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階段を上がり、しばし茶色の絨毯の通路を歩くと、また、木製手すりの階段にたどり着く。
再度その階段を上がり、三階に着いた。
そのまま通路を道なりに進み、通路が丁度90度に曲がる所で立ち止まる。
黒執事は、通路の左手の部屋の扉に鍵を差し込み、ドアを開ける。
ドアを開けた途端に、風が通り抜けていく。
換気の為に窓を開けていたのだろう。
白いレースのカーテンが、風に揺られ、ひらりとその身を返しては戻してを繰り返している。
そよ風が気持ちいい。
中に入ると、ベッドが左右に一台ずつ。
その奥の窓際の下にテーブルが1つと椅子が2つ向かい合って置かれている。
西洋風だが、どこか懐かしい、そんな空気がその空間にはあった。
黒執事は中に入り、テーブルの上に鍵を置く。
良翔達も執事に続き、中に入ると、扉の陰で見えなかったが、クローゼットと荷物置き場がある。
良翔は荷物をそこに置き、おもむろに近くにあった椅子に腰掛ける。
ノアは大事そうに大きな菓子袋を抱えたまま、手近なベッドに座る。
良翔達が部屋を見終わる頃合いに、黒執事が聞いてくる。
「宿泊の間のお食事はいかが致しましょうか。お食事以外にも何か私どもに出来る事が御座いましたら、遠慮なく仰って下さい」
良翔は、少し考えてから
「食事は今のところ不要です。こちらで、適当に食べます。私達は冒険者なので、宿では、しっかりと休息を取りたく思います。ですので、こちらから何かあれば都度お願いさせて頂きますので、それ以外は、原則、部屋を訪れないで頂けると助かります」
すると執事男はお辞儀をして
「かしこまりました。では、何かご用の際は、そちらのベルを鳴らしてください。そちらから、私どもと連絡を取ることが可能でございます。また、この他、建物内の案内については、そちらをご確認下さい」
そう言うと、壁に掛かった、建物内の案内図を指差す。
執事男はそのまま、部屋の入り口へ向かい、こちらへ向き直る。
頭をユックリと、下げ
「それでは失礼致します。良き宿でのお時間となります事を、心より願っております」
そう言い、そのまま、静かに扉を閉めて去って行った。
執事男が去ると部屋には沈黙が流れた。
周りの音などは、殆どなく、窓から漏れ入る宿の外の音が時より聞こえる程度だった。
念の為、良翔は魔力のものが隠れて置かれていないか、室内全体の鑑定を行う。
先程の呼び出しベルに魔力の反応があったが、他には無い。
恐らく、ベルを鳴らすと、執事男がいるところに何らかの連絡が入る仕組みなのだろう。
その仕組みを魔力が支えていると見て問題なさそうだ。
その為、このベルは、良翔達に害はないと判断する。
良翔が室内を見て回っている頃、ノアは窓際へ寄り、外の様子を見る。
まだ春先なのだろう。
日が徐々に沈みかけている。
夕日がノアの顔を照らす。
レースのカーテンが、ノアの顔に淡いブラインドをかけ、どこか神秘的に見えた。
すると、突然声が脳内に聞こえる。
『良翔、聞こえるか?こっちはもうすぐ仕事が終わるぞ。そっちの様子はどうだ?』
意外な声が聞こえた。
コピー良翔からの通信だ。
良翔の予想よりも早く、ほぼ残業がないとの事らしい。
まあ、あの会社は残業代も、ベンチャーだからの一言で支払われないから、さっさと帰るに越した事はない。
意味がよくわからない理由だが、そんなものなのだろう。
いずれ大きくなったら、給料を増やしてやる、なんて何かあれば口実に出すが、そんなもの期待しているのは果たして何人いるのだろうか。
会社とは得てしてそういうものなのかもしれない。
今ある収入口を無くしたくないから、残っているだけで、次への機会があれば、離れて行く者も沢山いる。
要はさほど、今のその会社に残る魅力が無いのだ。
そんな思いを持って仕事に行くのは、非常に億劫になる。
だが、良翔はその仕事をコピー良翔に押し付けている。
帰ったらちゃんとねぎらってやらなきゃな、と良翔は思う。
「お疲れ様。意外と早かったな。お前はオリジナルの俺よりも優秀かもしれないな」
すると、向こうでふっと笑う声がする。
「そんな事はないさ、良翔。俺はお前であって、お前は俺なんだ。能力に差なんてないさ。あるとすれば良翔が感じていた苦痛を俺は感じない。だから、さほど集中力も切れないし、淡々と業務をこなせるからな」
ふむ、と良翔は思う。
「なるほどな。気持ちが左右されないだけでこうも効率が変わるものなんだな。だが、お前が仕事をしていたのには変わりない。後で今日の疲れを癒してくれ。それに会社の様子も…、まぁ、代わり映えはないだろうが、聞かせてもらえると有難い。因みにあの駅には何時頃になりそうだ?」
「ああ、分かった。後で帰りがてら様子を伝えるよ。あの駅にだが、…恐らく6時頃に着けると思う」
「分かった。それまでもう一踏ん張りだ。宜しく頼む」
ああ、とコピー良翔は返事をし、通信を切る。
ノアは良翔が誰かと話していた事を察知し、良翔に聞いてくる。
『何かあった?』
良翔は、ノアに笑顔を向け
「いや特に何もないさ。コピーからもうじき帰れるとの連絡があったんだ。あと二時間ぐらいしたら、俺たちも、あっちの駅に帰ろう」
『そうね』
ノアもニコリとし返事をしたが、何かを思い出したらしい。
『良翔、私思うのだけれど、コピーと入れ替わった途端に良翔の手荷物が増えるのは、怪しまれるかも知れないわ。ごめんね。私が大きいのを買っちゃったばかりに…』
ノアにそう言われ、確かにそれも不自然だな、と思った良翔は、同時に考えていた事を口にする。
「今まであんまり、時間が取れなかったから、後回しにしてたんだけど、収納のスキルを身につけたらどうかな、って思うんだ。ちなみに、魔素から生み出すのでは無くて、一から生み出す方ね」
ノアも良翔の意図を察知したらしく、話を続ける。
『…そして、そのスキルで、ここで得たものなんかを収納して、あっちの世界でも取り出せる用にするってことね?うん、いいと思う。出し入れの際だけ、人の目につかない所で行いさえすれば、有効に使えると思うわ。それにモンスターの戦利品だって、今はたまたま小さいものだったから良いものの、大きいものだってその内手にする機会が出てくるわよね。だから、収納領域は際限ない程大きい方が良いわ』
良翔は、頷き、
「じゃあ、話は早いね。ノア、コピー良翔が帰ってくる前にスキルを作ってしまおう。イメージの手伝いをしてくれるかい?」
ノアは頷き、実現したい機能を、良翔と話しながら決めて行く。
作成するスキルの内容を決め終えると、良翔は早速イメージを開始する。