1-11
王都へ向かうリジュー子爵家の隊列は、概ね予定通りに進んでいた。
途中に何度か挟んだ休憩では、ピクニック気分でみんな一緒に軽食を食べたり、休憩後にカミーユがこっちの馬車に乗ったり、エリザベスに呼ばれて俺が向こうの馬車に乗ったりしながら、延々とお喋りしての移動だった。
かつて領地に向かう時のように、会話が途切れる事も少なかった。
それと言うのも、ラ・ロングヴィル伯爵夫人による礼儀作法やマナーの授業には、貴族としての会話術も含まれていたからだ。時と場所と場合に合わせて、円滑に理知的で優雅な話題の作り方や選び方も徹底的に仕込まれた。
以前研修や仮配属で営業じみた事をやった事もあるが、これだけ対人スキルが上がった今なら、もっと上手くやれる気がする。
もちろん営業職を、ではなくアリシアとしての話だ。そりゃそうだろ。顧客のとこ行って、次のドレスの流行ネタや新しいお菓子の話を、貴族の言い回しで優雅したってどうしようもない。
伯爵夫人の授業によると、学院には貴族らしく大小様々な派閥がせめぎ合っている。
例えば王族が学籍を置いていれば、その王族の周りを固める派閥が、いなければ有力貴族を頂点とした派閥が形成される。それは王宮内外で渦巻く貴族の権謀術数に比べて可愛らしいものだが、その経験はもちろん、誰のどんな派閥に籍を置いたかによって、後の人生を左右するという。
特に今年は、第二王子シャルル・アンリ殿下を始めとして、外務卿や王宮騎士団の令息とその婚約者候補が入学する。彼らが実質的な”第二王子閥”として入学するという事は、誰の目にも明らかだろう。
しかしそうなると、現在二年に籍を置くジョルジュ・ロベール王太子殿下の”王太子閥”や、実家の影響力を持ちこんだ有力貴族閥との兼ね合いも注意しなければならない。
いくら大人のそれに比べれば可愛らしいとはいえ、派閥抗争は単なる内ゲバじゃない。ディアフルーレ王国という枠内で、自家がどう立ち回っていくかに直結する高度な政治問題だ。
だから最大派閥に身を寄せるのは一見楽だし最適にも思えるが、よほどの力量を示さなければ有象無象の一人でしかなく埋没してしまう。それではと中小の派閥で目立った中心的人物になっても、今度は大手の派閥から危険視されたり軽く見られたりする事があり、後の貴族社会で損をする事も少なくない。
まとめに伯爵夫人はこう言った。
「安易に特定の方々とお付き合いするのではなく、満遍なくお付き合いしながら十分に観察し、様々な情報を集めて精査するのですよ。三年間の学院生活では、決して慌てたり焦ったりしてはいけません。何よりもご自身とリジューの家の為に、です」
脅しつけるような内容で語気も強めだったが、アリシアとエリザベスを心配しての事だという事は、伯爵夫人の親愛のこもった面差しで分かった。
それにしても、貴族社会って本当に面倒くさいな。
だいたい十三歳やそこらで婚約者や候補者がいるってのが、ちょっと気味が悪い。
いや、知識や理屈としては理解できるんだ。貴族社会だから結婚は家同士の問題。恋愛感情で家の浮き沈みが決まるようじゃ困るというのも分かる。戦国時代の国人や大名だって、九歳かそこらで政略結婚をしていたんだから、そういう世界なんだと思えば理解は出来る。
でも、年齢だけで言えば中学一年くらいだろ? やっぱり違和感というか嫌悪感はあるよな。
「主様? どうかなさいましたか?」
リリエンヌの呼びかけで我に返った。
「いいえリリ、何でもないわ。さっき、あちらの馬車での会話を思い出していただけ」
俺がそう言うと、リリエンヌはそれ以上追及しなかった。
小さく頷いて、あと2時間程で王都ル・ディアマン外縁部に差し掛かると教えてくれた。俺達は今夜、王都外縁部にある貴族が利用できる宿に投宿し、明朝から貴族街へ向かう。学院もリジュー家の王都別邸も貴族街にあるからだ。
王都は北部の山々から流れ出した川が集まった大河カルムフルーヴ川と支流のプティセルパン川の、トの字を左右反転したような合流地域に位置する大都市だ。
カルムフルーヴ川の東岸に広大な王宮を取り囲む貴族街があり、街の拡大と共に南に伸張した。拡大されたエリアは下級貴族や平民でも豪商や豪農の屋敷がある。貴族街に屋敷を構える貴族は普通、発展の大元になった王宮周辺の貴族街をヴィレ・ディアマンと呼ぶが、伸張した南エリアに住む人の多くが自分達の住むエリアも含めてそう呼ぶので、ちょっとギスギスと言うか王都あるあるネタらしい。国史の授業でこの話を聞いた時は、なんだか少し京都っぽいなと思った。
その後も拡大を続けた王都は、カルムフルーヴ川に多くの橋を架けて西岸にも街を広げた。こちらはヌヴェリィムーブルと呼ばれ、一代限りの貴族や一般平民が住むエリアとなった。それでも人は増え続けて、ヌヴェリィムーブルの南でプティセルパン川にも隔てられた大きな中州に、広大な耕作地とそこで働く小作農家や、脛に傷を持つゴロツキや犯罪者が逃げ込んだエリアがある。
ここは一見すると田畑が広がる牧歌的な風景のエリアではあるが、川を利用した犯罪の利便性が高い事から犯罪者集団の拠点も多いと言う。
こうして大きく三つに分かれている王都の中で三つの学び舎はそれぞれ、王立フォルミニス学院は貴族街に、王立エクセルション学園と国立オーフィキム学校は東岸の南部エリアに設置されていると言うから、その内に機会があったら王都をあちこち見て回りたいものだ。
ただ、治安が悪そうな中洲はどうだろう。みんなに止められるかな……。止められるな、きっと。
王都ル・ディアマンがこれほど繁栄したのは、地味豊かな耕作地に恵まれた事と二つの川を利用した物流拠点として大きな役割を果たしたからだ。
特に後者が大きい。
ディアフルーレ王国は基本的に農業国だが、どういう訳か国内の彼方此方から、多種多様な宝石を大量に産出する。俺が前の世界で習った地質の条件や関連性など皆無で、ダイヤモンドにルビー、サファイヤ、エメラルドなどなど、多くの宝石を宝飾品に加工したり原石のままで諸外国へ輸出している。この為、ディアフルーレ王国は別名『宝石の国』と呼ばれている。道理で、宝石や宝飾品にちなんだ名前が多い事にも頷ける。
産出される宝石の中でも特に重視されているのが、通称、魔宝石とか魔石と呼ばれる”魔力を帯びた宝石”で、属性毎に信じられない高値で取引される希少品だという。
ちなみに魔力を帯びてない普通の宝石は、ディアフルーレ王国の貴族ならば、他国に比べて遙かに安価で入手できる。融通が利きづらいのは海で採れるサンゴや真珠くらいなものだが、真珠は養殖までしているそうだ。
これを知った、と言うか思い出したのは今日、エリザベス達の馬車に乗っていた時だ。
車内でお喋りしていたら、カミーユが改めて学院の制服を羨ましがって、エリザベスもまんざらでもない顔をして話していた。
「我が国は『宝石の国』と呼ばれるほど、様々な魔宝石や宝石を数多く産出しています。ですからディアフルーレの貴族であれば、学院の制服も容易く準備出来ます。よいですか? カミーユ。貴方も学院に進みたいのであれば、子爵家令嬢として勉学に励みなさい」
「はい、お母様! カミーユも頑張ります!」
この後どこでどんな宝石が採れるとか、真珠の養殖話からやっぱり天然物がいいとか、宝石トークが続いた訳ですが、微笑み顔で二人の会話を聞いていた俺は心臓バックバクでしたよ。
『宝石の国』? 魔宝石? 何それ? どういう事?
慌ててアリシアの記憶を探ると、三年くらい前に家庭教師の一人がちゃんと教えてくれていた。そうか、三年前じゃ俺は知らなくても仕方ないか……。
って、アリシアァァァァァ! 宝石三昧の制服に慄いた俺の立場ぁぁぁぁぁ!
ふー……でも仕方ないか。この記憶はこの世界の常識で、子供でも知っている事のようだ。
今だってカミーユがわくわく顔でエリザベスにくっついているし、エリザベスも大きな負担ではないと涼し気な顔をしている。何しろアリシアがちゃんと覚えていたって事は、完全に常識なんだろう。アリシアが常識だと捉えている記憶は、俺が意識的にアクセスしないとお互いの常識の差がなかなか分からない。
今後はもっと意識的に、アリシアの記憶を探り直そうと心に決めた。
そんな事を思い返している内に、俺達一行は王都外縁部に差し掛かった。
出る時はブランケットにくるまれていたし、なんかもう馬車の中は阿鼻叫喚だったから、落ち着いて王都を見るのは殆ど初めてだ。もちろんアリシアの記憶も鮮明だから、俺はそれを追体験というか再確認する感じだ。
これくらい勉強方面も鮮明に覚えていてくれたら、俺の苦労はかなり減ってただろうとも思うけど。
王都外縁部は近づくにつれて左右に伸びる高い城壁がその威容を誇っていた。
リジューの領都もぐるりと石壁で囲まれていたが、これほど立派じゃ無い。アリシアの記憶によれば王宮は白くて高い石壁でぐるりと囲われているから、防衛とかそういう意味では、リジュー領は呑気なのかも知れない。
街道に接する城門では、様々な人達が警備兵の人定の為書類や荷物の確認を受けていた。馬車の窓から伺うと、何か書類を差し出して大声を挙げる人や荷馬車の荷物を降ろされて抗議している人もいて、かなりの喧騒状態だった。
俺達リジュー子爵家の隊列も当然、警備兵の確認を受ける。ただし、先行した騎士が先触れを知らせると共に必要書類も出しているから、至って簡素なものだった。貴族の紋章付きで必要書類が揃っていれば実質フリーになるんだから、悪い事考える貴族って多いんだろうな。
城門をくぐる時ちらっと見上げると、金属製の落し格子が見えた。地面と接する所は杭のようになっていて、一度落とせばそう簡単に破られないんだろう。
もっとも俺は、運悪く挟まったらえらいこっちゃだなと、呑気な事を考えていた。
段々と日が暮れて行く中、一行は今夜の宿に到着した。
そこは俺が、宿という語感から想像していたホテルとかそういう施設じゃなかった。リジューの領主館と同じくらい立派な邸宅だった。リリエンヌに聞いたら、王都外縁部には貴族の家格に合わせていくつもこういう邸宅があり、王都に住む無役の法衣貴族に委託して管理し、裕福じゃない下級貴族や独立していない部屋住み貴族令息に執事や警備の仕事を与えたり、商家の娘に行儀見習いとして侍女をさせたりと、雇用を創り出している側面もあるそうだ。
なるほどねぇ……無役や下級貴族、部屋住み貴族の救済は文字通りだとしても、商家の娘はあれだな、ワンチャン貴族のお手付きからの愛人コースなんかも視野に入れてんだろうな。世知辛い事だ。
いわゆるパートタイマーの執事や侍女かと期待もせずに邸宅に入り、これも一夜の事だと思っていた俺だったが、そこはさすが王都ル・ディアマン。邸宅の隅々まで掃除が行き届いていて、夕食は上等なフルコースに、翌朝の朝食も完璧だった。普段と違って見慣れた使用人では行き届かないところまで、しっかり対応するこの邸宅の人達は誰一人、適当な仕事などせずに身を入れて働いていた。
なんか勝手な想像で酷い事考えていて申し訳なく思った。
だから邸宅を後にする時も、俺は見送るみんなに一人づつお礼を言って意気揚々と馬車に乗り込んだ。あまりにあまりな先入観をザパーっと流してくれた皆に感謝を伝える事で、俺は贖罪したような気分になっていた。
そう思ってたのに、リリエンヌはちっきりカタに嵌めてきた。
「主様。何か晴れ晴れとしたお顔をされていますが、リジュー子爵夫人が色々奮発されていたからですよ?」
もうね、これを聞いた時の俺の気持ちを、誰か分かってくれますか?
いいサービスを受けられたのは、請求以上のものを払っているからだと、無慈悲に告げられた時の気持ち分かりますか? 俺は今、初めて分かりました。
本当に心の底から、ぎゅっときつく雑巾絞りしても、思い浮かぶのはたった一言だ。
ですよね。
貴重なお時間を頂きましてありがとうございます。
励みになりますので、よろしければ評価ポイントやブクマ、感想を頂けると嬉しいです。




