交差した脚を曲げて低姿勢の横薙ぎを放つ。


 動物的な勘が危機を悟ったルナはピッと飛び退いて両手を地に突き、両手足を踏み締め、弱々しく睨み付けた。

 しかし、やはりルナはディアナが本気の殺意を向けているとは思わなかった。


 ディアナは牽制を含めた血払いが済むとくるんと逆手に持ち替えて納剣し、ふわりと片足を運んで脚の交差を解きながら立ち上がった。

 そしてまた始めの構えに戻る。


「…しゅ、修業なら昨日みたいに山のぼりでいいじゃないですか…、ねぇ…? …オレっち、おっしょーさまを殴ったりできません…」


「………、そう。僕は殴るけどね」


 宣言通りディアナは一瞬で間合いを詰めると右の拳をルナの額へと繰り出した。

 しかし今度はあの放電が無く、威力や速度も人のそれだ。

 ルナは左手でその腕を掴み止め、思い切り右手を引いた。


 しかしまたもディアナが一歩先を行く。

 彼女は既に左手を引ききって用意していた。


 ディアナが確かめるように左脇に視線を向けたのでルナもそれに釣られて気が付いたのだ。

 透かさずルナは右手を突き出して自衛しようとしたが、同時にディアナの右腕が引かれ、ルナの左手が引っ張られる。


 繰り出されたのは左手ではなく、水月を的確に狙った右の膝蹴りだった。


 引き寄せられた分衝撃は強く、ルナは思わず彼女から手を放して飛ばされた。

 しかし、妙なことに、ディアナのその攻撃は放電を伴わずルナを突き飛ばすだけで、ルナは大したダメージも受けず少し離れた所で踏み止まる。


 放電はその直後に起こる。

 目にも止まらぬ早業でディアナの左手が逆手の抜剣術を放ち、ルナにはその切っ先が首を掠めたことしか分からなかった。

 既に剣身は鞘に戻り、ディアナは次の攻撃に入っていた。


 ディアナの右腕がルナの左腕に内側から沿って絡み付き、嘴のように揃えた三指で上腕筋を刺突し、肉を抉り、痺れを齎す。

 更に肘を外側から押されて突っ張った左腕をディアナの左手が殴り付けると、衝撃は一切逃げずにルナの腕を襲い、骨にひびを入れた。


「ぎっ…! が、ぁ、あっ…!」


 ルナは腕を解放されると、痣を手で押さえて呻きながらよろよろと後退り、そうして力無くその場に両膝をついた。


 ディアナは敢えて隙を見せるように放電を解き、右手でゆっくりと剣を抜き右上段に構える。

 ルナがおずおずと顔を上げると彼女は冷たい視線を返し、一気に剣を振り下ろした。


 …その時、ルナから溢れたのは命乞いでも困惑でも無く、


「…助けて…にぃちゃん……」


 …ただ、現状から抜け出したい一心より放たれた悲痛な心の叫びだった。

 ルナにとってディアナは、自分に優しくしてくれた二人目の相手だった。

 そんな相手を、例え必要に駆られても、傷付けようなどとは思わないのだ。


 ピクリとディアナの目尻が震え、その剣はルナの右肩の上で止まる。


 ルナは脇目も振らずに逃げ出した。

 彼女の固く瞑った両目から涙が煌めくのをディアナは見逃さず、その剣身は弱々しく地面へ垂れ下がっていった。


 ディアナはルナを追わない。

 何処へ逃げたのかも見ないでいた。


 ひっそりと唇を噛み、項垂れ、熱くなった瞳を瞼で隠す。

 彼女の震えた溜め息は、『これで良かったのだ』と言い聞かせるような痛々しさを聞く者に思わせ得るもので、しかしその場に残された唯一の傍観者は他人の機微になど全く関心を持たない傲慢な者だった。


 ヴィスは空気も読まず訊ねた。


白鶴拳(はっかくけん)か?」


「……ぇ、…え?」


「貴様の武術だ。構えは似ても似つかぬが、小手先の小さな力を多く活用する様などがそれに近かった。それに脚と腕の運び、姿勢の移り方が女々しすぎるのもそうだ」


 ディアナは暫し困惑したが、今の自分は自分がしたことに勝手に落ち込んでいるだけだったと思い至ると平静を演じるように顔を上げて真っ直ぐに答えた。

 彼女のそんな複雑な胸中も、偉そうに腕を組んだ彼には眼中に無い。


「………。…別に、我流だよ。ちゃんと習った訳じゃない。修業中に見掛けた動物や虫の立ち回りを自分がやり易い動きに修正して取り入れたらこうなったってだけ。…あなた、そういうの詳しいの?」


「人間どもは怪霊術を習得する前は兵器か武術で対抗してきた。怪霊獣は怪霊術を覚え活用できればそれで終わりだが、人間どもは何気に体躯を用いる技を無数に生み出しているだろう。興味が湧いたからじっくり技を見させてもらった上で殺すことにしていたのだ」


「……ふぅん。てっきりこんなものはお遊戯だと見下しているものだと思ってた」


 ヴィスはフンと鼻で笑い、彼女の傍まで歩くとまるで自慢のように告げる。


「遊戯では無かろうが曲芸には見えるぜ。縮まろうはずのない肉体の差を僅かにも縮めんと苦心しているだけだ。…だがまぁ、ハッ、怪霊獣が相手ではその成果も燕の涙だな」


「…あっそ」


 ディアナは強く反発することはなく、軽く言い返して俯く。

 ヴィスはルナの向かった先へと振り向いて、「追わんのか?」と訊ねた。

 彼女は少し言葉に詰まったが、自嘲するように微笑んで首を振った。


「この修業中はルナに死のプレッシャーを与え続ける必要があるもの。僕が優しくしたら修業の意味がなくなるでしょ」


「そんなことは知っている。そのための演技だったのだろう? 全く、俺様にまでその事を隠せなどと命令しやがって…」


「普通の人は一度死の瀬戸際に立てば怪霊領域が開く。でもルナは封印が掛けられているから、その封印を破って覚醒するには七回追い詰める必要があったの。…あなたに迷惑を掛けたのは謝るけど、僕だって山登りだけで何とかできると思っていたんだ。想定外だったよ」


 ディアナの小さな溜め息に、ヴィスは同情などしない。

 それよりも大きな問題が目の前に迫っていた。


「…このまま追わず、逃がしてあげれば、ルナは自由の身になれるかもしれないね」


 感傷的に彼女が呟く。

 いつもなら鼻で笑って反論なりする彼だが、今はそれより気にすることがある。


「だが追わなければあの餓鬼はここで死ぬことになるぞ」


「え?」


 その言葉にディアナは顔を上げて彼の向く先を見た。

 ルナが向かったのは山頂への坂道――立ち入り禁止の看板と木柵を飛び越えた向こう側だった。

 その先の岩壁には黄色い付着物と白煙。


「…硫化…水素…。……え、ルナが逃げたのって…」


「あの先だ」


「…ッ!」


 ディアナは息を呑み剣を取り落としたが、すぐに駆け出した。

 ヴィスはルナを助けようなどとは微塵も考えず、その場に佇んで見送っていた。

 全身に放電を起こし、ありったけの力で急ぐ彼女の姿は早々にヴィスの視界から遠退いていった。


 煙は進む毎に濃くなり、もはや硫黄の臭いは消えていた。

 並の毒なら効かないはずの彼女でさえ息苦しさと目や喉の痛みを感じるのだから、普通の人間は即死の量であろう。

 気付けばそこら中に骸が転がるようになっていた。


 ルナは他の人間より特殊とは言え、これでは無事で済むはずがない。

 ディアナは必死に眼を凝らして探した。


「ルナ…ルナ…!」


 彼女の声に答える者はない。

 しかし突如、岩壁に開いて熱気と濃い煙を上げる黄色い空洞の先にマグマの光を見た。


 そのマグマの手前に、人の胴のようなシルエットを見た気がしたのだ。


 彼女はそこに入り、見つけた。

 肌が僅かに緑ばんで血の混ざった吐瀉物に顔を埋めて痙攣し横たわるルナがそこにいた。


「ルナッ! しっかりして、ルナ!」


 ディアナは急いでルナの傍に膝をつき、手首に触れてから抱き上げて空洞の外に出た。

 そして一刻も早くと焦るように、転げそうな勢いで坂を下っていく。


 …脈が異常に速かった。

 既に重度の硫化水素中毒を発症している。

 吐血もしていたということは内蔵の腐食も進んでいるということだ。


 莫大な霊力と開きかけの怪霊領域の相互作用で即死を免れたという状態だった。


 再び木柵を飛び越えてヴィスが待つ平地に着くと、ディアナは刺激しないようにそっとルナを横たわせる。

 リュックから引っ張り出した仙活湯を十本近く飲ませ、チュニックの胸を引き裂いて、姿勢を変えさせ、そうしてすぐに人工呼吸に入り始めた。


 ヴィスは他人事のように手伝いもせずそれを眺めていた。


「…ルナ、ルナ…! 死んじゃ駄目、こんなところで…!」


 ディアナは呼び掛けながら心臓マッサージに入った。

 いずれもディアナが怪霊術師であるからこそ成し得る処置であるが、果たしてそれが功を奏するとは限らない。


 現代にはこれ程重篤な硫化水素中毒者を治療できる医療は存在しないのだ。

 ディアナもこの処置が、ただ死の時間を遅めるだけの行為でしかないことは百も承知だった。


「…ルナ…お願い、目を覚まして! あなたは五五八人ものペール・ルナールの命を背負っているんでしょう!? あなたが死んだら、その全てが無駄に終わるの! みんな無駄死にになってしまうのよ! あたしはっ…、あなたまで、死んじゃったら、あたしは…!」


 ディアナは泣いていた。

 必死に繰り返していた処置の手が止まり、ディアナはルナの胸の上に額を乗せて肩を震わせた。


 後方で眺めていたヴィスは無表情でこそいたものの、彼女の様子の変化に驚き目を疑っていた。


「…泣くのか…貴様が…」


 問いでも何でもなく、静かにそう呟いた。

 そしてまた、冷静でいた分ディアナより先にルナの変化にも気が付く。


「…げほっ…げほげほっ! ……お…おっしょー……さ…ま…」


「…! ルナ…? 目を覚ましたの? だ、大丈夫!?」


 ディアナは喜び顔を上げた。

 しかしルナの顔には生気が無い。

 やはりただ死ぬ前に意識が戻ったというだけに過ぎなかった。


「…は…は……ディ…アナ………泣い…て…らぁ……」


「ま、待ってて…! すぐにソウラモンブルに連れていくから! 硫黄泉の傍の町だからきっと亜硝酸とか何か薬を置いてるはず! それを投与したら後は霊力量の恩恵と回復スピードに望みをかければ…!」


 ディアナが急いでチュニックの破れ目を寄せて抱き上げようとすると、フ…フ…フ…と弱々しい声でルナが笑った。


「…山…のぼりの……とき…空……飛べ…たの……ゲホッ! …オ……オ…オレっち…の…力…じゃ…なかっ…た…ん…だよ、な…。……ほ、ほんと…は…ディアナ…が……ソウ…レイ…とか、言う…ので……た、…助け…て…くれた…ん…だろ…。……手ぇ…かかって……ごめん…なぁ…」


「もう喋らなくていいから! 安静にして、息を深く吸って酸欠を防いで!」


 ルナの安らかな表情は、もはや死を受け入れようとすらしているようだった。

 ディアナはそれを必死に否定し、両手でルナの背中と両脚を持ち上げようとした。



 しかし、その瞬間背後から迫った赤い光に気が付き、咄嗟にディアナは全ての怪霊力を使って放電を起こした左腕でその光を受け止めた。



 光は強烈な衝撃と肉を抉るような鋭利さを帯び、ディアナを数メートル先まで突き飛ばす。

 ディアナの腕は皮膚と肉を削ぎ取られ、上腕の中央からぐしゃりと折れ曲がっていた。


「ぐ、ぁぁッ!!」


 ディアナは悲鳴を上げて腕を押さえ、苦痛に顔を歪ませながら見上げた。

 見るとその先には不敵に笑うヴィスの姿があり、差し出された右腕は全体に大きな痣を作って薄く白煙を上げていた。


「フッ…クフフッ、フハハハハッ!! 油断していたな馬鹿め! これで貴様などもう恐ろしくはない!」


「…ヴィ、ヴィス…あなた、何を…」


 ディアナは痺れる身体に鞭打って何とか起き上がるも、自らの足で立とうとすれば途端に力が抜けて膝をついてしまう。

 ルナは目を見開き、這いつくばるディアナとそれを嘲笑うヴィスとを見比べて言葉を失っていた。


「なぁに、簡単なことだ。貴様のように変に情けをかけてチマチマとやるより、本気で殺しに掛かった方がまだ怪霊領域解放の可能性があるというだけのことだ。貴様にはできずとも俺にはできる。怪霊術も使えない雑魚を生かしても目障りだ、なら殺した方がいい。そうだろう?」


「や、やめなさい…! …あなたは、そのまま本当に殺してしまう気でしょう!! …殺さないように攻撃を加え続けても、いつか失血など予期せぬ所で死んでしまう……クー・シーの時と同じように…!」


「ああ、その通りだ。そしてそれをやるには貴様がまず邪魔だ。だからこうして先に動けなくしてやるのだ」


 ヴィスは言いながら、右手の人差し指だけを指すようにすると、非常に弱く怪霊力を溜めて撃ち出した。

 その指にはなんらダメージも残らない、小さな攻撃だった。


 その赤い光はディアナへと距離を詰めていくにつれて、今にも消えるように細まっていく。

 しかし着弾すると、光は確実にディアナの右腕を抉り、その骨をへし折った。


 ディアナは再び悲鳴を上げ、ヴィスは高笑いを上げた。


「貴様の力の正体はもう分かった。貴様が起こすあの放電は、仕組みは知らんが怪霊力で肉体を強化する術だ! しかしそれを成すのに多大な怪霊力を使用しているはずが、術の使用後に霊力を消耗してはいない。…それでピンと来た、貴様は我霊術ではなく変霊術の使い手だな! 大気の霊力を自らの波長に合わせた怪霊力に変換し、我が物とする『収霊』! 貴様はそのエキスパートということだ! おそらく日常的に、身体を動かす間でも問題なく収霊を行い、いつでも代償無く力を発揮できるようにしているのだろう! だが、しかし! …残念だったな、それが見抜けてしまえば怪霊力を使い果たした頃合いを狙って容易に仕留められる」


 続けて二発、指先の我霊射でディアナの両脚をへし折る。

 ディアナは額に玉汗を噴かせて芋虫のように身を捩る。


「おまけに貴様は餓鬼の面倒に気を取られて戦闘後に収霊を怠った。残りの怪霊力は全て、俺様の一発目を食らった際の防御で持っていかれたのだろう! 怪霊力が不十分な状態の貴様など恐れるに足らん! …そして貴様にとって最大の不幸は、何故かは分からんがこの時になって唐突に俺様の封印が大きく弱まってきたことだ! 今の俺様なら自力で野良の怪霊獣を蹴散らし、人間どもだって一人で全滅させられるぜ! ハーッハハハハッ!!」


「…や………め…ろ……」


 声高々なヴィスへと、身動きもままならない身体にギリギリと力を込めたルナが強い殺意を持って睨み付ける。

 しかしヴィスは更にディアナに我霊射を見舞った。


「……や…めろ……ッ! ……やめろ…!」


 四肢を滅茶苦茶に折られ、立ち上がることも悲鳴を上げることも出来なくなったディアナは、ただ顔を歪めて悲痛に唸る。

 ヴィスはニヤリと恐ろしい笑みを浮かべ、その手を広げて突き出した。


「貴様が終われば次はあの餓鬼だ。…今日までの無駄な修業、ご苦労だったな。…さぁ、とっととこいつで大人しく眠りやがれぇぇえええッ!」


「…やめろぉーッ!!」


 その時、ヴィスが放った我霊射を、ディアナに衝突する寸前に人影が遮った。

 その人影は我霊射を両腕で受け止める瞬間に、右腕だけが紫の閃光を放ちヴィスの赤い光を打ち消していた。


 その二つの光が去った後、そこには、右腕を血塗れにし、しかし全身の肌からは緑が消え、溢れ出る程の活力を取り戻したルナが猛々しく立ちはだかっていた。

 ディアナを背に隠したその姿はまさしく勇敢な戦士の様相であった。


 ヴィスは「フン…」と満足げに笑って腕を下ろし、もう戦意は無いと示すように二人から背を向けた。

 ルナはそれを見届けると、今更のように自分の両腕を、そして身体中を見回した。


「……今のは…? …それに、急に息苦しさもさむ()もなくなったぞ…。……何だか、力が全身に広がってくるみてぇな…」


 一頻り自分の異変に悩んだ後、ハッと思い出したルナはパタパタとリュックを取りに行ってディアナの下に引き返す。

 我霊射を受けた際に右腕を折ってしまったので、痛みを堪えながら左手で運ぶ。


 それから彼女の頭を膝の上に寝かせて、慣れない左手で少しずつ仙活湯を飲ませてやった。


 それが五本まで終わると、「…もう、僕ならそれで十分だから」とディアナが笑って引き下がらせた。


「ありがとう、ルナ。…助けてくれて」


「…へへっ、おう!」


「それとごめんなさい…。この数日、酷いことばかりして…」


「オレっちが分らず屋だったからなぁ。修業のためだったんだから、仕方ねぇやな」


 ルナはディアナの頭をガシガシと撫でてやると、今一度右腕を上げて自分に宿った不思議な力を確かめようと見つめた。

 腕の皮膚は既に瘡蓋で埋め尽くされていた。


「それよりディ……あっ、あ、おっしょーさま! …おっしょーさま、オレっち、何か急に身体が…」


 ディアナはクスリと笑い頷く。


「あなたが腕から放ったあの光の正体は、『我霊射』。あなた、全力でやったからヴィスの我霊射を掻き消して、そのまま自分の怪霊力で骨折しちゃったの」


「…()れい(しゃ)……って、え、オレっちが!? じゃ、じゃあ、オレっち…?」


 ルナの期待の眼に、またディアナは嬉しそうに頷く。


「第一課題合格おめでとう。これであなたも怪霊術師だよ」


 ルナはパァッと笑ってガッツポーズを取り、「やったぁ!」と喜びかけたが、骨折の痛みを忘れてはしゃいだせいですぐ痛みに踞る羽目になる。

 ディアナがカラカラと笑って「安静に、ね」と声を掛けると、ルナは甘えたような声で「ん」と頷いて頭を下げ、ディアナの手を見つめた。


 ディアナは後ろに倒してピコピコ揺れている耳を見つめながら、「どうしたの?」と訊ねる。

 ルナは変わらず視線を送りつつ頭を差し出して催促していたが、ディアナには思い当たらなかった。


「……チッ、馬鹿らしい。…貴様ら、俺に面倒を掛けさせるな」


 呆れたような声を上げて振り返り近づいてくるヴィスに、ルナは警戒の視線をぶつけた。

 ディアナは脅威は去ったと考えて不思議そうに彼を見る。


 ヴィスは相変わらず不機嫌そうな目をして見下すと、「ルナ」と呼び掛けた。


「何でい! …って、え? ……え、え…」


 困惑するルナの頭を、ヴィスの手が柔らかく覆った。


「よくやった」


「ふぇぇ!? あっ? あ、え? え?」


 ルナが顔を真っ赤にしている中、彼女から手を離したヴィスは舌打ちをかまし、


「これで貴様の気が済むのだろう? …全く御しがたい下僕だ」


 そう一言残して温泉に歩いていく。

 ルナとディアナは揃って顔を赤くし、目を丸くして呆けていた。

ディアナ

握力80kg

パンチ力200kg

キック力500kg

耐久度120

走力8m/s

霊力5360

怪霊領域4096

回復力1

術: 仙攻丹、我霊閃、我霊射、読霊、収霊、発霊、操霊


ルナ(覚醒後)

握力2.7t

パンチ力5.75t

キック力17.2t

耐久度3798

走力162m/s

霊力2,197,580

怪霊領域128

回復力9

術: 我霊射(不完全)


ヴィスドミナトル(封印解除率0.00016%)

握力8t

パンチ力22.4t

キック力54.4t

耐久度13440

走力544m/s

霊力99,999,999

怪霊領域144

回復力16

術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊

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