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改新奇譚カリバン~封じられし魔王~  作者: 北原偶司
三之明之篇
11/67

九ノ業 ヴィス対クー・シー!やっと教わる怪霊術のいろは

 クー・シーは一秒と経たぬ間にヴィスの目前まで迫っていた。

 しかし、その速度はクー・シー自身も物にしているとは言い難く、直線的な動きの上に予め口を大きく開けての接近だった。


 感覚が衰えた彼でも予測くらいは立つという程の、愚直な突撃と言わざるを得ない。


 そしてそこに至り機転の利かない彼でもない。

 急いで振り上げた彼の腕がギリギリで間に合い、クー・シーの口にはその腕を縛る緊箍蛇が挟まっていた。


 ヴィスの抵抗により度々怪霊力を吸っていた緊箍蛇は十分な硬度を誇り、クー・シーの牙を傷一つ無く受け止めた。

 更にヴィスは緊箍蛇の凹凸を牙に上手く引っ掻け、易々と口から抜けないようにした。


「…調子に乗るな、犬コロが」


 クー・シーはグルル…と唸りながら毛を逆立てて、次の攻撃に移る。


 それは爪による物理攻撃ではなく、全身の発光と共に怪霊力を放つ技――我霊閃。

 威力こそ弱いものの、敵を自分から引き離すには打ってつけの技だった。


 …しかし、結論から言えばこの場でそれは失策だった。

 まんまと目論見に踊らされたクー・シーの判断に、ヴィスはひっそりと憎らしい笑みを浮かべた。


 次の瞬間、クー・シーを包んだ赤い光が見る見る内に薄れ、怪霊力が失われていく。

 それに相反して緊箍蛇が炎のように赤く染まる。


 その蛇の色は段々と赤から眩い白へと移り変わり、キィィィン…と甲高い音を放って膨らむ。

 そしてクー・シーが負けじとこれまでより遥かに大きな怪霊力を込め出すと、緊箍蛇は許容量を超えた力に破裂してクー・シーの顔を吹き飛ばしよろめかせた。


「ハッ、馬鹿め! …礼だ受け取れぇええッ!!」


 ヴィスは腕が自由になるなりクー・シーを全力で殴り飛ばした。

 キャンッ、と悲鳴を上げて三メートル打ち飛ばされたクー・シーはその頬に擦り傷を作り口の端に血を滲ませる。


 ヴィスはその隙に脚を拘束している二股の杭に視線を落とした。

 そして鉄の霊力を探り、その波長に通じた怪霊力を込めて指先から放つと、放電としてそれを受け取った杭がぐにゃりと曲がって彼の脚から退いた。


 そうして立ち上がった彼に相対すると、クー・シーは少し怯み気味に威嚇して立ち上がった。

 しかし、その脚には疲労により震えが出ていた。


「…貴様、速さが自慢だったようだが他は俺様には及ばんな。先の顎と腕との押し引き合い、状況判断とその利用、いずれも俺様が一歩勝った。しかも貴様は緊箍蛇を破壊しようとありったけの霊力を無駄にした。もう半分も残ってはいまい。頭が足らんせいで動きも単調…読み易い。どうやら俺様の勝ちのようだぜ、うん?」


 勝ち誇ったヴィスが右腕をクー・シーへ指し、怪霊領域の限界まで怪霊力を溜める。

 クー・シーは彼の腕の矛先から逃れようと左へ駆け出そうとした。


 しかし、その脚は動かなかった。

 クー・シーも気づかぬ間にその足は地面から伸びた鉄の縄に絡め取られていたのだ。

 見ると鉄の縄にはヴィスの足から地面を伝って細い稲妻が走っていた。


「少しは知恵を絞れ、間抜け」


 ヴィスの腕に赤い光が灯り、我霊射が炸裂する。

 撃ち出された光はヴィスの腕全体に紫の酷い痣を残していき、宙に漂う霊力を削りながら真っ直ぐクー・シーの胴へと突き進んだ。


 クー・シーは急いで鉄の霊力を探ると間一髪で鉄縄を破って横へ転げ込み、胸への命中は避けた。


 当たったのは骨盤の辺り――そしてダメージはヴィスが腕に受けた分と変わりなく痣が付く程度のものであった。


「…埒が明かなそうだな。チッ、あの封印女め…」



「手助け、要る?」



 背中からの声に驚き彼が振り向くと、そこには腹が膨れる程度に肉を食い千切った焼き雉を左手に提げて戻ったディアナの姿があった。

 また更にその向こうからは、皮を剥ぎ取った後の兎を口に咥えたルナが弾むように四足で走ってくる。


「貴様、ノコノコと…。いつから見ていた?」


「緊箍蛇を破らせた辺りから」


「殆ど最初からいやがったのか…。フン、まぁいい。俺様の獲物だ。手を出すなよ」


「ええ、そうさせてもらう。あ、でも、良い機会だしルナに怪霊術の手本を見せておきたいから出来るだけ僕が説明するのに合わせて技を使って。最初は我霊術から」


「あぁ? …チッ、面倒な事を言いやがって…。貴様は俺様を何だと思っているのだ」


 ディアナが言い終わる頃、クー・シーが起き上がって再び襲い掛かろうとしていた。

 彼女がそれに合わせて邪魔にならぬよう後退っていくと、後ろから現れて起き上がったルナと合流して隣り合う。


「なんだ? なにがはじまるってんでぇ? うんにゃ、もうはじまってんのか」


「これから実戦の光景を交えてヴィスが怪霊術のいろはを教えてくれるよ。ちゃんと見ていなさい」


「おー、カイレイじゅつ! …あのアイテみたことねぇけものだけど、ひょっとしてあれがカイレイじゅうってやつか」


 二人の会話の間にもクー・シーはヴィスの下へと迫っていた。

 ヴィスは逃げずに待ち構え、敢えて左腕を横にして差し出しクー・シーに噛みつかせてやる。

 しかしその牙はヴィスの硬い腕に歯形を付けたくらいで大した手傷も負わせられない。


「畜生にはこれが限界か、…全く拍子抜けだ!!」


 ヴィスは右手を素早くクー・シーの眼前に指し、容赦なく我霊射を見舞った。

 他の箇所ならまだしも眼球を直接狙われては一堪りもなく、クー・シーは両目から血涙を流しながら絶叫を上げた。


「怪霊術の基本は怪霊力を溜めて操ること。人も動物も、草木や大気も、全ての存在が霊力と呼ばれる命の力を持っている。それは魂の脂肪とも呼んで差し支えない。とにかく霊力は、その魂と身体を運用する動力――つまり、動かすための力なの。けど、これはあくまでも身体でだけ使える力。…これを見て」


 ヴィスとクー・シーの戦いなどそっちのけでディアナは見つけた砂地へとルナを引っ張り、その場にしゃがみ込み砂の山を作ると、何処からやら持ってきた半円形の木片を立てて砂の山に凭れかかせた。

 そして砂山から木片を通り越した少し先には小石を置く。


 ルナはキョロキョロとその砂山とヴィスとを見比べながら兎肉を頬張っている。

 そしてヴィスの方は面倒臭そうにクー・シーの口の奥へと勢い良く左手を突っ込み、再び我霊射を放って直接喉を焼いた。


 クー・シーの悲鳴が空前の灯火の如く掠れた。


「この木片から砂山側が身体だと考えてみて。この状態で石に砂を掛けようと思っても木片の壁が邪魔になるの。ただ、この砂山を押すことで木片を動かすことはできる。木片より内側に置いてある砂をそのまま掛けることができないとしたら、砂山を押すことで砂を石に掛けるにはどうすべきだと思う?」


「…ん~。…そっちのやまのすながつかえねぇんだろ? だったら、きくずのそとにすなをおいときゃ、やまできくずをおしてぶっかけられるんじゃねぇか?」


「そう、それが正解。木片の外に置く砂は何処かから持ってくるのでも、山から少し分けてもらうでもいい。今彼がやったのは山から砂を頂く方だね。…砂山の天辺から少し取って木片の外に置く。そして、砂山を押してあげると木片が押し出されて動く。更に外の砂が木片に押されることで、最終的にはこの通り、石に砂を掛けることができる」


 彼女は言いながら実際に砂を配置し、両手で山を押して見せた。

 木片の外側に置かれた砂が押し飛ばされてバサッと小石に掛かるのを見て、ルナは今一度ヴィスの腕と悶え苦しむクー・シーとを見つめた。


「この木片を押す側の砂が霊力。そして霊力が木片越しに突き飛ばしたこの砂が怪霊力。だから、怪霊力とはつまり霊力が何かをするために必要な出力型のエネルギーのことなの。そしてその怪霊力には基本的に霊力から汲み出したものがなる。こんな風に自分の霊力から怪霊力を作り出し、それを霊力で突き動かすものが我霊術(がれいじゅつ)と呼ばれる技だよ」


「エネルギーってわかんねぇから、ことばのせつめいじゃいまいちだったけど……でも、すなのおかげでちょっとわかったぜ! じゃあ、ヴィスがてからだしたピカピカがカイレイ(りょく)ってやつで、そのカイレイ(りょく)をだすやりかたってのがガレイじゅつってことなんだな」


「うん。我霊術の中にも色々な応用の仕方があって技が別れてるの。ヴィスがよくやってるあれが我霊射と言って、原理は今見せた砂を石に掛ける方法そのままだよ。生み出した怪霊力を腕に溜め、霊力で押し出す。ただ物を破壊するためのエネルギーを溜めて撃つ訳だから腕にも相当なダメージを受けるの。あんなに考え無しに撃つ技じゃない」


 ディアナの文句が聞こえてきてフンと鼻を鳴らしたヴィスは、弱々しく踞るクー・シーを踏みつけて足下に炎を発生させた。

 ディアナはそれを見て残念そうに目を細めると、「あぁ…、もう…」と溜め息をついた。


「ちょっと、僕の説明に合わせてって言ったでしょ! 我霊術を教えていきなり発霊術なんて教えられないじゃない!」


「今一度に教えてやる必要など無いだろうが。それにいつ俺様が貴様の教育をサポートしてやるなどと約束してやった? もうこいつも視力を失ってまともに戦えない。これを見せながら『実戦を踏まえて』などと言っても何ら説得力も無いだろう。元々の予定通り目的地に着いてから教えれば良かろうが」


「………わ、分かったよ…」


 やはりヴィスの言うことは一々妙な所で的を射ているのでディアナは狼狽え気味に了承して歩き出す。

 ディアナがいれば大丈夫と安心しきっているルナも兎肉を食い尽くして骨を捨てながらついてきた。


 ヴィスが二人の到着を待たず痣の付いた左腕をクー・シーに向ける中、「トドメ、僕が差してあげる」と言いながらディアナが長剣の一本に右手を掛ける。


 既に右腕の肌がボロボロに破れて血塗れになり、骨が悲鳴を上げている。

 左腕ももう一撃我霊射を放てば同じ有り様になる上、その一撃ではどう見てもクー・シーの息の根を止めるに至らないため、ヴィスもトドメは彼女に任せるべきだというのは理解していた。


 しかし彼はプライドの生き物だ。

 勝利の喜びを他者に譲ることなど絶対に己が許さなかった。


「ふざけるな。俺様の獲物だと言ったはずだ。手を出すな」


「そうは言っても、あなたじゃ封印のせいでトドメを差せないでしょ? 差せたとしても差すのに時間が掛かる。そのまま火で炙り続けたら僕達ずっとクー・シーの悲鳴を聞き続けなきゃいけないし…。決着を急ぐなら我霊射しかないけど、我霊射でクー・シーが死ぬ頃には、あなたの身体が使い物にならなくなっているだろうし…。何なら僕の剣を貸すけど」


「武器など心の弱い者が仮初めの自信を付けるための代物でしかない。俺様には不要だ」


「相変わらずめんどくさい人だね…。いいよ、瀕死になるまで待つよ」


 二人の会話の間もヴィスが操る炎に喉を燃やされているクー・シーはバタバタと手足を暴れさせて声無き叫びを上げていた。


 それを恐々と眺めていたルナは懸命な表情でヴィスを見つめ、


「も、もう、やるんならスパッとやっちまえよ! …なんかよぉ、こいつのこえきいてると…かわいそうになんだろ…?」


「可哀想だと? ハッ、馬鹿馬鹿しい…。寧ろ痛快だぜ。勇んで俺様に楯突いた者の末路など所詮はこの有り様だ」


 笑い飛ばし、更に火力を引き上げたヴィス。

 クー・シーは徐々に手足が覚束無くなり、不格好にビクリ、ビクリと跳ねるだけになった。


 ルナは半泣きになってディアナの服を摘まんだ。


「ディアナぁ~…」


「うっ………うーん…」


 彼女の小動物染みた行動に弱ったディアナは、悩んだ末に剣を振り上げた。

 しかし、妙なことにヴィスがそれを止めようとしていない。


 何故かと思いディアナがクー・シーの顔を覗き込むと、とっくに事切れてピクリとも動かなくなっていた。

 喉を炙る炎も消えている。


「俺様もまだまだ殺す気は無かったんだが、その気になる前にこいつが耐えかねたらしい。…フン、まぁ、お蔭で力を封じられる前に俺様の手で殺すことができたがな」


「……そう。まぁ、ご苦労様」


 ディアナもルナも釈然としない様子でクー・シーの死骸を眺めた。


 ヴィスは決着がつくとクー・シーから背を向けてその場に腰を下ろした。

 今まで自分の命を繋ぐために――食うために殺してきたルナは、ヴィスの行動が理解できず振り返って騒ぎ始めた。


「ちょ、ちょっとまてよ! なんでくわねぇんだ!? くうためにぶっころしたんじゃねぇなら、いったいなにがしたかったんでい!?」


「あぁ? 殺すことに理由など無い。強いて目的と言うなら、相手の完全なる否定とそれに付随する俺様の存在証明…則ち敵を死に至らしめることそのものが俺様の目的だ」


「ふ、ふざけんない! それじゃあこいつもてめえのたのしみのためにころされたってぇのか!? そんだけのためにいのちをむだにしやがったのか!? ディアナのねえちゃんもニンゲンたちも、みんなみんなそれだけでころしてきたってぇのか!?」


 怒鳴って殴り掛かろうとしているルナの肩にディアナが手を置く。

 怒りの形相のルナにディアナは黙って首を振る。


「もしあのまま戦っていなければヴィスが死んでいたの。あなたが地下にいた時は弱い動物しか餌に使われていなかったでしょうけど、この地上では力を持った者同士が互いに命を守るために死ぬ気で殺し合っている。僕だって何度も殺されそうになって、何度も敵を殺してきた。あなたはこれからそんな世界で自分の命を守っていかないといけないの。相手の命を慮ってなんかいられない」


「……そ、そうはいうけどよぉ…。でも、なくなったいのちはどうなるんでぇ。だれかがくってやんないとむだになっちまうよ…」


「…そう、だね。命を無駄にしない心持ちは大切だよ。でも、大勢の敵を前にした時は一つ一つの命に礼儀を払っている暇もないんだ。僕はルナに死んでもらいたくないから、例え食欲が無い時であっても殺すべき敵は必ず殺して、余裕が無ければ食べたり弔ったりもしないようにお願いするよ」


 ルナは怒りを引っ込めると続いて思い詰めた表情になる。

 そうして俯くルナを他所に、ヴィスはフンと鼻で笑った。


「貴様ら雑魚共の理屈を俺様にまで押しつけるな。俺は生まれて一度たりとも死の恐怖を感じたことは無い。飯を食わなければ生きられんような軟弱な身体でもない。俺様にとって殺しは生活や防衛などではなく、ただの趣味だ。致し方無く行うようなものでは断じてない」


「…あなた、何を思うのも勝手だけど空気くらい読めた方がいいよ。話がややこしくなるでしょ」


「それも俺には関係の無いことだ」


 傍若無人なヴィスの姿勢にまた深く溜め息をつくディアナだったが、その意識はポツリと吐き出された後悔のような声に引き戻される。

 そこでルナがクー・シーの焼け焦げた喉を見つめていた。


「オレっちがくってきたやつらもみんな、いっしょうけんめいにげてた。オレっち、かけっこのつもりでおっかけてたけど、あいつらみんなひっしだったんだな。…こわかったんだろうな」


「…そうだね。でも、あなた一人が生きるために命を奪うことに責任を感じる必要は無いの。その動物達だって野生にいた時は、より弱い生き物や草木を食べていたんだから。もし責任を感じたいのなら、全ての生き物が必死に生きているのと同じように、あなたもその土俵で精一杯生きなさい。そして、殺生の折には最大限の敬意を払うこと…これも忘れてはいけないことだよ」


「うん、わかった。…じゃあ、このいぬ、オレっちくうよ! おいてちゃむだにしちまうからな!」


 そう言ってスッキリした顔になると、ルナはクー・シーの傍に跪いて毛皮を裂き、肉に囓りつき始めた。

 ディアナは暫し物思いに耽るとルナの隣にしゃがんで合掌し、「…いただきます」と重々しく祈って脚を一本斬り落とした。


 そして手の平に火を発生させ、それを宙に浮かせていると、それを見たルナがパッと振り返る。


「あ、そーいやよ、ガレイじゅつとカイレイじゅつってけっきょくなにがちげぇんだ? ガレイじゅつのことしかおしえてもらえなかったぞ?」


「え?」


 ルナは血だらけになった口元をそのままに訊ね、ディアナは取った脚を火に炙りながら顔を合わせた。

 そうして少しの間きょとんとしていたディアナだったが、思い返していく内に苦い顔になっていく。


「…あぁっ、ごめんなさい! そうだよね、我霊術しか話してなかったよね。うっかりしてた。…怪霊術というのはその名前通り、怪霊力を扱う技法の全般を指して呼ぶ名前なの。つまり、怪霊術の内の一つが我霊術ということになる」


 疑問が氷解するとルナは大きく頷いて笑ったが、すぐそれがまたややこしい話になっていると気付いて苦笑いを浮かべた。

 ヴィスは無言のまま二人の会話に聞き耳を立てて暇を潰した。


「『カイレイじゅつ』のなかの一つが『ガレイじゅつ』……『ガレイじゅつ』のなかの一つがガレイシャかぁ…。たくさんあってめまいしちまいそうだな。……()()()()()()()()()()、ってこたぁ、ガレイじゅつのほかにもまだカイレイじゅつのなかまがいんのか? その、てからひぃふいたりするのや、シンセンさまがカガミだしたのもカイレイじゅつなのか?」


「そうだよ。怪霊術は、『我霊術(がれいじゅつ)』、『変霊術(へんれいじゅつ)』、『発霊術(はつれいじゅつ)』、『操霊術(そうれいじゅつ)』の四つからなるの。学術書ではこれら四つを指して、四怪霊術とも呼ばれているね。僕が手の平に火を出したのは発霊術、その火をこうして操っているのは操霊術を使ってるんだ。まぁそれは我霊術と変霊術がものにできてからの話になるから、詳しくはその時にするよ」


「…むー…あたまがこんがらがってきたけど、とりあえずいまはガレイじゅつだけわかってりゃいいんだな! がってんでい!」


 ルナはそう結論してコクコク頷くと、片手で肉を千切って口に運びながらもう片方の腕を伸ばして「がれいしゃー」とヴィスの動きの真似をしてみる。

 それにフフッと笑ったディアナは、焼けた肉を息で冷ましながら口を小さく開けてチマチマと囓りつく。


「でも、今のままじゃルナは怪霊術使えないよ。使えるようになるために通過儀礼があるの」


「つうかぎれー? なんでぇそれ」


「多くの人が挫ける最大の難所だよ。下手をすれば死ぬから、覚悟はしてね」


「しっ…、……お、おう…」


 思わぬ所から不吉な言葉が襲ったので、どぎまぎしているのを誤魔化すためにルナは食べる勢いを増した。


 急に静かになって素早く食べ進めたのでついディアナも元気付けようとしてしまうが、そうはいかない。

 今後彼女に襲い掛かる試練には、甘さがあってはならないのだ。


 その内クー・シーの亡骸は毛皮と内臓と骨だけになる。

 ディアナは少し食べただけで腹が膨れていたが、ルナは命を無駄にしないという意地一つで殆ど食べてしまった。


 しかし、流石に食べ過ぎて立ち上がるのも気持ちが悪いという体調だった。


「ちょ、ちょいと休憩していかねぇか? これじゃああるけねぇよ」


「…休憩時間は残り五分も無いね。頑張って」


「ふぇぇ…」


 懐中時計を突きつけるディアナに半泣きのルナ。

 ヴィスは立ち上がってさっさと歩き出す準備を始めていた。


 また、ディアナは全身にパチパチと放電を煌めかせて素手で地面を掘り出している。


「まったくよぉ、ヴィス、てめえもくってくれりゃオレっちこんなはらにならなかったんだぜー」


「さっき言っただろうが。俺様は何も食わずに生きられる。食事などしたことがない」


「て、てめぇずっこいぞなんか! くわなくてもいきられるなんて…。…あ、でも、それでうまいめしもくえねぇってんじゃあつれえなぁ…」


 会話の後、腹を擦りながら渋々立ち上がったルナは、掘った穴にクー・シーの亡骸を放って土を被せていくディアナを見つめて「なにしてんでぇ?」と訊ねた。


 ディアナは埋め尽くして手を払いながら立つと再び合掌して目を瞑りながら答える。


「埋葬。たまには怪霊獣でも弔ってあげようかと思って」


「とむら……ってなんだ?」


「弔い。死んだ者が安らかにあの世へ行けるように祈る儀式だよ」


「あのよ…あぁ、てんごくとかってやつだな! へぇ、いいなそれ。てぇあわせればいいのか?」


 ディアナが頷きその場を離れていくと、代わってルナが手を合わせて、盛り上がった土に向かって深々と頭を下げる。


 そしてディアナは流れるような所作でリュックの中の箱を手早く開け、緊箍蛇を取り出し、恐るべき早業でヴィスの両手を取って拘束を済ませた。


「なッ…!? またこれか!?」


「次に外してあげる時まで暴れないでいられたら今度こそ卒業させてあげるよ。もう数日の辛抱」


「数日も耐え忍べだと…。貴様、いつか必ず今日のクー・シーより凄絶な死をくれてやるからな…」


「…やっぱり数ヵ月は様子を見た方がいいか」


 ヴィスは苦々しく舌打ちし、もう喋らなかった。

 ルナが拝み終えて駆け寄ると一行は足並みを揃えて歩き出し、食後の重たい身体に鞭打って再び草原を突き進む。


 その後、空が夜闇に包まれるまで、ルナは幾度となく屍を想い来た道を振り返った。

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