1-25
いつもと同じ通勤経路が、穏やかな天候と相まってか、とても鮮やかで、優しく感じる。
良翔の足もそれにつられ、自然と早く、軽やかになる。
気が付けばあっという間に駅に着いてしまった。
予定していた電車に乗り、目的の駅で降りる。
良翔は、今度は迷わず目的のトイレへ、薄暗い通路を抜け、辿り着く。
と、良翔はふと気付き、元来た道を戻り、自動販売機で飲み物を2本買う。
向こうでは、自動販売機なんて無いのだ。
また、直ぐに人が飲める飲み水にたどり着けるとも限らない。
その為、飲みもを用意したのだった。
飲み物を買い、準備が整った良翔は、あのトイレに戻ってきた。
そして、昨日と同じ個室へ迷わず入る。
個室に入ると早速、良翔のコピーをメモリー機能で復元する。
すると、直ぐにコピー良翔は現れ、立っている。
流石に個室に、大人2人が立っていると窮屈だった。
窮屈ながらにも、良翔は、コピーを確認する。
ついでに鞄の中も見せてもらう。
お弁当もちゃんと複製されていた。
素晴らしい機能だ。
「じゃぁ、すまないが、仕事宜しく頼む」
「ああ、気にするな良翔。それよりも、ちゃんと冒険して来いよ?」
薄く微笑みながら、コピー良翔が答える。
「ああ、もちろんさ」
そう答えながら、良翔はゲートをメモリー機能で作り出し、ゲートとなった扉を開けて、歩を進める。
扉の閉め際に、今一度、コピー良翔の方を見やると、コピー良翔は、ニコリと笑って立っていた。
いい笑顔だ。
そう思いながら、良翔は扉を閉じた。
異世界へ戻ってきた。
そう、良翔は思う。
『お帰り、良翔』
突然背後から声がする。
振り向くと、ノアが既にそこに居た。
ノアは自分の意思で、消えたり現れたり出来るらしい。
独立思考を手に入れると、良翔の意思とは別に、他の個として単体で考え、行動出来る様になると、ノアは教えてくれた。
さて、と良翔は屈伸やストレッチなどをし、体をほぐしていく。
昨日の今日とはいえ、まだまだ、この世界に対しても、自分の能力に対しても、素人同然なのだ。
だから、慢心はしない。
油断すれば、たちまち痛い目を見るだろう。
ノアは良翔の隣で、良翔の真似をして、準備運動をしている。
「ノアも準備運動が必要なのかい?俺は35のおっさんだからな。少しでもほぐしてやらないと、体が中々いう事を聞かないからさ」
良翔は自嘲気味に言う。
するとノアは微笑みながら、
『準備運動が必要かどうか、を私に問われれば、多分必要ないと思う。でも、これから、何かをするぞー、っていう気持ちの準備は年齢に関係なく必要な事だと思うわ』
良翔も微笑み返しながら
「あぁ、確かにその通りだな」
暫し体をほぐした良翔は、早速昨日の復習に入る。
メモリー機能を使い、体を浮遊させ、上下左右と飛び、スピードの加速、減速、急停止、急発進などを行う。
昨日よりも上手く、意思通りに空中を動ける。
空中から降りて来た良翔は、少し大きめの岩の前に行き、分解、変化、暴走をさせ、その岩を昨日と同じ要領で試す。
こちらも昨日よりもスムーズに出来ている。
そして、最後に問題となっている、力の把握だ。
少し離れた所に、直径1メートル程の大きめの石が複数転がっている。
良翔は、それに向けて、魔素を昨日よりも、グッと少なめに集め、指先から、指弾を打つ様な感覚で野球ボール程の大きさの魔力球を放つ。
始めは、火炎球だ。
火炎球は良翔のイメージ通り、指先から、真っ直ぐ目標に向かって、ボールを思い切り投げた時と同程度のスピードで飛んで行き、岩に着弾する。
ドゴォォン
着弾すると、岩は激しく砕けたが、岩の周囲が広範囲で燃えるという程ではなく、純粋に岩を破壊した、という申し分ない威力だった。
その力を基準として、良翔は同程度の魔素を込めて、各属性を試した。
ノアは、その間良翔の隣に立って、時折アドバイスをくれた。
段々と分かってきた。
魔力球の威力は、魔素の量、もしくは属性の持ち方により変化する事が分かった。
試しに、まずは魔素量を先程の2倍ほどに増やし、同じ様に放つ。
すると、岩に着弾する途端、先程よりも威力が上がり、岩は砕け散り、そして周囲も焼く。
単純に威力が2倍になったぐらいか。
分かりやすく、明確だ。
次に、今度は最初に火炎球を作り出し、そこに相性の良い、風属性に変化させた魔素を同程度混ぜ合わせていく。
使用した魔素量は先程の火炎球と同じ、2倍ほどだ。
しかし、出来上がると見た感じからして、威力が違うのが分かる。
少し放つのが躊躇われるが、目標の的を先程よりも遠くに変え、目標に向かって思い切って放ってみる。
属性混合の魔力球は、先程よりも段違いに速いスピードで、飛んでいき、あっという間に的となった岩へ着弾する。
すると、岩に着弾する途端、先程よりも大きく範囲を広げただけでなく、大地をえぐりながら巨大な火柱が上がり、的となった岩を破壊して、燃やし尽くしていく。
少し間をあけたのち、着弾地点へ行くと、岩は跡形もなく無くなり、周囲5メートルほどを焦土と化していた。
さらに、地面も1メートルほどえぐり、色の異なる土が見える。
恐ろしい力だ。
同じ魔素量なのに、混ぜ合わせるだけで、こうも威力が増すとは、その変化に目を見張らざるを得ない。
良翔の実験にしばらく付き合った後、ノアが口を開く。
『いい実験だったわね、良翔。今回の実験で属性の関係性や、魔素の使い方なんかもよく分かったと思うわ』
「ああ、良い経験だったよ。力の使い方は今後も練習してかなきゃね」
ノアは一つ頷く。
そして、笑顔を良翔に向ける。
『さて、良翔。練習はこの辺にして、そろそろ、今日の目的のこの世界の街に行ってみましょうか』
「ああ、そうだった。とても楽しみだよ」
良翔も笑顔で返す。
『さて、そうしたら、その前に近道をしましょうか』
ノアから提案される。
「近道かい?何か抜け道でもノアは知ってるの?」
すると、ノアは、ふふ、と小さく笑い
『ええ、知ってるわ。それは良翔も知ってる近道よ♪』
良翔はノアに言われ、記憶を辿る。
しかし、記憶から、そんな道を良翔は見つけることが出来なかった。
すると、ノアは笑いながら、ゲートを作り出した。
そして、迷わず入っていく。
良翔も迷いながらも、ノアに続きゲートをくぐった。
すると美しい湖へと出た。
ここは覚えている。
昨日は夕方から夜まではここで過ごし、この森の奥でアースワイバーンを倒した場所だ。
『一度行ったことがある場所は、ゲートを使ってテレポートの様に行き来出来るわ。なんせ、一度行けば記憶して、イメージが出来る様になるからね』
「なるほど…。つまり、ここから、行きたい場所をイメージしながらゲートを出せば、例えば、またあの草原へと戻る事も可能なわけだ」
するとノアはニコリと笑い頷く。
確かにこれは大きな近道だ。
良翔のいた世界から、出現するのはいつも、あの草原だ。
そこから毎度飛んで移動していたら、1日に行ける距離など限られてしまう。
しかし、このテレポートゲートさえあれば、一度行きさえすれば、そこから先を目指すことが出来る。
良翔も、ノアを真似して練習をする。
先程の草原をイメージしながら、ゲートを作り出す。
出来上がったゲートをくぐると、先程の草原に戻って来た。
同じ事を繰り返し、また、湖へと戻る。
素晴らしいスキルだ。
良翔はホクホク顔になる。
実現して仕舞えばあっけないものだが、憧れたテレポートが今こうして使えるようになったのだ。
思わず笑みが溢れてしまう。
そんな良翔を満足気に眺めていたノアは、良翔に声を掛ける。
『さあ、良翔!街へ向かうわよ!』
そう言うなり、ノアは空へ浮かび上がる。
ノアに従い、良翔も後に続く。