1-8
「じゃぁ、先ずはどうしたら良い?」
『そうね、ここじゃ少し周りを気にする必要もあるから、先ずはこの喫茶店を出てもらえるかしら?』
「OK、ノア。でも…、残ったコーヒーやサンドイッチを食べ終えるまで、少し待ってもらってもいいかな?」
異様な高揚感を感じ、突っ走りそうな気持ちを、少し抑えた方が良いなと感じた良翔は、そう誤魔化す。
『ええ、全く問題ないわ。焦る必要なんてないの。ユックリ気持ちを整えてからで良いわ』
ノアには、良翔が興奮を落ち付けようとしているのが筒抜けの様だ。
「ああ、ノアはお見通しだね。ありがとう。」
少し照れくさくなり、心の中で苦笑いしながら答える。
それから、良翔はユックリと残りのサンドイッチを食べ、コーヒー飲みながら、タバコを吸った。
「お待たせ。今から喫茶店をでるね。」
『ええ、分かったわ。もう、気持ちは落ち着いたかしら?』
「あぁ、お陰様でね」
うん、なんだか良い雰囲気だ。
喫茶店を出ると、通勤時間帯よりは人通りが減った駅通路に出る。
「さて、先ずはどこに行ったら良いかな。」
ノアに確認する。
『そうね…、先ずはさっき良翔が創り出した個室のゲートに戻りましょうか。そこから、もう一度異世界に行きましょう』
その話を聞き、良翔は一瞬不安を感じる。
「了解…、ただその前に一つ確認しても良いかな」
『えぇ、なんでもどうぞ』
不安に思った事を素直に聞いてみる。
「さっき行った世界には、また同じ様にゲートを作って行くんだよね?その、ゲートを作ったりするのって、何かを消費したりしないのかな?例えば生命力だったり、寿命だったりとかさ」
『結論から言うと、良翔が基本的には消費するものは何もないわ。強いて言うなら、イメージするために脳を動かすから、通常はその分の体力を消費する程度くらいかしらね。ただし、イメージする内容と、環境によっては、さっきの腹痛の様に、体調を崩す様な例外もあり得るから、注意はしておくに越した事はないわね。それについては後で説明するわ。とりあえずはゲートに関しては、そういった副作用は起きないから、安心して』
「そうなのか…」
例外の副作用が場合によってはあるとはいえ、意外な答えだった。
普通WEB小説とかだと、MPだったり、他の何かだったり、必ず何かしら本人が代償を払って、特殊な力を行使したりする事が多い。
だが、良翔が手にした力はイメージすれば良いだけなのだ。
なんて、素晴らしい。
その、コスパの良過ぎる機能に感嘆しつつも、もう一つの不安を確認する。
「力を使う際の消費についてはよく分かったよ。後は、その力の精度についてなんだけどさ。例えば、毎度毎度、さっきと同じゲートをイメージ出来るかは、正直、自信ないんだ。毎回毎回微妙に姿形が変わってしまうかも知れないんだけど、それでも性能としては問題ないのかな?実は形状が変わってしまうと違う場所に転移しちゃうとか、起こらないのかな?」
行ったは良いが、さっきと全く同じゲートをイメージ出来なくて、帰ってこれません、と言うのは勘弁願いたい。
そう不安に思っていたが、
『それは大丈夫。ゲートは実際何の形でも良いの。なんなら、全く姿、形のないゲートでも良いのよ?』
「え、そうなの?」
『えぇ、大事なのはそのイメージによって、何を実現したいかって、事なの。実際、良翔はゲートをイメージするだろうけど、それはゲートをイメージしたいのではなくて、ゲートを通ってどこか別の場所に行きたいから、ゲートをイメージするのよね。なので、ゲートの形は何であれ、目的さえブレなければ、問題なく道は正確に開かれるわ』
そして、ノアは続ける。
『それも、具体的には後でやってみましょう。やってみれば、案外こんなものか、って思えるように、きっとなれると思うわ』
確かにノアの言う通りだな、と思う。
言葉で理解する事も大事だ。
だが、結局はそれは破綻のない完璧な理論だったとしても、目にしたり、体感したりしてみなければ、机上の空論と同じである。
「OK、ノア」
そう答え、先程の薄暗い通路を通り、因縁のトイレに着いた。
相変わらず、良翔以外の他に、人が居る気配はない。
トイレの個室は全部で6室あるが、まるで閉めることを忘れてしまった様に、個室の内側へ開け放たれている。
『トイレに着いたけど、さっきと同じ個室に入った方が良いのかな?』
何と無くは分かっていたが、念の為ノアに確認する。
「ええ、そうしてもらえるかしら」
やはり、ノアも先程と同じ個室を希望する。
先程と同じ個室へ入り、扉を閉め、鍵をかける。
そこで後ろを向き直す。
先程のポスターが見える。
『入ったわね?早速だけど準備はいい?』
「…よし。準備はOKだよ」
唾を飲み、ノアの指示を待つ。
『そしたら、さっきの異世界の草原をイメージしてみて。そうね、先程と同じように、目の前のポスターを見ながらイメージすると、容易にいくんじゃないかしら?』
「了解」
少し間を置き、ノアのアドバイスの通りに、目の前のポスターを眺めながら、先程、自分が訪れた草原をイメージする。
『草原をイメージしたら、その目の前の個室を開けると、草原に出られるイメージをしながら、個室の扉を開けてみて』
「…分かった」
ノアの指示通り、扉の向こうは先程見た草原になっているイメージをする。
すると、扉の向こうが突然明るくなったのを感じる。
扉の微かな隙間から、光が差し込んで来るのだ。
微かな戸惑いと、期待を胸に、良翔は恐る恐る扉を開ける。
そこは先程訪れた景色と同じものが見えた。
何とも不思議な光景である。
トイレの中から、前方に連なる、草原が見えるのだ。
そういえば、さっきは個室のすぐ外は、まだ、トイレの中だった。
だが、今回は個室から直接草原なのだ。
そんな違いに気付いたが、大した問題でもない。
なんせ、またしてもあの異世界らしきところに行く事が出来るのだ。
先程は無意識だったが、今度は良翔がそう望み、現実に目の前にあるのだ。
良翔は感動に似たものを感じる。
「成功…、かな?」
『ふふ、外に出て実際に確かめてみたらいかがかしら?』
ノアに促され、外へ踏み出す。
個室の扉を通過し、草原へ出る。
先程来た時と同じ様に、辺り一面の草原だ。
先程と同じ様に、後ろを振り向く。
やはり、同じ様に個室の扉は消えていた。