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サラリーマン、異世界へチート通勤する  作者: 縞熊模様
第2章
158/163

2-47

ジラトミールへ向け、ある程度進んでいくと、タリスが見える。

そのままタリスの上空を飛び越え、更に西へ西へと向かう。

良翔は飛んでいる最中にバンダンに連絡を取る。

 「バンダン、聞こえるか?」

しばしの間の後、バンダンが答える。

 「おお!!良翔丁度いい!!聞いてくれ!!」

バンダンの様子がおかしい。

良翔の中に緊張感が流れる。

 「どうした、バンダン。何かあったのか?」

 「ああ、何かあったぞ!!遂に……、遂に……!!鑑定スキルを身につけたぞ!!」


バンダンの発言に、しばしの沈黙が流れる。

 「……ん?それだけか?……?」

するとバンダンが憤慨する。

 「そ、それだけとはなんだ、良翔!!おれが長年追い求めていた鑑定スキルを、やっと!やっと……!今朝、取得したんだぞ!?」

バンダンの興奮は止まらない。

 「ああ、そうだったな……すまない。バンダンの口調からして、つい、唯ならぬ街に関する事件が起きたんだと思ったよ。遅くなったが、おめでとう」

すると、バンダンは興奮していたのが恥ずかしくなったのか、急に咳払いを一つする。

 「ごほん。……い、いや。こちらこそ、誤解させて悪かった……。と、ところで、何か俺に用だったか?」

恥ずかしさから、さっさと話を切り替えようとするバンダン。

 「ああ、実はな、バンダンにおりいって頼みがあるんだ」

良翔の口振りに、バンダンは急に真面目になる。

 「なんだ。何かお前が行った先で問題でも起きたか?」

 「問題はこれから起こすつもりだよ。捕虜となっているアースワイバーンを今夜救出する。救出後に治療をした上で話を聞きたいんだが、それには今のアトスではリスクが大きいからな。それで、暫くバンダンのところでその捕虜を匿ってほしいんだ」

ふー、と軽い溜息が聞こえる。

 「全く良翔は人使いが荒いな。昨日出て行ったかと思ったら、翌日の夜に捕虜のアースワイバーンを預れとは。……ガハハハハ!まぁ、お前らしいがな!構わん!いつでも連れて来い!」

良翔はふと笑う。

 「……助かるよ、バンダン。いつも急ですまない」

 「なに、気にするな!こっちはもうそんなのには慣れたからな!」

ガハハハハ!とバンダンの笑い声が脳内にこだまする。


 「……だが、またアースワイバーンとは……。やはり、例の男が絡んでいるのか?」

急にピタッと大笑いを止めたバンダンが聞いてくる。

 「まだ、何も確証はないが……、恐らくはな。だが、捕虜の様子からして、一色触発な雰囲気だ。事は急いだ方が良さそうだ」

 「ふうむ。なるほど。分かった。おれの方でもアトスに関しての情報を集めてみよう。ただ、ここからは距離のある街の事だ。大した情報が集まらないのは目に見えてるがな。アースワイバーン達にも協力してもらおう」

 「ああ、助かるよ、バンダン。また、捕虜を連れて行くときに連絡する」

 「分かった。それまでに準備しておこう」

そう言い、バンダンは通信を切る。


良翔は後方に目をやる。

子供達と芽衣は疲れたらしく、それぞれハザやエヴァの上に乗っている。

このメンバーであればもう少し速度を上げても問題ないと思い、良翔は徐々にスピードを上げ、ジラトミールへの道を急ぐ。


ジラトミール手前で一同は着地し、残りは徒歩で向かう。

時刻はもう夕方の4時を回っている。

途中で加速したとはいえ、数時間の移動だった為かハザとエヴァには疲れが顔に出ていた。

 「2人とも悪いな。疲れただろ?」

良翔が2人に声をかけると、2人とも背筋をシャキッと伸ばし、そんな事はない、と口を揃えて答える。

 「そうか。ならいいんだが……。とりあえず今日は時間も時間だからな、ここで宿を取って泊まってくれ。調査もしてもらったし、今夜は街で好きな食事でも取りながら、ゆっくり過ごして欲しい」

良翔からの思いがけない提案に、ハザとエヴァは顔を見合わせて、お互いにハイタッチをしている。

2人とも大分人間の生活に慣れたとはいえ、いまだ人間の食生活には憧れが強いらしく、素直にとても喜んでいた。


先ず一同は街中を探索しながらも、柳亭の分店を探す。

宿を探すのは街の広さから、多少時間を要するかと思っていたが、あっけなく見つかり、早速そこで2泊の宿泊手続きを済ませる。

もちろん、その時もクドラからの紹介状と正式な紹介状である証明となる指輪も見せる。

宿屋の店主も初めは訝しんでいたが、指輪を見せた事で丁寧に頭を下げ、何でも遠慮なく申し付けて欲しいと願い出てきた。

毎度のことの様に、特別なサービスは不要で、ただ夜は部屋には来ない様に念を押す。

宿屋の店主は素直に頷き、部屋に案内される。

良翔はハザとエヴァの2人に今夜の夕飯代として少し多めに金を持たせる。

恐らくこれでも足りないだろうが、そこは自重してもらおう。

2人にこの金額内で収める様念を押し、2人を街へ送り出す。


ジラトミールはバンダンの話の通り、非常に賑やかで、これからの夕飯時に向けて街中が熱気に包まれて行くのが分かる。

外灯も徐々に点灯し始め、昼の姿から夜の姿へと街が衣替えを始めている。

その独特の空気に触れながら、一同は高揚感を感じつつ、街中を観光しながら練り歩く。


芽衣や子供達はあらゆる店の前で立ち止まり、この世界の不思議な食べ物や衣服、練り歩く人々に目を奪われ、興奮しきりだった。

良翔は子供達にも幾らからの小遣いを与え、

子供達がどこで何に使うか真剣に悩んでいる姿を微笑ましく眺めていた。

 「ちゃんと父親やってるのね?」

不意にフィーが良翔に話しかけて来る。

 「まあな、週に2日しか彼等に構ってあげれないからな。この時ぐらいはね」

 「でも、お小遣いだけで良いパパ演じるのはダメよ?ちゃんと今日みたいに構ってあげなきゃね」

と、芽衣に釘を差され、良翔は苦笑いする。

 「ああ、注意するよ」

そんな光景をノアと秋翔がクスクス笑っている。

良翔は1人頭をかき、誤魔化す様に一同に話す。

 「さ、さあ、今日の夕飯はこの街で済ませてしまおう。芽衣達が取った魚は、店主に言って調理してもらう様に頼もう」

 「そうね!さて、どこにしようかしらー??」

芽衣と子供達は大はしゃぎしながら飯処を探し出す。


すると、街の中央あたりに来た時に丁度良さそうな店を見つける。

 「あそこで良さそうだね。後でここに戻ってこよう。じゃあ、ここからは各自自由に行動して、2時間後に集合でいいかい?」

そう良翔は皆に言い、後ろを振り返る。

皆が良翔の提案に頷き、各々の雑談を始めた

時、良翔の視界にある人物が入る。

取り留めのない、冒険者には良くあるフードを被った男だ。

男は急ぐ訳でもなく歩いていたが、何かに気付いた様にふと立ち止まり、良翔の方へ顔を向ける。

良翔と男の視線が合う。


男の頬には縦に傷がある。

男は良翔と視線が合うと、暫く良翔と見つめ合う。

良翔はその男と視線が合った瞬間に、体が金縛りにでも合ったかの様に固まる。

良翔の頬を汗がつたる。

常時発動している鑑定スキルのウィンドウには、魔力やマナは強い数値を示していない。

良くある他の冒険者と大差ない。

だが、その男の視線からは真っ直ぐな意志を感じ、油断すれば瞬く間に吸い込まれてしまう程の深さがある。

並の冒険者じゃない…、良翔の中の本能が警笛を盛大に鳴らしている。

アイツは危険だと。


良翔は咄嗟に脳をフル回転させ、原因を探す。

そして、ある答えに辿り着く。

 「まさか……!!」

良翔がやっと口にしたその単語は宙に浮き、それと同時に良翔は抑えていた全魔力を問答無用に開放する。

途端に周囲に激しい風が吹く。

周囲の者にすれば突然突風が吹き荒れた様に感じるだろう。

だが、ノアは良翔のただならぬ雰囲気の変化に、とっさにただ事ではないと判断したらしく、真っ先に芽衣や子供達に強力な防御壁を張る。

そして、周囲を瞬時に見回し、良翔の視線の先に目をやる。


良翔と男は暫く対峙していたが、やがて男はつまらない物でも見たかの様に、良翔から興味を無くし、再び歩き出して建物の角へと姿を消して行く。

その間、良翔は追い掛けたい衝動に駆られるが、足が全く動かない。

男が良翔の視界から消えると同時に、良翔は激しく呼吸をし、汗が一斉に吹き出し、顔中を滝の様に流れ、伝い落ちる。

両手を膝に付き、膝が震えているのを自覚する。

どうやら良翔は、気が付かない内に長い事息を止めていたらしく、呼吸が中々整わない。


あの男との間には、それ程の危険と緊張感があった。

 「アイツはまずい……」

良翔の中の警笛が鳴り止まない。

 『良翔!!!!今のは……!!』

良翔が顔を向けるとノアも顔色を青ざめさせ、唇が若干震えている。

ノアもあの男の空気に触れ、凄まじい何かを感じた様で、かなり消耗した印象を受ける。

 「ああ……、恐らくアイツだ……」

良翔の言葉に咄嗟に、ノアが駆け出そうとするが足が前に進まないらしい。

ノアは自分の足を眺め、驚いている。

膝が震えていて言う事をきかないのだ。

恐らく、こんな体験は良翔だけでなく、ノアも初めての事なのだろう。

 『足が……、動かない……!!何なのよ!!これ!!』

狼狽たノアが叫ぶ。

良翔は答えないが、その答えを知っている。


それは、恐怖だ。


本能的に体が恐怖を悟ったのだ。

ノアも良翔もその恐怖に支配され、全く動けなかったのだ。

それ程までにあの男が放つ雰囲気は並々ならぬ物だった。

良翔は戦わずして、初めてこの世界で敗北を喫した。

そして、あの男は良翔達を脅威と感じず、つまらなさそうに通り過ぎて行くだけなのだ。

つまり、あの男にしてみれば、良翔もノアも生かしておいても、害がないと判断される程のものだったという事だ。


良翔は絶望的な気持ちになると同時に、安堵も感じる。

あの場で、あの男が襲って来ていたら、戦闘になっていたら………。

良翔は芽衣や子供達を守れなかっただろう。

今はこの状況に素直に感謝するしかなかった。

考えただけでも良翔は身の毛がよだつのを感じずにはいられない。


良翔はやっと整った呼吸を確かめながら、芽衣や子供達に顔を向ける。

子供達も芽衣も、良翔の激しく動揺した姿に恐怖したらしく、3人で強く抱き合い、その場でしゃがみ込んでしまっている。

その傍をフィーが凄まじい殺気を放ちながら身構え、笑顔が消え失せてしまったのも気にせず、犬歯を剥き出しにして、男が消えて行った建物の角を睨み、低く唸っている。


良翔は建物の奥を鑑定スキルで探るが、もうあの男の反応は見つけられなかった。

大きく息を吸い、自分を落ち着ける様にゆっくりと息を吐くと、良翔は口を開く。

 「芽衣、未亜、奈々。楽しみのところすまないが、今日はもう家に帰ろう」

大きな声は決して出してはいないが、良翔の声がその場に非常に響いた気がした。

芽衣達も早くその場を離れたかったらしく、立ち上がり、素直に頷く。

その間も芽衣は2人の手をシッカリと握り、決して離すまいとする意思が滲み出ていた。

良翔は頷き、ノアとフィーに視線を送る。

ノアとフィーも、良翔の視線に黙って頷く。

 「ノア、エヴァとハザを連れて、すぐにこの街を離れて来れ。今はこの街にいるべきではない。2人と合流次第、アトスに戻り、今夜に備えて来れ」

 『分かったわ。良翔は私達のことはいいから、芽衣達を連れて早くこの街を離れて。いつまたアイツが現れるか分からないわ……』

ノアはそう言いながら、あの男が去った建物の角を鋭い視線で睨んでいる。

 「ああ、悪いがそうさせてもらうよ。芽衣、未亜、奈々、おいで。街を出よう」

良翔はそう言い、3人を連れて、入口へと足早に向かう。


街は良翔達に起きた事など関係ないという様に、これから始まる賑やかな時間への人々の高揚感と期待感に包まれながら、夜の姿へと変わって行く。

先ほどまで楽しげな光景に見えたその景色が、良翔にとっては何故だが今は非常に恨めしく思えてしまう。


良翔と芽衣達は足早にジラトミールの城門を再びくぐる。

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