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自己基準として4,000~5,000字、上限を6,000字程度として執筆しているのですが……。
力不足を痛感しております。
少々長いのですが、どうぞお付き合い下さいますよう、お願い申し上げます。
ある日の夜、俺は頬を撫でる夜風にふと目が覚めた。
勉強に追われる日々の中、十三歳の肉体でも結構疲れが溜まるのか、たいてい一度眠れば朝まで目覚めない。なのに、こんな真夜中に目を覚ますなんて、本当に久しぶりだ。
夜気の冷たさに季節の移り変わりを感じつつ、イルマを始めとした領主館の侍女ーズが閉め忘れるなんて珍しい事もあるもんだと窓を見ると、そこには一羽の鳥が佇んでいた。
宵闇に浮かぶように虹色に輝き、神々しさすら感じられるその姿に息を飲んだ。
なんという鳥だろう? 強いて言えば孔雀の様に見えるが、だいぶ違う。少なくとも俺は見た事が無い鳥だ。
頭から足先まで五十センチ程もあり、かなり大きい。でも立派な冠羽のある頭からすらり伸びた首は気品に満ちている。翼を開けばさぞ立派であろう胴体は、虹色に輝きながらも光の加減で模様も見える。
尾羽の方は、ふわふわとした綿毛とシュッと細く伸びた羽根が流麗だが、その先端は窓の外に伸びていて終わりが見えなかった。
虹色に輝く中にポツンと浮かぶ、サファイヤのように青く澄んだ瞳で真っ直ぐに俺を見詰めている。
『光の愛し子よ。そのひたむきな行いにより、我は遅まきながらここに至る。我はこれより汝を見守らん』
喋った!? 鳥が喋った!
うわー! すっげー!
漫画の神様が描く死なない鳥みたいに、頭の中に直接声が響いてくる!
これって超能力? テレパス!?
なんでもいいけど、とにかくすげぇ!
ゲーム世界とは言え鳥が喋るよ! あ、いや、喋ってはいない……のか?
結構色んな事に驚いてきたけど、立体パズルが虹色に光った時以来の衝撃だな。
『その高潔な魂は我をこの姿にしょうか……ん? その魂……え? うそ!? あり得ないんですけど!』
おっとどうしたぁ? いきなり口調が砕けたぞ。
初めの澄ました口調は見る影も無く、今や突然始まった大きな独り言を繰り返す鳥に声を掛けるタイミングを逸した俺は、ただ静観するしかなかった。
何がどうあり得ないのか、もうちょっと説明してくれないと、何に驚いているのか全然分からない。
というか、驚きのあまり翼を広げて羽ばたくの止めて欲しい。広げるとゆうに一メートル以上もある翼を羽ばたかせるからすごい風が室内で渦巻いて、ほらもう、抜けた羽根が飛び散ってるし、天蓋から下がるレースがグルグルのよれよれになってるよ。
見上げた俺の絶望感分かるか? 鳥!
どうすんだよ、これ。まぁたイルマの血圧上がるぞ?
バサバサうるさいし、とりあえず落ち着いて欲しい。あ、水差しが倒れてえらいことになった。
おい虹色鳥! バサるのやめれ!
ふぅ……仕方ない。とりあえず落ち着かせるにも、話しかけてみるか。
「あの? 一体何を仰っているのか、よく分からないのですが?」
俺の声が聞こえたのか、ピタっと動きを停めた。
なんだろう、いきなり人間に出くわした野生動物感がある。
仕掛け時計の鳥のように、首だけくぃーっとこちらに向け直すと、虹色鳥が一気に捲し立ててきた。
『あり得ないのよ! ってゆーか、あんた何なの? その身体の持ち主じゃないでしょ!? なんで? なんでよ!? おかしいじゃない! おかしいわよ! あり得ないんですけど!!』
うっわー……微塵も説明になってない。
相当パニくってるようだから、ある意味仕方ないのか?
でもなぁ、この身体の持ち主じゃないって言われても、全くもってその通りだしなぁ……。
うん? アリシアと俺が別人って分かってる!?
そう思った俺は無意識の内にベッドから飛び降りて、虹色鳥を鷲掴みにしながら大声で問い詰めていた。
「ちょっと! 俺がアリシアじゃないって分かるのか!? どういう事!? なんで俺がこんな事になったんだ? いやなんで分かるの!? つかどういう事? いやいや、それよりもどうしたら元の世界に帰れるんだ!?」
『ちょ、ちょっと待って。離して! お願い! 離してぇ! ……ぎぼぢわどぅいかだ……』
虹色鳥は目を回しながら、必死に叫んでいた。
あ、思い切り揺さぶっていた。ごめんごめん。
冷静になった俺は、なるべく静かに虹色鳥をベッドに移して手放す。すると虹色鳥は、頭をフラフラさせながらベッドの上にぽてぽてと数歩歩いた。
虹色鳥が休むように蹲った直後、強い閃光で室内を満された。
強い真っ白な光に包まれて、思わず目を瞑る。時間にして二秒も経たない内に、閉じた瞼越しに光が弱まるのが分かり、おずおずと目を開くと、さっきまで虹色鳥が蹲っていた場所に、二十代前半くらいの女性が両膝を抱えて恨めしそうにこちらを見ていた。
天然真珠のような温かみのあるプラチナブロンドの背中まであるストレートヘアに、やや釣り目の大きな目をした超美人が、両膝を抱え込んだ体育座りのままサファイヤのような青い瞳でジト目を俺に向けていた。
なんか色々惜しいな、この美人。
てか誰? 何この人?
「で、貴方がアリシアなの?」
ぐったりとした青白い顔を上げて、ジト目を送ってくる残念美人がボソリと聞いてきた。
質問の意図が今一つ掴みきれないが、同意する他無い。
確かに中身は俺だけど、身体は間違いなくアリシアだし、実際アリシアとして生活している以上、ここで否定するのもおかしい。
少なくとも、この身体を使っている俺は、この身体の本当の持ち主に対して責任があると思っている。
だから俺は、残念美人を真っ直ぐ見ながら、静かに頷いて同意する。
「そう。じゃあ、貴方がアリシアでいいわ。大した違いは無いんだから」
ええー!?
軽い! 軽いよ!
そんな風に流されるような事? 結構気合い入れて答えたのに!?
流れの速さに呆気に取られていると、自称光の妖精は片膝立てて頬杖もつきながら言い放った。
「その辺どうでもいいのよ。私は光の妖精で先導者なんだもの。それ以外求められていないし、それしかできないんだから」
おぉう、なんか勝手にやってきて、勝手にやさぐれ始めたぞ。残念美人に面倒属性追加されたぞ?
俺、コイツの相手すんの? なんかやだ……。
なのに面倒で残念な美人は、傍若無人に続ける。
「そもそも私がこの姿なのがあり得ないのよ。それでもアリシアのとこ行かなきゃって来たらさ、アリシアの魂がぼやけてダブってて、こんなのあり得ないのよ。なのにそのあんたは冷静でさ。なんなの? ほんとなんなの?」
うえぇぇぇ、めんどくさい。
アルコール回るとこんな感じになる女史いたなぁ。
当人的に、色々理不尽な思いしてるっぽい女史にこういう傾向あるな。
世界は違えど、こういう女史のめんどくささは変わらないらしい。
俺は空気と話題を変えたくて、咳払いを一つ、わざとらしくしてから、面倒で残念な自称妖精に話題を振る。もちろん話題は、どうして俺がここにいるのか。どうしたら元の世界に帰られるかだ。
「元の世界に戻る方法? そんなの分かる訳ないじゃん?」
あー、ですよねー。ほんと軽いっすよねー。
てゆーか、光の妖精様が「じゃん」って言った。砕けてるなー。ちょっと砕けすぎてないか?
思わず二秒くらい、遠くを見たわ。
まだ、この世界で見た事ない海が見えた気がしたわ。
ざざーんて、波の音も聞こえた気がしたわ。
見た事無いから綺麗かどうか分からないけれど、ココロのスイッチは切り替わったわ。
視線を残念美人に戻したら、何か企んでいるような、試すような目つきで俺を見てる。
あれ? 俺今、こいつに馬鹿にされてる?
そう思って残念美人の顔を見直したら、一瞬不穏な空気が流れたけど、至って平和的に笑顔を交感して事なきを得ました。
なんだよ、こいつ。マジで。
「そんな事よりも、先導者として来たんだから、ちゃんと使命を果たしたいんだけど?」
そんな事って何だよ。つか使命とかこそ、何? そういうの間に合ってると言いたい。
腕を組んで困るんですけどって態度で言い切った残念美人に全力で伝えたい。この気持ち。
自信あり気に胸を張り、薄っすらと光を帯びて胸を張る残念美人が、何を先導するつもりなのか知らんけど、こいつについてっていい事があるとは思えない。
それなのに、俺の脳みその奥底で、何かがずろりと神経を撫で上げる。
露骨にこいつを連れて行けと、身体の奥底から不本意な衝動が沸き上がる。唐突に沸き上がるその不快感に身震いしていると、さらに頭の中心で鈍痛がキシキシと嫌な音を立てる。
ものすごく気持ち悪い……。
これが虫の知らせだと言うなら、この世界の虫はどんだけ歪なんだろう。
全身の肌という肌が、ざざっと一斉に鳥肌を立てるほどの不快感に包まれながら、不意に一筋の光明が見えた気がした。
その道筋を辿れば、この怖気立つ不快感から解放されるのだろうか。
ただ、今この時に、俺の神経を逆撫でするこの不快な感覚から逃れるのに、この光を追っていいんだろうか。
その光は、決して優しくなくて、もちろん温かくもなくて、ただ、そこを進めば楽になるだけの、何の解決にもならない、からっぽの光に見えた。
ダメだ。追い詰められた時に出口に見える扉が見えたら、その扉こそ疑わないとダメだ。
ほんの少し踏ん張って、あと少し頑張ると、それが本当かどうかわかる瞬間がある。
……と、思う。俺の場合、いよいよダメだったら全力で逃げるんだけどね。
じゃあ今この場はどうしようか。
ああ、考えがまとまらない。あったま痛いし気持ち悪い。
だいたいさ、発光する美人てなんだよ。おかしくね?
目の前で膝を抱きかかえるコイツ、マジでなんだよ。
コイツが来てから、寝室がっちゃがちゃだし、急に気持ち悪くなるし、絶対イルマ怒るだろうし。
もうホント、女の子の体に転生しただけでもあらゆる意味で辛いのに、さらにこんな重しとか、俺が言いたいよ。
……ホント、あり得ない。
あまりに動かない俺を心配したのか、残念美人が顔を覗き込んできた。
この不快感とか全部コイツのせいだと思うと、ちょっとくらいやり返しても、誰にも迷惑を掛けないだろう。
そう思った途端、俺は衝動的に残念美人の顔を勢いよく両手で挟み込んだ。
――バチーン!
いきなり両頬を挟み込むように引っ叩かれた残念美人が、何故こうなったのか理解できないという顔を俺に向けてきているのだが、正直俺も、どうしてこうしたかは上手く説明できない。
ただ、さっきまでの不快感や酷い頭痛が霧散して、頭がはっきりしていくから、この行動は少なくとも間違いじゃなかったと思う。
「あ、あにょ。にゃにがしたかっちゃの? にぇえ? けっくういたかっちゃんじゃけどぅ?」
この喃語モドキに答えられる人間っている?と思いながら両手に力を籠める。
わたわたと手足をバタつかせた自称光の妖精は、何とか俺の両手を引きはがそうとするのだけど、半分面白くて、半分意趣返しと思っていた俺は、知らず知らずの内に力を籠める。
「いはい! いはいから! いはいってば!」
んー、頭がすっきりしてきたら、今目の前で自分の顔を挟み込む俺の両手を、何とかして解こうとバタバタする残念美人も……多少は……可愛らしく思える……?……かと思ったけど、ああ、無理。
すっげー無理。
なんせ初手から一方的だし? 言いたい放題言わせてたら、頭が割れるほどなんかよく分かんないエナジー? オーラ? ぶち込んでくるし?
それにしても、言葉にならない言葉でいつまでも喚くな。
ああ、そう言えば名前聞いてないな。いつまでもこいつ呼ばわりも不便だ。
「そういや、名前聞いてなかったな」
ビクっと体を強張らせた残念美人は、露骨に視線を逸らした。
なんだろう、聞かれたくない話だったのか? でも名前だぞ? 普通聞くだろ。挨拶だってあるし。
「……無いのよ。まだ無いの! あなたが付けてくれるはずだったから!」
全力で俺の拘束から逃れた残念美人は、何ギレか分からないキレ方でそう言った。無理やり解いたから綺麗な髪がぼさぼさになっていた。うーん、残念。
しかし名前ないのか。しかもアリシアが名付けるはずだったねぇ……。
……なんか引っかかるな。
魚の骨が喉に引っかかった時のような違和感。なんだかもやもやする。
この感じ気になるんだけど、それはそれとして、名前が無いのは不便だ。いつまでもこいつとか残念美人扱いも不憫だしな。名付けるはずねぇ……俺、センス無いんだよな。
頭の中でいくつか候補を並べていたら、鮮明なイメージが浮かび上がった。まるで、これ以外は認めないと言わんばかりの強烈なイメージで浮かぶのは、リリコットという名前だった。
いい名前だと思った。音も軽やかで可愛らしい。
ただし、目の前の残念美人にはちょっと無理があると思う。
黙っていれば憂いを帯びた儚げな美女にしか見えないから、この可愛らしい名前はちょっと不釣り合いだろう。
そう考えている間も頭の中でわんわんと、リリコットという名前が燦然と輝いて浮かぶのだが、一度「ちょっと、ねぇ?」と思ってしまうと、どんなに猛プッシュされても受け入れられない。
しかし浮かび上がる名前を完全には無視できない。というよりも、リリコットありきでしか思考が纏まらない。
「リ、リー。リリ……リリエンヌ。そう、リリエンヌはどうだ? 愛称はリリで」
俺がそう言った途端、残念美人の胸の辺りから光が溢れ出し、また寝室が閃光に満たされた。
油断していたから目の前がチカチカするし、いちいち派手で困る。
「リリエンヌ。いいわね、気に入ったわ。……いえ、素敵な名前を頂戴しました。ありがとうございます、主様」
口調! 態度! 変わり過ぎ!
余りの変貌っぷりに呆けていたら、リリエンヌは俺に構わずそのまま話し続けた。
「これより先導者として主様のお側でお仕え致します」
ここで「はい、よろしく」と言える図太い根性なんてない。同じくらい「いや要らない」とも言えないが。
ただ、先導者も気になるし、さっき感じた不快感や違和感も気になっている。
思わず溜息が出る。
名付けまでしたしな、色々気になる事もあるから、受け入れざるを得ないか。
「ああ、よろしくな」
そう言いながら右手を差し出したが、何故かリリエンヌは俺を睨みつけていた。
居住まいを正して直立する姿は、光の妖精だと言われたら何も疑わずに信じただろう。
「言葉遣いはきちんとなさってください。主様はアリシアお嬢様なのですから。よろしいですね?」
なのにこれですよ。なんで俺、いきなり叱られてんだ?
差し出した右手をどう引っ込めるか考えながら頷く。
「よ・ろ・し・い・で・す・ね・?」
「わ、分かりました。よろしくお願いしますわ」
なんとか貴族令嬢らしく答えた俺に、リリエンヌは満足そうに頷いて一言「よろしい」と言う。
あまりのキャラ変ぶりに何も言えなくなっていた。いや、むしろ今夜の疾風怒濤の展開で、意識を保っていた自分を褒めたい。
意識を保っていたと言えば、この寝室の惨状はどうしたものか。
ベッドに座り直して辺りを見回すと、開け放たれた窓、虹色鳥が盛大に羽ばたいたせいで天蓋は捩じれ部屋中羽毛が散乱している。更にベッドの上もぐちゃぐちゃ。
どうすんだよ、これ。
あ、なんだか気が遠くなってきた……。
「お嬢様、お目覚めの時間です」
イルマの声で目を覚ます。いつも通りに落ち着いた声を聞きながら起き上がると、寝室は何も変わりが無かった。
ベッドを包み込むレースの天蓋から出ると、部屋中に飛び散った羽毛どころかチリ一つ落ちていない。
どうやら昨夜のアレは夢だったのかと納得していると、アリシアの身支度を手伝う侍女ーズが続々と入って来た。
その先頭に、リジュー家侍女のお仕着せに身を包み、プラチナブロンドをひっつめ髪にしてレースのついたカチューシャを付け、理知的な眼鏡をかけたリリエンヌがいた。
「うぇ!?」
驚きのあまり声を漏らし、目を瞠ってリリエンヌを凝視していたら、イルマが呆れた声で言ってきた。
「お嬢様、リリがどうか致しましたか?」
「え? リリ? え?」
「そんな、初めて見たかのようなお顔をなさって。リリはお嬢様がご幼少の頃からお傍に仕えておりますのに、一体どうなさったのです?」
そう言ったイルマに目を移すと、何に驚いているのか全く理解できないという顔していた。
はぁ!? 昨日初めて会ったし! てかメイド姿も今初めて見たし!
それなのにリリエンヌは、リリと呼ばれて愛想よく返事を返すところを見ると、他の侍女とも完全に馴染んでいる。
これは一体どういう事かとリリエンヌを見ると、何も言わずにウィンクしてきた。
なんぞこれ? どゆこと?
誰か説明してくれぇ!
貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。
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