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良翔は試験官が話しているうちに、メモリー機能の一覧から、街に来る前に習得した魔力球の1番破壊力の弱いものを選択していた。
これでも十分良翔の中では強い威力を持っている。
しかし、この世界ではどうか。
そう疑問に思いながらも、良翔は右手を的に向かって水平に上げ、拳を握り、親指と人差し指だけ伸ばす。
いわゆるピストル型で握り、人差し指の先に魔力球を出現させる。
火炎球だった。
見た目が弱すぎても駄目だろうと思い、派手に爆発をする火炎球にしたのだった。
そして、出現させた火炎球を迷わず放つ。
火炎球は練習していた時よりも、更に速いスピードで、音を立てながら真っ直ぐ飛んでいき、的に命中する。
ドガァァァァン!
的もろとも周囲1メートルを燃やし尽くす。
的は粉々になって燃え尽き、そこに的があったことすら、わからない状況となっていた。
随分と脆い的だったようだ
良翔は試験官を恐る恐る見る。
試験官は何故か口を大きく開けたまま、小刻みに震え、的があったところを見つめている。
やがて、ギギギと音を立てて錆びついたブリキが振り向くように、試験官が顔を良翔に向けてくる。
「ありえん…」
試験官がやっと口にした言葉はそれだけだった。
良翔は試験官の様子から、どうやら、自分が思っていた以上に威力が高かったことを理解する。
良翔の常識の範囲内で、威力が高いと判断しても問題ないという結論に至る。
ならば、問題はない。
良翔は、呆気に取られる試験官を置き去りにし、ノアにバトンタッチする。
試験官はノアに変わった事で、正気を取り戻したが、黙って見ている。
良翔が凄まじい魔法を放ったのだ。
ノアもそれに付随する力を持っているかもしれないと警戒しているのだろう。
ノアは試験官を見もせず、所定の位置に着くと、右手を上に挙げた。
やがてノアの右手の上には、30センチ程の岩が出現する。
おまけにその岩は炎を纏って激しく音を立てて燃えている。
ノアは迷わずそれを別の的に向けて放つ。
右手が降り下ろされると、赤々と燃えた岩は的に向けて物凄いスピードで飛んでいき、的に着弾する。
ゴガガガァァァァン
激しい音と共に、大地に地響きを立て、噴煙を巻き上げる。
まるでガスを積んだ大型トラックが爆発したかのようだった。
やがて、噴煙が徐々に収まると、そこには大地をえぐり、周囲5メートル程の巨大なクレーターが出現した。
「こりゃ、やり過ぎだな」
良翔は心の中で呟く。
予想通り試験官は、口を開けたまま、言葉すら発しない。
無理もないだろう。
見た目は華奢で、モンスターなんて倒せそうにない者達が立て続けに、とてつもない威力の魔法をいとも簡単に放ったのだ。
試験官は口は閉じたが、汗が止まらないらしく仕切りに、顔を拭っている。
ノアが、良翔の隣に戻り、意地悪そうな笑顔を良翔に向ける。
「分かってて、やったな…」
良翔はノアに呆れながら、試験官の方を見る。
試験官は、暫し何もなくなってしまった的を眺めていたが、やがて振り向くと、咳払いを一つした。
顔は引きつり、こめかみには青筋が浮いている。
一生懸命平常心を保ち、今起きた事を冷静に分析しようとしているようだ。
そして、試験官は口を開く。
「…無詠唱だったり、杖を使わずに、馬鹿げた威力だったりと、お前らはいったい何者なのだ。正直、魔法使いだなんて信じがたいものだ。だが、お前らの技に、どんなカラクリがあるのかが分からん以上、追求しようがないのも事実だ。しかし、どんなカラクリがあるにせよ、冒険者入会試験としては合格だ。
申し分ない威力だったのは間違いない。だが、試験はこれで終わりはない。この後には、飛び級試験というものがある。もちろん、辞退も可能だ。だが、そうすれば最下級のFランクからのスタートだ。しかし、この飛び級試験を合格出来れば、通常ではあり得ないランクで冒険者登録が出来る。当然受けるな?だが、今度は動かない的をただ壊していた先程の試験とは大きく違う。今度は実際にモンスターと対峙してもらう。ふっふっ、果たして、お前らのカラクリ技がどこまで通用するかな」
試験官は薄ら笑いを浮かべる。
良翔とノアは顔を見合わせ、お互いに笑顔になる。
とりあえずは合格したのだ。
これで、晴れて冒険者になれる。
そして、さらにランクアップまで出来そうと来たのだ。
2人は、迷わず返事をする。
「ああ、受けさせてもらうよ」
『ええ、お願いするわ』
試験官は頷き、不敵な笑みを浮かべる。
それから、試験官に従い、場所を変える。
試験官に続き、歩いて行くと、どうやら闘技場らしき所に出る。
良翔達が闘技場の中へ進むと、複数人のローブをまとった者達が、何やら口ずさみ、良翔達の周りに、闘技場を囲うように大きなドーム型の何かを生み出す。
どうやら結界のようだ。
仮にモンスターを倒しそびれても、街に解き放たれぬよう、守っているのだろう。
しかし…、良翔は少し不安を覚えた。
もちろんモンスターを取り逃がすつもりはない。
だが、この結界が、良翔の魔法に耐えられるか疑問に思う程、大きさの割に魔素量が乏しく、弱々しかったのだ。
念の為、良翔はこっそり結界の内側に自分で集めた魔素で、新たな結界を生み出す。
試験の最中に犠牲者が出てはたまったものではない。
良翔が、結界の内側に、更に結界を作り出した事を気付く者はノア以外に居なかった。
ノアは、作りたくなる気持ちもわかるわ、と言いながら、良翔の作り出した結界を眺めている。
試験官は、そんな事も知らず、話し出す。
「お前らが初心者の割に、規格外に強いのは分かった。だが、今度の相手は、先程とは違い、動くし、意思もある。そして、お前達に危害も加える。試験とは言え、油断すれば命だって落としかねないのだ。それでも、この試験を受けるか?」
良翔もノアも、黙って頷く。
「…分かった。では、どちらか一方前に出ろ」
良翔とノアは、目を見合わせると、
『良翔が構わないなら、今度は私が先に行くわね。大した披露にもならないけど、良翔には、私の強さだけでなく、力の使い方も見ておいて欲しいのよ』
「ああ、分かったよ、ノア。気を付けてな」
ええ、とニコリと笑うと、ノアは前を向き、歩き出す。
ノアが、良翔からある程度離れた場所まで来ると、試験官に声を掛けられる。
「そこで、止まれ」
足元には白い線が引いてある。
「では、これから、モンスターを召喚する。お前はそいつの相手をし、とにかく勝てば良い。分かったな?」
『ええ、すごく明快で分かり易いわね』
試験官はノアの返事を聴くと、数歩下がる。
周りでは、先程結界を作り出した者達とは別の者達が、何やら唱え始める。
すると、ノアの少し先に光が生じた。
光は、地面に何やら幾何学な模様を描き、その模様の上から天に向かって光のヴェールを作り出した。
暫しその様子を眺めていると、徐々にモンスターの姿が見えてくる。
どうやら狼のような魔物だ。
だが、よく見ていると1匹ではない。
結局、全部で3匹となった、狼達が姿を現したのだった。
狼達は、鋭い牙を剥き出しにしながら、飛び出そうと暴れているが、光のヴェールがそれを許さない。
あのヴェールがある間は、恐らく襲われないのだろう。
良翔は狼達を鑑定してみる。
【 名称:ファウンドウルフ
LV:20
HP:2500
魔力:2500
属性:地 】
「では、始める!」
試験官は遠くから、大声で開始の声を立てた。