1-93
そこに、突然拍手の音が空から聞こえる。
ノアと良翔はハッと上を向く。
そこには、黒いコートを羽織った、黒髪の男が宙に浮き、拍手をしていたのだ。
いつの間に!と良翔は驚き、とっさに刀を構える。
ノアも、腰を落とし、臨戦態勢を取る。
すると男はニヤリと笑い、声をかけて来る。
「君達中々やるね?良くあのアースワイバーンを倒せたよ。それにマジックカウンターを打ち消すなんて、まるで破邪の宝珠でも持っているみたいじゃないか。おじさんのその刀、実に興味深いね。僕に見せてみてくれないかい?」
そう言った男の姿が忽然と消える。
良翔とノアはハッとあたりの空に視線を走らせる。
だが、見当たらない。
すると、良翔の真下から声がする。
「へえ、真黒な刀身なんて珍しいね。何で出来てるんだろう?それに、さっき帯びてた、あのアースワイバーンを倒した時の魔力が無いね?これって、魔力を流し込んで使える武器なのかい?」
良翔はハッとし、自分の真下に視線を下ろすと、さっきまで浮いていた男が、良翔の足元でしゃがんで、刀を覗き込む様に見ている。
早い!
良翔はとっさに、後ろに跳びのき、距離を取る。
ノアは良翔が下がった直後に、その男目掛けて凄まじいスピードで拳を繰り出す。
が、空振りに終わる。
またしても男の姿を見失う。
すると今度は、良翔の後ろ上の方から声がする。
「フォルムも綺麗だし、なによりもこの漆黒の色が気に入ったよ」
良翔が振り向くと、なんと男は良翔の刀の上に軽やかに立っているではないか。
「く、この!」
良翔は刀をそのまま横に振りぬき、すぐに男目掛けて、斬り返す。
だが、男はその剣先を指で挟み止めてしまう。
そして、良翔にギロリと視線を向けると
「良い刀だね。だけど、その使い手が残念な程、遅過ぎるね」
男がそう言った途端、良翔は凄まじい衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされる。
強力に張った防御壁の上からの攻撃であるにも関わらず、良翔は痛烈な痛みを感じながら、地面へ叩き付けられる。
良翔は痛みを堪え、何とか起き上がる。
腕が痛い。
曲げようとすると、痛みが走る。
どうやら折れた可能性が高い。
『良翔!!』
ノアがすぐに駆け寄り、良翔の折れたであろう手に触れて来る。
すると、途端に腕の痛みが消えていく。
数秒後、良翔は痛みがなくなった腕を曲げてみる。
正常に曲がり、良翔の意図した通りに動く事を確認する。
良翔が驚いていると、男が口を開く。
「へえ、回復魔法も使えるんだ。お姉さんは、強力な魔法も使えるし、肉弾戦も出来るときた上に、回復魔法まで使えるとはね。お姉さん、凄いね?僕の仲間にならない?」
ノアはキッと、男を睨み言葉を返す。
だが、ノアもこの男の異常さを知って、余裕がない様子だった。
『アンタ、何者なのよ。普通の人間じゃない事は明白よ。それにアンタの仲間なんて、死んでもゴメンよ』
男はニコリと笑い、返事をする。
「おやおや、残念。そういえば、まだ名乗ってなかったよね。僕は四島。四島陸だよ。あ、君達の名前なんて良いから、名乗らなくて良いよ。所詮この世界の住人なんて、湧いて出るモブキャラなんだから。でも、主人公が名乗らない訳にはいかないだろう?だから、君達には僕の名前を教えてあげるよ」
四島はそう話しながら、良翔から奪った刀をヒュンと振り回して、近くの岩を切る。
良翔は四島と名乗る男の話を聞いて、驚愕する。
「コイツ、転生者じゃないのか…」
良翔はそう、頭で呟く。
名前といい、強烈な程の強さといい、モブキャラ発言といい、そんな疑問を満たす要素は揃っている。
だが、この男は危険過ぎた。
良翔の想定する転生者は、通常チートなスキルや力で勇者となって魔王たる存在と闘うのが一般的だが、この男は何故か、アースワイバーン達を乗っ取り、タリスに潜伏させ、貴重なアイテムを探させている。
そして、サザの話では、それらを手にした後、支配する為にタリスの人間を滅ぼさずに生かしているとまで言っていたのだ。
とても勇者としての救済という思想は抜け落ち、支配という言葉で塗り固められた様な思想と行動に思える。
その為ならあらゆる者の犠牲など全く気にしないといった風である。
それに、この男は恐らくゲームの延長とでも思っているのだろう。
良翔達の事をモブキャラと呼び、ゲームならではの、第三者的な立ち位置からの呼称だ。
コイツは同じ日本人だが、話しが通じる様に思えない。