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ふと、ある重大な事に気付いてしまう。
ただでさえ考える事が多過ぎて、頭の処理が追いついていないのに、新たな問題に気付いてしまったのだ。
「さっきのトイレがないって事はさ…、俺、どうやって帰るんだ?」
いや、もっと早くその問題に気付けよ、と自分に不満を募る。
すると、沈黙を守っていた無機質な声が再び聞こえる。
『ゲートは先程の●●駅のトイレの個室と既に繋がっております。マスターはゲートをイメージするだけで、いつでもそちらに転移する事が可能となります』
相変わらずの突然の声には慣れない。
だが、ほんの少しだが…、ホッとした。
正直、突然聞こえた謎の声を丸々信用するのもどうかとは思うが、今は謎の声からの情報のみで、判断を下さねばならないのも事実だ。
そんな謎の声が、ゲートをイメージすれば帰れる、と言うのだから、手段が無いわけでもないのだろう。
他に頼るべき知識も持ち合わせていない良翔にとっては、藁にもすがる思いであったのは事実だし、ほんの少し安堵の気持ちを持つのも、自然な事だろう。
暫くの沈黙の後、他に方法を思い付く筈もなく、観念して、ゲートのイメージを試みる。
目を閉じ、青白い光が渦巻く、漫画などに出てきそうな楕円形の異世界へ通じるゲートをイメージする。
「ゲートって言われてもなぁ…」
「言葉通りのイメージなんて、こんなものしか思い浮かばないけどな…」
そんな事を思っていた矢先、瞼越しに、目の前が明るくなったのを感じる。
良翔はその気配に驚き、目を見開いた。
すると、先程良翔がイメージした通りの楕円形のゲードが、2、3m程先に出現していたのだった。
「え?…」
突然のゲートらしき物の出現に、思わずその場で尻餅をつく。
ゲートらしき物の中は、青と白の光沢のある流れが、渦を巻きながら絡み合い、ゆっくりとグルグルと回っていた。
暫く尻餅をついたまま、そのゲートらしき物を眺めていた。
しかし、何も変わらない。
ゲートらしきものは、消える気配はなく、今もなお、グルグルと渦を巻いている。
ふと、尻餅をついた際に、体を支えるためについた手が何かを感じる。
指先に、草が触れていたのだ。
その草を一本むしり、手に握る。
良翔は立ち上がり、ユックリとゲートに近づいて行く。
警戒しながらも、恐る恐る、その草をゲートの中に入れてみる。
ゲートの中はグルグルと渦を巻いているので、何かしらの抵抗を感じるかと思ったのだが、草は何の抵抗もなく入ってしまった。
数秒ほど、半分程入った草の様子を眺めていたが、特に変化は無い。
草をゲートから抜き、投げ捨てる。
今度は、右手の指で、恐る恐る渦に触れてみる。
だが、何かに触れている感覚はない。
渦に触れている部分は、微かな温もりを感じる程度だった。
もう少し指先を入れてみる。
変化はない。
抵抗なく入る為、徐々にゲート中へ指を進めていく。
そのまま、拳まで入れてみた。
だが、今のところ何も問題はない。
唯一ゲートを通った拳が見えないのに不安を覚えるが、息を大きく吸い、思い切って右腕を肘まで入れてみる。
やはり何も感じない。
意を決し、そのまま顔を恐る恐る近づけ、入れていく。
ゲートが鼻の先まで近づくと、思わず目を閉じてしまった。
顔がゲートを過ぎた辺りで閉じていた瞼を薄っすら開ける。
便器が見えた。
先程入っていた、駅中のトイレの個室と同じ便器に見える。
そして先に通していた右手が見えた。
掌を開いたり、閉じたりしてみるが違和感は感じない。
思った通りに、問題なく動く。
「害は…、無さそうだな」
少し安心したのか、続け様に足を踏み出し、体をユックリとゲートに通していく。
体が全てゲートを通りすぎた。