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先ず目に飛び込んで来るのは、多くの冒険者だ。
カウンターに並ぶ者、テーブルに腰掛け、仲間達と談笑をする者、ギルドボードと書かれた大きなボードの前に立ち、貼紙を見つめている者。
各々の目的を持った人達が、人種問わずそこには居た。
そして、どの者も良翔よりも体格は良く、とても強そうであった。
門兵が、良翔達を一目見て、害が無いと言われたのも納得な気がする。
誰も、入って来た良翔達の事を気にする者はいない。
しかし、室内に入り、カウンターが混み合っていたので、先ずはギルドボードの貼紙を見に行くことにした良翔達が歩き出すと、ノアが周囲から視線を集める。
中でも、テーブルに座り談笑をしていた屈強な体躯の男達が、ノアを見るなり、こちらに聞こえるほどの声で、遠慮もなく話している。
「おい、見ろよ!スゲー美人だ!あの女の子も冒険者か?くぅ、堪らんな!あんな女の子と仲良くなりたいもんだ!」
頬に傷のある、椅子に座っていても、大男である事が分かる男がそう言うと
「ああ、確かにあれは良いな!それに、見ろよ、連れの男…」
大男の隣に座っていた、少し細い男が、蛇のような目で良翔を舐めるように眺め、クスクス笑い出した。
「あんなんじゃ冒険者どころか、犬にだって食べられちまいそうだな!アイツが死んだら、俺があの子を守ってやらなきゃな!」
そう、大男が続けると仲間が 達が一斉に笑い出す。
周囲の冒険者達は、嫌なものでも見るように、そのテーブルを見やるが、何も口出しはしない。
いちいち構ってられない、という事だろう。
良翔にしてみれば、ギルドといえば、正にこんなチンピラ風情が新人に絡み、下手な言い掛かりをつけて、脅して来る、というのは大いに予想していた。
そして、おきまりの如く、大概絡んで来るコイツらは弱い。
そんな、正に、おきまりパターンを目の前で体感した良翔は興奮する。
「おお、THEまさに初めてのギルド、って光景だな」
心の中でそう呟き、むしろその光景を見れた事に喜んでいた。
すると、ギルドボードに向かって歩いていたノアが、ピタと歩みを止め、クルリとテーブルの男達に体を向ける。
そして、そのまま、テーブルに向けてユックリ歩き出す。
ノアは顔を無表情に変え、テーブルの男達に向け、目だけは激しく見下すような目をしている。
「え?」
良翔は悠長にこの場を楽しんでいる場合では無かったのだ。
ノアが男達に向けて、歩き出すと同時に、突然周囲の温度が下がった。
ノアはゆっくり歩いて行き、テーブルの前に来ると、男達を見下ろす。
先程まで伊勢の良かった男達が黙る。
ノアの表情からは、想像も出来ない程の殺気が、ノアの全身から溢れ出ていた。
良翔から見ても、とても危険な空気を感じ取れる。
良翔は焦り、冷や汗を垂らす。
男達も、その激変したノアの雰囲気を察知し、今動いたり、話したりすれば、一瞬で殺される事を理解したらしく、生唾を飲み、冷や汗をかきながら、ノアから目を離せずにいた。
周囲が静まり返る。
周りの人達も、動作をピタリと止め、こちらを伺っている。
そして、誰も動く者は居ない。
カウンターの受付嬢すら、生唾を飲み、冷や汗をかきながら、ノアを見つめる。
ノアの放った殺気は、この部屋一帯を包み込む程、凄まじいものだった。
そして、ノアはユックリと口を開き、静かに話し出す。
『貴方達、何を言ったかよく分かってるのかしら。貴方達を消すのなんて容易い事よ。見た目に惑わされ、その本質を見抜けない愚かさを恥じるべきね』
男達は黙ったまま必至に頷いている。
しばらく男達に視線を向けていたノアは、話し終えると、クルリと良翔の方を向き、笑顔に変わる。
途端に周囲に張り巡らされていた、張り詰めた空気が解放される。
『良翔!ちゃんと注意しておいたから気にしないでね!』
ノアは満面の笑みでそう言い、パタパタと良翔に小走りに近づいて来る。
先程の殺気を放っていたノアとは大違いだ。
周囲の人達も、解放された空気により、安堵の溜息を吐いている。
しかし、ノアからは視線が外せないらしく、各々の目的に戻りつつも、チラリ、チラリとノアの様子を確認している。
良翔に近付いて来たノアが、良翔の手を引っ張り、ギルドボードの前へ行く。
先程の事は何もなかったかの様に楽しげに貼紙を一枚一枚眺めている。
そんなノアを横目に、先程の事は触れないでおこうと決めた良翔は、ノアと同じく、ボードの貼紙に目をやる。
ギルドボードには、真新しい張り紙から、古い貼紙まである。
おそらくこれらがギルドに依頼されたクエスト達なのだろう。
真新しい物は、最近のクエストで、古い物は、ずっと未解決のクエストなのだろう。
そんな思いを抱きながら、良翔は貼紙を眺める。
先程から違和感なく読めている文字は、見たことも無い文字だが、作り出したスキルによってその文字が良翔の理解出来る言葉に置き換わり、脳内に入っていく。
どの様なクエストがあるのか、眺めていると、ある共通点に気付く。
クエストの種類により、色が分かれているのだ。
青い背景色の貼紙は、採取系のクエスト。
緑、および黄色の背景色の貼紙は、討伐クエスト。
そして、古い貼紙はどれも背景色が赤色をしており、同じく討伐クエストとなっていた。
恐らく難易度の高い、巨力なモンスターの討伐なのだろう。
この他に白い背景色の貼紙もある。
探し人や、調査といった類のクエストは白色らしい。
一通り貼紙を斜め読みした良翔は、比較的古めな貼紙のを重点的に見ることにする。
しばらく眺めていると、ある文字が飛び込んでくる。
【アースワイバーンの討伐依頼】
背景色は黄色だ。
貼紙には、こう書かれていた。
【アースワイバーンの討伐依頼
目撃場所:古の湖畔のほとりにある、森林内にて
状況:アースワイバーンの亜種を確認。アースワイバーン亜種の他、複数のアースワイバーンも目撃情報有り。古の湖畔近くにある森には、万能薬の素となる万寿草の群生地があるが、アースワイバーン亜種の出現に伴い、薬の原材料の調達に支障をきたしている。速やかに討伐を要請する。
達成報酬:250万 Gold
達成条件:アースワイバーン、及びアースワイバーン亜種の殲滅
依頼主:タリス薬剤師協会
クエストランク:B以上】
良翔は、読み終えるとすぐにノアを見る。
ノアはこの貼紙には気付いていないらしく、鼻歌交じりに他の貼紙達を眺めている。
「ノア、ちょっとこれを見てくれないか?」
良翔はノアに声を掛け、その貼紙を指差す。
ノアは良翔の指先に視線を移し、貼紙を見つめる。
するとノアの目がぱっと輝く様に見開いた。
「良翔!これって、昨日のアイツの事じゃない?亜種だったかどうかは分からないけど、少なくとも一匹は倒してるわね」
良翔は頷き
「ああ、俺もそう思ってたんだ。あれぐらいなら俺達でもこのクエスト達成出来そうだな…」
そう考えた良翔だったが、思い直す。
先ずはこのギルドで、冒険者登録を済ませ、クエストを受注する必要がある。
しかし、いきなり登録したての冒険者がBランクのクエストを受注できるとは思えない。
せいぜいFランク始まりからだろう。
そう思い、長い列が出来ているカウンターに目をやる。
「はやる気持ちもあるけど、何はともあれ、まずは冒険者登録からだね」
ノアにそう伝える。
ノアも素直に頷く。
良翔とノアはギルドボードを後にし、長い列の最後尾に並ぶ。