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しばし沈黙が流れる。
「えっと…、どうしようか…、これ…」
作り出したは良いが、消し方が分からないのだ。
一度具現化したイメージは、今までも、破壊されたり、目的を成し遂げるまでは、勝手に消えないのだ。
既に存在してしまっている、そう表現した方が適切だろう。
『そうね…、どうしたものかしら…』
ノアはそう言い、少し考え込む。
良翔はノアが考え終わるのを待つ。
考えがまとまったのか、ノアが顔を上げる。
そして、真剣に良翔に話す。
『一つ案があるわ。少し危険だけど、これをこのまま放つよりは全然マシね』
「あぁ、案があって良かったよノア。それに、危険なら、この球自体が存在してる時点で既に非常に危険だと思う。それは…、どうすれば良いんだい?」
ノアに問う、良翔。
『話を聞いてくれて良かったわ、良翔。そしたらね…』
ノアが説明するには、あの球を消す事も出来るようだが、その瞬間に、凝縮した魔素が一気に解き放たれ、周囲に多大な影響が出る可能性があるとの事で、消滅させるのはナシ。
それよりも、魔素を体内の魔力として、良翔に取り込んでしまうのが一番良いとの事。
唯一の危険は、取り込むのは良いが、突然、膨大な魔力を持てば、なんの耐性もない良翔の体は直ぐに砕け散ってしまうとの事だ。
なので、取り込んだ魔力を常に体の中を、血液の様に循環させてやれば、体の中で安定出来るとの事だった。
そして、取り込んだ魔力は、良翔の体の中を巡る事で、やがて良翔自身の力として、自然に吸収される様になる、とも言っていた。
迷っていても仕方がない。
良翔は腹を決め、周囲の魔素を新たに集める。
そして、体内に張り巡らされた、血管と融合する様に溶け込ませていくイメージをする。
血液と同様に、魔力の流れる道を作るのだ。
もちろん、ただ流すわけではない。
血液が体内へあらゆるものを運び、そして各細胞へ吸収されるように、魔力にも同様のイメージを浮かべる。
準備は出来た。
後はあの球体を取り込むだけだ。
体の中で上手く制御しないと、急に取り込んだ魔素が暴走し、良翔の体を破壊してしまうと言われると、少しひるむ。
するとノアはそんな良翔の気持ちを察してか、手を添えてくる。
『大丈夫よ、良翔。私が必ず制御してみせるわ。だから、安心して取り込んで頂戴』
しばらくノアを見つめる良翔。
「分かった、ノア。ノアを信じてるよ」
良翔はそう言うと、一つの球体をユックリ良翔に近づける。
球体は相変わらず、危険な様相を呈している。
良翔は息を止め、球体へ右手をかざす。
その間もノアは良翔の左手を握ってくれている。
そして、球体が徐々に良翔へ流れ込む様に、掌から吸い込まれていく。
途端に良翔の体が熱くなるのを感じる。
「くっ…」
思わず、声が出てしまう。
すると
『大丈夫よ、良翔。安心して』
そうノアがかけると、みるみる体の熱が正常になっていくのを感じる。
だが、それでいて、体の中からは凄く力が溢れ出てくる様に感じる。
良翔は静かにそれを見守る。
やがて、球体は綺麗に姿を消した。
どうやら、成功だ。
思わずノアを見る。
ノアも良翔の顔を見返し、ニコと笑う。
『さぁ、残りも片付けちゃいましょ!』
「ああ!」
ノアに言われ、良翔は残る球体を良翔の周りに集める。
次々と球体を良翔の中に取り込むと、残り一つとなった。
その時、何かが叫ぶ。
グガァァァァ!!
ノアに吹き飛ばされ、朦朧としていたアダマンタートルが、正気を取り戻した様だ。
すると、アダマンタートルから思いもかけない声がする。
『小賢しい、人間どもよ…。よくも、この私に、この様な屈辱を…』
「か、亀が喋った…」
すると、驚く良翔を置いていき、ノアが一歩前へ進み出る。
『私達に自分の甲羅が破壊されてたのにも関わらず、気付かなかったくせに、よく言うわ?ただのウスノロじゃない。また、吹き飛ばされたいのかしら?』
ノアは顔に似合わず、すごい事を言ってのける。
『なんだと…?人間の小娘が、舐めた口を聞く。この辺一帯を一千年以上統べる我に生意気を。それにだ、お前らが私の甲羅に傷を付けただと?何をほざくか…。我の甲羅はただのアダマンタイトではない。一千年以上の時をかけ、我の魔素を取り込み続けたのだ。その辺のアダマンタイトなど比較にならぬ硬度を誇る我が甲羅に傷を付けるなど不可能だ』
アダマンタートルはかなりの自信だ。
それを聞いたノアは、薄く笑う。
『そう。大した自身ね。…なら、それでも食らってみる?』
ノアが指差した先には、取り込み待ちの、例の球体だ。
え…。
良翔は、一瞬戸惑う。
アイツを放ったら、この辺一帯が灰になってしまう。
ノアの指先の球体を見やる、アダマンタートル。
『…』
『…』
『…』
『な、な、な、なんなのだーー、それはーー!!』
その声を聞きノアが不敵な笑みを浮かべる
『あら?どうしたのかしら?そのご自慢の甲羅で受けてみたら良いんじゃない?』
『馬鹿者!そんなものを受けたら…』
アダマンタートルは慌ててそう言う。
ノアは追い討ちをかける様に言う。
『あら?ご自慢の甲羅があれば問題ないんじゃなかったかしら?誰も壊せない程カターーーいんでしょ?なら問題無いじゃない?ほら、良翔。あの亀さんにぶつけてあげたらいいのよ』
亀はその真っ黒な瞳を左右に激しく動かし、
『ま、待て待て。それを放てば、わ、我はもちろん何ともないが、周囲に多大な影響を及ぼすぞ?わ、我には関係ないがな。だ、だがお前ら人間にとっては悪影響を及ぼすやも知れんぞ?それでも、放つのか?も、もちろん我は何ともないがな…』
何度も、自分は何ともないを連呼するが、様子がとてもそうに見えない。
良翔はなんだかかわいそうに思えてくる。
『そ、そこで提案だ!寛大な我だ!今日の所は、起こされた事は目を瞑ろう。普段は許さんのだがな。今日は寛大なのだ!さすれば、お前達もその球を放たなくて済むだろう?不要な争いをする必要がなくなるのだぞ?危険を侵さなくて済むのだぞ?どうだ!素晴らしい提案だろう?』
自慢げに、ドヤ顔でそう言い放つ、巨大亀こと、少し震え気味なアダマンタートル。
そこにノアが釘をさす。
『何か勘違いしてるみたいね。あなたは狩られる側なの。あなたを倒せば、こちらは経験値やドロップアイテムなんかを手に出来るわ。それも、あなた程のサイズになると、かなり沢山ね。だから、あなたを倒すかどうかはこちらの気分次第よ?それに、周囲を破壊せずに、あなただけを消滅させる様に調整することなんて、容易いの。分かる?亀さん?』
すると亀は動揺しながらも、虚勢をはる。
『ふん、強がりを…。どうやって生み出したかは知らぬが、お前らにそれをコントロールする術があるとは思えぬ。たまたま生み出してしまったのだろうが、その様なハッタリは通用せぬわ!』
ノアはくすっと笑い
『そう、なら、自分で体験してみるといいわ。良翔、先程言った通り、イメージをあの亀だけを破壊する様に変えて、アイツに放って良いわよ』
本当に大丈夫かなぁ…。
そう、ノアから指示され、良翔は迷いながらも、球体へのイメージを、アダマンタートルの破壊のみの目的へ変更する様、魔素を介して伝える。
そして、球体をビクつくアダマンタートルへ向ける。
そして、アダマンタートルへ話しかける。
「あのさ、アダマンタートルさん。俺としてもこれを放ちたくないんだよね。だから、申し訳ないけど、ノアの言う通りに従ってもらえないかなぁ…」
すると、アダマンタートルは、初めて良翔の存在を認識した様に、目を見開く。
『お、お前のその魔力…。お前がこの球を作り出した様だな…。それだけの魔力があれば、その球を作り出すのは造作もない事だろう…。やはり…、人外の者であったか。つまりは、お前は…、いや、あなた様は神であられるか』
アダマンタートルはそう口を開くと、少しの間の後、突然、頭を下げ、伏せる。
『先程は失礼致した、いづこの神の子よ。私はこの地を一千年守りし、名も無きアダマンタートルで御座います。急に起こされ、我を忘れていたとは言え、あなた様に手を掛けようとしました事、まず謝罪申し上げます。そして、その罪に対し、この身を持って償うべきと存じます』
一瞬の沈黙の後、アダマンタートルは続ける。
『しかしながら、神の子よ。恐れ多くも、お願い申し上げます。私はこの地に鎮座し、その存在により、多くの民の安寧を守り続けて参りました。今、私が、ここであなた様に倒されてしまうと、誇り高き御名に、守り神を倒した、と泥を塗りかねません。どうか、私を倒す前に、この地を守る、新たな守り神を見つけ出すまで、御処分を留保頂けないだろうか』
ノアと良翔は目を合わせて、キョトンとする。
どうやらアダマンタートルは、盛大な勘違いをしている様だ。
何か言おうとする、ノアの口を塞ぎ、良翔は、アダマンタートルの破壊を止めた。
「アダマンタートルさん、顔を上げてください。先ず、私はあなたの言うような神の子ではないですよ。ただの人間です」
そこで、え?と顔をした…であろうアダマンタートルが顔を上げる。
正直あの顔からは表情は読み取れない。
とりあえず、良翔は話を続ける。
「そして、私達はあなたを破壊する事は致しません。今この球を引っ込めるので、少しお待ちください」
そう言って良翔は残り一つの球を、掌より吸い込ませる。
『かたじけない。その…、お主は神の子でないとすれば一体何者なのだ。先程の球体もそうだが、内に秘める魔力も尋常ではない』
「先程も申し上げた通り、私はただの人間ですよ。魔力に関しては…、説明するとややこしくなるので、まぁ、そういうものだと思って頂けると有難いのですが…」
『…ふむ。言いづらい理由でもあるのだろうて。しかし、助かった。そして、攻撃してしまって悪かった』
アダマンタートルは会話を重ね、冷静さを取り戻した様だ。
まぁ、元はと言えば、ノアがこの辺一帯を吹き飛ばしたお陰で、アダマンタートルが起きてしまったのだけれど…
それには、触れないでおこう、と小さく心の中で決めた良翔だった。
「いえ、こちらこそ、事故とは言え、アダマンタートルさんを起こしてしまい、申し訳ないです」
良翔も頭を下げる。
「それじゃあ、私達はこれで」
と飛び立とうとする良翔にアダマンタートルは急いで声をかけてくる。
『ま、待て。お主の名は何という?それ程の魔力を持ち得ておるのに傲慢にならぬ、その謙遜な態度。非常に興味深い。この世は、弱肉強食の世界である事は、重々承知している我ではあるが、争いが多過ぎる様に感じてな』
「はぁ、この世界は争いが多いのですか…。あ、私は良翔といいます。橘 良翔 です」
『ふむ、良翔とな。…良い名だな』
良翔は少し照れながらお礼を言う。
「名前を褒められるのは初めてだな。ありがとうございます」
この、アダマンタートルさんは、案外良いやつなのかも知れない。
『うむ…。一つ相談なのだが、聞いてくれるか、良翔よ』
「ええ、聞くだけなら何も問題無いですよ。適切なお答えが出来るかは分かりませんが、それでも宜しければ」
するとアダマンタートルは笑った様にも見える。
『ならば、一つ我からのお願いだ。すぐにとは行かぬが、そうだな…、5日後でどうだろうか。もう一度、我を訪ねてはくれぬか?そして、我も共に連れて行って欲しいのだ。その力を持ってして、お主がこの世界をどの様に歩んでいくのかを我はお主のそばで見届けたいのだ』
「え?…一緒に来たいのですか?」
そう、良翔が言うのと同時に、同じ話を聞いていたノアがモゴモゴ言いながら暴れ出す。
ノアは先程から、良翔に口を塞がれているのだ。
口を塞がれた当初は抵抗していたが、アダマンタートルが謝り出した辺りから静かになっていた。
しかし、またしてもアダマンタートルからのお願いを聞いた途端、何かを叫ぼうとするが、良翔に邪魔され、手足をバタバタさせた。
そして、キッとアダマンタートルを睨み付けると、両手を上に広げ、魔素によって、光と闇の球体を作り出そうとしたのだった。
良翔は激しく焦り、ノアが作り出そうとしたら球を端から、先程覚えた分解によって、魔素に変えていく。
しばらくノアと良翔の、作り出されては端から消えていく球体の攻防が続く。
すると、ノアは涙目で良翔を見つめてくる。
鼻息も少し荒くなっている。
それでも良翔に口は塞がれたままだ。
ノアが球体の作成を諦めた瞬間に
「アダマンタートルさん、あなたの言いたい事は理解しました。ただ今すぐにこの場で返事をする事は残念ながら出来ません。5日後、どちらの返事であれ、かならずまた訪れますので、それまでは保留にさせて下さい」
『…分かった。こちらも突然のお願いですまぬ。では、5日後の返事楽しみにしておるぞ!』
「ええ、ご期待に添える様な、返事が出来れば良いのですが、今はお返事は控えさせて頂きます。それでは、また、5日後に…」
そう言い終わると、良翔はノアの口を押さえたまま、腹部の辺りを抱え、その場を飛び立った。
しばらく飛び、アダマンタートルが豆粒の様に小さくなり、ほとんど見えなくなった頃に良翔はノアの口を解放する。
途端に
『良翔のおバカ!何で返事を保留したのよ!答えはノーよ、ノー!今からでもあの亀を狩りに行くわよ!大体図々しいにも程があるわ!一緒に来たいですって!?あの亀…原子レベルまで分解してやるわ!ほら、良翔戻るわよ!』
ノアは良翔の腕の中でジタバタしている。
「ノア落ち着きなよ…。あの亀…、アダマンタートルさんいい人だったみたいだよ?それにあんな起こされ方したら誰だって怒るさ。途中から盛大に勘違いしてくれて、落ち着いてくれたけどさ。ノアはあのアダマンストーンが、アダマンタートルだって知ってたのかい?」
『ええ、知ってたわ。練習の最後にアイツを倒せる程の破壊を生み出せれば、これから先、多少の問題が起きてもでも、大体解決できるもの。だから、良翔、騙されちゃダメよ!アイツはああやって良いこと言って、私達が油断した時に恨みを晴らすつもりだわ!だから、今から倒しに行くわよ』
興奮気味にノアがポロリと言う。
「…つまり、ノアは俺を騙してたんだね?」
『うっ…、でもね、全ては良翔が今後スムーズにこの世界を生きて行く為に…』
「で、俺を騙したと?」
『はぅっ…』
ノアは胸のあたりを押さえ、膝をつく様な格好で落ち始めた。
良翔は既にノアの体を離していたのだ。
仮にも空を飛びながら移動している。
その落ちていく様は、ノアの心の中を表しているかの様に、後悔の念に悩まされ、地に落ちていくかの様である。
良翔は地面に落ちる前に、空中でノアを拾い上げ、ノアをお姫様抱っこの様に抱き抱えたまま、空を飛び続けた。
ノアは贖罪からか、そのままの姿勢で遠くを眺めたままブツブツ言っている。
良翔は思わずクスリと笑った。
そして、進行方向を見つめながらノアに言う。
「この世界を俺はまだよく知らないんだ。それはきっと多くの出会いを生み出すんだ。俺はそれがとても楽しみなんだ。ノアならきっと分かってくれると信じているよ。だから…、アダマンタートルさんの件は俺に任せてくれないかな?」
良翔の言葉を聞き、ハッと我に返ったノアは落ち着いたのか
『ええ、良翔の望んだ世界だものね…。良翔の判断に委ねるわ』
そう言い、優しく微笑んでくれた。
良い笑顔だ。
良翔はそう思いながら、山の向こうに見える、目的地に決めた湖へ飛んで行く。