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ブックマーク追加ありがとうございます。まずはお礼申し上げます。
本日の更新は予約を変更して15:00と致しました。
大型台風19号が各地で猛威を振るっております。暴風雨圏内の皆様、何よりもご自身とご家族の安全確保を最優先としましょう。
たとえ一時避難してなにかしら不便があったとしても、無事なら後で好きな作品をゆっくりと読む時間も取れると思いますので、まず身の安全を図ってくださいませ。
王立フォルミニス学院は全寮制だ。
これも”学院内では身分の別無く皆等しく勉学に励むべし”の一環で、寮生活を共に送る事で違う身分の人々とも交流を重ね、思考と視野を広げるというお題目がある。何故お題目かと言うと、侯爵家以上の家格の生徒はぶっちゃけ、寮に入らず自宅なり別宅なりからの通学可だからだ。
もっとも俺は、この事自体は賛成だ。だって王族が寮生活って警備上あり得ないでしょ? 公爵だって王家の血が入ってる王族公爵だっているだろうから、保安の為にお前らみんな通学しろよと言いたい。
あれ? 通学は通学で危険か?
じゃあ、もういっそ、学院とか来なくて良くないか?
その権力で最高の家庭教師陣に学べば……って、これこそだめか。学院そのもの否定しちゃったよ、俺。
ま、いち子爵令嬢のアリシアには関係無いから、これ以上考えるだけ無駄か。
それはともかく家格上位の貴族、ましてや王族がいる寮生活なんて、想像しただけで息苦しくなる。他の貴族はどう考えているんだろう。
遅くとも入学式の一週間前までに入寮し、学院生活の基盤を確立させるようにと定められていが、みんなそれまでに、折り合いをつけているんだろうか……。
良かったら、どうやって折り合いをつけているのか教えて欲しい。
何故こんな事を考えていたかと言うと、その入寮期限までいよいよ二週間に迫ったからだ。
今日はダルボワ夫人が制服一式の仕上げと納品に来るのだが、その他にも用意する物はまだまだある。
例えば日用品や生活雑貨など必需品の中には、領外から取り寄せる必要のある物がそれなりにあって、一緒に寮に行くアリシア付侍女のイルマとリリエンヌを中心に、リジュー家の使用人達は日を追うごとに神経を尖らせている。
リリエンヌ……光の妖精のはずなのに、完全に侍女が板についている。今も何か書類を手にして、他の侍女ーズにてきぱきと指示出ししてる。
時々、アンダーリムの眼鏡に右手を添えてクイッと上げる仕草が、なんかモヤッとする。
先導者っておい、誰の何を先導してんだよ? おーい、リリエンヌよーい。
俺の視線に気付いたリリエンヌは、ちらっとこっちを見て微笑んだと思ったら、すぐに書類に視線を落とした。俺の相手するより同僚との確認が優先ですか、そうですか。
さすがにそれは、馴染みすぎだろ……。
何もかもが遅れてもう二週間しか無いと侍女ーズがイラついていても、俺なんか昔の記憶のせいで、残り二週間と聞いても「まだ二週間もある」って思ってしまうんだが、ここではそうも行かない。
物も人も、移動の基本は人力か馬力の世界だからだ。人力はそのまま自分で持って移動するという意味だし、馬力と言っても自動車じゃない。馬だ。一人で乗ったら一馬力、二頭立て馬車なら二馬力の馬力だ。なんで自動車無いんかなぁ……雰囲気重視なんかなぁ……。
それ以上に、魔法があるんだから不思議な力でパパッと済まればいいと思うんだが、誰に聞いても残念な子を見るような生暖かい目つきをして、「早くそういう時代が来ればいいですね」と言う。
いいですねじゃなくて、どうしたらそうなるかを一緒に考えたいんだけど、うん、もうすっかり諦めた。
とにかくインフラがあまり整備されていないのか、何をするにも時間がかかる。そしてしばしば、予定は遅れる。先週半ばからみんな、あれが無い、これが届かない。あれも足りない、これも遅れていると、そんな話ばかり聞かされるのにもうんざりだ。
みんながそんな事ばかり口にするから、聞いてる俺は本当に大丈夫なのかと心配になる事もある。
しかしここで、子爵令嬢のアリシアが一緒にあたふたしていては、使用人達の焦りを煽る事にしかならない。こういう時、上に立つ者は余計な手出し口出しなどせずにどっしりと構えて、みんなの頑張りを評価したり、落ち着くように言う方がいい。
なので全く他所事を考えて込んでいてもいいんだ。決して逃避とかそういう事じゃない。
逃避と言えば結局、魔法の授業はあの日以来、七日連続自習状態だ。魔法使いの先生は虹色に光る立体パズルを入れた革袋を、宝物のように抱え込みながら馬車に飛び乗って、ニヨニヨ顔でいずこかへ去っていたと、怒りの頂点を突破して悟りを開いたような顔したイルマが言っていた。
なにそれキモい。
これにはさすがのエリザベスがブチ切れて、何やら手紙を乱発していたのでチェンジ案件について俺から相談するまでも無かったようだ。
触らぬ何とやらに祟りなしとも言うし、戻って来ても来なくても、このまま自習を続けようと思う。どうせ学院に入ったら正規の魔法の授業があるし。ふふ、余裕だぜ。
何故なら、魔力操作は二日目くらいから意識的に出来るようになり、さらに五日目には、魔法を使えるようになったからだ。俺は魔法と言ったら難しい呪文を唱えるものと思っていたんだが、この世界ではそんな事全く無いと、実地で知る事が出来た。
いや、魔法を使えた時は、誰よりも俺自身が驚いたよ。
一昨日の午後、先生が行方知れずな魔法の自習時間に、いつも通り体内の魔力を右手から左手に直接送ったり、右手スタート胸経由左手ゴールで流したり、右足から左肩に送ってそのまま左腕を通して右腕に回し右肩から左足へなど、体内でぐるぐる回していたら、ふと喉の渇きを覚えた。
そう言えば先生が、やりすぎると身体に変調を与えると言ってた事を思い出した俺は、イルマにお茶を淹れて貰って休憩しようとした。
ところがタイミングが悪く、その時イルマもリリエンヌも所用で不在で、俺はワゴンに乗ったティーセットからカップだけ持ち上げて、せめて水が飲みたいなとポットを傾けたところ、これまた運悪く空っぽだった。
後で思えばティーポットにお湯入れっぱなしは無いわな。貴族的に。
そこで空のティーカップを眺めながら、空いてる手の人差し指をくるくる回しつつ「水でいいんだけどなー。水出ないかな? いっそ水出ろー! ジャポっとカップに出ろー」とか思っていたら、出ちゃったんだよ、水が。
空っぽだったティーカップになみなみと水が入っちゃったんだよ。
いやぁ驚いたねぇ! それ以上に焦ったねぇ! まぁたイルマに怒られると思ったね!
とにかく証拠隠滅だとカップの水は一気に飲み干して、薄く残った口紅も拭き取って元の位置に戻したね。その後わりとすぐ戻って来たイルマには、茶器をいじった事が秒でバレて結局怒られたけどね。
そしてイルマが淹れてくれた、セイロン島無いだろうに味と香りはセイロンティーを飲みながら考えた。もしもさっきの喉の渇きが魔力不足に由る身体の変調なら、魔法で出した水で癒されるのはおかしくないか?と。それで良いなら永久循環行けるんじゃないか?と。
いくらゲームの世界でもリソース無限って事はさすがに無いと思い直し、さっさと夢想は捨てる事にした。
ふぅ、イルマの淹れてくれるお茶はいつでも美味しい。
うん、分かってた。
あの時、最大の問題点から目を逸らしているのは自覚していたから、ほんの少しだけでも時間が欲しかっただけなんだ。
本当にお茶が美味しかった。
飲み干したティーカップを名残惜しくソーサーに戻すと、俺は問題と向き合う覚悟を決めた。
そう、光の魔法適正持ちなのに初めての魔法が水の魔法って。
この事態、俺はどう受け止めたらいいのか真剣に悩んでいたんだ。
……なんかごめん、アリシア。俺だって最初に使えるようになるのは、適正のある光の魔法だと思ってたんだよ? ホントだよ?
その後、冷たいものが飲みたくて氷が欲しいと念じたら、馬鹿デカい業務用の氷を生成して領主館がひっくり返りそうな騒ぎを起こしたり、冷めたお茶をちょっと温めたいと念じたら手元でグラグラ煮え立つお茶にしてしまったりと、とりあえず水以外に氷と火の魔法も使えるようになりました。
加減が難しいのが悩みだ。
多分、ロックアイスが欲しいとかこれくらいの温度にしたいとか、先生の言っていた具体的なイメージが重要なんだろうな。それと魔力操作中はそういう雑念を持っちゃいけないんだろう。
多分これが、最重要ポイントだと思う。
あの先生でもいいから、近くに相談相手欲しかった……。
どうしたら自分の適性魔法が使えるようになるのか相談したい。教えて欲しい。切実に。
「アリシア? 気分でも悪いの?」
苦悩が顔に出ていただろうか?エリザベスが心配そうな顔をしてアリシアの顔を覗き込んできた。
無駄に心配かけるのは貴族令嬢として表情の制御が疎かになっている証拠だな。アリシアにも悪い。
「いいえ、お母様。制服の仕上がりが楽しみなだけです。私、そんなに不安そうな顔をしていましたか?」
自分の顔を両手でむにっと抑えてから微笑んでそう言うと、エリザベスもふふっと笑いを漏らしていた。
こういうのに段々慣れていくのを自覚する瞬間が怖いんだけどな。
「良かったです。母も同じですよ。カミーユも楽しみでしょう?」
「はい! お母様。カミーユも楽しみです!」
あどけない笑顔を返すカミーユを見て、俺はほんわかした気持ちになる。きっとエリザベスもそうだろう。娘を見るその顔は母親の幸せを満喫しているって顔だ。
俺もいつまでも回想に逃げ込んで現実逃避している場合じゃない。
うん? そりゃそうだろ? 仮縫いや微調整で何度か見てきたアレの完成形を、いよいよ着る事になるんだから、気合を入れないとな。
そろそろダルボワ夫人が来る頃だ。
「失礼致します。奥様、ダルボワ夫人から準備が整ったとの事です」
侍女の報せを受けて、俺達はその意気も高く遂に決戦の場に向かうのだった。
流石に一年近く生活していた領主館だから、案内が無くてもどこに向かっているか分かる。今まで採寸や仮縫いをしていた部屋じゃなく、今日は続き部屋のある応接室だ。
なるほど、ここが今日の決戦場か。
エリザベスの半歩後ろで控えると、侍女達が両開きのドアを厳かに開いた。
その先でダルボワ夫人とチーム・ダルボワが貴人を迎える姿勢を取り、頭を垂れて待っていた。
思わずごくりと唾を飲み込む。
音が聞こえなかったかと目だけ動かして見ると、大丈夫、誰も気付いていなかった。
エリザベスに続いて応接室に入ると、チーム・ダルボワは流れるように左右に分かれ、その奥に置かれていた制服が否が応でも目に入る。
ほんのチラ見だったけど、あー、思ってた通りだ。
遠めにはモノトーンでカッコいい系の制服に見えるけどさ……。
なんか所々、キラッキラ光を反射してんだけど、見間違いか? グリッター? ラメ? スパンコール? なんなの?
おい! 本当にあれ着るのかよ!?
「本日はリジュー子爵家ご令嬢、アリシアお嬢様に、わたくし共が総力を挙げてご用意致しました学院制服一式をお引渡しできる事、誠に恐悦至極に存じます。これより各部のご説明を……」
駄目だ。ダルボワ夫人の声がスムーズに入って来ない。脈打つ心臓の音で途切れ途切れに聞こえる。
何を言っているか分からないが、夫人がこちらを見ているのは分かるので、無難に曖昧な微笑みを返しておく。
「どうかしらアリシア? わたくしはとても素敵で素晴らしい出来だと思うのだけれど?」
いつの間にかダルボワ夫人のプレゼンテーションは終わっていたようで、エリザベスは俺の反応を楽しそうに待っている。
エリザベスに微笑んで一歩、また一歩制服に近づく。
手を伸ばして触れると、柔らかく滑らかな生地が心地よい感触を与えてくれた。制服仕立次第に則りつつ、マダム・ダルボワのデザイン力と製作力を惜しみなく投入したであろう一品には、感嘆の念を禁じ得ない。
ただ。ただなぁ……これが学校の制服かと言うと、やっぱり違うと思うんだよなぁ……。
上着の襟と袖口には制服仕立次第で触れられてなかったのか、レース生地がひらひらと顔を覗かせているし、同じようにスカートの裾にもひらついている。他にも細かい所を見ると、さっき光を反射していたのは螺鈿細工を仕込んだボタンや、アクセントに配された恐ろしく透明度の高い小粒の水晶だった。
もうなんだろこれ、制服というよりも舞台衣装だ。
第一印象の通り、会いに来てもらえるアイドルが来てる系のヤツ。これを着たら、会いたかったとかバネッタとか恋するジンジャーブレッドマンとか歌う系だ。
おいおい……そりゃ十三歳のアリシアが着ているのを見る分にはいいよ?
俺が言うのもなんだけど、アリシアは外見は完璧美少女だから、この制服着たら絶対可愛いしメチャクチャ似合うと思う。
でも意識は俺よ? 俺が着るのよ? これを? 本気なの?
やめよ? 俺のライフが無くなっちゃうよ?
「ええ、とても素晴らしい出来だと思いますわ。ダルボワ夫人、素晴らしい仕事ですわね。感謝致します」
言えねぇ。言える訳がねぇ。
お礼を言いながら必死に微笑み顔を作ると、ダルボワ夫人は一仕事終えたという満足感に溢れた顔で微笑みを返して来た。
この顔見たらさ、着たくないとか言えないよ。
……はぁ、気が重い。
貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。
また明日、拙作をお読み頂くためにも、どうぞ皆様、お互いに身の安全を優先しましょう。
それと、14日まで予約入れてあるので、なろうのサーバがアレしない限り、私が避難中していても自動更新されるはずです。