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家に着くと、芽衣が出迎えてくれる。
「お帰り良翔!今日は、少し早いね!お疲れ様!」
芽衣の元気な笑顔を見ると、家に帰ってきた、と実感するのであった。
「あぁ、ただいま、芽衣。そうだね。明日もこれぐらいに帰れれば良いんだけどね」
「そうだね!明日も頑張ってよー?期待してるわ♪とりあえず、着替えておいでよ」
と芽衣は言い、パタパタとリビングへ消えていく。
良翔の為の夕飯の用意をするのだ。
良翔は芽衣を見送ると、着替えに寝室へと行く。
鞄を降ろし、室内着へ着替えていると、フト鞄に目が行く。
今日、アースワイバーンを倒した際に手にした、ドロップアイテムの存在を思い出したのだ。
良翔はしゃがみ込み、鞄を開ける。
中には、やはり入れた通りに、ドロップアイテムが入っていた。
手に取り、眺めてみる。
そして、思いついたまま試す。
鑑定スキルを試したのだ。
しかし、ステータスウインドウは表示されない。
その理由に思い当たる。
「…そうか、この世界には魔素が存在しないから、利用するものが無いのか…」
そこで心の中でノアに聞いてみる。
「ノア、この世界でも、新たなイメージを実現する方法って無いのかな?」
少し考えてから、ノアが返す。
『ん〜、そうねぇ…。この世界はイメージを具現化するって事が、あり得ない、って思い込まれてる世界だからねえ…。何か具現化出来る様な補助的な力があれば良いんだけど…』
と、良翔はノアの話を聞いて、突然思い付く。
「待って、ノア!あり得ないはずなのに、ノアはこの世界で生まれたじゃないか!つまり…、“創成の粉”だよ!それをまた摂取すれば、イメージしたものをきっと創成、つまり具現化出来る筈だよね?」
『…そうね!それが確かにあったわ!あれはまだ残ってるのかしら?まだ、残ってるなら、沢山は無理でも、一つくらいなら、具現化出来ると思うわ』
良翔は興奮する。
思わず鼻息が荒くなってしまうのも、気にせず、ノアとの会話を続ける。
「よし!なら、早速試してみるべきだね!」
『ええ、やってみましょ!』
ノアも同調する。
しかし、ノアがある事に思い至ったらしく、すぐに、良翔に聞いてくる。
『…でも、待って良翔。良翔はこの世界で何を具現化したいの?例えばだけど、空を飛ぶなんて事を具現化しても、飛ぶ所が無いわよ?周りの目や、監視カメラといったものが所狭しとあるもの。この世界に存在する、当たり前の人間像と、大きく異なる能力を持つことは、あまりお勧めしないわ。とにかく目立つからね。それにそんな能力を持てば、必ず使いたくなるし、良翔は良くても、その能力のお陰で、芽衣や子供達にも迷惑がかかっちゃうかも知れないわ』
「それも、そうだね…。だけど…、多分これなら上手くいくんじゃないかな?」
そう言うと、良翔はノアに説明する。
まず、良翔が創成しようとしてるイメージは全部で3つだ。
まず最初に思いついたのが、自分のコピーを作成する事だ。
自分のコピーを作成し、代わりに仕事に行ってもらうのだ。
ロボットの様な物では、当然疑われてしまうし、良翔の仕事は、そんなに規則正しい作業をひたすらこなす様な仕事でもない。
あくまで、良翔と同じ事が出来る必要がある。
当然、受け応えや仕草、癖、細部に至るまで同じで無くてはならない。
ただし、そこは良翔の代理で業務をこなす事を目的とした存在であるから、不要と思えば消えるし、必要と思えば直ぐに生み出せる、そんな存在で無くてはならない。
そして、生み出すコピーには、怒りやストレスといったものを遮断する機能を付加する必要がある。
良翔と同じストレスや怒りを感じて仕事をしていれば、同じ考え方をするコピーなのだから、いずれ行きたくない、と言い出しかねない。
なので、そこはあくまで、欠落させる。
不満を持たせない様にするのだ。
まぁ、最近は大人しく、静かに仕事をしていたので、その辺が欠落していても、そもそも誰も気付かないだろう。
そして、コピーを生み出し、代わりに仕事に行ってもらう代わりに、良翔本人は、その間、あの異世界へ通うのである。
つまりは異世界へ出勤する訳である。
そして、一つの世界に良翔は常に1人しか居ない状態を作り出す。
毎朝、あのトイレへ向かい、そこでコピーと入れ替わる。
良翔は異世界へ、そして、コピーは会社へ。
うん、疑われる要素はかなり少なそうだ。
そんな面倒な事をせず、いっそのこと仕事を辞めてしまって、異世界で手にしたドロップアイテムや宝石などを、こちらの世界で売れば生活費などは捻出出来るだろう、と想像もした。
しかし、良く良く考えれば無職なのに、収入があるという事は、様々な周りの目を気にしなくてはならなくなる。
所得税やら、住民税、健康保険等色々と自治体や国と関わらなければならないのだ。
そこでは収入源について必ず調べられてしまうだろう。
きっとそれは、良翔や良翔の家族にとって大きな問題となり得るだろう。
そう考えた良翔は、そんな事よりも、普通に疑われる事なく、働きつつ、異世界の生活も楽しむ方法を考えた結果が、コピーの作成だった。
一つ目のイメージの創成はこれに決定した。
二つ目は、色々と悩んだが、やはり、この世界と、異世界とを比較して、何が異なるのかを知りたいと良翔は強く思う。
そこで有用に働くのが鑑定スキルだ。
この機能を用いて、あらゆるものを調べ、何が出来て、何が出来ないのかを判断する事がきっと出来るだろう。
なので、二つ目のイメージ創成するものは鑑定のスキルだ。
そして、最後の三つ目。
ノアはこの世の常識を覆すような事や物は作り出すべきでは無いと言っていた。
しかし、有事の際にはとっさの力が欲しい。
それは後先の事よりも、今を優先されるべき時の事だ。
例えば、良翔を含めた、家族の命の危機の際。
また、それを未然に防ぐ為の、予防策といった所だろう。
それを実現するには、やはり、イメージ創成スキルの常時実現が必要なのだ。
つまり、良翔が三つ目にイメージ創成したいものは、イメージ創成機能の、この世界での常時具現化だった。
ただし、前回のことも考えると、
一度の摂取でイメージ創成出来るのは、二つまでの様だ。
前回は、イメージ創成機能の基を作り出すのに一つ。
異世界へのゲートを作り出すのに一つ。
それ以上の具現化については、先程も試した通り、叶わなかった。
もちろん一回の摂取量を増やせば良いのかもしれないが、その副作用も恐ろしい。
ノアに聞いた話ではあるが、あの通勤中のキツイ腹痛も、結局はイメージ創成機能の具現化に伴い、体内の中が大きく変化し、その際に出た不要となったものが、排泄物として、良翔の腸を激しく攻め立てた結果なのだと言う。
言うなれば、良翔の体が、新しい事が出来るように大きく作り変えられるのだ。
当然、変化が大きければ、その反動も大きくなる。
つまりは、前回は腹痛程度で済んだが、それ以上に、多大な変化を望めば、その分の、前回以上の反動も覚悟しなくてはならない。
それを思うと、やはり前回と同じ量程度に済ますべきだろうと良翔は思うのだった。
それに、一つ目と二つ目はイメージ創成機能を使用して具現化されるのに対し、最後の三つ目は新たな機能となるものなので、その反動がある事も容易に想像できる。
だから、三番目はあくまで、余力があるなら、程度に良翔は思う事にした。
そうノアに説明すると、ノアは納得した様に
『うん、それなら良いかもね。周りへの影響も少なそうだしね』
ノアに賛同してもらえ、少しホッとする良翔。
そうこう考えているうちに、それなりの時間が経過してしまったのだろう。
「良翔、まだー?」
と、芽衣がリビングから声を掛けてくる。
「あ、ああ。ごめんよ。今行くよ。」
良翔はそう答え、先程の思いを胸にしまい込み、リビングへ行く。