八ノ業 駆け出し師匠はお世話好き、ルナって実は天才児…?
「ディアナが…、オレっちのおっしょーさま?」
こてんと首を傾けたルナだったが、然程困惑した風ではなかった。
彼女は師匠という言葉に馴染みはないが、神仙を慕うディアナの姿とその言葉を照らし合わせればそのニュアンスは理解できた。
そしてルナは、ディアナが師匠となることに大して抵抗も持たなかったのだ。
…しかし、ディアナはそうはいかない。
ただ世話を焼くだけなら喜んでするが、『修業をつける』という立場となれば大きな責任が伴うと彼女は考えていた。
「…お師匠様、流石に僕にはとても…」
「うん? そうか? お前さんなら立派に鍛え上げられると思うがなぁ」
ディアナは自分の甘さを理解している。
まして、相手がルナともなれば冷酷に徹することは難しくなるだろう。
だからこそ、無理、などと神仙に弱音を吐きたくもなってしまったのだ。
…とはいえ、自分の我が儘を通せる状況でないことも彼女にはよく分かっている。
「…そうですね。承知しました。どこまでやれるか分かりませんが、とりあえず初歩の学習と基礎能力の強化までこちらで行っておきます」
「すまんな、頼むぞ」
相変わらずこう云った時に聞き分けが良いディアナに神仙は少し心配そうな儚い笑みを浮かべたが、当のディアナは気持ちを切り替えてルナの前へと進んでいった。
そうして二人が正面を向き合い、丸い目で見上げてくるルナに対して深呼吸で精神を統一したディアナが声を低く作った。
「神仙様はご多忙だから、代わって僕がルナに修業をつける。今日から僕があなたの先生だよ」
「せんせい……あ、おっしょーさまのことか? しゅぎょーってなんでぇ? シンセンさまのかわりってこたぁ……レイリョクとかカイレイリョクとかのことをディアナがおしえてくれるってことか?」
「あ、うん。教える人のことを先生とか師匠って呼ぶの。…えっと、まず、神仙様から聞かせる予定だった話を僕が教える。それから、今度はルナが実際に技を使えるように教えてあげたり、身体を強くしてあげたりするの。…一つだけお願いしたいのが、これからは優しくするだけじゃなくて、時には厳しいことを言うこともあるとは思うけど、ただ不貞腐れたり文句を言うだけで終わらずにあなた自身が賢くなるために深く考える癖を身に付けて欲しいの。あなたが自分で分かろう、理解しようと思ってくれないと、僕も上手に教えてあげられないから」
「うーん、そっかぁ…。…うん、だいじょうぶでい! オレっち、わかんねぇことはちゃんときくし、ものおぼえもいいんだ! それに、ディアナやさしいからちょこっとやなこといったってきにしねぇよ! これからよろしくなっ!」
ルナの率直で元気な返事にディアナも思わず微笑み返すが、厳しくしなくてはとキリッと表情を戻す。
そうして「ええ、よろしく」と素っ気なく返すと、ルナはピリピリした空気に困惑して「お、おう!」と気合いの入った声を上げた。
「…ふむ、なるほどのぉ…。この子にはまず一般常識から教えなければならんのか。それは確かに骨が折れそうじゃ」
そう言ってうむうむと頷いている神仙に、「あ、いえ、それはいいんですけど…」とディアナが首を振る。
しかし、神仙もルナの常識の無さが面倒だから渋った訳では無いことは分かっているのでカッカッカッと笑って答えた。
「分かっておる。お前さんの不安は教育者の皆が通るもんじゃ。今のお前さん、師匠というよりはまるで初子に戸惑う母親のようじゃぞ。まずは謙虚な気持ちでその子と向き合うところから始めれば良いのではないかの?」
「は、はい。心に留めておきます…」
「それと、その子の師匠である前に仲間であることも忘れてはならんぞ。信頼し、信頼されてこそじゃ。ルナさんとしっかりやっていけ」
年の功を思わせる言葉を投げ掛けた神仙はポンポンとディアナの肩を叩き、そうしてルナの前へと進む。
ディアナは彼が投げ掛けた言葉を噛み締めてからそっと手の箱を鎖を解いて開け放ち、体内の怪霊力を発散してからヴィスの両腕を揃えさせた。
「それにしてもこんな可愛らしいお嬢さんがあの外道なプロジェクトの申し子とはな」
顎に手を当てて唸っている神仙に暫くきょとんと首を傾げていたルナは、周りを見回してから自分を指差して驚いた。
「か、かわいいって、オレっちがか!?」
「そりゃそうじゃ。…と、そうか。地下フロアに鏡なぞ無かったか。ほれ、こいつをご覧よ」
神仙はそう言って手を突き出し、その手から水を放出した。
現れた水は宙に浮いて寄り集まり、ルナの背丈に合わせた長方形の平面に変わる。
そしてその表面がゆらゆらと動き、「ちょっと待っとれよ…」と声が掛かって数秒後、狐耳の愛らしい少女がそこに映し出された。
「…す、すげえ! みずがでたとおもったらエレェうっつくなねえちゃんまででてきたぞ! しかも、ペール・ルナールでい! オレっちのほかにもまだいきてたんだな!」
「ほほ、いやいやそうではない。水ってものは光の具合でこんな風に前にあるものを映すんじゃ。つまり、今お前さんが水の中に見ているその美しい娘が、他の者から見たお前さんの姿な訳じゃよ」
「え…、オ、オレっち…?」
言われて、ルナはペタペタと頬や頭に触れてみる。
耳をピクリと動かしてみる。
口を大きく開けてみたり、歩いて水壁の後ろを覗いたりしてみる。
そうして、水の鏡というものを理解すると同時に、初めて知った自分の顔に驚愕し頬を染めた。
「こ、こいつがオレっちかっ? ホントに? …こ、これがオレっちでいいのか…?」
「良いも悪いも、それがお前さんじゃよ。もう幾年も経てばそりゃあもうべっぴんさんになるに違いないぞ。自信を持っていいぞ」
神仙はにっこりと笑って頷いた。
ルナは自分の顔をじっと見つめて、瞳や唇の色など細かい外見を観察する。
そうして、身体全体の様子を見渡すと、可愛らしい洋服とそれを着ている自分を客観視してボッと顔を熱くさせた。
「ディ、ディアナ! ディアナ!」
「え? な、なに?」
不意に呼ばれたディアナは箱から取り出した黒く硬直した蛇をヴィスの両腕に纏めて巻き付けながら振り返った。
そして、真面目に話を聞くために早く終わらせようと急いで蛇に怪霊力を流し込んでから立ち上がった。
蛇は鱗の下を炎のように赤く光らせて太くなると、自分の尾を呑み込んでヴィスの腕を隙間なく縛るように形を変化させた。
「オ、オレっち、もうこのふくいいよ! オレっちにゃあにあわねぇ、こっぱずかしい! ヴィスみてぇなふくをきさせてくれぇ!」
「そう…? かわいいと思うけど…。まぁその格好では戦えないから元々明日からは男物の服を着るように勧める気だったし、後で着替えるといいよ」
「じゃ、じゃあいそごうぜっ! はやくはやく! …そ、それとシンセンさまも、ガガミやめてくれ! はずかしくてみたかねぇよ!」
「はっはっは、そうか!」
かわいいのに…、と少し残念そうなディアナとは別に神仙は水壁を蒸気に変えて霧散させた。
そしてルナは彼女を急かすようにパタパタと駆け出し、出入口の方へ少し進んでから振り返って待った。
ディアナが箱を鎖で閉じてヴィスを背負い、神仙に別れの挨拶を切り出そうと「じゃあ――」と振り向くと、丁度そこへ神仙が話し掛けていた。
「にしてもディアナ、お前さん一体どうしたんじゃ?」
ディアナはきょとんと固まって頭を回転させるが何も心当たりが無く、「はぁ…? 何がでしょうか?」と首を傾げて訊き返した。
神仙は惚けるなというように目を細めた。
「何って、口調じゃよ…口調。何だか変なことになっとる。普通にしておった方がいいんじゃないか。娘っ子が自分のことを『僕』なんぞと言い出しおって…」
「…あぁ」
彼女は納得するとそう声を漏らして微かに笑った。
彼女には二人の師がいたが、その最初の師が神仙だった。
彼の下で姉と修業し、封印師と戦士に道を分かたれたことで彼女は剣聖の下での修業を始めることとなったのだ。
だから、彼は戦士として決意を固める前の彼女しか知らないのだった。
「………いいんですよ。僕は。これで」
ディアナの声は少し寂しげで、しかし頑なな意思を帯びていた。
「……いやぁ、でも…お前さん…」
と、神仙はそう手を伸ばしてから言葉を失う。
ディアナはそれに冷たい笑みを返すと、ルナが待つ方を向いて黄昏た。
「…いいんです」
再び、決意を改めるようにはっきりと告げた。
ディアナの視線の先ではルナが両手でスカートを握り締めて顔を赤らめたままソワソワしている。
女らしい格好の自分というものに慣れていない彼女はその羞恥に耐えかねていた。
…すると、ふとした拍子に彼女の顔から赤みが消え、動きが止まる。
今度は何かを探すように辺りを見て別の意味でソワソワし始めたようだった。
そして人々の作業スペースから少し離れたところまで歩いていくと、唐突にそこにしゃがみ込んでモタモタとペティコードを捲し上げようとしていた。
…直感的にゾッとして、真剣な決意に険しい顔をしていたディアナはその表情を崩し大慌てで駆け出していった。
「ちょっ、ちょっ…ちょっと! 待って何してるの何してるのルナ!?」
「え? だってこんなヒラヒラしたもんつけたまんまベンやったら、うらっかわにひっかけちまってあとでかゆくなっちまうぞ」
「そ、そうじゃなくて、案内するからトイレ行くなら行って! 普通の人は床にしたりしないの!」
パチクリと目を瞬いているルナを引っ張って走りながら「お師匠様失礼します!」と叫んでいくディアナを神仙は頭を掻いて見送った。
作業中だった人々はルナの奇行染みた行動に度肝を抜かれて茫然と二人を見つめていた。
「といれってなぁベンのことか? にんげんってなぁベンするとこまできまってんのかぁ?」
難解そうに大声で訊ねながら引っ張られていくルナ。
その非常識な問答は出入口の外へ出てもくぐもって聞こえた。
神仙は一仕事終わったような大きな溜め息と苦笑いを伴って持ち場の椅子へと戻っていった。
「…猛獣宛らの怪霊王に、牢屋暮らしの野生児に、傷心に病んだ小娘、か…」
前途多難な面々に、どうなることやらと不安を覚える神仙。
ルナの境遇にも思うところのある彼だが、何よりも手塩に掛けた元弟子の豹変にこそ心配が募っていた。
「姉の死の運命に自らも捩曲げられたか。無理もないことじゃがなぁ」
それはディアナという娘の性格をよく知る彼にとって、容易に想像できる変遷だった。
だからこそ明確に、彼女の中に生まれた不穏を感じ取ったのだ。
「はてさて、どうなるやらな…」
※※※※※※※※※※※
――三者出発より二日目、ラティナ帝国首都パロより北東一二〇キロメートル地点にて。
「ディアナぁ~…オ、オレっち…もー…ムリだぁ~…。きゅうけいしようぜぇ~…なぁ~…」
「…あと一時間だね」
「ひぇ~…」
首から下げた懐中時計を開いて見せたディアナに、並び歩くルナが涙目で項垂れる。
額から伝った汗が涙と混ざって更に下へと流れていった。
ディアナは帝国滞在時と同じ脚の稼働を妨げない短いコルセットスカート姿の上に青光りする板金鎧を身に付け、左腰に二本差しの片刃剣とポーチを提げる。
また、背中には大量の仙活湯小瓶と例の箱を緩衝材と一緒に詰めたリュックを背負っている。
この中で誰よりも重労働なのは明らかにディアナだった。
ルナは赤いチュニックに黒いズボンとレザーブーツという、ヴィスが与えられてから変わらず着ている物とお揃いの格好で歩いていた。
ズボンの尻には穴を開け、そこを通して飛び出した尻尾がしょんぼりとぶら下がっている。
地下では獲物を取る以外で運動をしていなかったため、体力が上手く持続しないというネックと格闘する旅路となった。
そうして二人が仲良く隣り合ってスタスタと歩いている後ろで、ディアナに鎖で引き摺られるようにして嫌々歩くヴィスが恨めしい視線を彼女の背に向けていた。
「…この俺様によくもこんな仕打ちを…」
「そうでもしないとあなたが暴れるからでしょ」
「暴れんと言ってるだろうがッ!!」
「ほら、喚かない。そんな態度でいる内は拘束したままだよ」
ヴィスは舌を打ってグッと腕に巻き付けられた鎖を引っ張って抵抗を仕掛けたが、即座に見抜いたディアナが肉体に放電を起こし、結果ビクとも動かなかった。
そしてヴィスにはもう反抗の術が無くなった。
それがただの鉄枷ならばヴィスはとっくに破壊して自由の身となっていたであろうが、尾を呑む黒蛇に両腕を拘束されたヴィスは、怪霊力を溜めることすら満足に出来ない状態だった。
彼は忌々しそうに無機質な蛇を見つめた。
「大体なんなのだこいつは…。ただの鉄ではないな?」
「鉄じゃないどころか、それ、生き物だよ。『緊箍蛇』とか『ウロボロスの枷』とか、色々呼び名はあるけど、要は触れた者の怪霊力を吸収して硬度を増す蛇だよ。一度の吸収量は百前後。封印されたあなたの怪霊領域で瞬間的に放てる量は精々十程度しかないから、怪霊術も使えない。…一先ずあなたは拘束を解くことより、自分を見つめ直すことを優先しなさい。それが近道だよ。幸いあなたは霊力量の莫大さが助けて殆ど疲れないんだから」
折角のアドバイスにも「偉そうに…」と文句を垂れるヴィスにディアナは冷めた顔をしたが、その隣で空を見上げながら両手で指折り計算をしているルナを見てまた少し微笑んだ。
「じゅう……十……ヒャク…。……ヒャクは、十が十コだろ?」
「そうだよ。よくできたね、偉いね」
「えっへっへ…。そいからよぉ、タンイもおぼえてるぜ! けものが一ピキ、とりが一ワ、ボウとかイトとかのほそなげぇもんが一ポン、ひらべったいもんが一マイ…」
「うん。休憩中、何度も地面に書いて覚えたんだもんね。偉い偉い!」
手放しに褒められて頬を赤くしてはにかんだルナは、まだまだ褒められたいので空を指差した。
ディアナは今度は何を言うのかと少し楽しく思って見上げた。
「あのでっけぇでっけぇテンジョウがソラっていって、ぷかぷかういてんのがクモで、あのピカピカしてあついやつがタイヨウ! タイヨウがでてるひがハレで、クモがソラおおってたらクモリで、たま~にクモが水だしたりするのがアメ!」
「やかましい、はしゃぐな糞餓鬼」
全てが癪に障るヴィスはルナの甲高い騒ぎ声に冷たく言い放った。
ディアナはシラッとヴィスを睨み付けると、彼の発言など無かったかのように「頑張って覚えたね」とルナに笑い掛けた。
「ルナは初めて空の下に出てきて驚きでいっぱいでしょ? 僕に何でも訊いて。全部に答えられる訳でもないけど、道中の会話の種になるよ」
「う、うん…。じゃ、じゃあ、アメってどんなかんじなんだ? すっげぇたけぇとこからおちてくるんなら、やっぱあたるといてぇのか?」
「あぁ…。ううん、全然痛くなんてないよ。夕立の頃に降ると雨粒が大きくて少し痛いこともあるけど…。でも、確かにどうしてなんでしょうね…」
またそうして仲良く二人が話し合い始めると、その後ろでヴィスがフンと嘲るように鼻を鳴らした。
そうして暫く歩き時間が経つと、ディアナの懐中時計を覗いて「あっと五フン♪ あっと五フン♪」とルナが上機嫌に口ずさみ始めた。
「あら、いつの間に時計まで読めるようになったの?」
「あんまりよくわかっちゃいねぇけど、ハリがうごいてんだろ? 一カイまわったら一ジカン、はんぶんまわって三十プンなら、あと五フンってこったろ」
「へえ~、凄い…。ルナって本当に頭がいいね。少し足し引き算のことを教えただけでもう応用できるなんて…」
今度はディアナも驚きのことだった。
ルナは彼女がその反応を示して頭を撫でてくると大喜びし、歩く調子が弾むようになりいつしかスキップになっていた。
「…普通のことをしただけで一々褒めるな。おい餓鬼、一時間に一二六人のペースで殺したら四時間で何人殺せる? 五分で答えてみろ」
「へっ? な、なんでてめえのしつもんにオレっちがこたえるんでぇ…。……えっと、…一二六人が…四ジカンで……」
後ろから水を差してきたヴィスの問いに反発しつつも真面目に考え始めたルナに、ディアナは優しく微笑み、それからヴィスに対しては羽虫を払うような目付きで振り返る。
「解ける訳ないじゃない。馬鹿なの? ルナはずっと地下にいて人語すら杜撰な教育しか受けなかったんだよ。それがたったこれだけの期間でいろんなものを吸収していってるんだから十分凄いことだよ。それに小さなことだって褒めることは大切なことなんだよ、自分が何をして上手くできたのかを理解するために。…大体あなたね、『何人殺せるか』って教育に悪過ぎるでしょ。もう少しまともな例えが思い付かなかったの?」
「いつにも増してうるさいぞ女。貴様がくだらんことに時間を掛けているから手を貸してやったんだ。感謝しろクズ」
「…ほんっとうに口が悪い…」
そうしてヴィスとディアナが睨み合っている間もルナは両手を使って指折り計算を続け、最後に四と一の手を作ってから顔を上げて「五〇四だ」と口を開いた。
「あぁ?」
「え?」
彼らが不意を突かれて共に顔を向けると、ルナは数えた指のまま手を差し出して見せ、もう一度答えを告げる。
「一二六が四つで五〇四だ。オレっち、ゆびとあたまでかぞえたんだ。そしたら五〇四だった」
そしてディアナとヴィスは同時に視線を右上に向けながら少し考え、「…あってるよね?」と彼女から彼に確認した。
「…うむ、…あっているな」
両者とも信じられないといった顔で改めてルナを見つめ、当のルナはその視線に居心地が悪そうに身動ぎした。
「な、なんでぇ。あってんならいいだろっ? それよりトケイみろよ、ちょうどキュウケイジカンになったぜ! すわって一ジカンやすもうぜ!」
先んじてルナがドカッと座り込むと、戸惑い気味にディアナもその隣に座り、少し離れた場所にヴィスが胡座をかいた。
そしてディアナが先程の事もあって興味深くルナの様子を観察していると、緊箍蛇を膝にゲシゲシと叩きつけながらヴィスが口を開く。
「地下で余程頭を使わなかったのだろう。その分容量に余裕があるのだ。…そんなことよりも、俺様はこの移動に何の意味があるのか訊きたい。貴様が俺に依頼したのは怪霊衆の場所への案内だろう。そのための旅だったはずだ。封印を解かせる契約でわざわざ貴様への怒りを忍んで地図に書き足してやったというのに、何故貴様らさっさとメデューサの基地へと殴り込まんのだ」
ルナの頭脳への解釈を雑に済ませて彼は本題に入った。
今向かっているのは北東方向であるが、彼がメデューサの基地だとして地図に示したのはここから南西の大陸――つまり真逆の方角だった。
貴様らなどに勝てるわけがない、精々健闘してこの俺様の封印を解いてみせろ薄ノロ共め、と怒鳴り散らした彼としては実に収まりのつかない事態だった。
「散々言ったでしょ。近場でルナの修業をつけるのに適した場所がこっちにあるからだと」
「だから何故この俺様までついていかねばならん。そんな義理はない」
「あなた一人で首都に残って何するの。あなた、僕の傍を離れたらこれよりもっと手酷い目を見ることを理解した方がいいよ」
そうしてあっさり反論したディアナはすぐにルナの手を引き、立ち上がって眼を合わせた。
ヴィスはその対応にまた舌を打つ。
「休憩前に食べ物を取るのを忘れたね。少し行ってリスでも狩ろう」
「おお。…まいどまいどキュウケイのたびにめしくうよな」
「霊力を上げるにはこの方が効率がいいの。歩いて体力も減るしこれに慣れてね」
「まだレイリョクはおそわってねぇからわかんねぇけど、がってんだぜ」
そうして二人で食料取りに向かいかけたが、ふと思い出したディアナがヴィスの方へと右手を指し、その手先から鎖へと放電した。
鎖はそれを受けるとふわりと浮かんで形が崩れ、ヴィスが逃げる暇も無く彼の片足を地面に括り付けた。
なッ、と焦って声を上げたヴィスだったが二股の杭となった鉄は地面の奥深くまで潜り込んでおりピクリとも持ち上がらない。
「おい女貴様ぁッ!」
「逃げないようにだよ。すぐ戻るからそこにいなさい」
「おい待て! 待て貴様この野郎ぉッ!!」
無視してスタスタ歩いていくディアナの後ろを「口わりぃなぁ…」とケラケラ笑ってルナも歩いていく。
そうして二人の姿は草原の先へと消えていった。
…この蛇がいなければ、と手首を見つめて歯をギリギリと鳴らしながら怒りに震えて二人を待つ。
暫くして、カサッと草むらを掻き分けるような音がする。
ヴィスは二人が帰ったと思い振り返って怒鳴り付けた。
「おい貴様らぁッ!! 一体どれだけ俺様を待たせるんだ! さっさとこの鉄杭と蛇を――」
しかし、そこにいたのは牛ほどの背丈に肥大した暗緑色の犬の妖精、クー・シーだった。
クー・シーはガルル…と牙を向いて唸り明確な敵意を彼へと向けていた。
元の力ならともかく、今となっては野良の怪霊獣ですら彼には脅威だ。
一刻も早く逃げなければならなかったが、彼は足も腕も拘束され一切の身動きが許されなかった。
そしてクー・シーは突風で草むらを吹き荒らし毛を逆立てながら音も無く滑るように彼の下へと襲い掛かった。
ヴィス(封印解放度0.00002%)
握力1t
パンチ力2.8t
キック力6.8t
耐久度1680
走力68m/s
霊力99,999,999
怪霊領域18
回復力2
術: 我霊閃、我霊射、霊玉操、読霊、操霊、発霊
クー・シー
腕力2t
キック力10t
咬合力5t
耐久度1400
走力260m/s
霊力1350
怪霊領域1350
回復力3
術:我霊閃、操霊




