1-24
朝眼が覚めると、隣には芽衣が、すうすう寝息を立てて、眠っている。
良翔は時計を見やると、まだ、朝の5時を少し回ったところだった。
起きる時間には、まだ、だいぶ早い。
本来なら、もう少し寝ていたいところだが、何故か、ハッキリと眼が冴えてしまったのだ。
良翔は起き上がる事にする。
隣で寝ている芽衣を起こさないように、そっと、ベットからすり抜ける。
寝室から出ると、良翔はキッチンへ向かう。
換気扇を付け、タバコに火を付ける。
今日も外は晴れているようで、窓からは光が差し込み始めていた。
タバコを吸いながら、昨日の事を回想する。
そして、コピーの事を思い出す。
実際に出来たか確認したかった。
その前に、昨日の夢の様な1日が現実であった事を確認する為、脳内に声をかける。
「おはよう、ノア」
すると、声は少し眠たそうに答える。
『おはよう…良翔。今日は…、随分と早いのね…』
ノアはまだ寝ぼけてるのではなかろうか…
ナビゲーターでも、睡眠は必要なのだろうか。
そんな事をふと考える。
『ふあぁ〜。私も眠るのよ、良翔。独立思考を得てからは別人格として活動してるの。つまり、私には私のサイクルみたいなものがあるのね。で、私のサイクルだと、通常はまだ寝てる時間ね』
あくびをして、そう答えるノア。
そういうものなのか、と良翔は思う事にした。
「そうか、眠い所悪いね。で、早速なんだけど、俺のコピーは無事に出来たのかな?」
すると、ノアは眠気が覚めて来たのか、さっきよりもハッキリとした返事をする。
『ええ。バッチリよ!良翔のイメージ通りに出来てるはずよ♪早速試してみたら?』
良翔は頷き、迷わず、良翔のコピーをイメージする。
すると、目の前に見慣れた自分の顔と、全く同じ顔をした、人物が立っていた。
服装は昨日の通勤時と同じままなので、後で違う服に着替えるとしよう。
良翔は直立している、コピーをマジマジと眺める。
するとコピーが口を開いた。
「おはよう。初めましてだね。何かおかしな所があるかな?」
良翔は、自分と全く同じ顔が目の前で話し出す事に、思わず違和感を感じて一瞬焦るが、直ぐに平静を取り戻し、コピーと会話をする。
「いや、全く違和感ないな。正に俺自身だ。強いて言うなら昨日と同じ服装だから、今日は違う服装の方が良いかな。それぐらいだよ」
コピー良翔は、ん?と顔をし、自身の服装を下から上まで眺める。
「あぁ、確かに昨日と同じ服装だったね。こんな感じなら良いかな?」
すると、パッと服装が変わった。
うん、良翔好みの仕事用の服装だ。
固すぎず、程よく目立たない、正にそんな感じの服装だ。
良翔は感心した。
まあ、俺自身と考え方や好みが同じだから、不思議ではないか…と心で思う。
「ああ、問題ないね。それにしても、すまないな。嫌な仕事を押し付けて。自分で言うのも何だが、いつか君とちゃんと向き合って話したい所だな。俺と全く同じとは言え、やはり別の個として、目の前に立たれると、冷静に客観的な自分の事を見れて、俺の知らない意外な一面を発見できる気がするんだ」
すると、コピーはニコリと微笑み答える。
「仕事の事は気にするな。自分で自分の名前を言うのも何だが、良翔にストレスを取り除いて貰ったからな。不満とかそういうものは感じないよ。それから、良翔と話す事は全く問題ない。向き合って話す事で、良翔が何かを見出せる可能性があるなら、喜んでつき合うさ」
うん、自然な笑顔だ。
そして、自分で言うのも何だが、良いやつだなコイツ、と素直に思う良翔であった。
「分かった。そう言ってもらえて有り難いよ。じゃぁ、今日から宜しくな、良翔」
「ああ、こちらこそ宜しく。俺の事は気にせず、大いに望んだ世界での冒険を楽しんで来いよ。基本的には常時情報を共有しておくし、何か問題があれば確認するさ」
すると突然頭の中で声がする。
「こんな感じでな」
目の前にいる良翔は口を動かしていない。
だが、良翔の声が脳内に聞こえる。
「基本的にはこちらで解決するよう努力するよ。あまりそちらの邪魔はしたくないからね。だが、必要が生じてしまったら、こんな具合に確認するさ。だから、その時は悪いが俺に判断やアドバイスをくれると有り難い」
脳内に話しかけてくる目の前の良翔。
それに答える良翔。
他から見れば、すごい光景である事は間違いない。
「ああ、その時は遠慮なく聞いてくれ。適切な解を直ぐに提示出来るかは分からないが、2人で相談すれば、早く結論が出せることも沢山あるはずからな」
すると目の前の良翔は優しく、微笑む。
「確かにその通りだな、了解した」
良翔は、また後で、と挨拶を終えると、目の前の良翔を消す。
吸い終わってしまったタバコを灰皿に押しやり、もう一本火を付ける。
さて、コピーは問題なく出来た。
次は二つ目に望んだ鑑定スキルだ。
良翔は頭を切り替え、鑑定スキルの創成にあたる。
実は、昨晩は自分のコピーのイメージを作り上げたところで、力尽きてしまった為、鑑定スキルについては、まだ、手を付けていない。
ノアに創成の補助を依頼しながら、鑑定スキルをイメージしていく。
そして、無事に鑑定スキルは出来上がった。
思ったより時間はかからなかった。
ノアが言うには、既に一度創成しているスキルをメモリー機能で復元する際に、顕現する為の媒体を、一から創成する様に、カスタマイズするだけで良いとの事だった。
なるほどな、と良翔は思った。
つまり、異世界で一度作り出したスキルや物などは、メモリー機能を使って、創成の為の媒体を、魔素からではなく、一から作り出す様に変更さえしてやれば、この世界でも実現可能になるという事だ。
だが、異世界で創成した力や物はこの世界ではあまり具現化しない方が良いとも思う。
この世界では、あまりにも非現実的ものばかりだからだ。
他人に影響を与えない程度のものに抑えるべきであろう。
なら、異世界へ行った際は、向こうでは大して使わないものやスキルでも、こちらの世界で有用なら、作っておいて損はないだろう。
そう考えているうちに、ある事に思い当たる。
良翔は最初、翼は向こうの世界のものを何も利用せずに作り出した。
ならば、翼も同様に、創成の粉に頼らず、メモリー機能で具現化出来るのでは無いだろうか。
もしも、それが可能なら、ノアも同様である事に思い至る。
良翔は、ノアにその質問を投げかける。
「ノア。今思ったのだけれど、実はノアはこの世界でも、姿を具現化出来るんじゃないか?」
すると、少しの間を置き、ノアが答える。
『ええ、その通りよ。私はこの世界でも、姿を表す事は出来るわ。メモリー機能を使えば、創成の粉に頼らずとも具現化出来る。…だけど、本来存在しない筈の人間が、この世界に姿を表すという事は、不都合な事が起こり得る可能性を生むわ。だから、必要無ければ、あまり不用意に具現化しない事をお勧めするわ。具現化しなくても、私は良翔の側に常に居るしね』
確かに、ノアが言っている事に納得だ。
あえてリスクを冒す必要性は、あまりない。
良翔は、そこでノアに一つのお願いをする。
「ノアの言っている事はよく分かったよ。ただ、今夜、芽衣に会ってやってくれないかな?これから、俺が通う異世界をノアと一緒に過ごすんだ。ちゃんとノアの事を信用してもらいたいし、正直ノアと芽衣が仲良くなってもらいたいと思っている」
『ええ、それぐらいなら問題ないわ。芽衣ちゃんはもう無関係では無いし、私の存在も知っているからね。私に会った所で、こちらにとって不都合が生まれるとも考えづらいわ』
「ありがとう、ノア。芽衣も、ノアと話したがっていたし、きっとノアに会えたら喜ぶと思うよ」
『気にしないで良いわ、良翔。私も芽衣ちゃんとは仲良くなれる気がするし、楽しみだわ』
「ああ、そう言ってくれると、助かるよ」
ノアとの会話を終え、良翔は身支度を始める。
身支度を終える頃には、芽衣は既に起きていて、子供の世話をしている。
そんな芽衣の様子は、何だが少しご機嫌な様子だった。
「おはよう、芽衣」
既に外出の準備が整った良翔は芽衣に声を掛ける。
「良翔、おはよー!今日は随分早起きさんだったね!いつもお寝坊さんの良翔君たら、どーしちゃったのかしら」
芽衣は笑いながら、そう返事を返してくる。
「今日は、何だが早い時間に目が覚めちゃったからね」
良翔は苦笑いしながら、芽衣の手伝いを始める。
子供達を着替えさせ、身支度をさせる。
芽衣はその間に、良翔のお弁当と、朝ご飯を作る。
子供達の身支度が終わる頃には、芽衣も朝食を作り終えていた。
久々に全員で朝食を取る。
美味い。
何となく、いつもと違う食卓の風景に、皆が描いになっている気がする。
食事を終えた子供達が先に玄関を出て行く。
子供達を送り出した芽衣が戻ってきて、良翔と一緒に朝食を取る。
「そーいえば、良翔のコピーは上手く行ったの?」
食事を食べ終えた良翔は、芽衣が食べているのを見ながら、コーヒーを飲んでいる。
「ああ、無事にね。あの、例の駅のトイレでバトンタッチする予定だよ」
良翔は芽衣に返事を返すと、コーヒーを芽衣にも入れる。
ありがと、と芽衣はコーヒーを受け取り、食べ終えた食器を重ねた。
良翔は腕時計を見る。
そろそろ、出発の時間だ。
いつもよりは早いが、コピー良翔との入れ替えがあるので、一本早い電車で行くのだ。
「じゃぁ、そろそろ、行くね」
芽衣も立ち上がり、玄関まで見送りに来る。
「行ってらっしゃい!昨日と同じぐらいに帰ってくるかな?楽しい場所でも、チャンと時間には気を付けて、遅くならない様にね!」
良翔は笑って答える。
「あぁ、気をつけるよ」
芽衣に見送られ、良翔は駅へ向けて歩き出す。