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2020/04/07:おかしい文章の加筆と誤字修正
エリザベス宛の手紙を書いたり、ギヨームが書き上げた手紙に魔力を注いでツバメ便にした後、妙に寝付けないまま、俺はまんじりともせずにベッドの上で右を向いたり左を向いたりしながら、何とか眠ろうとした。
そのせいかちょっと嫌な夢を見た俺は真夜中に飛び上がるように起きてしまい、イルマに手助けして貰ってもう一度寝たものの、所謂二度寝になったのか頭がずしりと重く感じた。身体を動かしてもべっとりとした寝汗が不快で、冴えない頭でどうしたものかと考えていたら、リリエンヌがよく絞った温かいタオルを持って来てくれた。
言われるがままに身体を拭いて貰うと、さっぱりとした心地よさから自然とお礼を言った。
「ありがとう、リリ」
「いえ、それほどの事ではございません」
そのまま寝間着から普段使いのドレスへ着替えるのを手伝って貰う。準備された下着を身に付けると、すまなそうな顔をした別の侍女がコルセットを持って待っていた。
―――んぐっ。
さすがにね、一年以上身に付けるとね、多少はきつくても身体が順応しているから楽になった気がする。そう、気がするだけできつい物はきつい。最初の頃のように声を挙げなくなっただけでも良しとしよう。
そのままリリエンヌの誘導に合わせてドレスを着付けていく。日ごとに深まっていく秋を感じさせる落ち着いた濃い茶色の生地の上に明るい黄土色の薄手の生地が重ねられていて、結構大人っぽい雰囲気のあるドレスだった。
ただし、リジューの貴色である若草色がポイント使いされているので、ちょっとカモフラージュっぽいとも思ってしまった。
「マダム・ダルボワの新作だそうです。昨日領主夫人より到着したと別邸の者から聞いております」
にこやかな表情を浮かべたリリエンヌが言うのを聞きながら一回りターンをすると、リリエンヌだけじゃなく他の侍女も口々に良く似合っていると褒めてくれた。あまりに直球で褒められると流石に照れしまう。外身は金髪の美少女でも、中身は二十八のおっさ……お兄さんなんだから、背腸を抜かれるように寒気が走る。
昨晩エリザベスに速達の魔道具で報告と相談の手紙を送った。その返事も到着していて、ギヨームの指示を全面的に肯定しながら、ラ・ロングヴィル伯爵夫人に連絡しておくので今日は大人しく静養しているようにと注意が書かれていた。その他にも学院に戻ってからの諸注意が細々とかかれていて、心配して貰って嬉しい以上に、そんなに頼りないかなと自信が萎んでいくのを感じた。
ドレスが似合うと褒められれば簡単に取り戻せる程度の自信だが、夏休み明けから色々と巻き込まれて衝撃を受けたり苦心する事ばかりだったから、正直に言うと昨日の夜も自覚していないストレスがあったのかも知れない。
「お嬢様、朝食のご用意が整いました。領主様もお待ちです」
イルマが呼びに来たのを合図に俺達は小ホールへ移動を始めた。
ふと自然にリリエンヌに微笑みかけると、彼女も嬉しそうに微笑み返してくれた。警戒はするけど、別にギスギスしたい訳じゃない。この辺りのバランスをもっと意識しないといけないな。
「おはよう! アリシア! よく眠れたかな?」
小ホールに入るとギヨームは両腕を広げて朝の挨拶をしてきた。
「お父様? どうなさったのです?」
こんなギヨーム見た事無くて、驚きのあまり立ち尽くしているとイルマが耳打ちしてくれた。
……殆ど寝てないんだってさ。徹夜明けのハイな状態か。なるほど、あの頃は俺もこうだったのか思うと安易に責める気になれなかった。
微妙なテンションのギヨームと一緒に朝食を始める。お客さんが居ない時の、オート麦のミルク粥にソーセージやハムを焼いたものとチーズが何種類かという、この世界基準で極一般的な貴族の朝食だ。年がら年中フルコースじゃないだけ、かなり胃腸に優しい。
最初の頃は独特の臭いに驚いた俺に、エリザベスが「アリシアはあまり好きではないものね」と言って砂糖や蜂蜜を入れてもいいと言ってくれたけど、食べ慣れてくると糖分を控えたくなるのは性かもしれない。少し経った頃、甘くしない派の俺とギヨームに対して甘くしたい派のエリザベスとカミーユで丁度良いバランスに分かれている。もちろんギヨームは「アリシアの好みは私に似たのかもしれない」と言って一人で喜んでいた。
よく眠れたかと聞いてきたギヨームに、そもそも寝たんですかと問い返したりしながら朝食を進めていると、珍しくコトリと音を立ててスプーンを置いたギヨームが話し始めた。
「エリーからの返事は確認したかい?」
届いている事は把握しているのか。そりゃそうだよな、速達の魔道具って明るい緑色に光って飛ぶヒバリだから、単純に目立つもんな。
コクリと頷いてエリザベスの返信内容を話すと、ギヨームは忙しくなく頷いてみたり目を見開いてみたりしながら聞いていた。こんなに表情豊かな人だったかなと思っていると、コーヒーの入ったカップをぐいっと煽ったギヨームは、人好きのする笑い顔を俺に向けて言った。
「エリーの言う通り、大人しく静養している方が良いのだが、学院でも追い立てられるようにお茶会をこなしていたのだろう? そういう時には、多少の気分転換も必要だろう」
いたずらを仕掛ける少年のような目をしてそう言ったギヨームの顔を見返すと、興が乗ったのかウィンクしてきた。うん、ギヨームさん似合っていません。
それからエドモンとイルマの顔を窺うと、二人とも困り顔ながら俺に慈しむような視線を送っていた。
―――そうか、これは労わってくれているんだ。
イルマとリリエンヌは直接間接織り交ぜて、俺に何があったかを知っているし、それを主人や上司に報告しないはずがない。エリザベスが大人しくしていて欲しいと願う心情を理解しつつも、小さい頃からお転婆で自由奔放なアリシアが淑女として頑張っているのは相当な努力と共にストレスを感じているだろうと配慮してくれているんだろう。
そうだな、ここに居ても流行しているという本を読むか刺繍をするくらいだ。それで明日からまた学院で勉強と寮生活というのも味気ない。
気分転換に散歩もいいなと思っていると、ギヨームに先手を打たれた。
「馬車の準備をさせよう。気晴らしだから遠出させる事も出来ないが、そうだな貴族街をぐるりと周って見たらどうだ?」
―――え、何それつまんない。
馬車に揺られて街を周る事の、どこに息抜き要素があるんだ? 閉鎖空間の馬車の中に居続ける事が気分転換になると思っているのか!?
ああ、いや、貴族街で歩いているのは主家の貴色さえ隠している使用人くらいだから、貴族令嬢が徒歩移動という状況があり得ないのか。下手に歩いてたりすると一体何事かと、ちょっとした騒ぎになりかねない。いやいや、ちょっとしたで済むかな。何度か行き来した街並みを思い出すと、歩いている本当に少ないし、歩いている事自体が恥ずかしい真似だと教えられてきた。
とにかく酷く悪目立ちする。こう言うと何だが、この世界の習慣にすっかり順応した俺は、無意識にそういう視線を送っていたと思い出した。
しかしこうなると、ぐっとハードルを下げて”家から出られる”だけでも良しとしよう。
きっとギヨームもその程度だと考えて言ったんだろう。俺はギヨームにお礼を言って、外出の支度に戻った。
俺とイルマ、リリエンヌを乗せた馬車はパカポコと蹄が鳴らすリズムに揺られながら、貴族街をゆったりと南下していた。
想定したコースを外れて少し焦った顔をしたイルマに「このままで良いのです」と言う。するとイルマは小さく溜息を吐いて言った。
「ですがお嬢様? この先は王都南部になりますが……」
「あらいやだ、イルマったら。こちらだって貴族街でしょう?」
俺の返事を聞いたイルマは、悪知恵ばかり働かせると考えたようでじっとりとした目付きを向けてきたが、そんなの軽くスルーだ。
だいたい王宮を囲む貴族街は、どれもこれも王宮の白亜の壁に準えているから基本白い町並みが続くだけで変化に乏しい上に、そこそこ馬車が行き交うくらいで生活感に乏しい。例えるなら人気が無く店も開いていない休日のビジネス街を歩くようなもので、全然楽しめるポイントが無い。そしてカフェやレストランが無い訳ではないものの、どこも格調が高くて”喉が渇いたから”とか”新しいお店が出来ているから”と入る事も出来ない。カフェでさえ何月何日の何時に行くと事前の予約が必要だから、ちょっと休憩なんて事も出来ない。
そんな街並みを眺めて何が楽しいと言うのか。少なくとも俺は全く楽しく無い。
どうせ昼までには別邸に戻らないといけないんだから、王都南部に足を延ばしたってせいぜいカフェでお茶を一杯飲むのが関の山だ。
往復移動と休憩込みで三時間。それが俺に許されている気分転換の全てだと言う事はちゃんと理解している。二人とも俺がちゃんと分かっていると思っているんだろう。だからか諫言したり無理に進路変更もさせず、ただ深い溜息を吐くだけだった。
いつぞやも超えた東西に伸びる広い大通りを渡り、王都南部に入る。南下するにつれて人が増えていくのをワクワクとした気分で眺めていた。カルムフルーヴ川対岸のヌヴェリィムーブルを通り抜けた時に感じたものと違い、こちらは適度な活気の中に人々の生活感に溢れている。
多分、街行く人々の身なりが整っている事と治安も安定している事による安心感があるのだろう。仕事中なのか急いでいる人や重い荷物を背負って歯を食いしばっている人もいるが、大体は明日を信じている晴れ晴れとした顔をしている。
「お顔の色が晴れていらしたようですわ」
そう言ったリリエンヌに顔を向けると、にこにこと微笑んでいた。
「ええ。街行く皆が明るく楽しそうですから、つられてしまったのでしょう」
俺の返事を聞いた二人が「あらあら」と愉快そうに笑っていた。
多少は気が晴れたのは事実だし返事した内容の全部が嘘では無いけれど、正直に言えば感情をそのまま出している皆が羨ましいと思ったし微笑ましいと思った。
自分自身についてもそうだし、シルヴィやジャン・ポール達Aクラスの皆もそうなんじゃないかと考えていた。あるいは学院じゃなくて学園や学校だったら、今ほど感情の抑制を求められる事もなかったのかなと思わずに居られなかった。
そんなどうしようも無い事を振り払うように小さく頭を振った俺は、二人に問いかけた。
「ねぇイルマ、リリ? どこかでお茶を頂いてから別邸に戻りたいわ」
二人揃って片頬に手を添えて首を傾げる姿が、妙にシンクロしていて可笑しくなっていると、リリエンヌが思い出しように言った。
「ではル・ジャルダン・デ・フルールは如何でしょう? あちらならお忍びのご子息ご令嬢もよく利用されていると耳にしますし、ここからほんの目と鼻の先ですから時間も不要ですわ」
イルマも思い出したのか、リリエンヌに頷き返してから俺に「あちらであれば否やはございません」と言ってきた。おお、この二人が太鼓判を押すのなら、貴族的にも政治的にも問題の無いお店なんだろう。
何でも風の噂では王族が利用した事もあるという老舗として有名なカフェだと言う。俄然楽しみになってきた!
「あちらでございます」
腕を伸ばして教えてくれたリリエンヌの指先を追うと、角地に立つ石造りの建物の一階には店名の入ったオーニングが張り出していて、その下に置かれたテラス席で上品な服装の老若男女がお茶を楽しんでいた。店内も沢山のお客さんが入っているのが見えた。如何にも老舗カフェという外観に感動していると、馬車は少し進んだ重厚な両開きドアの前で停まった。
先にリリエンヌが降りると黒い三つ揃えの燕尾服を着た男性と何か話をしている。
何しているのかと覗き込むように見ていると、男性が会釈を受けたリリエンヌが戻ってきて言った。
「お嬢様、どうぞ」
すぐにイルマが降りて俺が続くと、燕尾服の男性は重厚なドアを開いて俺を待っていた。
おお、あの人ドアマンだったのか! カフェにドアマンがいる事とそんなカフェが存在する事、そしてせっかく来たんだから、美味しそうなケーキがあったら食べて帰ろう、何があるかなという期待に胸を膨らませてドアを潜り抜けた。
貴族は二階席と決まっているようで、ドアマンの案内に続いて階段を昇ると広いホールに通された。
大きく取られた窓から差し込む日光でホール内は想像以上に明るかった。内装に使われている木材はマホガニーのように美しい木目の上等なものが使われていて、ゆったりと広めに取られたボックス席は完全に壁で仕切られてはいなくて、隣の会話や目が気にならないように十分な高さが取られている。
天井から下がるシャンデリアはもしかしたら灯りの魔道具とかそういうものかも知れない。よく見えないけど蝋燭を立てて使うものじゃなくて、どちらかというと電灯のシャンデリアを思い出させる作りになっていた。いや、本物のシャンデリアなんて数回見た程度なんだけどな。
何と言うか、例えて言うなら超高級ファミリーレストランとでも言うか、全体としてはまとまっているのに”なんかちょっと違う”と感じてしまう不思議な空間だった。
いやっ。それでも老舗カフェだ!
「どうぞ、こちらへ」
いつの間にかドアマンと交代したウェイトレスの可愛らしい声に振り向いた俺は、ほんの一瞬硬直してしまった。
大振りの白い襟に大き目のパフスリーブから、膝上のスカートにニーハイソックス。もはや何のために付けてるの? と聞くのも野暮な短いエプロンに、カチューシャからエプロンまでフリフリぶりぶりのレースが付いている。いやそのエプロンのボタンダミーだろ? 世界一有名な富士額のネズミのズボンについている奴じゃね?
―――ってゆーか、なんでメイド服!?
硬直している俺とそうさせてしまって慌てているウェイトレスの見ていたリリエンヌが小さく咳払いして「お嬢様、どうぞ」と言葉で押し出してくれた。
あ、ああ、そうね。見た目で判断しちゃいけない。老舗カフェでお茶して帰る。ウェイトレスが何を着て居ようと関係ない。
ただ、ちょっと驚いただけだよ。
焦っているウェイトレスに微笑みかけると、安心したのかほっとした様子で席まで案内しますと先導を始めた。
そうだよなー、ここゲーム世界なんだもんなぁ。
普通にバリスタがいるだろうと油断してたよ。イタリア無いって知ってるのに。でもトルソーはあるんだよな、だからバリスタが居ても驚く事は無かったはずなんだよ。メイドカフェのメイドさんがいるのには驚いたけどさ。
でもさ、重厚な店構えの老舗カフェにメイドカフェのメイドさんがいたら、驚いたって仕方ないよなぁ……。
「アリシア嬢?」
え、ああ、はいはい? どちら様?
呼ばれた方に顔を向けると、そこにはジャン・ポールとミシェルが座っていた。
驚きの余り声も出ない。そのかわり目玉が飛び出すんじゃないかと思うくらい瞠っていたと思う。ミシェルは微妙な表情で、ジャン・ポールは敵を見るような目で俺を見ていた。
ああ、今すぐ回れ右して帰りたい。
こんな事になるなら、ギヨームが思っていた通り大人しく貴族街を周っていれば良かった。
時間を巻き戻す魔法って本当に無いの!?
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