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ノアは再び口を開く。
『私達はお前達の、この馬鹿げた行動の目的を知りたいの。素直に全て話すなら、この苦しみから解放してあげる。どうする?』
相変わらずノアの声は鋭く冷たい。
だが男はもう、既にとっくに心がポッキリ折れていたようだ。
とにかくこらから、解放されたかったのだろう。
何度も何度も頷き、必死にノアを見つめる。
『そう、いい子ね。では、これから聞いていくから素直に答えなさい。さもないと、次は、片目ずつ、弾き飛ばすわ。間違っても嘘など言わない事ね』
ノアがそう言い、右手をローブの男に向けると、男は必死に頷く。
『お前達がこの街に姿を人に変えてまで、潜入する理由は何なの』
「城に…、隠されている…、破邪の宝玉を…、手にする為に…、仲間達は潜り込んでいる」
『その、破邪の宝玉にはどんな効果があって、お前達はそれを手にするとどんな事が出来る様になるのかしら』
男は少し沈黙し、恐る恐る口を開く。
「破邪の…、宝珠には、あらゆる…、魔法を…、完全に打ち…、消す力がある…と聞いている。だが…、それを手にすると…、どうなるの…、かは我々には…、分からない。あのお方の…、御意志だから…、それに従って…、いる迄だ…」
良翔は、あのお方、というキーワードに反応する。
ノアも眉をひそめ、良翔に顔を向けてくる。
良翔は黙って頷く。
ノアは良翔の頷きを確認すると、再び男に向き直り、質問をする。
『あのお方って、誰の事かしら?』
だが、男は口を噤み、下を向いてしまう。
しかし、ガタガタ震えている。
余程、あのお方という存在に恐れを抱いているのだろう。
黙れば、ノアから拷問を再び受けるかもしれない筈だが、それでも黙っている。
するとノアは思わぬ事を言う。
『いいわ。よっぽど言いたくない事なのでしょう。後でもう一度聞くから、次はちゃんと答えなさい。でなければ無限の苦痛を味わう事になるわ。それで?その、破邪の宝珠を何故、人間に化けて迄、まどろっこしく、手にしようとしているわけ?極端な話、あの数のアースワイバーンさえいれば、力づくで街でも城でも何でも破壊して手にする事だって出来るじゃない。そうしないのは何故なのかしら?』
男は自分が答えなかった、あのお方、について激しい拷問が来る事を覚悟したが、ノアから何もおとがめがなかった事に、驚き、そして安堵している様子だった。
ノアの続く質問に対して、先程までとは少し違う態度で答える。
「我々も…、本当はそうしたかった。そうすれば…、我々にも被害が…、一番少なく…、目的を達成…、出来るからな。だが、あのお方が…、街を破壊する事を…、望まれなかったのだ…」
『また、あのお方、の指示なのね。因みにあのお方が、街を壊すな、って指示を出した理由は分かるわけ?』
「支配…、する相手が…、いなくなって…、しまうのは、望まない…、と仰っていた…」
良翔は考えた。
コイツらの親玉は支配を望んでいる。
だから、支配する為の存在を消す事は望まない。
なんだか、アースワイバーン達とは少し、存在が異なる様に聞こえる。
良翔は口を挟む。
「なるほど…。では、エルフの村にある大樹の命を狙う理由はなんなんだ?大樹の命にはどんな効果があるんだ?」
ローブの男は良翔へ目を向け、口を開く。
「お前達は…、それも把握しているのか…。どうやら…、完全に…、我々の敗北の…、様だな…。大樹の命には…、使用した者に、不死の力を…、与える効果があると聞く…」
「そうか…」
良翔は頷き、少し考える。
「魔物であるお前達には、半永久的に生き長らえる生命力があると聞く。つまり、不死の命など、お前達にとってあまり魅力がある様に思えないのだが…。それも、あのお方の要望なのか?」
ローブの男は小さく頷く。
「そうだ…」
良翔は聞き出した話から、まとめて考える。
そして、1つの推測に辿り着く。
「では、一番大事な事を確認したい。街にある破邪の宝珠も、エルフの村にある大樹の命も、狙う理由は、あのお方って奴が望むから、という事で良いか?つまり、あのお方がそれを望まなければ、お前達は、今回の様な行動はするつもりが無かった、という事じゃないか?」
男は項垂れ気味に、頷く。
「その通り…だ。だが…、あのお方に…、従わぬ、という…、選択肢は我々にはない…」
「つまり、お前達も、お前達にとって大切な存在をそのお方に囚われているんじゃないか?」
良翔の話を聞いた途端、ローブの男は目を見開き、良翔をマジマジと見る。
ローブの男は目を見開き、良翔を真剣に見つめてくる。
その瞳には、助けを求めるかのように、憂いが映る。
「お前は…、何故それを…、知っている」
良翔は軽く、肩を上げ、ローブの男に答える。
「簡単な話だ。お前らは元々あの森に住んでいたんだ。他のモンスターと同様に共存していた。だが、あのお方って奴が、現れてから、その生活を変え、あのお方の指示に従い、今回の様な行動を起こした。元々、そんな思想があるなら、初めからそうしていただろうさ。それだけの力をお前達は既に持っているからな。だが、そうして来なかったのは、お前らはそういうものを求めていなかったからだろう。つまり、今の行動は望んでいない事と推測出来る。ならば何故、望まぬ行動をするのか。嫌でも、それに従わなければならない理由があるからって事さ。つまり人質や、種族にとって危機的な何かを握られていると考えるのが自然だよ」
「そ、そうか…。そこまで…、お前には…、お見通しなのだな…」
ローブの男は一旦、言葉を切る。
もう、この男には、良翔達を襲う気は無い、そう判断した良翔は、ノアに声をかける。
「ノア。もうコイツは大丈夫だよ。だから、そいつの腕や足なんかを直してやれないかな。心配なら障壁だけ残しておいて構わないからさ」
ノアは良翔にそう言われ、少し迷ったが、良翔の要望に従う。
『アンタ、良翔に感謝しなさい。良翔が言うのだから、この苦しみから解放してあげるんだからね』
そう言うと、ノアは、男に魔力を流し込む。
おかしな方を向いてしまった両足が徐々にまっすぐ伸び、筋肉を正常に帯びていく。
そして、弾け飛んでしまった右腕も徐々に姿を現し、綺麗に元の通りになる。