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そして、やっと落ち着いたのか、顔を上げ、良翔に言葉を返す。
「いや、火傷などは負ってはいない。奴らにやられたかすり傷などはあるが、大した事はない」
「そうか、なら良かった」
そう良翔が言うと、エルフは立ち上がり、良翔に頭を下げる。
「先程は助かった。お前が手を貸してくれなければ私は今頃ファウンドウルフの胃の中だっただろう。危険なところを助けて頂き感謝する」
エルフが頭を下げると、後ろに束ねた髪が、顔の横に垂れる。
その仕草は何故か、とても美しいものだった。
良翔は笑顔を向け、
「そんなに気にしないでくれ。そして頭を上げてくれないか?見れば、お互い冒険者の様だし、俺も同じ目に合えば、やはり助けは欲しいからね。危険な時はお互い様さ」
すると、エルフは顔を上げ、笑顔を良翔に返す。
美しい。
そう形容するのが一番適切だろう。
良翔は内心、鼓動が早くなった事を悟られないか心配になる。
そして、エルフは話す。
「お前はいい奴だな。私は見ての通りエルフだ。エルフと分かった途端、恩を押し付けて、見返りを求める者が多くてな。お前はそういう者とは違う様だな」
良翔は、素直に照れる。
「まだ、名乗っていなかったな。私はサラという。失礼だが恩人の名前を聞いても良いか?」
すると、良翔は思い出した様に、おもむろに収納スキルから傷薬を取り出し、ポンとサラに放る。
「俺は良翔だ。それは知っているかもしれないが、傷薬だ。かすり傷とはいえ、放っておけば、そこから化膿する可能性もある。早く傷口を洗って、その薬で治療した方が良い」
すると、サラは良翔の何気なしにとった行動に目を見張り、突然、凄い勢いで話し出す。
「お前!…、いや、良翔よ!!今、このポーションをどうやって出した!?」
そう、突然迫られ、良翔は焦りながら説明する。
「え、いや…、収納スキルから出しただけ、だけど…、何かまずかったか?」
すると、サラは良翔に向かって、ポーションを片手に持って、迫ってくる。
「良翔…、空を飛んできたと言ったな?」
「あ、ああ」
「どちらから、飛んできたのだ?」
良翔は森の方を指差し
「あっちの森からだよ」
すると、サラは、突然、ダッと地面を蹴り、良翔から距離を取る。
途端に弓に矢をかけ、良翔に向け、構える。
何百、何千と繰り返した動作なのだろう、それは迷いのない、綺麗な一連の流れだった。
「良翔!お前は何者だ!何故、森から飛んできた!そして、何故1人なのだ!?普通はあの森に向かう者はパーティーを組むだろう。それに、先程の森での爆発についてお前は何か知っているのか!?さては、お前もあの男の仲間だな!?」
あの男、というキーワードに良翔は引っかかったが、どうやら何か誤解されてしまったらしい。
良翔は最初は驚きはした。
だが、意識して冷静を保つ。
そして、状況を考える。
ひとまず、矢を放たれては、致命傷を負うのは間違いなさそうだ。
サラの矢尻は良翔の頭を捉えて動かない。
良翔は、サラに気づかれない様に、全身にいつもよりも強力な防御壁を張る。
防御壁を張りながら考える。
何がきっかけで、サラがあの様に敵意をむき出しにするのか。
あの、収納スキルを見せてしまったのが良くなかったのだろうか。
それとも、森から飛んできたのだと言ったからだろうか。
恐らく両方なのだろう。
理由は分からない。
だが、良翔は極力落ち着いた声で、その場で両手を上げ、サラに話しかける。
「いいか、サラ。確かに俺は、今は1人だし、森から飛んできた。だが、俺には他の仲間もいるし、森から飛んできたのにも理由がある」
サラは返事はしないが、良翔の話を聞こうとはしてくれているらしく、眉を少し動かしただけだが、矢をまだ放つつもりは無いらしい。
良翔は、サラのその様子を確認してから、話を続ける。
「そのままで良いから、話を聞いてほしい。まず、俺はサラの敵じゃない。俺はサラに対して敵意を微塵も抱いていない。それは信じて欲しい。敵意があるのなら、助けたりはしないだろう?そして、それに、君の言った、あの男というのは、俺達が追っている奴の事なんじゃないかと思う。俺達は、あの森での異変、つまりアースワイバーンの異常発生の原因を突き止める為に、ギルドから密命を受けて調査に来たんだ。だから、少人数だし、今は分かれて、調査ついでに、ファウンドウルフの討伐クエストを個別に行なっている所だ。そして、先程森で調査をしていたら、ローブの赤い目の男から襲撃を受けた。それを撃退する為に仲間が魔法を放ったんだ。サラが見た森の爆発は恐らくそれだと思う。だが、ローブの男には逃げられてしまったけどね。ただ、傷は負わせた可能性はある。無数の血痕を発見したからな」
良翔は話を切り、サラの様子を伺う。
サラは少し迷っているのだろう。
少し、目が泳ぐ。
だが、すぐにキッと良翔を睨み直し、鋭い声で淡々と話す。
「確かに、お前の話は辻褄が合う。だが、空を飛んできたり、先程私を助けたという技も魔法なのだろう。ということは、お前は魔法使いという事だ。だが、お前が先程見せた収納の技は、戦士の技だ。どちらも持つのは理想的だが、そう都合良く、両方を兼ね備える事など、通常ありえない事だ。つまり、それはお前が人外の者、即ちモンスターが人型に化けている可能性が高いという事だ。あの男の様にな。それに、私を助けたのにも、思惑があるのだろう。私達一族が、お前らから必死に守り続けている大樹の命を、油断させたところで、奪うつもりだったのであろう?だがな、私とて馬鹿ではない。そう易々と信じはせぬ。詰めが甘かったな、己の技に溺れるとは愚かな奴だ」
サラはそう言い、弓を更に引く。
今にも矢を放ちそうな雰囲気を醸し出し、良翔から見ても分かるほどの殺気を纏う。
あの身のこなし、限られた情報からの咄嗟の判断。
そして、良翔を狙ったなら、会話をしながらも、少しも的を逃さずに、急所を正確に狙い続ける。
サラは優秀な冒険者なのだろう。