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サラリーマン、異世界へチート通勤する  作者: 縞熊模様
第1章
5/163

1-5

そこには先程入っていた、トイレの個室の中と同じ風景があった。

棒立ちのまま、個室の壁、便器、天井と目を走らせる。


ふと、後ろを振り返ると、ある筈のゲートが無い。

ゲートは消えていた。

見えるのは、何事も無かったかの様に佇む個室の扉と、あのどこぞの旅行会社のポスターのみだ。


個室の中に立ったまま考える。

「本当に戻ってきたのかな…」

その時、ふと、遠くの音が聞こえる。

トイレの中で聞こえていた、僅かな駅中の音だ。

それに気付き、思わず個室の扉を勢い良く開け、トイレの外に駆け出る。

すると、トイレへ入るために通った、従業員用の様な薄暗い通路に出た。

「さっきの草むらじゃない…」


薄暗い通路の先には、行き交う人が見える。

本当に、元の世界に戻ってこられたのかを確認したい衝動に駆られ、足早に通路を抜ける。


通路から抜けると、そこは先程、途中下車した駅だった。

間違いない…筈だ。

良翔の向かったトイレとは別の真新しいトイレも見える。

真新しいトイレには、今も多くの人が忙しなく出入りしている。

良翔の側を、良翔に対し興味を持たない人々が通り過ぎていく。

「帰ってこれた…のか?」

思わず、ポツリと呟く。

近くを通り抜ける人は、良翔のそんな呟きも気にせず通り過ぎて行く。


良翔は、その場にしゃがみ込みたくなる衝動を堪えて、一旦改札を出ることにした。

一刻も早く、どこかで落ち着きたい。

そんな衝動に駆られ、改札を出て、手近な喫茶店を探す。

幸いにも、少し歩を進めると、駅通路に面した喫茶店が見えた。

そこに迷わず入る。


注文口でコーヒーを頼むと、小腹が減っているのに気付き、出来合いのサンドイッチも一緒に頼む。

茶色いトレーにサンドイッチとコーヒーが乗せられ、トレーごと手渡される。

会計を済ませ、渡されたトレーを持ちながら、店内を見渡して空き席を探す。

駅通路に面した、窓に沿って並ぶカウンター席の端が空いていた。

良翔は迷わずその席に向かい、腰を落ち着ける。


「はぁ〜〜〜」

思わず大きな溜息をつく。

灰皿が目につく。

このご時世に、まだ分煙もなく周りを気にせず、タバコが吸える喫茶店は珍しかったが、そんな事は気にもとめず、良翔はタバコに火を付けた。

自分を落ち着ける様に、大きく一口吸い、そしてユックリと煙を吐き出す。

その後、コーヒーを一口飲む…筈だった。

カップを手にしようとした右手が小刻みに震えていたのだ。

カップの取手を握ると、カップと皿が小さくカチャカチャ音を立てた為に、手が震えていたのに気が付いたのだ。

良翔は戸惑い、カップの取手から手を離す。

目で見ても分かる程、右手が震えている。

手が震えているのが、周りから見られてしまうのが恥ずかしく思え、テーブルの下に右手を下げた。

タバコを一度置き、空いた左手で、右手の手首をギュッと掴む。


暫くして、震えがおさまる。

タバコは勝手に半分程燃えてしまい、灰の塊がタバコの先に陣取っている。

震えの止まった右手でタバコを消し、再度コーヒーの取手を掴む。

大丈夫、もう震えていない。

いつもより、カップの取手を持つ右手に力が入っているのを感じながら、口にコーヒーをユックリ注ぐ。


ユックリと、だが、一口飲む度にシッカリとコーヒーの味を舌を通して感じながら、半分程飲む。

美味い。

気を取り直して、もう一度、新しいタバコに火を付ける。

先程は、殆ど味を感じる事が出来なかったタバコも、今度は身に染みる程、美味く感じられた。


コーヒーとタバコのお陰で、落ち着きを感じる事が出来た良翔は、暫く交互に味わう。

一息ついた、とは正にこの事だろう。


そして、落ち着きを取り戻した頭で、先程までの不思議な体験を思い返してみる。

「さっきのアレは一体何だったんだ…」

まるで最近ハマってる、異世界転生の小説の様な出来事じゃないか、と自嘲気味に思う。

「あまりにも仕事に行きたくなさ過ぎて、現実逃避した意識が、現実と混濁する程の妄想でも見てしまったのだろうか…」

自虐的な感じもするが、結局、適切な解を導き出せる筈もない。

何となくの答えに強引に結び付ける。


飲み干してしまったコーヒーを追加で一杯購入し、サンドイッチにも手をつけ始める。


食事も喉を通り始め、何となくの答えに辿り着いた良翔は、もう少し楽観的に考えることにした。

良く良く思い返せば、意識が飛んでいたとはいえ、あんなトイレの個室の中で、中々に楽しい夢を見たのだ。

自分が、脳の中に話しかけてくる何ちゃらナビゲーターを作り出し、そのナビゲーターの力を借りて異世界の地を踏み、そしてゲードなるものを自ら生成して戻って来たのだ。

こんな夢、見た事が無い。

思わず小さくクスリと笑ってしまう。


そして、夢だったにも関わらず、非常にリアルだったという事に気付く。

何せ記憶がハッキリしているのだ。

夢の中の出来事を、ついさっき体験した事とはいえ、こうも鮮明に覚えている事など、初めての経験なのだ。


そこで、一つの実験を思い付く。

何ちゃらナビゲーターさんの存在だ。


何ちゃらナビゲーターさんは自分の中に居ると言っていた。

ならば、夢であるなら呼び掛けた所で何も返事は帰ってこない筈だ。


良翔は(無機質だが何となく女性の声に似ている気がするので)彼女に恐る恐る呼び掛けをしてみる事にした。


「…ナビゲーターさん…、聞こえ…ますか?」


心の中でそう呟く。

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