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乙女ゲームは分からない!  作者: 金鹿
第二章:王立フォルミニス学院一年生
91/181

2-60

いつもお立ち寄りありがとうござます。

始めましての方もありがとうございます。


ブックマーク追加ありがとうございます!

誤字報告ありがとうございました! 既に反映済みですが、筆者も22~24の連休で時間が取れたタイミングで誤字退治をしました。もしもまた、お気づきの誤字、脱字がありましたらよろしくお願い致します。


実は初めて同じ回を二通り書くほど行き詰っていました。

更新に使わなかった方は、いわゆる自主的なボツという事ですね。

そのせいとまでは言えませんが、今回はエミリーがシルヴィに「本人に聞こう!」とブッコんだ回(♥-8)のアンサーメインになりました。本当は前回のように、必要に応じて回想を入れ込んでいこうと思っていたのですが、多層的にすると読みづらいし分かりづらいし、何より筆者が書きづらいし分かりづらくて、一度整理しようかと。


この為大遅刻ながら25日更新出来て約束は守れたぞと、よく分からないテンションになっております。

今後ともよろしくお願い致します。なお、次回は27日(木)予定です。


2020/02/29:本節と2-59で重複していた箇所について、本節に統合しました。

内容、流れに変更はありません。

既にお読みいただいた方には、お目汚しとなりました事をお詫び申し上げます。

 どう整理して話をすれば、エミリーに分かって貰えるだろう。

 ダンス中にミシェルから候補が付かない婚約者になって欲しいと言われ、ジャン・ポールに喧嘩を売られ、その婚約者候補であるユージニに告白されて唇を奪われた。あ、アレキサンドルにはアロイスと仲良しじゃないとがっかりされたな。俺自身がまだ整理が付かない。

 本当に色々あり過ぎて、何度ティーカップを傾けても頭が回っていない気分になる。

 それでもテーブルを挟んだ向かい側で、威嚇するように肩を怒らせたエミリーが繰り返し説明を求めてきている。

 ―――ああ、もうっ!

 ぐずぐずと考えていても仕方ない。もう全部過ぎた事だ。だいいち、一人で悶々と考えていたって過去が変わる訳じゃない。だったらさっさと説明してしまおう。

 ―――あっ、時間を遡る魔法とか無いんだろうか。


 ミシェルから婚約者になって欲しいと言われた事を話すと、エミリーは「あの場で?」と酷く驚いたものの、すぐにシルヴィの心配をしていた。おい、いきなり婚約しようと言われた俺を心配しないのかよ。


「シルヴィは聞いていたの?」


 顔を青褪めさせながらエミリーが聞いてきた。俺は小さく頭を横に振って否定しながら答えた。


「聞いていないと思うわ。初めは私達。いいえ、私と踊るミシェルが気になっていたみたいだったけど、アレキサンドルのリードに少し引っ張られて、すぐダンスに集中していたから」


「そう……」


 エミリーは胸に手を当てて、ほっと安堵の溜息を吐いた。それは絶対に聞かせたくないと思っていた事を、友人が聞かずに済んだと確認したものだった。しかし彼女の吐息には、何の問題解決になっていない事への諦めに似た感情が含まれているように思えた。

 その表情は先週見たものに近くて、俺はふとあの夜を思い出した。




 エミリーにお茶会をせがまれていた俺は、マリーやユージニ、それと他のご令嬢の相手をしながらも、忙しい合間を縫って何とか時間を工面した。するとエミリーはシルヴィと二人で来たいと言ってきた。

 どうしてそうなるのかを考える間もなく、とにかく土の日の夜しか確保出来なかった俺は、やけくそのように一人でも二人でもどーんと来い! 何なら増えてもいいぞ? この無茶振りの理由を聞かせてくれるならなと、ある種の開き直りをして受け入れた。

 約束の日の夜、シルヴィがエミリーと一緒に俺の部屋に来た。季節柄、冷たい秋雨の降る夜だった。

 ノックの音が響いてイルマが出迎えに行く。二言三言のやり取りの後、エミリー達はそれぞれの側仕えを従えて俺の部屋に入って来た。


「お待ちしておりましたわ。エミリー、シルヴィ。今夜は寒いから、少し濃いめに入れたお茶とジャムを何種類か用意してあるのよ」


 歓迎するように微笑みながらすっと立ち上がった俺は、そう言って二人を寝室兼私室に招き入れた。すると、すぐに小さな違和感に気付いた。

 以前と違ってエミリーとシルヴィの距離が近くなっている。直接的な意味なら二人の身体的な距離感と、それ以上に心理的な距離感が狭まっていると思った。例えるなら俺とリュシー、いやコレットくらいかな。それでも以前に比べると、とても近くなっているように思えた。先に入ったエミリーは、まるでこの部屋に心配する事は無いと毒見をするように足を進めた。直前に二人と会った時の記憶と比べると、学生棟で見る時よりも二人の距離が近付いているように見えた。

 以前エミリーはエメリーヌ・ド・ラ・フロットという女の子を「肉体的な虚弱キャラで、正反対のアレキサンドルに憧れに似た感情と、それに背反する嫉妬に近い羨望を抱いていた」と評した。いや、評したというか、しばしばエミリーが言うところの”設定”を読み上げるように言っていた。同じようにシルヴェーヌ・ド・ラ=ルールという女の子を「精神的な虚弱キャラ」と言っていた。

 それを聞いた時、俺は今まで見た彼女を思い出して、すとんと腑に落ちるのを感じた。今も俺が感じた小さな違和感を除けば、概ね以前の通りと言っても良い。

 しかしエミリーの後に続くシルヴィが、明らかに変わっていた。視線に途惑いは無く真っすぐ正面を見据えていて、進める足にも不安は無かった。それは先を行くエミリーを完全に信用し、かつ信頼している事による絶対的な自信さえ感じられた。小さな違和感が次第に大きくなって行くのを目の当たりにしたようで、正直「あれ?」と思ったのは否めない。違和感と言うよりも、どうしてこれほど変わったように感じられるのかという疑問が大きかった。

 それほど、シルヴェーヌ・ド・ラ=ルールの変化は鮮烈な光を帯びているように思えた。

 絶対的に信頼できる味方を得たという自信だろうか。いや、それほど単純な事で人は変わるだろうか。分からない。読み切れない。シルヴィが何故これほど強くなったのか分からなくて、俺は軽く混乱していた。

 定型通りの挨拶を済ませて二人に席を勧める。

 雨のせいか寒く感じるので、濃いめに居れた紅茶にジャムを添えるロシアンティーを用意した。好みもあるだろうから、蜂蜜やベリー系の好きなジャムを持参して貰っても構わないと伝えていたお陰で、彼女達の側仕えは戸惑う事も無くお茶の支度をしていた。


「このようなお茶の楽しみ方もあるのですね」


 シルヴィは茶器に傍に添えられたジャムを乗せたスプーンを見て、演技ではない声色で驚いてみせた。あらら、やっぱりロシアが無いからロシアンティーも無かったのかな? 失敗したかとエミリーの顔色を窺うと、たれ目気味の大きな目に浮かぶ深いターコイズブルーの瞳を向けてきた。

 そして一瞬眉尻を下げて怪訝な顔をしてから何かに気付いて、シルヴィに微笑みかけながら言った。


「あたしも偶にですけれど、こうしたお茶の頂き方をしますのよ? ベリー系のジャムも良いですが、茶葉によってはオランジェのマームラードも美味しく頂けますわ。ただ、お茶会ではなかなか難しいから、お部屋で頂くだけですわね」


 知らなかったのは自分だけかとしょげるシルヴィを、エミリーと二人でフォローした。実際エミリーが言った通りお茶会では難しいスタイルだ。人前でティースプーンを口に含むというのが、ディアフルーレの基準ではちょっとお下品とされる振舞いだからだ。それなら紅茶に溶かしてしまえばいいのだが、そうすると今度はお茶の香りが飛んでしまうから、俺はこのスタイルで飲むのが好きだ。もちろん人それぞれ好みがあるんだから、他の人は好きにすればいいと思っている。

 実際に、エミリーは手本を見せるとばかりにジャムを乗せたスプーンをカップに入れると、音も立てずにくるくると回してジャムを溶かし入れていた。

 それにしてもエミリーが「あたし」と言っていた。かなり砕けた仲になったという事かな。その後の話し振りを聞いていると、ちょうど俺とリュシー達に近い距離感に見えたから、多分転生者云々という話はしていないんだろう。

 だけどこれで、二人が部屋に入ってきた違和感に説明がついた。何かしらの出来事が二人の友情を深化させたんだろう。いがみ合うよりも仲良くやっている方がマシだ。それが本心からなら歓迎すべきことだな。

 三人三様でロシアンティーを楽しみながら、他愛もない雑談をしているとエミリーがマリアさんだけじゃなく、側仕えに距離を取るように言った。お互いの側仕えが距離を取るのを確認したエミリーがゆったりと話し始めると、漸く本題に入ったと安心していたのに、初めに国教の聖典を読んだかと聞いてきたから俺が一通りはと答えると、とある寓話の話を始めた。

 エミリーが話す寓話を初めて読んだ時、俺はナルシシズムの語源とされるギリシャ神話に登場したナルキッソスの寓話によく似ていると思った。もっとも俺が読んだギリシャ神話は分かりやすく端折った入門書未満の物だったし、読んだのも学生の頃だから内容もうろ覚えだった。それでも、世界は違っても似た寓話(おはなし)ってあるんだなと感心した程度だ。

 それはある男の話だ。その男は小さな頃から非常な美丈夫として有名で、異性だけじゃなく同性からも愛される男だった。長じて数多の浮名を流すようになったが、誰とも添い遂げようとはしなかった。ある時、その事を疑問に思った一人の若者が問うと、男はこう答えた。


『ああ、ようやく気付いてくれる者が現れたか。そうだ。私は私以外の者と添い遂げようなどと思う事は無い。なぜ私がもう一人いないのだろう。もう一人の私がいれば、私は私と添い遂げられるというのに』


 そう言われた若者は、それまで恋焦がれていた男が得体の知れない何かのように思えて、憑き物が落ちたように男から離れた。時が過ぎて男の後日談を耳にした若者は「とうとう行きつくところまで行ってしまったか」と言った。男はもう一人の自分がいない事を嘆き、彼を取り巻く衆人の前で光と闇の二大精霊を悪罵した。すると男の身体はみるみるうちにあらゆる色を失い、あっという間に消えてなくなったという。ある者は偉大な二大精霊を批判したからだと言い、ある者は行き過ぎた自己愛ゆえと言った。

 不思議なのは誰一人して、あれほど執着した男が目の前で消え去った事に驚きもせず、やむを得ない事と受け入れている事だった。

 ま、自分に自信があるとしてもあまり調子に乗るなよとか、こういう極端なタイプになるなよという類の寓話だ。

 だからこそ、どうしてエミリーがこの寓話のネタを振ってきたのかが分からなかった。ただ、二人が揃って探るような視線を送ってきているから、”誰か”を暗喩しているんだろう。この二人だから縁の遠い人物じゃないだろう。だとするとアレキサンドルかミシェルか。アレキサンドルはいつもシャルル・アンリ殿下の側に侍っているからそもそも接触が薄いし、ミシェルに関しては一度皆の前で明言しているから、本当にちょっと分からなかった。


「このお話とは違うのですけれど、誰にでも好かれる方がいらっしゃらない訳では無いでしょう?」


 まぁそうだな。初対面に限らず周囲から好意を集める人と言うのは間違いなくいる。そういう人って得しているよなって良く思ったもんだ。

 続きを促すように小さく首肯すると、エミリーは続けて言った。


「その方ご本人では無いのですが、一度その方に想われれば、どなたでも受け入れるはずだとお考えの方がいるとしたら?」


 はい? ちょっと意味がよく分からないぞ? 小首を傾げていると更にエミリーが少し踏み込んで説明してくれた。要は、モテまくりの人に告白されたら誰でも喜んで付き合うかしら? というところか。

 踏み込んだ話を聞いても意味が分からん。人が百人いれば百通りの好き嫌いがあるもんだろう。そりゃあその中で人気が有る人は、一定数いるだろう。だけどそれはあくまで最大公約数的な人気でしかなく、絶対的なものにはなり得ない。エミリーはそう思わないのか?

 それ以前に、何でそんな話をするんだ? 訳が分からない俺は小首を傾げながら意図を探るように聞いた。


「あの、ねぇエミリー? 申し訳ございませんが、お話がよく見えないのですが……」


「エルシーはもしも、もしもですけれど、そうした方からこ、恋文などを頂戴したり、愛の告白を受けられたら、いかがなさいますか?」


 何の話なのかと反応したら、横からシルヴィが割り込んできた。かなり緊張しているのか、たどたどしい言い方だったが、その目には力が籠っていた。

 俺が反射的に「どうもしない」と答えると、シルヴィが更に言い募ってきた。視線を動かすとエミリーが「あちゃー」としかめっ面に似た苦笑を浮かべていた。

 え? まさか、またミシェル案件なの? 

 俺の顔色が変わった事に気付いたシルヴィが訥々と話してくれた。途切れがちに話すのは、不安や自信の無さではなく、出来るだけ正確に客観的に説明しようとしていたからだった。俺もじっくりと彼女の話を聞いていたが、初めは呆れて言葉が出なかった。

 固有名詞こそ出さないものの、シルヴィはミシェルの眼に自分が映っていない。彼はアリシアだけを見ている。奪われるその場に同席するくらいなら退学して修道院入りしたいと思っている。一つ一つ話す度に俺の様子を窺うシルヴィの視線は、思い詰めている事を隠そうともしていなかった。

 ……どうしたらいいんだろうな。

 ミシェルに興味なんか無いという事は以前話している。それなのにまた聞いて来るという事は、強い不信感を抱いているという事だろう。であれば、同じ文言を繰り返したところで根本的な不信を拭う事は出来ないだろう。

 てゆーか、シルヴィが抱いている不信感は俺に向けられたものなのか?

 そう考えた俺はシルヴィの鮮やかなバイオレットの瞳を真っすぐに見返す。その瞳には俺が何を言おうとちゃんと最後まで聴くんだと、妙な力が入っているように見えた。そのまま一度目を閉じて、エミリーの顔を見ると、シルヴィを心配しつつ俺に変な事を言わないで欲しいのか、歪な笑みを浮かべていた。

 えぇっ!? もしかして君達ノープラン!? こういう話を持ち込むなら自分達なりの落としどころを決めておいてよ!

 あぁ、そうか。いくら徹底した教育を受けているとはいえ、シルヴィは十三歳の、一人の女の子だ。だからこそ、俺じゃなくてミシェルを視て悩んだんだろう。ミシェルは自分を好きなのかどうか。それ以前に、自分を見ているのかどうか。

 そして見ていないと確信したから、退学して修道院に入ると思い詰めたのか。

 そこまで思い詰めている少女に、俺は何と言えばいいんだろう。俺はあっと言う間に、とりとめの無い思考の海に落ちていった。ほんの僅かな時間だと思うが、ふと十三歳と言えば大人が思う以上に広い世界と豊かな思考を持っていたと思い出した。知らない内に友達が交際していたと知った時の感情や、自分が好きな子を仲の良い友達も好きだと言った時の感情がぶわっと思い出された。あの時感じた心の揺れを思い出すと、シルヴィを子供扱いには出来ない。

 俺は小さく咳払いしてからお茶を一口含み、ゆっくりと話し始めた。


「ねぇシルヴィ? 有るという事は何らかの方法で証明できますけれど、無いという事はどうしても証明出来ないのですよ」


 シルヴィとエミリーは二人揃って、何の話をするのかと目を瞠っていた。


「興味が無いのですよ。ミシェル様に限らず、男性に対して興味が無いのです」


 ぎょっとして目を瞠ったシルヴィは、くるくると表情を変えた後で不意に顔を真っ赤にした。その横で抗議するように顔を歪めているエミリーはこの際無視だ。


「いえ、そういう意味ではございません」


 俺がそう言うと、耳の先まで真っ赤にして縮こまるようにシルヴィは身体を竦めた。いや、男性に興味が無いイコール女性に興味があるって短絡過ぎるでしょ。それはそれでダメだよシルヴィ。


「私はまだ、人を好きになった事はございません。いえ、お父様やお母様、家族は好きですわ。ですがシルヴィの言う好きはそれとは違うのでしょう?」


 お地蔵さんのようにきゅっと身体を強張らせていたシルヴィが、小さく頷いた。その姿は、本当に好きな人を盗られたくないと思っている一人の女の子にしか見えなかった。多分だけど。


「私は懸想しているとかされるとかは分かりませんが、それ以前にAクラスの男性方に興味が無いのです」


 言った瞬間、エミリーがお前いい加減にしろと今にも火炎を吐き出すほど剣呑な顔つきになった。だけどそれ以上にシルヴィが反応した。あり得ない。興味が無いとはどういう意味かと責めるような目を向けてきた。

 その視線に答えるように話し続けた。


「私、他の人の物には興味が湧かないです」


「そんな、人の物だなんて……」


 複数の意味を正確に理解したシルヴィが反駁するのに、静かに首を横に振って否定した俺は続けた。


「中には人の物だからこそという方もいると耳にしますが、私は違います。そう言うのは嫌いなのです。嫌いですから、興味が湧かないのです」


 そんな人こそいるのかと訝しんでいるシルヴィに微笑みかけてさらに続けた。


「言ったでしょう? 私はAクラスの皆が仲良くしているのを見るのが好きだと。好きなのを壊す気は無いとも。シルヴィは忘れちゃった?」


 ふわぁっと瞳に力が籠っていくシルヴィの後ろで、エミリーが「ちょっとお前、いい加減にしろ!」と怒りのオーラを吹き上げているけど、さらにその後ろでマリアさんがエミリーにグーパン入れようとしているのが見えた、また流して置こう。


「シルヴィ。冷たい言い方になるかも知れませんが、他人は自分とは違うのです。私が悲しいと思う事が、エミリーには楽しいと思えたり、シルヴィには詰まらなく思える事もあるように、人はそれぞれ違うのです」


 どういう例えだと責めるような視線を送ってきたエミリーを軽やかにスルーして視線を巡らす。ぐっと息を呑むように俺を見据えたシルヴィに、そんなに身構えなくていいよと微笑みながら続けた。


「前と同じ言葉を繰り返すのは簡単な事です。私にとってそれだけが事実ですし、本心なのですから。でも、それではシルヴィのわだかまりは解消しないでしょう? だけど、貴方が抱くそれは私やエミリーが何を言っても消える物ではないと思うの」


 きっと自分でもどこかで分かっていたんだろう。俺に何か反論しようと、全身を硬直させるシルヴィに言った。


「だから信じて貰うしか無いのよ。でもねシルヴィ。それが難しいのなら、そのお話の方や私が信じ切れないのなら、まず自分を信じなさい。行動していない事とできなかったという事は、結果だけ見れば同じかも知れないけれど、経過としてみれば隔絶した違いがあるでしょう?」


 小首を傾げるシルヴィは、俺の喋っている事は理解しつつ、どこか反発している視線を返してきた。

 悪くない反応だ。少なくとも、シルヴィは自分がやってなかっただけで、できないとは思っていないように見えた。


「急にとは私にもできないわ。それに好き勝手すればいいと言う事でも無いわね。だけど、したかった事を一つ我慢しない、言いたかった事を一つ我慢しない。そこから始めていいと思うわ。自分はやれば出来るし言おうと思えば言えるのだと、自分を信じなさい。そうして自分を好きになったらいいと思うわ。シルヴィにとって、その方がどれほど大切な方なのか私は知っているつもりだけれど、私なら、私を好きになってくれる方が、ご自身を好きではない、自信が無いと言うのは聞きたくないわね」


「……難しいわ」


「明日の朝、自分の全部を好きになっていなくていいの。自信を持っていなくてもいいわ。少しづつでも、ゆっくりでもいいのよ」


 それならと表情を緩めたシルヴィにオチを言う。


「言われたからとやり過ぎは良くないわ。何事も加減が大事よ。自分なりでいいの」


 以前のシルヴィならポロッと涙の粒を一つ零していただろう。だけど目の前にいるシルヴィは、何か再確認するように何度か小さく頷いてからエミリーに視線を送った。受け止めたエミリーも、安心させるように頷いていた。俺はエミリーとアイコンタクトを取りながら、一人で考えなくてもエミリーや、なんなら俺に話をしてくれてもいい。相談じゃなくて、ただ話をするだけでいいから遠慮しないでくれと言った。

 何か厭な空気を吐き出すように、勢いよく溜息を吐いたシルヴィが言った。


「そうね。夏にリジューにお邪魔した時エルシーが言っていたわね。バカにするなと片頬でも引っ叩いたらいいのよね」


「えっ? 本当にやったらダメよ? 問題になるわ!?」


 急なシルヴィの発言に慌てた俺が抑止しようと言うと、悪戯が成功した事を喜ぶような笑みを浮かべたシルヴィがコロコロと笑い声を立てた。


「あの時、そういう気構えが大切だと教えてくださったでしょう?」


 ディアフルーレの貴族令嬢としては決して褒められない行為なのに、ジャムを乗せたスプーンをついっと口に含むと、シルヴィは笑いながらそう言った。




 あの夜からシルヴィは少しづつ変化してきた。それは本当に小さな変化だけど、エミリーはどんどん強く自立して言っていると我が事のように喜んでいたし、俺から見ても変わっていると思えた。

 一番変わったのはシルヴィの側仕えだな。出会った当初は冷徹な仕事人間だと思っていたシルヴィの側仕えが、主の一挙手一投足を心配そうに見ながらも、その主の変化と同時に自分の変化も受け入れているように見えた事が、安心もしたし嬉しかった。


「あの夜にしーちゃんが話してくれて、シルヴィは少しづつ自信を持ったみたいなんだけど、逆ブレした反動が出たらと心配なのよ」


 そう言ったエミリーの言葉で我に返った。

 そうだね、そういう人も偶にいるね。逆ブレの反動は幅に合わせて大きく振れるよね。怖いよね。はっちゃけと言うか壮大なやらかしと言うか、偶にある逆ブレの反動はマジで怖いよね。

 でも俺はあの夜以降のシルヴィに、あまり不安を感じていなかった。

 俺の贔屓目かも知れないけれど、ミシェルの眼にシルヴィが映らないと言うのなら、シルヴィの眼に映るミシェルの割り合いも減ったように見えていたからだ。それは少なくとも、シルヴィが周囲から可哀想がられる存在じゃなくなっていくように思えるものだった。

貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。


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