1-40
突然の事に、呆気に取られていた良翔だったが、奥の部屋から、先程の眼鏡の女性が出て来たのに、気付き、姿勢を正し、女性を見つめる。
眼鏡の女性は、良翔達の側まで来ると
「さすがは良翔様です。やはり他の者とは違いますね。カシナ様をこうも簡単に手なづけてしまうとは…」
良翔は、いまいち何を言われているか分からないが、何となく返事をする。
「あ、ああ…」
すると、眼鏡の女性は、一瞬、不敵な笑みを浮かべるが、また、直ぐに元の表情へと戻る。
「カシナ様は急用が出来てしまった為、こちらへは戻られません。ご挨拶が出来ずに申し訳ない、調査の件は宜しく頼むと仰っておりました。また、この他に、今回の調査クエストに関する報酬の半額を、前払いでお渡しする様に仰せつかっておりますので、こちらをお納め下さい」
すると、眼鏡の女性は、部屋の奥の棚から、トレーに乗せた巾着袋を持ってきた。
「今回の報酬の半額分、400000ゴールドになります。どうぞお確かめください」
良翔は耳を疑う。
ノアも身を乗り出し、差し出された巾着袋をマジマジと見つめている。
そして、早く、早く、と良翔を目で促す。
良翔はノアに頷き、巾着袋を受け取る。
そして、受け取った巾着袋を開けると、中から、金色の輝きが目に入る。
巾着袋の中が全て金貨だ。
良翔もノアも、おお〜、と思わず声を漏らす。
枚数は確認しなくても良い。
ギッシリと入った金貨を見て、良翔もノアも満足したのだった。
「た、確かに受け取りました。それにしても…、こんなに頂いても良いのでしょうか?しかも、クエストをこなす前から…」
すると眼鏡の女性は、クイと眼鏡を上にか上げ直し、淡々と説明する。
「良翔様達が、ギルマスより受注されましたクエストは、本来ならBランク以上の冒険者が複数名で行なう様な内容となります。当然、低ランクのクエストとは違い、危険度も大きく異なります。ですので、その為に、防具や武器、アイテムなどしっかりとした身支度が重要となります。その為の事前軍資金と捉えて頂ければ問題ないかと思います。そしてDランクで冒険者である良翔様達への多少の色も入ってはいると思われます」
「な、なるほど…」
それにしても、それでも多いのではないかと良翔は疑問に思いながらも、貰えるものは貰っておく事にする。
それに、実際Bランク冒険者ともなると、考え難いが、毎度それぐらいの費用を要して、準備をするのかも知れない。
話は終わり、良翔とノアは席を立つ。
すると、付け加えるかの様に、眼鏡の女性は声を掛けてくる。
「今回のギルマスのクエストで御座いますが、正規のルートでない事も有りますが、内容が内容の為に、くれぐれも内密に願います。何か他のクエストを受注して頂いて、そのクエストの傍、目的地を探って頂くのが宜しいかと」
そう、言われ良翔はドアに向けようとしていた足を止める。
「そうですね…。分かりました。東方面のクエストを受けて、今回の場所に向かう事に…」
と言い掛けて、思い出す。
ノアとミレナが先程クエストを受注していたのだ。
受注しているクエストの場所が、南や西の方角であれば、カシナのクエストに支障が出る。
もちろん、受注したクエストがどうでも良いとは思わない。
今、この間にも苦しんでいる人がいるかも知れない。
どんなクエストだって、早く解決してほしいという思いには違いない。
しかし、今回の事はこの街のギルドの存亡に関わる事だろう。
ギルドがつぶれてしまえば、助けを待つ多くの人が途方にくれてしまうだろう。
なので、今は最優先すべきは、カシナのクエストの方に傾いてしまう。
ミレナから受注したクエストは、場合によってはキャンセルしてもらわなければならないだろう。
そう、思いノアをふと見る。
するとノアはニコリと笑う。
『安心して、良翔。ちゃんと東の湖の近くでの薬草採取のDランククエストと、その近隣にいる、ファウンドウルフの討伐のCランククエストよ』
良翔は驚く。
まるで、こうなる事を分かっていたかの様にノアは湖近くのクエストを受注していたのだ。
「ノアすごいな!まさか、こうなる事を予想していたのかい?」
思わず良翔はノアに聞く。
しかし、ノアから返ってきた答えはあっけらかんとしたものだった。
『いいえ、良翔。残念ながらさすがにそこまで見越して受けたわけではないわ。あの湖近くでクエストを受ければ、また、アースワイバーンに遭遇できるかもって思って受けたのよ。私達のランクでは、あのクエストは受注出来ないけど、あの近くで偶然遭遇したなら、倒してしまったって文句は言われないでしょ?それに、アースワイバーンの戦利品は高く買い取って貰えるし、クエストついでにBランクモンスターを討伐すれば、私達のランクも早く上がるんじゃないかと思ってね♪』
話を聞き、良翔は目が点になる。
しかし、あの短時間で、よくもそれだけ考えて決めたものだと良翔は素直に感心した。
それにしても、ノアやミレナは、早く良翔のランクを上げたいらしい。
良翔はその気持ちを理解出来ずに、まあ、ついてるな、程度にしか捉えていない。
一方のノアは、良翔本人はそうでもないらしいが、ノアの内情としては、良翔は優れた能力を持っているのだから、適切なランクに居るべきで有り、適切な評価を受けるべきだと思っていた。
その為に、クエストもその条件が発生しやすい最短ルートで探したまでの事だった。
正直、ギルドのルールなど無視して、適当なクエストを受注して、ついでに高ランクのクエストもクリアしてしまえば良いだけの話だが、それをきっと良翔は、良しとはしないだろう。
ちゃんと律儀にギルドのルールを守り、どんな低ランクなクエストであっても精一杯やるのだろう。
その方が良翔らしいという思いもあるが、ノアとしては少し歯がゆかったのだ。
その為、良翔が気づかない範囲で、良翔にとって近道になる道を探し出し、そちらへ誘導する様に心がけていた。
そんな、献身的なノアの思いなどつゆ知らず、良翔はラッキーだと思った程度だった。