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サラリーマン、異世界へチート通勤する  作者: 縞熊模様
第2章
160/163

2-49

食事処の目の前に着くと、ノアは勢い良く扉を開ける。

扉を開けた瞬間、ノアは両手に強力な魔力を帯びる。

後から続いて来た、エヴァもノアに習い、凄まじい魔力を解放する。

フィーにいたっては、マナで作り出した、薙刀を手に持っている。

店内への扉が激しい勢いで開かれた事で、店内に居た者は一斉に視線をノア達に向ける。

ノアは周囲の目など全く気にせずに、辺りを見回しながらツカツカと中に入って行く。


しかし、ハザの姿はその場には見つからなかった。

ノアは入って来た時と同じ様に、凄い勢いで店を飛び出す。

そして、店の外に出ると、周りの目など気にせずに一気に真上に飛翔し、周囲に目を凝らす。

 『秋翔!秋翔!大変だわ!恐らくなんだけど、ハザが例の男に会ってしまった可能性があるわ!』

すると、直ぐに反応が返ってくる。

 「そいつはまずいな……。例の男はアースワイバーンを何故か執拗に追い詰めている。ハザの正体がバレたら何をされるか分からない。すぐに俺も合流する。ノア達は今どこに居るんだ?」

 『街の上を見て!今私は上にいるわ!早く私を見つけて!』

ノアはそう言い、更に強力に魔力を放つ。

 「……了解。視認した。すぐにそちらに向かう」

秋翔の通信が切れると、空気が裂ける音が遠くから聞こえて来たと思った途端に秋翔がノアの目の前に来る。

2人はそのまま地上に降りる。

下で待っていた、エヴァとフィーに合流し、一同は分散して、ハザを探す。


ノアは必死に至る所にある路地を走り抜けては、表通りに戻る。

それをひたすらに繰り返すのだ。

 『ハザ……、どこに行ったのよ……』

ノアは小さく呟き、唇を噛みしめながら、路地を走り抜ける。

その時、ふと視界の隅に何かが目に止まる。

ノアは急いで立ち止まる。

普段なら見逃してしまいそうな程の、赤茶色の点が別の路地裏へと点々と続いているのだ。


ノアに悪寒が走る。

鼓動は高鳴り、呼吸も荒くなる。

ノアは瞬きをせず、その赤茶色の点が続く、路地に吸い込まれる様に、足を恐る恐る進める。

ノアは自分の呼吸音が耳に入って来るのを感じる。

そして、その路地をそっと覗き込む。

路地は薄暗く、奥へと続いている。

その道上には先ほどの点が続いており、とある所で急にその点が大きくなる。

薄暗くてよく見えないが、そこには誰かが壁にもたれる様に座っている。

足は投げ出され、両手は力なく垂れている。

ノアは自分の心臓から送り出される血液が耳を激しく巡り、痛みすら伴っているかの様に感じる。

一歩、また一歩とそのもたれかかっている人物へ向けて進むと、やがて薄暗くて分からなかった表情が分かる。


 『………ハザ!!!!』


ノアは直ぐにその人物がハザである事を認識し、叫ぶ。

そして、駆け寄りハザを抱き抱えようとする。

その時になってハザの状況を把握する。

ハザの両足は投げ出されていた様に見えたが、実はグシャグシャに砕かれ、滅茶苦茶な向きになって地面に力なく落ちているのだった。

そして、左腕は噛みちぎられた様に衣服が裂け、肘上から下が無い。

無事についている右腕も凄まじく傷付いており、所々白い骨が見えている。

顔もかなりの傷を負っており、パックリと切れた後が痛々しい傷を覗かせている。


 『ハザ!!ハザ!!しっかりして!!』

ノアは嗚咽混じりに激しく泣きながら、懸命にハザに声を掛ける。

 『秋翔!!!!ハザを見つけたわ!!!お願い!!早く来て!!!ハザが……!!ハザが……、死んじゃうわ!!!』

 「ノアどこだ!!直ぐ行くから魔力を解放してくれ!!」

秋翔の声に従い、ノアは必死に混乱しそうな自分を抑えて魔力を猛烈に放つ。

 「よし!俺も直ぐに行く!!ハザは怪我してるんだな!?ノアはハザに直ぐに魔力を注ぐんだ!!」

 『分かったわ!!早く!!』

ノアは直ぐにハザに大量の魔力を注ぎ始める。

途端にハザの体が、ビクンと大きく脈打つ。

ハザはまだ、かろうじて生きている。

必死にノアが魔力を流し込むと、ハザの顔色が若干だが良くなる。

だが、未だ危険な状態は続く。

グシャグシャに壊されてしまった体を元に戻し、正常な魔力の流れを作り出してやらなければ、ノアが注いだ魔力も次々とハザから漏れ出てしまい、ハザを回復する事は叶わない。

しかし、漏れ出ていく魔力のスピードが激しく、とてもノア1人の魔力供給スピードでは、漏れ出る魔力と同じ量の魔力を注ぐだけになり、肉体の蘇生と魔力の流れの治療まで手が回らないのだ。


ノアは涙を流し、必死で唇を噛みしめながら秋翔が来るのを魔力を注ぎながら待つ。


そこに、建物の影から人影が見える。

秋翔!と思い、ノアが藁にもすがる思いで、その人影を見ると、そこに居たのは秋翔ではなかった。

黒いローブを頭まで被った、頬に傷のある男がそこには立っていたのだ。

良翔達が追っている、今、最も遭遇してはいけない、あの男だった。


男は無表情のまま、魔力をハザに流し込み続けているノアに対し、ゆっくりと口を開く。

 「……何故、お前はアースワイバーンであるそいつを助ける?」


ノアはあまりに突然の事態に、驚き固まる。

だが、ハザへの魔力注入は止めない。

ノアの顔から血の気がさっと引いていく。

自分でも分かるほどに、体から体温が失われていくのを感じる。

ノアは恐怖のあまり唇を震わせ、手も小刻みに震えている。

それでも、ハザへ向けた手を下ろさずに必死に恐怖に抗う。


男はゆっくりと歩き始め、ノアの方に足音もなく、静かに近づいて来る。

そして、またも同じ言葉を繰り返す。

 「……何故、お前はアースワイバーンであるそいつを助けるのだ?」

ノアは男に向けた視線が離せない。

無意識ではあるが瞬き一つせず、目を見開いたまま男を見つめ続けているノアの顔に一筋の涙が頬を伝わる。

絶対的な恐怖がノアに涙を流させるのだ。


ノアは男に一言も返せない。

返したくても、口が動かないのだ。

やがて男はノアの直ぐ目の前にまで迫る。

そして、ノアと壁にもたれかかるハザの前に立ち、真っ黒な瞳で見下ろす。

男は足元にあるゴミでも拾おうとするかの様な所作で、躊躇いなく手をノアに伸ばして来る。


男の手が無言でノアの顔に向け、ゆっくりと伸びて来るが、ノアは目を見開いたまま、何もできずに、ただただ、男の手を凝視している。

そして、必死に呼吸を続けている。


ノアの中で、あらゆる感情や思考がごちゃ混ぜに混ざり、もはや、何も考えられない。

唯一、継続しなくてはならないと、ハザへの魔力注入と呼吸だけは忘れずに続けている。

ノアは正にそんな状態だった。


しかし、ノアに男の手が触れるかと思われた瞬間、男が後ろに飛び上がる。

そして、ノアの目の前にフワリとフィーが音もなく、降り立った。

フィーの手には薙刀が握られ、刃が男に向けられている。

フィーがノアの前に盾になるように立ちはだかると同時に、秋翔がそっとノアの隣に立つ。

 「よく頑張ったな、ノア。今俺も手伝うよ」


後ろへ飛び退いた男が地面に着地しようとした瞬間に、凄まじいスピードで秋翔達の間から飛び出したエヴァの拳が男を急襲する。

だが、絶好のタイミングの様に思えた拳は、空を切り、そのまま路地に突き刺さる。

男はどうやってかわしたのか分からないが、紙一重のところでエヴァの拳をかわしたのだ。

だが、エヴァが突き刺した拳によって、波状に大地が揺れ、路地を舗装して固められた石たちが、男を巻き込みながら、大地もろとも激しく上に吹き上がる。


 「ちっ……」

男はそう小さく舌打ちし、吹き飛ばされた大地と共に上に飛び上がる。

飛び散った小石達が男の頬に小さな無数の傷を作るのが見える。


そこに追撃する様にフィーがノア達の前から一気にトップスピードに乗った鋭い突きを男に放つ。

しかし、男はまたしても、その一撃を紙一重のところでひらりとかわすのだ。


フィーは手応えを得られぬまま、男のそばをすり抜ける様に通過しようとするが、咄嗟に身を翻し、その遠心力を利用して、凄まじい横薙ぎを男に見舞う。

だが、またしても薙刀は空を切り、振り抜かれてしまう。

これにはフィーも驚いたらしく、目を見開いている。

そして、男は……。


なんと、フィーの薙刀の刃の先に爪先だけで立っているではないか。

フィーは驚き固まる。


だが直ぐに薙刀の刃を上に返し、そのまま上に振り上げようとする。

一方のエヴァも突き刺さった拳を引き抜き、一気に男目掛けて、再び大地を蹴り上げ突進する。


しかし……、2人の攻撃は男には届かなかった。

男が片手をさっと埃でも払うかの様に動かすと、フィーとエヴァがその場から凄まじい勢いで大地に叩きつけられてしまう。

男のたった一動作で、エヴァもフィーも目で追うことすら困難なスピードで大地に激しく打ち付けられてしまったのだ。


 「くっ!?」

 「ガハッ!!」

大地にめり込む様に打ち付けられた2人は苦しみの声を漏らす。

しかし、男は絶好のチャンスであるにも関わらず、追撃して来ない。

2人は不思議に思い男を見上げると、男の喉に二双の刃が突きつけられている。

男の喉に刃を突きつけているのはノアだ。


2人が時間稼ぎをしていた間に、秋翔によってハザの両足や右手、顔の傷はあっという間に修復され、左腕も肘上から下は無い状態ではあるが、止血された事で正常な魔力の流れが出来た。

その為、ノアが注いだ魔力が漏れ出る事なくハザの体内を循環し、無事に吸収されたのだ。

ノア達は、ハザの一命を取り留める事に成功したのだった。


そして、冷静になったノアが機会を伺い、男の隙を狙って今の状況になったのだった。

しかし、男は刃を突きつけられている事など意に介さず、ハザの方を真っ黒な瞳で見下ろしている。


 『動くな!!大人しく観念しなさい!!』

ノアが威嚇するが、男がノアに視線を向ける事は無い。

ただひたすらにハザを見ている。

そして、ようやく視線をハザから外し、秋翔やフィー、エヴァと順に向け、最後にノアに向ける。

 「ふむ……。お前らは中々見どころがある様だな。アースワイバーンを仲間に連れている所が減点だが、その他については合格点だ」

男がそう述べた瞬間、姿をノアの前から消す。


 「だが……、まだ私に刃を向けるのは時期尚早と見受ける」


男を見失った一同は、一斉に声の方に顔を向ける。

男は、ノアよりも更に上空に浮き、ノアや秋翔達に語りかける様に一方的に話す。

 「我が名はモルテ。力無き其方らに我が名を伝える。脆弱な存在であるお前達が私にはむかうというのか……。面白い……。良いだろう。今回は見逃してやる。そして、私の恐怖に飲まれる事なく、再び私の前に立ちはだかるその時まで、お前達のことは覚えておいてやろう。私が世界の終焉と新たな始まりを起こすのが早いか、お前達が私の前に再び立ちはだかるのが早いか、しかと見届けてやる。それまで精々精進するがいい……」


男はそう言いながら、姿を霞へと消していく。

残された秋翔達は、ただ男が居なくなった空を見つめる事しか出来なかった。

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