1-26
ノアに従い、空を飛ぶ。
ノアは良翔の様子を見ながら、徐々にスピードを上げていった。
気が付けば、時速100キロで走る、高速道路の景色よりも早く、景色が通り過ぎていく程のスピードで空を飛んでいた。
途中から息が苦しくなったのでノアに尋ねると、高速移動中はうまく呼吸が出来なくなるらしいので、自分を魔素で包み込み、空気の衝撃を殆ど無くして飛ぶ様にアドバイスを受けた。
言われた通りに自分に薄い膜を張ると、驚く程快適になった。
相変わらず、凄いスピードで飛んでいるのにも関わらず、殆ど空気の抵抗を受け付けない。
かなりのスピードらしく、身の回りは、空気を割く、かん高い音に包まれているが、音すらも緩和してくれる様で、耳には大した音は聞こえなかった。
ただ、会話をするには不便だったので、頭の中でノアと会話をしながら、空を飛び続けた。
一時間程飛んだだろうか。
遠くに、大きな街が見えてくる。
街の中心には、西洋の城の様な、トンガリ頭の塔が複数生えた建物がそびえている。
その周りを囲む様に、街が形成されており、街の周りは、背の高い頑丈そうな城壁が、グルリと覆っていた。
怪しまれると面倒な気がするので、1キロほど手前で、良翔とノアは地に降り立つ。
城壁までは、ずっと草原が続いており、その城壁から一本の道が延びていた。
先ずは降り立った地点から、その街道へと出ると、時折、城壁の方から馬に引かれた商人らしき人が通り過ぎていく。
また、逆に徒歩で向かう冒険者らしき格好のパーティーや、同じく商人らしき人達、そして時折、獣に跨り、軽快に走りすぎていく冒険者も見受けられる。
正にこの世界にも人が居る。
良翔は街道を歩きながら、行き交う人達に目をやる。
中には、二足歩行をする、とても強そうな大きな体の獣人が巨大な斧を背負いすれ違っていくのも目にする。
良翔はどきどきした。
良翔がキョロキョロしながら街道を進むのに対し、ノアはそんな良翔を見て微笑ましく笑顔を向けるだけだった。
やがて、街道の終わりに城壁の唯一の出入り口である、大きな門が見えてくる。
良翔はノアに、あんな種族を見た、こんな種族がいた、と興奮気味に話していたが、その門が段々と迫ってくると、口を閉ざした。
どうやら緊張したらしい。
口をつぐみ、門を見ながら進むと、やがて門兵が立っているのが、見える。
門をくぐる者はあそこに立つ門兵に何か検閲を受けている様だった。
門へ入るために列に並ぶ。
結構時間がかかる様だ。
その間良翔は、ノアと会話しながらも、時折すれ違う人に鑑定スキルを使って、どんな職業や力があるのかを調べていた。
やがて、良翔達の番になる。
門番から何やら話しかけられるがちっとも何を言っているか分からなかった。
良翔は直ぐに翻訳スキルを起動し、常時発動へと切り替えた。
正直言葉が通じるか不安があった為、相手の伝えようとしている意思を、良翔に理解出来る言葉に変換する様なイメージでスキルを事前に創成しておいたのだ。
もちろん、その逆に良翔が伝えようとする言葉も、相手に理解出来る言葉に翻訳される様にしておく。
「どうした?冒険者か?この言葉が分からないか?」
再度話し掛けてくる門兵。
良翔は慌てて
「いえ、こんな大きな街にくるのは初めてで、つい浮かれてしまい、上の空でした。申し訳ありません」
すると、門兵は訝し気な顔を崩し、ガハハと笑った。
「お前が驚くのも無理はない。この、タリスはこの辺では極めて大きな街であるからな。それもこれも、歴代の中でも、群を抜いて素晴らしく、偉大なるタリス王16世が治める街であるからこそだ。王を慕い、多くの民や商人、多くの種族の者が集い、この街は出来ておる。その為、この街にはとても多くの民が行き来し、街を賑わせておる。田舎から出て来たばかりの者にはとても刺激的に映るだろうて」
「なるほど、この街はタリスというのか…。そしてその街を治めるのがタリス王とかいう王様で、民から慕われており、優秀な君主である、と…」
良翔は門兵からの話を聞きながら、必要な情報だけを整理していく。
門兵は一通り話したかった事を話した後、気を取り直し、業務に戻る。
「さて、お主達のこの街への目的はなんだ。見たところ冒険者の駆け出しの様に見受けられるが、ギルドにでも入会に来たのか?」
「ええ、そんな所です。この街のギルドは、私の村では有名なものでして、一念発起して、ここまでやって来た次第です」
良翔は適当に誤魔化す。
すると、門兵はウンウンと、頷くとご丁寧に教えてくれる。
「うむ、冒険者は非常に大事な戦力だからな。こうしてこの街で冒険者になってもらえるのなら大いに歓迎だ。それに、仮にお主達が悪党だったとしても、その様子では大したことも出来ずに、直ぐに捕まってしまうだろうしな。特段、通過しても何ら問題ないだろう」
そう言うと、門兵は身を引き、門を通してくれる。
良翔は素直にお礼を言い、通り過ぎようとすると、門兵はついでに教えてくれる。
「ギルドは、この街道を真っ直ぐ城に向けて歩けば、右側に見えてくるぞ。赤い屋根の大きな建物だから直ぐわかるだろう」
「ご親切にありがとうございます。大変助かります。早速行ってみることにします。門兵さんも仕事頑張って下さい」
良翔はそう言い、門兵に頭を下げると、街中へ歩き出す。
その間、ノアは終始穏やかな微笑みを浮かべたまま一言も話さなかった。
やがて、門を通り過ぎ、多くの人が行き交う所までくると、ノアが話し掛けてくる。
『無事に通過出来たわね。それに、都合良く門兵さんが教えてくれた通り、先ずはギルドに行きましょう。そこで登録して、冒険者になりましょ。何せ、こちらの世界では私達は無一文なのだから、先ずは収入源を得なくちゃね』
「ああ、そうだね。先ずは、冒険者になって、クエストを受注したりして、こちらの生活が出来るようにならなくちゃね。それに、その内レベル上げなんかを他の冒険者とも一緒にやってみたいものだね」
ノアは笑顔で頷き、歩を進める。
ノアと良翔は、街中を眺めつつ、どこに食事所があるのか、武器屋や防具屋、道具屋に宿などを覚えつつ、街を進む。
ふと気づいた事なのだが、行き交う人、いや、人だけでなく獣人や、他の種族の者は、良翔達とすれ違うと、視線を向けて来るのだ。
そっか、と良翔は納得する。
原因はノアだ。
良翔は一緒に居る事が多い為、大分慣れたが、ノアは絶世の美女なのだ。
顔は整い、可愛さを残した髪型が美人である事をより一層引き立てている。
良翔でさえも、時折向けられる笑顔にはドキっとしてしまう。
おまけに、スタイルも抜群なのだ。
線が細すぎず、しかし、シッカリと付いた筋肉が、よりそのフォルムを凛々しい姿に引き締めているが、柔らかさも同時に醸し出す。
歩く姿は滑らかで、淀みが無い。
正に、美の極みといった表現でも間違いは無いだろう。
周囲の目は、男性だけでなく、女性からも向けられる。
異性だけでなく、同性から見ても魅惑的な雰囲気をノアはまとっているのだ。
良翔はそんなノアを見ていると、ノアは、ん?とニコと笑顔を向けて来る。
これだけ可愛ければ当然だな、と良翔は思う。
周囲の視線など気にもせず、ノアは目的地へ向けて行く。
良翔はノアの隣を歩き、時折、落ち着いたら、あそこに行こう、などと話していた。
そうこうして、歩いているうちに目的の建物らしき物を見つける。
ノアが小走りに走り出し、良翔も続く。
目の前まで来ると、とても大きな建物だった。
赤い屋根を支え、ドッシリと構えている。
建物は3階建てで、所々に鉄製らしきもので作られた窓枠が見える。
ノアはドアの前でチラリと良翔の顔を見る。
良翔は、頷き返すと、ノアが大きめの扉をユックリと開ける。