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早速のブクマありがとうございます。
気付くの遅れて申し訳ありません。
2019/11/30:数字を統一しました
2020/02/20:統一漏れを発見したので、次いでに一部修正。
正直言うと、礼儀作法とマナーの講義はそんなに嫌いじゃない。
どちらもいくつかの定型があって、それを理解し場面に応じて忠実に踏襲すればいいのだから、ある意味暗記科目だ。同じ括りで古語と、追加された国史はむしろ好きと言えた。アリシアの事はさておくとして、知らない事が学べるのはそれなりに楽しい。
そしてダンスは俺の経験とアリシアの経験が混ざり合って、歳相応以上に踊る事が出来るようになった。ただし最初は、どうしても男の俺が邪魔をした。経験はあってもトレーナーになる程ではない俺は、リードされる事に慣れるまで少しかかったのだ。
問題は詩文と刺繍だ。こればかりはセンスの問題で、俺もアリシアもこれらのセンスだけは無かった。
それはもう見事に欠落していた。それでも刺繍は、反復練習で運針は早く綺麗になったものの、デザインと配色のセンスだけはどうにもならなかった。
担当の先生がこめかみをピクピクと痙攣させながら、辛うじて苦笑いしていた詩文は壊滅的で、常に情感豊かにと注意を受けるんだけど、貴族的な言い回しに季節の言葉選び、言葉の順序と構文の妙等々、結局センスじゃねぇか!と叫びたくなった。
いや実は深夜に、のそりと起き出して辺りを警戒し、人がいないと確認してから枕にしっかり顔を埋めてから、可能な限り声にして発散した。
センス無くて悪かったな!と。
大体翌日の朝食に、アリシアが好きな季節のフルーツを混ぜたヨーグルトに蜂蜜をかけたデザートが出てくるので、俺の気遣いはあまり意味が無いようだ。
領地に戻って半年の間、いつの間にか夏が過ぎ秋の深まりを肌で感じるようになった。
必死で走り過ぎた日々を振り返ると、ほとんど毎日家庭教師の授業と課題をこなし、休日には家族で領内を巡視しつつピクニックやハイキングで過ごしてきた。
潤いや憩いに少々欠ける日々ではあるが、領地持ちの貴族としては当然の日々だろう。
領主たるギヨームが不在でも、領主夫人のエリザベスはそういった義務を疎かにしなかった。
巡視の合間、偶に伯父のユーグの館やギヨームの部下が統治する村に行って、会食や夜会に出席した。カミーユはまだ幼いから欠席という選択肢もあるが、アリシアはすでに十二歳。長女でもあるので滅多な事では欠席出来ない。
正直意見を求められる事も無いし、そもそも発言権の無い場を引き回されるのは、だるい。
そして今日がその偶の日で、俺達家族は1ヵ月ぶりにユーグの夜会に出席する為に彼の館を訪れていた。それと言うのも近々ギヨームが王都に戻る事になったので、また領地経営よろしくねって訳で家臣と、領民でも上位の者を集めたパーティーである。
「アリシア! カミーユ! 久しぶり!」
元気いっぱい男の子丸出しで、ユーグの一人息子であるジャンが駆け寄ってくる。その姿は父親譲りの暗めの青い髪にぶわっと風をはらませて、濃い茶色の瞳をキラッキラさせながら駆け寄ってくる。
すぐ隣でカミーユが頬を上気させてジャンに手を振ってる。
男の俺が言うと語弊があるかも知れないけど、コイツ絶対モテんだろうなって思う。まだ九歳なのに、ユーグの教育が行き届いているのか無駄なぜい肉とか一切無くて、手足もスラッとして長いし。
ただ、コイツが即落ちさせるのは圧倒的に年上だろう。
今もアリシアと同世代の女の子や、あるいはもう少し年上の女の子が、目から可愛い可愛いと何かの秋波を発信しまくってる。
「お久しぶりです! ジャンお兄ちゃま!」
カミーユがにこにこ顔でそう言うと、ジャンはアリシアの記憶のまま、可愛がってきた従妹の頭を優しく撫でつけた。
「久しぶりって、ひと月くらいじゃない」
俺がそう言うと、何故かカミーユまでジャンと同じようにぶーっと頬を膨らませて威嚇するような目を向けてきた。そしてジャンは「周りはみんなアリシアが変わったって言うけど、あんま変わってねぇな」と言って、一人で笑い出した。
なんでやねん! 変わったちゅうねん! 主に中身がな。
もちろんそんな事はおくびにも出しませんがね。
俺がそんな風に思っている事も知らずに、ジャンが話題を変えてきた。
「ところでアリシアは、ギヨーム伯父上と一緒に王都に戻らないんだって?」
頷いて肯定すると、理由を聞いてきた。
今回はギヨームだけが王都に戻るので、カミーユも興味津々といった顔を向けてきた。
俺はハァと小さな溜息を吐いてから答えた。
「私、来春には学院に入学するでしょう? まだまだ勉強が足りないから領地に残して欲しいってお願いしたの。お父様は、王都の方が良い教師に恵まれるから今まで通り皆で行きたいって仰るのだけど、あと半年も無いのに先生が変わるなんて私が嫌だって強請ったのよ。そうしたら、お母様とカミーユも一緒に残るって……。お父様には少し、悪い事をしてしまったわね」
分かってんだかいないんだか、ジャンは目をパチクリさせながら「なるほどねぇ」と何やら独り言ちている。
「いや、父上が少し心配なされていてな。エリザベス伯母上も残られるなんて、子爵閣下ご夫妻にしてはあり得ない事だと、母上も一緒に、な……」
ああ、それか。
そうなんだよな、あのザ・官僚って感じのギヨーム。この半年余りよくよく観察してたら、ただの愛妻家でした。それも両想いでベッタベタの甘々夫婦でした。
でもまぁ、二人とも公私の区別は完璧で、外じゃ要求以上の仕事こなしてるから、内でどんだけ甘々でもそれくらいはいいんじゃないかと思っている。
カミーユも相思相愛の両親が大好きだし。
「ユーグ伯父様にもデボラ伯母様にも、心配かけてしまって申し訳無いわ。ねぇジャン。もしよければ、私がお詫びしたいと言っていたと伝えて貰えないかしら?」
ジャンは大仰しいと笑いながらも、伯父夫婦への伝言は快く受けてくれた。
パーティーはいつも通りの流れからいつしかダンスタイムとなり、自領ならではの見知った仲間で老若男女が入り混じる楽しい時間となった。
俺もジャンとダンスを踊ったけど、九歳にしては上手に踊っていたと思う。率直に褒めたら照れてたけど、ああこいつ、将来絶対女たらしになるなと確信した。
いや、それにしたってギヨームよ。
単身赴任が辛いからと娘達とも踊りたいってのはどうなんだ? 今生の別れみたいな悲壮感出してたけど、王都まで一日半だぞ?
一家の大黒柱としてもう少し落ち着いて欲しい。
やがて冬になった。
ディアフルーレ王国全体は比較的温暖だが、北部は山がちな事もあって雪が降るらしい。稀に王都や、ここリジュー領でも雪が降ると言うから、折角なので異世界の雪も見てみたいものだ。
今のところ、乾燥した寒風が吹くばかりで、雪どころか雨も降らないけど。
勉強の方は、ここに来て魔法の講義が追加された。その代わり、成長が見込めない詩文と刺繍は淑女の嗜みとして、自発的に続けるように釘を刺された。
そう宣告した時のエリザベスの双眸は、なかなかの威圧感があって到底拒否する事は出来なかった。
それにしたって光の魔法ねぇ……。ぶっちゃけ何が出来るの?
俺につけられた魔法の家庭教師はなんと、かつて三つの学び舎の上に立つ王立アカデミーで、研究職に就いていた魔法使いだった。
もっとも、今では俺の家庭教師を受けるくらいだから、何か問題を抱えているのかも知れない。いや、これは俺の邪推か? そもそも魔法を全く知らない俺が何言ってんだって話だから、そこはそれ、授業は至って真面目に受けた。
魔法は適正のある属性だけではなく、相性の良い属性も行使する事が可能だと言う。
相性の良し悪しは図に表す事が出来ると教えられた。
まずそろばん玉を縦にした六角形をイメージする。亀甲型ってやつだ。
上の頂点に火属性を置くと下の頂点に水属性が来る。この状態が互いに反発する関係となる。時計回りに属性を並べると火雷土水氷風で六角形となり、これが属性図と呼ばれる配置図だと言う。
つまり火属性に適正がある人は隣接する相性の良い風属性と雷属性も使えるが、それ以外は使えない。
風属性に適正がある人なら、左右に並ぶ火属性と氷属性が使える。
もちろんこれは、絶対に使えるという意味ではなく、可能性があるに過ぎない。
ここで注目すべきはアリシアに適正があると確認された光属性だ。
光属性は属性図に載っていない。魔法の先生にちらっと聞いたら、光属性は埒外の属性だと言われた。なんぞそれ。
相性の良し悪しと言えば、アリシアの記憶で知ったのだが、光属性は闇属性と強く反発するが、他の六属性とはそれなりに相性がいいと言う事だった。
これってつまり……?
「アリシア嬢は訓練次第で、闇属性を除く七つの属性魔法を行使できる可能性をお持ちだ、と言う事ですな。だからこそ光の属性に適正を持つ貴方には、フォルミニス学院の門が開かれたのです」
俺の質問に答える魔法使いの先生は、まるで娘を見るような顔で頷きながらそう言った。
なるほどねぇ。だから子爵家令嬢でも学院に行けるのね。
いや家庭教師陣にそれとなく色々聞いていたら、学院に入るには最低でも子爵家以上の家格が必要で、しかも成績優秀で無ければまず入学は難しいんだそうだ。
もちろん、王族だの公爵家だの伯爵家以上の家格の場合には、まぁ、ごにょごにょと濁したくなる手段もあるとは思うけど、対外的にも実績的にも基準に厳格である事は、一応守られているようだ。
それはともかく、頑張れば闇以外の六属性も使えるかもしれないと聞くと、俄然やる気が湧いてくる。
だいいち、もしかしたら魔法の力で元の世界に帰れるかも知れないと思うと、やる気しか出てこない!
もちろん、アリシアの為でもある。
アリシアの記憶や体が覚えていた事は、俺でも活用できた。という事は、俺がアリシアから去っても、アリシアには俺が頑張った事が残ると期待しても問題無いだろう。
よーし! やるぜぇ! やってしまうぜぇ!
俺はフンスと鼻息も荒くすると、この魔法使いの先生に師事して、才能を開花させるんだと意気込んだ。
年が改まって、一時領地に戻っていたギヨームは、底冷えする寒風の中をまた一人で王都へ戻って行った。
ギヨームは昨秋の時よりもかなりねちっこく単身赴任を嫌がってみせるから、俺が、春になれば学院の寮に移るとエリザベスとカミーユも王都に戻るから、今よりもっと頻繁に皆で会えると言うまで、恨みがましい目をしていた。
流石にそれは、同性? でもどうかと思うぞ、ギヨーム。
日に日に春が近づき、陽にあたるとポカポカと気持ちが良いある日、エリザベスとラ・ロングヴィル伯爵夫人、そこに俺とカミーユの四人で授業ではないゆるゆるのお茶会をしていた。
お茶請けには、当たり前のようにミルフィーユやラングドシャクッキーなどが並んでいる事への違和感は、もうすっかり慣れた。いや、不感症になったんだと思う。いちいち気にしてたらやってられない。
紅茶を一口飲み、ラングドシャを上品に頂いてまた紅茶を含む。口の中で溶けていく食感は、やっぱり美味しいものは美味しいとしか言えなくて、自分の語彙力に不安がよぎる。
この春の服飾流行予想トークからふと、伯爵夫人が話題を変えてきた。
「そうそう、ご存じかしら? エリザベス、アリシア嬢? この春、学院には第二王子殿下と共にご学友である宰相閣下のご令息、それに王宮騎士団長のご令息、外務卿のご令息の四人が入学されるそうよ」
エリザベスは「まぁ!」と一言いうと目を瞠って驚いてみせながら、続きを促した。
「さらに、隣国の第二王子殿下も留学して来られるそうで。アリシア嬢は大変良い時期に入学されますわね。わたくしにもアリシア嬢と同年の娘が居たらと、ついつい思わざるを得ませんわ」
伯爵夫人ぶっちゃけるなー。
それだけエリザベスと仲良くなってるって事なんだろうけど、ぶっちゃけすぎてるなー。ほら、カミーユが何の事かさっぱり分かりませんって、きょとんとし顔して二人を見てるよ?
仕方ない。俺が聞き流して欲しいって事もあるので、食べづらいミルフィーユを小さめにカットしてカミーユに回す。手元に差し出されたミルフィーユに可愛らしい笑みを浮かべて、カミーユはアレなトークの事を無事忘れたようだ。
「第二王子殿下……そう、シャルル・アンリ様でしたわね。宰相閣下のご令息はジャン・ポール様、騎士団長ご令息が……そうそう、たしかアレクサンドル様でしたわね。それで外務卿のご令息が……」
続けるんかーい!
胸の中で突っ込んでも届くはずもなく、エリザベスが必死に思い出そうとうんうん唸っていると、伯爵夫人が素早く助け船を出した。
「ミシェル様ですわ。ミシェル・ド・マラン。外務卿、マラン枢機卿のご次男ですわね」
ふーん、シャルル・アンリにジャン・ポール、アレクサンドルにミシェルねぇ……。
うん?
あれ? その並び、その名前、なんか聞き覚えがあるような……。
あれぇ? どこでだったかなぁ……?
前に、そうかなり前、二年くらい前か……な?
……あー! そうそう! 思い出した!
一昨年の夏の日。
会社の昼休みに俺と、仲のいい同僚の女性とその後輩の三人で昼飯食ってたら、二人が同じ趣味と分かり更に同じゲームにハマってたと、きゃいきゃいと黄色い声を上げて会話してたわ。
聞き流してるとシャルル・アンリとかジャン・ポールって名前が出てきたから、フランス史が絡んでるのかと混ざったら……全然違った!
乙女ゲーって呼ばれる、恋愛ゲームの話だった。知らない話題だったからちゃんと聞いていたつもりなんだけど、題名なんて言ったかなぁ……。
確か二人が交互に会話してたのを断片的に覚えてる。
『不器用なミシェルが外務卿の跡継ぎになる事になって懊悩する件が! サブヒロインの涙が!』
『正統派王子のシャルたんも実はバックグランドがちゃんとしてて、実に正統派が正統派として確立してるのがいいよね!』
『ジャン・ポールが女子二人の板挟みに迷うとこ、ただの優柔不断じゃないんだよね!グッとくる!』
『脳筋扱いされがちだけど、アレクサンドルマジ武人。あれは脳筋なんじゃなくて漢気』
うーん、思い出せたものの、名前しか繋がってないな。
あ、いや。なんで名前で記憶が繋がるんだ?
うぅーん……うーん……は!? え!?
……思い出した。
どういうゲームか聞いた後、プレイヤーが操るキャラクターも教えて貰ってたはずだ。
確か……。
『え!? 一条さんこういうゲームも興味あるんですか?』
『どんなゲームかは興味あるよ』
『えーっとですね。ざっくり言うと、とある女の子になって貴族が集る学院でイケメンと交流していくのが本筋の恋愛ゲームですね。ただし初回プレイだとヒロインはその子一人だけなんですが、めっちゃ可愛いんですよ。子爵家令嬢で光の魔法って特別な力を使えるんです。あ、それがあるのでシャルたん達、えっと攻略対象が居る王立フォルミニス学院に入学できるんですけど、実はこのヒロイン、公式チートなんですよ。一周目はいわば全編チュートリアルみたいに適当にプレイしても狙ったキャラは落とせるという』
『そうそう。初期ステータスド底辺なのに、有無を言わさぬ公式ブーストでガンガンステータス上がる系でね』
『そう。このジャンル未経験だったらヒロインでもいいんですけど、二週目以降では攻略対象毎に設定されてるサブヒロインでのプレイが解放されるんですが、こっちのが断然、シナリオもテキストもスチルもめっさイイんですよ』
『分かるー!』
『だから初回プレイでも序盤はアリシアちゃん! 一緒に頑張ろうね!って思えるんですけど……ぶっちゃけ中盤以降は……ねぇ? 作業? みたいな?』
『サブヒロイン解放されると一転、悪役令嬢と比べ物にならないほど、暴れまわるよね。あれで調整入ってますって、ギャグっしょ』
『ですねぇ……付いたあだ名も”シン・悪役令嬢”って。気持ちは分かるんですけど、なんだかんだ言っても初期ヒロインだから、私は嫌いになりきれないですけどね。だってアリシア・ド・リジュー子爵令嬢って……キャラデザまじ可愛いし』
は? アリシア・ド・リジュー子爵令嬢……?
それって、俺じゃね?
つまりここって……ゲームの世界?
な、なんだって―――――!?
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