2-48
ジラトミールの城門をくぐり、日を見上げる。
日はまだ空にあるが、もうじき、その姿を遠くの山へ掛けようとしていた。
西日が沈み、やがて夜の闇が辺りを支配する。
そうなる前にこの地を去り、早く家族を安全な元の世界に戻したい。
良翔は気持ちを駆られる。
だか、良翔が焦れば、それは不安となって彼らに伝染する。
良翔は極力落ち着いた声で未亜や奈々に話しかける。
「未亜、奈々ごめんな。パパ急にお仕事になっちゃったよ。だから、今日はこの世界での楽しみも一旦おしまいだ。また、次来ような」
2人は少ししょぼくれていたが、良翔の声掛けに素直に頷く。
「未亜、怖かったから、早くお家帰りたい……」
「奈々も……」
良翔は頷く。
芽衣は心配そうに良翔に顔を向ける。
「良翔……。大丈夫なの?」
良翔は、正直分からなかったが、安心させる為に笑顔で頷く。
「ああ、大丈夫だ。さっきは突然の事に動揺したが、今度は気持ちの準備が出来ているからね。うまくやるさ」
だが、芽衣は不安な表情を崩さない。
「……そう。良翔がそう言うなら、これ以上は何も言わないわ……。ただ!お願いだから、危なくなったら逃げてね……。お願い……」
今にも芽衣は泣き出しそうだ。
普段とても元気な芽衣が今にも泣きそうなのだ。
良翔は込み上げるものがあり、芽衣を強く抱き締める。
「ああ、必ず守るよ……」
良翔は、芽衣を離すと、子供達と手を繋ぎ、異世界転移ゲートを出現させる。
「さぁ、帰ろう」
良翔達はゲートをくぐる。
一方、ノアと秋翔とフィーは街中をハザとエヴァを探して歩いていた。
秋翔からエヴァやハザに呼び掛けても応答が無いのだ。
秋翔達は焦り、探し回っているのだ。
普段街に入る際には、2人の巨大な魔力は、同じく魔力を感知する者に感知されないとも限らない為、魔力障壁で身を包んでいる。
それが仇となって、広域鑑定でも、彼らの居場所が他の冒険者達に紛れてしまい分からないのだ。
秋翔は東へ、ノアとフィーの2人は西へ町の中を二手に分かれて探す。
『全く!こんな時に限って!2人ともハメを外しすぎなのよ!襲われたりしたらどうするつもりなのかしら!』
ノアが愚痴りながら、足早に街中を探し回る。
「まあまあ、私も彼らの気持ちが分からないでもないわ。きっと、街で自由にしていいって言われたら浮かれてしまうわよ」
ノアは溜息を吐きつつも、フィーに答える。
『まあ、その気持ちは理解してあげたい所だけど、音信不通になるのはどうかと思うわ』
「それは……、まあ……、そうね」
フィーも苦笑いする。
すると、とある酒場が何やら騒がしいのが目に入る。
「おい、あっちでスゲー美人な姉ちゃんが一気飲みで5人抜きだってよ!」
「ああ、見に行ってみようぜ!」
ノア達の近くを男達が意気揚々と走り過ぎて行った。
ノアとフィーは顔を見合わせる。
『やっと1人発見ね……』
ノアが文句を言う様に、その店へ歩を進める。
店内を覗き込むと、案の定エヴァが、テーブルの上に仁王立ちし、左手は腰に、右手はジョッキをグイグイ飲み干している姿が目に入る。
飲み比べ相手のゴツゴツの冒険者らしい男は既にフラフラしながらも、頑張ってジョッキを飲んでいる。
エヴァの隣の机には凄まじい量のジョッキが空になって置かれている。
飲み比べ相手の男の傍のテーブルにもそれなりのジョッキが積まれているが、エヴァに比べれば大した量には見えない。
『全く、何やってんのよ……』
ノアとフィーは入り口に立ってその光景を眺めている。
すると、エヴァがノア達に気付き、空になったジョッキを逆さにして周囲にアピールしながらも、ノア達に向けて手を振る。
一同が空になったエヴァのジョッキを見て大歓声を上げる。
一方の飲み比べ相手は、周りからの声援に後押しされながらも、途中で力尽きてしまう。
大きい音を立てながら、床に落下し、そのまま潰れてしまった。
その瞬間にエヴァの勝利が確定し、周りはお祭り騒ぎだ。
「スゲーぞ、姉ちゃん!」
「俺も奢るからその気持ちのいい飲みっぷりをもっと見せてくれー!!」
エヴァは周囲の群衆に対し、手を掲げ答える。
そして、そのままひょいと空中で回転しながら、ノア達の目の前に大きく跳躍する。
「おお。どうしたんだ!私の勇姿を見に来たのか!?ワハハハハハ!!」
などと言い、腰に両手を当てて盛大に大笑いする。
『全く、何してんのよ、エヴァ。秋翔から通信が入ったでしょ?気付かなかったの?』
「ん?ちょっと待て……。本当だ……、通信の履歴があるぞ!全く気付かなかったわ!ワハハハハハ!!」
それにはノアはこめかみに、青筋を浮かべて、笑顔で答える。
『……笑い事じゃないわよね?』
ノアの雰囲気が突然凄まじい殺気に満ちた空気へと変わった事に気付いたエヴァはすぐに頭を下げる。
「は、はい!仰る通りです!申し訳ありません!!」
『それじゃあ、行くわよ。ほら、皆さんにご挨拶なさい』
そうノアに言われ、エヴァは直ぐに頭を上げ、酒場の群衆に向けて大声で叫ぶ。
「ご馳走になったぞ!また来るぞ!」
「おおー!また来い!」
「また、飲み比べ見せてくれよ!」
エヴァは既にほろ酔い気分の男達から大人気の様だ。
ノアは中々その場を動こうとしないエヴァを引きずりながら、酒場を後にする。
『秋翔、エヴァを捕獲したわ。そっちはどう?』
少しして、秋翔から返事が来る。
「捕獲って……。その言い方は多少何があったのか気になる所だけど、それ以上はあえて聞かないよ……。因みに。こっちはサッパリだ。悪いけど引き続きハザを探すのに協力してくれないか?」
『ええ、了解よ』
秋翔とノアは互いに通信を切る。
そして、ノアはエヴァの方にくるりと振り返る。
鬼の形相と共に。
エヴァは咄嗟に身の危険を感じ、その場に正座する。
『自由にして良いと良翔は言ったけど、通信すら取れないなんて、ダメよ。ちゃんとそこは守って頂戴』
「は、はいい!!」
『分かったなら、宜しい。ほら、ハザを探しに行くわよ。エヴァ、あなたハザがどこに行ったか知らない?』
「ハザ?ハザなら、あっちの食事処で分かれたぞ?」
エヴァが指差した先には、一件の食事処が見える。
『分かったわ。行きましょう』
ノアが踵を返し、その食事処へ歩みを進めようとすると、エヴァから質問される。
「ま、待って、ノア姉。一体何があったんだ?」
ノアは進めようとした歩みをピタリと止め、真剣な表情でエヴァに振り返る。
『いい?私達が追っている例の男がこの街にいるわ。実は私達はさっきその男に会ったの。だけど……、何も出来なかったわ。あの男は危険過ぎる。だから、早くあなた達を回収してこの街を離れなければいけないの』
ノアの話を聞き、エヴァの表情が固まる。
「例の男って……」
ノアは軽く溜息を吐きつつも、エヴァに例の男の似顔絵を見せていない事に思い当たる。
『そうね、貴方にはまだその男の似顔絵見せてなかったわね。……こんな感じの男よ』
ノアが似顔絵の紙を収納から取り出し、エヴァに見せる。
エヴァをそれを受け取り、食い入る様に見る。
そして、ハッとした表情をしたままノアに顔を向け、おもむろに口を開く。
「ノア姉……。私、こいつ見たよ……」
エヴァの発言にノアの目が見開く。
『み、見たって、どこで見たのよ!』
エヴァは突然のノアの反応に驚きながら、おどおど答える。
「あ、あの食事処の前。ハザと別れた時にぶつかっちゃって、謝ったら、謝り返してきてくれた男だよ。確かにその時見た顔が、頬にこんな傷があったし、こんな顔だった……」
ノアは焦る。
ジワリと滲む汗が手を濡らす。
『ハザ!!』
ノアはそう叫び、食事処に向かって走り出す。
フィーとエヴァも直ぐにノアの後を心配な面持ちで追いかける。