2-40
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
先日は脱字報告ありがとうございました。
全く気付いていなかったので助かりました。ありがとうございました。
「やっぱり寮とはいえ、自分のお部屋は落ち着くわね」
俺がそう言ってお茶の準備が整ったテーブルにつくと、にこやかな安堵の笑みを浮かべたイルマがお茶を淹れてくれた。半年前と同じく先発したイルマ達の尽力で、すっかり片付いて落ち着いた寮の部屋でカップを持ち上げると、この世界に来てからアリシアお嬢様のお好きな銘柄だと何度も聞かされてきたお茶の香りが鼻腔をくすぐるのを感じる。
初めに強く感じる香りの奥の方からふわりと柔らかくも、蜂蜜にも似た甘い香りが追いかけてくる。正直元の世界でプロが解説するお茶の香りとかそういうが、ああこの事言ってたのかなと分かるようになった。
こういうのにすっかり俺も慣れたモンだと自画自賛していると、軽快と言うにはちょっと無理がある、重々しくドアをノックする音が響いて来た。
流石に驚いていると、リリエンヌは頬を撫でるそよ風を気に留めないとばかりに、平然とドアを開けて応対していた。
さすが光の妖精。肝が太いね。
いや、だってドアの向こうに立ってるの、ちらっと見えたけどユージニの側仕えだよね。上位家格の家人を相手にしても全く動じていない。これはあれか? 入学以来のドタバタですっかり慣れたって事か。いや、元々肝が太いだけかも知れない。何せ光り輝きながら闖入してきて、いきなり「光の妖精です」と自己紹介したんだもんな。エミリーも光の妖精だと言っていたから間違いなくそうなんだろうけど、こうしてデキる側仕えとしての姿を見ていると、ちょいちょいバカな事を言う姿は何なのかと疑問が浮かんでくる。
側仕えのお仕着せで大きく主張してくる白のスカラプリオもほとんど揺らさずに、静々と歩いて来た。ぶっちゃけローラースケートでも履いてるんじゃないのかとつっ込みたくなるほど速いのが怖い。
「ウジェニー・フィリス様より、お茶会のお誘いでございます。この後ご都合がよろしければ、と」
断る理由も無いので黙って頷くと、リリエンヌは会釈してドアに戻って行った。するとイルマが傍に来て耳打ちしてきた。
「お嬢様。ウジェニー・フィリス様だけでなく、女子寮にお部屋をお持ちのほぼ全てのご令嬢方から、お茶会の打診を受けております。ただ、皆様マリー・シャルロット様やウジェニー・フィリス様方に遠慮なさっているようで、恐らく明日以降から申し込みが増えるかと……」
言い終えたイルマは「お疲れさま」と労わるような視線を送って来ていた。
うえぇ、ホント貴族ってめんどくせぇ……。あれ? いや、マリーとユージニに遠慮してるのなら、二人のお茶会をお断り続けていれば安泰? かな?
「そのような事、叶うはずございません」
バカな子供の考えなどお見通しだとばかりに首を横に振ったイルマに、ぴしゃりと言い切られた。
ですよね。
カップに残っていたお茶を飲み干すと、ユージニの侍女を見送ったリリエンヌが戻って来て言った。
「問題の先送りは何も解決致しません。一つづつでもきちんと解決なさいますよう」
なんでお前にまでバレてるんだよ。地獄耳かよ。
いや、妖精耳か?
……まぁいいや。リリエンヌの言う通り、問題の先送りをしても意味が無い。
イルマ達に手伝って貰いドレスに着替えた俺は、リリエンヌを連れてユージニの部屋に向かった。
流石伯爵令嬢のお部屋。部屋に招き入れられるとまず広い。そして、比べるまでもなく調度品のレベルが高い。前からきっとそうだろうと思っていたけど、直に確認するとただ「やっぱりね」という感想しか浮かばなかった。
うん。学院綱領は全然仕事していない。平等とか何とかは一体どこに離散しているんだ。
もっとも、寮の部屋はプライベート空間と言っても過言ではないから、綱領の範囲外なのかもしれない。そうは言っても、アリシアの部屋はこじんまりとまとまった3LDKくらいで、ユージニ部屋は余裕のある5LDKはありそうだ。そもそもリビングルームの広さが倍ほども違う。
リジューの領主館にある小ホールに近い広さに、半ば呆れているとユージニの側仕えがテーブルまで先導してくれた。
さっきのリリエンヌに負けていられないと気合を入れて、指先からつま先まで神経を払いつつ楚楚とした所作でテーブルについた。ユージニの側仕えに軽く会釈して案内の礼を伝えてから、改めてユージニに微笑みかけると嬉しそうに微笑み返してくれた。
流石貴族令嬢。夏休み明けでもお肌は真っ白けで、同僚や後輩ちゃんが会ってたら、どんなUVケアをしているのか問い詰めるだろうと思った。それくらい、瑞々しくて透明感のあるお肌をしていた。
こういうところに意識が向くようになったのが、俺も本当にこの世界に慣れたきたと喜ぶべきか、受けてきた教育の賜物と喜ぶべきか。いずれにしても、昔の俺なら女性の肌なんてまったく気にしていなかったから、変われば変わるものだと思わざるを得ない。
およそ二週間ぶりの再会の挨拶を交わして、近況を伝え合った。
ユージニは往復一週間かけて西部の領地に戻ったらしい。なんでも年の離れた兄が大半の領地経営を任されているそうで、父親と一緒の里帰りだったそうだ。ついつい自分の場合と比較してしまうが、片道三日ほどを馬車に揺られての旅と考えると、結構うんざりするな。もっと遠隔地の領地なら、夏休みが二か月あってもなかなか里帰りが出来ないだろう。
実際に、それを理由に王都別邸で過ごす学生も多いと聞いている。そういう意味では、”婚約者候補”の選考基準には、万が一に備えて王都からの距離も含まれているかも知れない。
「では、タランス教授がわざわざリジューまで出向かれてますの?」
「ええ。もう研究棟にお戻りになっていますが、私も一か月半も横になっておりましたので家庭教師をしていた誼という事で、教授が指導してくださいました。私は大変な栄誉でございますが流石に過分と何度もお断りしたところ、両親からそれでは却って失礼にあたると……」
誼と言っても、去年はあいつアリシアの魔力を見て興奮して飛び出して行ったきりで、言うほど縁があったとは思えない。実質ちゃんと教えてくれたのはこの夏休み中くらいなもんだ。
それでも、現実問題として勉強の遅れを取り戻すのに多大な協力をしてくれたのは本当に助かっているし、新しい光の魔法も編み出す事が出来た。何よりエミリーとの密会でも骨を折ってくれた事は理解しているので、俺なりにちゃんと感謝はしている。
ただなぁ、なんか魔道具を作っては魔力を注げとか動作させろとか言ってくるのが、完全に実験動物扱いなんだよなぁ。変な臨床実験とか仕掛けてこないだけマシと思う事にしてるけど。
穏やかなお茶会に気が緩んできた頃、ユージニは不意に人払いを命じた。
この部屋の主に逆らう事は出来ない。俺もリリエンヌに下がるように言う。
タランスチェックも無くリリエンヌもいないこの部屋では、迂闊な事は言えないと気合を入れていると、人払いを確認したユージニが話し出した。
「王都も学院周辺は随分と落ち着いて来たのですが……」
話のきっかけにやっぱりと思いながら大人しく聞いていると、その内容にもやっぱりという暗澹たる思いになった。
モンリュージュ侯爵令息アロイス君、相変わらず何やら動き続けていた。以前に比べれば目立たないように、粘り強く細いコネの糸を手繰って、何人かの女子生徒に繋がったらしい。厳密に誰とつながったのかははっきりしていないが、俺が寮に戻って来た事も当然把握しているだろうとの事だった。
なんて言うか、『隠者』なら隠者らしく大人しくしておいてくれれば良いのに。
うんざりという気持ちを隠さずにいたら顔に出ていたんだろう。ユージニはくすりと笑う口元を手で隠しながら続けた。
「ですが、あの方の動きは結果として周囲をけん制したと言えますわ。財務系も含めて目に見えて落ち着いて来ましたから」
何の事かと首を捻っていると、ユージニが解説してくれた。
現財務卿モンリュージュ侯爵の懐刀とも呼ばれてきたリジュー子爵。その令嬢アリシアは王立フォルミニス学院入学以来、”光の魔法適正”持ちとして注目を集めていたところに狩猟大会で謎の力を行使した。これを受けて沸き立ったディアフルーレ貴族社会に王家も声明を発表するに至り、今財務卿の次男アロイスが精力的に活動を続けている。
固有名詞が入っていても、未だに自分を取り巻く環境の話だとはすぐに飲み込めない。
ただし、ユージニの言う事も分かる。
アロイスが動き回ったせいと言うか、お陰と言うべきか、要は「財務卿が抑えたのであれば、手出しし辛い」という事であり、ユージニ個人として「ディアフルーレ貴族社会がガタガタにならない状況は望ましい」という所だろう。
俺の「アロイスが候補になるんじゃないかな」発言もかなりの勇み足だっただろうけど、それでも本人による既成事実の追認と捉えれば、ガチャガチャと騒ぎ立てていた層は落ち着かざるを得ないというところか。
「夏休みまでは随分と慌ただしかったので、これからは落ち着いた学院生活を送る事が出来ればとぞんじます」
ユージニの情報に安堵した俺は、きっと彼女もそう思っているだろうと思いながら微笑んでみせた。するとユージニは「そうですわね」と微笑み返してくれた。
しかし俺は気付いていた。答える前のユージニが、ふっと寂しそうな顔をした事を。
何だろう。何? 今度はユージニとジャン・ポールの間で何かあったの? 火災は初期消火が大事だよ?
皆若過ぎるから何がしか衝突したっておかしくはないけど、それにしてもAクラスの皆はモメ過ぎてないか?
俺の怪訝な表情に気付いたユージニが照れたように頬を赤らめていた。
分かった。何か話を聞いて欲しいんだな。ほんと女子って話を聞いて欲しいと思っていても、自分からは振らないよな。
しかし今の俺は、肉体的には同性だ。精神的にはお兄さんでもある。ここは年長者らしくどーんと構えて話を聞こう。
そう思った俺が促しても、なかなか話してくれなかった。ま、確かに俺に話したからと言って、ユージニの心配なり不安なりが解決するとは限らない。だいいち、俺もそこまで傲慢な事は考えていない。話せないなら話さないでいいと、少し長めになったお茶会のお礼を言うとしたその瞬間に、ユージニがぽつりと言った。
「エルシーが……少しづつ、離れて行くように感じる事があるのです」
うん? どこに? むしろ愛称で呼び合うほど精神的には近づいたし、こうして女子寮でお茶会するくらい物理的にも近づいてるじゃん?
何を言ってるんだ、この子は。
そんな俺を見たユージニは「エルシーったら……」と言いながらコロコロと一頻り笑うと、すっと手を伸ばしてきて俺の左手に添えた。
ぽわっと温かく柔らかな彼女の右手は、注意を向けないと分からないくらい小刻みに震えていた。驚いて顔を見上げると、下唇をくっと噛みながら俺の顔を見詰めていた。
何か俺に伝えたい事があるんだろう。静かに待っていたが、ユージニは言葉をぐっと飲み込むように小さく頭を振ると、右手を下げて言った。
「明日からはテストが始まりますが、エルシーは準備はできていて?」
ありゃ?
露骨な話題の切り替えに面食らったものの、深追いする必要も無いか。相談事があるなら本人が言ってくるのを待とう。シルヴィの時はそれで何とかなったし。
そう思い直した俺は、質問に同意して頷きながら答えた。
「ええ。夏休み前の一か月半を取り戻そうと、勉強ばかりしていましたわ」
「あら、エルシーがそんなに頑張っていらしたなら、わたくしももっと頑張らないといけませんわね」
完全に気持ちを切り替えたようで、ユージニは楽しそうに笑いながらそう言った。これを合図に、隣室に控えていた侍女達が呼び入れられ、急なお茶会は終わった。
俺としては、隠者ことアロイスと周囲の様子が聞けたのは助かった。情報は貰ってばかりとはいかないから、次は俺から提供できる話も用意しておかなければならない。
ユージニに見送られて部屋に戻ると、予想よりも遅くなった事を心配したイルマが待ち構えていた。
二人に手伝って貰い室内着に着替えた俺は、夕食の時間まで勉強机に向かっていた。とは言え、あまり集中出来ていなかった。ユージニがお茶会で見せた不安そうな顔や隠し切れなかった仕草が気になって仕方ない。
あれは何だったんだろう。
ぼーっと考えていると、イルマが何通かの手紙を差し出してきた。
リュシーやコレットからはテスト後の昼食の誘いだったが、マルティーナからもお茶会の誘いが届いていた。マルティーナの名を見た瞬間、体が強張るのを感じた。
ラ・ロングヴィル伯爵夫人から注意された事もあり、必要以上警戒するつもりは無い。だけど、彼女とエミリーが繋がっているという事は、あの日の会話の中身もある程度流れていると考えるべきだ。
その意味では、何がどれほど流れているか確認が必要になる。だからマルティーナの誘いを断るつもりは無い。しかし馬鹿正直に一人で相対する必要は無い。リュシー達を確実な味方にしよう。
いっそエミリーに直接ぶつかってみるのも面白いかも知れない。エミリー達の繋がりを、俺が把握している事を知っているかどうか試す事も出来るはずだ。
その後も手紙の差出人を確認していくと、マクシミリアンやミュラ先輩からの手紙が出てきた。最後の一通まで確認した俺は、手紙の束を勉強机に放り投げながら天井を仰ぐと、ラ・ロングヴィル伯爵夫人の言葉を思い出して噛みしめていた。
『味方を固め、味方を増やしなさい。まだ時間は十分にある』
そうだ、まだ時間はある。定期テストの準備もしなければだが、リュシー達にどこまで話をするか考えなければならない。
あれこれと考えている内に、イルマが夕食の準備が出来た事を知らせると俺は返事をして立ち上がった。
一度机を振り返ると、放り投げた手紙の束が目に入った。無意識の内にアロイス・ド・モンリュージュからの手紙に注目していた。
まさかこんなに早く直接接触してくるとは思っていなかった。それだけに、少し急ぐ必要があるかもしれない。とりあえず夕食を取ってから一通づつ読もう。
お腹の辺りに力を込めながら、俺はリビングに向かった。
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