2-52
「芽衣、お待たせ。皆連れて来たよ」
良翔がそう言いながら、リビングの戸を開けると、香ばしい食欲をそそる匂いが鼻をつく。
『んん。良い匂い』
「あら、本当ね」
ノアとフィーが感想を漏らしている。
ハザはお腹をぐぅと一つ鳴らし、恥ずかしそうにしている。
「あ!みんな来てくれたのね!?良かったー!!みんながこなかったら、これをどうやって食べたら良いか、今更ながら悩んでたところよ!」
と、舌を小さく出しながら、笑う芽衣。
『来ないはずがないじゃない、芽衣』
それに笑って答えるノア。
そこに割って入る様に、エヴァが口を挟む。
「話は後にしてご飯食べるぞー!私はお腹がペコペコだ!結局ジラトミールで飯を食べ損ねてしまったからな!ワハハハハハ!」
『アナタは、飲んでただけだからね……』
ノアは呆れ気味に、エヴァに言う。
『さぁ、食事にしよう。みんな用意を手伝ってくれるかい?未亜と奈々はみんなにフォークやナイフ、お箸などを配れるかな?』
風呂からすでに上がっていた子供達もこれから始まる大人数での食事に、ワクワクしている様で、目を輝かせながら元気に返事をしている。
そこから皆でさっさと支度をし、一斉に食べ始める。
正直人数が増えたと言え、とても食べきれないのではないかと思うほどの量を芽衣は次々にテーブルへ並べて行くが、気が付けばテーブルの上の料理は綺麗に空っぽとなるのに、良翔は驚きを隠せなかった。
やっと落ち着きを取り戻したリビングに、ノアと芽衣がコーヒーを各自に配る。
それぞれが食後の至福の時を思い思いに過ごしていると、芽衣がおもむろに話始める。
「ちょっとね、みんなに聞いてもらいたい事があるんだけど、いいかな……?」
皆の視線が一斉に芽衣に集まる。
『もちろん、何も遠慮する事は無いわ』
ノアが笑顔で代表して答え、皆が頷く。
未亜と奈々は、今日はやはり疲れたのだろう、ホットミルクを飲みながら、軽くあくびをしている。
「ありがとう、ノアちゃん。えっとね、それじゃあ、遠慮なく!」
芽衣はそう言うと、立ち上がりこほんと咳払いを一つする。
「今日ね、私は初めて良翔が行っている、そっちの世界に行ったの!そこで、感じたの。そこは緑豊かで、人々には活気があって、ここには無い、とても素敵な世界があるんだ!って思えたわ。もちろん、まだ会ったことは無いけど、魔物とかいるし、絶対に安心、安全な所ってわけじゃ無いのも頭では理解してるよ?でも、みんなにとってとても大切な世界なんだって思ったの。そして、そんな世界に触れられて、私もそこで、何かをしたいって、強く思ったのね。あ、でも、安心してね?決して一緒に旅をさせろ、とか言う気は無いわ。足手まといになっちゃうしね。ただ、みんなと同じ世界に触れていたいな、って思うの!!そこで!!私なりに考えたんだけど……」
芽衣は一旦言葉を切り、皆の様子を伺う。
皆が芽衣の次の言葉を素直に待つ。
芽衣は再び話を続ける。
「……皆の帰る場所を作りたいな!!って思います!!私には一緒に冒険をして、魔物と戦ったり、傷を直したりなんて大それた事は出来ないわ。でも、皆の帰る場所を作る事は出来るな、って思うの!!だから……、今日初めて行った最初の草原……。あそこ何て言うんだっけ?」
「…最果ての草原、だね」
良翔が答える。
「そう、その最果ての草原に、家を建てて、畑を作って、皆のお家を作ろうと思います!!」
芽衣が、どや!っと鼻からふんと息を吐き、自慢げな顔をする。
皆、ぽかんと口を開いたまま、黙っている。
芽衣は、どう?どう?といった顔を、ノアや良翔に向けてくる。
良翔が苦笑いをしながら、芽衣に確認する。
「ええっと……。確認なんだけど、つまり毎日あっちの世界に行って、皆のために家を建てて、畑を起こして、みんながいつでも帰ってこれる場所を作る……、って、芽衣はそう言いたいのかな?」
「イェース!ザッツライト!」
芽衣が声高に返事をする。
そこに、ノアが我慢しきれずに大笑いを始めてしまう。
それに釣られて、一同に笑いが起きる。
芽衣だけが、周りの思わぬ反応に、ん?何で笑い?と顔を傾けている。
『……全く芽衣には敵わないわね』
ノアは笑い過ぎて、出てきてしまった涙を拭いながら、芽衣に答える。
『……うん!私はいいと思う!』
その返事に良翔は焦る。
「ま、待ってくれ、ノア。あそこは比較的安全とは言え、魔物がいない訳ではないんだぞ?そこに芽衣1人……?ん?1人?未亜や奈々はどうするんだ、芽衣?」
「もちろん、学校が終わって帰ってきたら、皆で畑仕事よ!若いうちから土をいじるのはきっといい事よ!」
「子供達まで……」
良翔は絶句し、言葉を失ってしまう。
『まぁ、良翔。この世界だって絶対の安心なんてものはないでしょ?それに、ハザにもお願いして何体かのアースワイバーン達も護衛についてもらいましょうよ。そうすれば格段に安全は増すと思うわよ?』
「ああ、それはお安い御用だ。それにこんなうまい飯を食わせて貰えるなら、尽力は惜しまんぞ、良翔殿」
ハザが、望まぬ援護射撃を入れる。
「そういうことなら、私の後釜である最果ての守護神に付いたアダマンタートルもその地で守護にあたらせる様にするぞ?」
思わぬ発言のエヴァに良翔が顔を向ける。
「後釜……?」
すると、エヴァはコーヒーを飲みながら、ん?という顔をする。
「言わなかったか?私は良翔達が来る前まで、あの土地で守護神をしておったのだ。そして、私が良翔達と旅立つと決めてから、私の妹分であるアダマンタートルに後釜になってもらったのだ」
そんな事は初耳だったが、今の良翔にしたら、二の次の話だった。
「……だけど、芽衣。家を建てたりなんて出来るのかい?それに畑も。……いや、芽衣の物体操作スキルがあれば出来るのか……」
良翔は疑問を投げ掛けるが、答えを聞く前に自分で答えにたどり着くという、なんともおかしな発言をしている。
そこに反応したのはハザだった。
「なんと!!芽衣殿は物体操作なるスキルをお持ちなのか!?それは、一体どんなスキルなのだ!?どんな事が出来るのだ!?」
ハザは色んなものに興味があるらしい。
少し前のめり気味に芽衣に話している。
「物体操作はね!正直まだ、私もそんなに良くは分かってないんだけど、私がお願いした通りに色んなものが動いてくれる力なの!物を動かすだけでなく、燃やしたり、魔素にも働き掛けて、魔法も使える様になったのよー!」
「おぉ!!なんと素晴らしいスキルなのだ!!今度、そちらの家に伺った際には、ぜひ私にも見せて貰えぬか!?」
「ええ、もちろんよ!」
話が勝手に進んで行く。
良翔は軽く頭を抱える。
そこに、秋翔がポンと、良翔の肩に手を置く。
「諦めた方が良さそうだな…」
良翔が顔を向けると、秋翔が、諦めろ、っと悲しそうな顔を良翔に向けている。
良翔はがくりと項垂れる。
その後、その話にフィーも混ざり、あんな家がいい、こんな家がいい、あれが食べたい、これが食べたい、と話は止めどなく広がっていった。
大の大人達が盛り上がりを見せていく中、未亜と奈々はこくりこくりと船を漕ぎ出した。
秋翔と良翔を除いて、興奮しっぱなしの一同だったが、やがて芽衣が未亜と奈々の様子に気付く。
「盛り上がってる所、ごめんなさい!子供達を寝かさなきゃ!みんな夜更かしし過ぎない様にね?それじゃぁ、おやすみなさい!!」
そう言い、芽衣が立ち上がり、子供達を促す。
皆からお休みの挨拶をされて、芽衣と子供達はリビングから姿を消す。
芽衣が不在となったリビングだが、相変わらず、良翔と秋翔以外は先程の話の続きをしている。
良翔は思わぬ展開に、軽く溜息を吐いた。
芽衣にしてやられた思いだった。
しかし、良翔は芽衣の意見に強く否定する事は出来なかった。
芽衣も芽衣なりに、良翔達に関わりを持とうとしたからこそ、ああいった発言や考えになったのだと思うと、感謝の気持ちも出て来る。
要するに、他人事として、関係ないと言われるよりも、良翔達と関わって、理解したいと言われる方が遥かに有難いのだ。
良翔は呆れながらも、受け入れる事にして、頭を切り替える事にする。
一同の話も落ち着きを見せた頃、良翔は一同に向かって、今日のもう一つの課題を話す事にする。
「さて、芽衣達の話はそろそろ、置いておいて、この後の話をしても良いかな?」
良翔がそう言うと、皆ピタリと口を閉じ、先程までの緩んだ空気が締まる。
良翔は皆の反応を見て、話を始める。
「まず、今日は俺の不在時に大変な事が起きてしまい、済まなかった。ハザには心から謝罪したい」
良翔はハザに頭を下げる。
「とんでもない、良翔殿。これはあちらの世界では普通の弱肉強食の理にかなった事だ。弱い私がいかんのだ。だから、気にしないで欲しい」
良翔は真剣な表情でハザの目を暫く見てから、ゆっくり頷く。
「分かった。ありがとう、ハザ。だが、今後こういった事態は極力避けたい。大切な仲間が傷つくのはこれ以上は御免だ。そこで、一つルールを設けようと思う。今後は奴、モルテの行動がある程度把握出来るまでは、申し訳ないが、基本は一人での行動は謹んで貰いたい。一番の理由は一人の場合、突然の襲撃に対して、連絡が取れなくなってしまう事があるからだ。それに、相手も敵が一人よりも複数いた方が当然やりづらいだろうとの考えもある。これはお願い出来るかな?」
今回のハザへの襲撃事件もあり、皆素直に頷く。
「理解してもらえて凄く助かるよ。……そうしたら、次に今夜についてだ。アトスで囚われのアースワイバーンについでだが、予定通り今夜救出を行う。救出に出向くメンバーは俺とノアで行くつもりだ。人選の理由については、ノアは一度囚われ場所まで行っている。だから、ノアを通じて転移ゲートが使えるという事だ」
そこへ、ハザが口を挟む。
「一つ確認なのだが、囚われのアースワイバーンは確かに酷い拷問を受けているとノア殿から聞いてはいるが、我々が迎えに行って、果たして素直について来てくれるだろうか」
良翔はハザから指摘され、その考えが抜けていた事に気付く。
拷問されていたのだから、当然脱出出来るなら迷わずついて来ると思い込んでいたが、ハザに言われた通り、こちらの素性が分からないのに、素直に付いてくるとも限らなかった。
「……確かに、それについては考えていなかったな…」
良翔が渋い顔をして、素直に答えると、ハザが続ける。
「良翔殿。そこで提案なのだが、私も一緒に連れて行ってはくれないだろうか。アースワイバーンである私が行けば、信用を相手から得やすいのではないかと思うのだが……。どうだろうか?」
ハザの言うことも一理ある。
しかし、ハザはついさっきまで意識不明の重体だったのだ。
そんな無理をして良いとも思えない。
「しかし……、ハザはついさっきまで……」
良翔が難しい顔をして答えると、ハザは笑いながら答える。
「いや、確かに良翔殿が言わんとしている所もよく分かるのだが……。不思議な事に、今は体からみなぎる程の力を感じるのだ。芽衣殿の飯が美味かったせいなのか、良翔殿やノア殿達からの魔力を頂いたお陰なのか、すこぶるいつもよりも非常に調子が良いのだ」
そこに合いの手を入れたのはノアだった。
『いいじゃない、良翔。ハザもそう言ってる事だし、それに、そんなに危惧する程危険とは思えないわ。あと、ハザが言うことも一理あると思うわ。私達が囚われの身のアースワイバーンを救出するのはそれだけって訳じゃないけど、一番の目的は情報を得るって事でしょ?であれば、ハザの言う通り信用を相手から得ることもとても大事になるわ』
しばし考えた後、結局他の良い代案が見つからず、良翔は素直にハザの提案に従う事にした。
「分かった、ハザ。協力をお願いする」
「うむ、問題ない」
しかし、良翔は釘を指すことを忘れない。
「だが、ハザ。今回みたいな予想外の出来事が起きないとも限らない。危険を感じたら、捕虜には悪いが撤退もやむを得ないと考えている事だけは理解してくれ」
それには、ハザだけでなく皆が頷く。
良翔は周囲を見渡し、頷く。
「じゃあ、行こうか」
良翔の掛け声に合わせ、一同が立ち上がり、リビングを出る。