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そんな不満を抱きながら電車に揺られて目的地へ向かう。
乗り換えを含め、通勤時間はおおよそ1時間半程の道だ。
そんな時、不意に激しい腹痛に襲われた。
目的地まではまだ遠い。
時間に余裕を持たない日に限って、そういった症状に見舞われるのは通勤アルアルではないだろうか。
そんな不満を抱きつつ、良翔は諦めて途中下車した。
ここで降りてしまっては完全に遅刻だ。
行きたくはない職場に対しても、やはり遅刻の旨は伝えるべきだろう。
そう思った良翔は職場へ連絡を入れる為にメールを打つ。
『お疲れ様です。●●部●●課の橘です。急な体調不良により、出社に遅れてしまいそうです』
トイレを探しながら、そんな文章を打っている良翔の手が止まる。
「やっぱり行きたくないなぁ…」
そうボヤき、数秒が経過した後に、思い切った様にメールの修正を行う。
『体調不良の為に、本日はお休みを頂きます。急な話で誠に申し訳御座いませんが、何卒よろしくお願い申し上げます』
そんな文章へ修正し、そのままの勢いでメールを送信する。
もちろん、その間もトイレを探しながら駅中を彷徨い歩く。
腹の中をグルグルと何かが這っているかの様な錯覚に似た思いを感じながら、トイレを探す。
「チッ。また、これで何だかんだと陰口を言われるんだろうな」
そう舌打ちをしながら歩き続ける。
やっとの思いで案内を見つけた。
普段降りない駅の為か、中々案内を見つけられずにいたのだ。
トイレへの道順に従い、歩き続けると目的の場所が見えてきた。
何故か朝の通勤時間にも関わらず、そのトイレの付近には誰も居なかった。
不思議に思うと同時に、その先に目をやり、理由を理解する。
少し離れた場所に、真新しい綺麗な外観のトイレがあるのだ。
そちらでは人の出入りが頻繁に見受けられた。
片や、こちらのトイレはパッと見ただけでは奥まった従業員用の通路にしかない見えない。
その通路の先に申し訳無さそうに、小さくトイレのマークがある程度なので、とても分かりづらい。
当然、真新しい衛生そうなトイレを使用したい思いに駆られるが、腹の中を這い回る何かがそれを許さない。
仕方なく自分が発見した近くのトイレを目指し歩を進める。
トイレの中に入ると、駅中とは思えない程薄暗く、また、奥まった所にあるせいか、周りの音も殆ど聞こえない。
意を決して、その中の個室の一つへと入る。
「和式じゃ無いだけマシだな」
そうボヤきつつ、腹の中を這い回る何かの沈静化に努める。
ひと段落し、気持ちに余裕が出来た為か、個室の扉に目をやる。
そこには年季の入ったポスターが貼られていた。
古くさく、所々が色褪せ、破れている。
どこかの海外であろう草原の写真が大きく載っていた。
ポスターの上部には
“新しい世界を発見する為に、ためらう事はない”
そんなキャッチコピーが、申し訳なさげなサイズで書かれている。
キャッチコピーはさておき、こんな景色を見に行ってみたいものだ、と思う。
そして、冷静になって思い出してしまう。
「仕事休んじゃったなぁ…」
思わずボヤく。
一度ボヤくと続けて言葉を発したくなるのは何故だか分からないが、またしても呟く。
「はぁ…、どこか今の仕事に関係なく、楽しく金稼ぎを出来る様な場所があれば良いのに…」
誰も居ないとはいえ、流石に大声で呟く訳にもいかず、声を殺し気味に呟く。
そうボヤきながらも、色々な妄想が脳内にイメージされる。
先程のポスターも手伝い、写真にあったような草原に、風に身を任せた自分が立っているイメージを想像する。
良翔は幼少時代から、人一倍イメージや妄想を膨らませる事が多かった為か、次から次へと、あらゆる妄想をする。
その妄想も、社会人になってから暫くは形を潜めていたのだが、仕事が嫌になっていたせいもあり、最近は事あるごとに、たらればの世界を脳内に色鮮やかに描く生活を繰り返していたのだ。
そんな折、突然、何処からか、声が聞こえた。
『イメージ創生を発動します』
無機質だが、どこか女性寄りな声の様にも聞こえる。
「え?」
良翔は慌てた。
確かに個室へ入る前は誰も居なかった筈だ。
だが、良く良く考えれば、個室に入っている間に立て続けに別の個室が埋まり、既に待っている人が居るのかもしれなかった。
気が付けば既に少し長めに入っていたかも知れない。
「す、直ぐに出ますので、もう少しお待ち下さい!」
急いでトイレを流し、服を直す。
通勤バッグを確認し、個室の外へと出る。
「申し訳ありません。お待たせしま…」
個室の扉を開けたが、前には誰も居ない。
左右も確認するが、人の居る気配が無い。
「あれ?」
他の個室も扉が開け放たれ、無人である事を主張していた。
やはり、このトイレには入って来た時と同様に、良翔一人しか居なかった。
こんにちは、縞熊模様です。
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