2-41
暫く、眩い光は辺りを包むが、やがてその光が徐々に消えていく。
光が全て消え失せた後、恐る恐る目を開けた芽衣達は歓喜の声を上げる。
「フィーちゃん、姿が変わってるよ!!」
「本当だー!!変わってる!!」
「緑がなくなって、奈々達みたいになったー!!」
そこには、奈々の言う通り、先ほどのシルフィードとは思えない、正に美しい女性の容姿に妖精の羽を生やした幻想的な人物が立っていたのだ。
衣服は先程と同じ緑を基調とした物をまとっているが、どこか高貴な物だ。
肌が先程とは大きく異なり、人間と呼べる程に似通った姿になった。
何よりも精霊らしい、透き通った感じが無くなり、肉体と呼べるものがそこにはあるのだ。
「あら……、私もビックリよ……。まさか名前を貰うとこんな事が起きるなんて……。おまけにこの奥から湧き上がる力……。なんて美しい流れかしら……」
フィー自身も予想していなかった事らしく、驚きを隠せない。
良翔はあるゲームの攻略本に書いてあった事を思い出す。
エルフ達はシルフィードを神として祀る。
それは、エルフの始祖たる存在が風の精霊シルフィードだと言われているからだ。
フィーの進化した見た目がエルフそっくりである事が、良翔のその知識を後押しする。
「……エルフの始祖」
良翔はポツリと呟く。
その呟きは誰とも言えぬ所へ消えていく。
フィーは名前を与えられた事で進化し、そのあやふやな存在を、肉体と強固に結び付けることで一つの個として完全に顕現した様だった。
これはもはや、精霊というよりもエルフの王といった感じだ。
そして、どうやら名前を授けられた事で芽衣達と契約を結んだらしい。
「本来、契約をするには互いの血を持っておこなわれるのだけれど……、名前を授けられた上にこんな進化まであるなんてね…。関係性はともかくとして、私は貴方達と契約を結びました。これでいつでも私の事を呼び出せるし、私の力を使う事が出来るわ。必要な時は心に私を思い描いて名前を呼んでくれればその場に召喚されるの」
フィーから、契約について説明を受けると未亜と奈々はぽかんとしている。
それをクスリと笑いながら、芽衣が答える。
「素敵ね♪会いたい時にいつでも会えるなんて。最高のお友達に会えたみたいね。あ、でも、私達の世界でも会えるのかしら?」
それには、フィーも悩む顔をする。
「どうかしら……、長く存在している私も流石にそれは分からないわね。こんな事初めてだもの」
「そう、なら、帰ったら試してみるわね。もしも、叶うなら一緒にお茶でもいかが?」
「あら、いいわねえ♪芽衣とはうまくやっていけそうだわ♪」
また、勝手にどんどん話が進んでいく事に良翔は溜息を吐いた。
しかし、それに気付く者はいなかった。
芽衣とフィーのやり取りをぽかんと眺めていた、子供達だったが、思い出した様に、口々に話し始める。
「ねえ、フィー。さっきフィーの力を使える様になるってどういう意味ー?」
「奈々もフィーみたいに変身できる!?」
子供達は勝手に話を膨らませて大喜びしている。
奈々の質問に、思い出した様にフィーが答える。
「奈々ちゃん、変身は出来ないけど、これでお空は飛べる様になったわよ?」
すると、未亜と奈々の動きがピタリと止まり、互いに顔を見合わせる。
そして、途端に弾ける様に大喜びする。
「わーーい!!お空飛べる様になったー!!」
「ねえねえ、飛行機より早い!?」
フィーはクスクス笑いながら、2人に空の飛び方を教えている。
隣では芽衣もふんふんと一緒になって話を聞いている。
良翔は4人を眺めながら、軽く疲れを感じた。
「精霊と契約って……、そんなあっさり起こっちゃって良いものなのか……」
とりあえず、良翔は芽衣はともかく子供達にルールを決めねば危険に陥りかね無い事を回避する為に、その場を立ち上がり、4人に向かって近付く。
「さっきは済まなかったな、シルフィード」
良翔はフィーに話し掛ける。
だが、すぐに訂正が入る。
「パパ、フィーちゃんだよ!!」
「パパ、お名前で呼ぶんだよ!!」
それには、良翔は苦笑いし、頷く。
「ああ、そうだったね、未亜、奈々。改めて、先程は警戒してしまって済まなかったフィー」
フィーは笑顔で振り向き、首を左右に振る。
「いいえ、気にしておりませんわ、良翔さん、いえ、創造神、良翔様?」
そう言うと、フィーはクスクスと意地悪く笑う。
「ん?創造…?良翔、なんの事?」
良翔は、急いで手を振り、その場を必死に繕う。
「い、いや、フィーの事を悪い奴かもしれ無いって思った事に、創造力が豊かだね、って意味でフィーが言ったんだと思うよ。そうだよな、フィー?」
良翔はギロっと睨みながらフィーに同意を求める。
フィーはそれにも動じず、軽く溜息をつきながら
「そうね。そういう意味ね」
と適当に相槌を打つ。
良翔はそんなぶっきらぼうな態度のフィーに少し苛立ちを覚えるが、グッと堪える。
そして、気を取り直して、子供達に向き直る。
「いいかい、未亜、奈々。いま2人はとても素敵な力を使える様になったんだ。だけどね、お家に帰ってからも、その力は皆んなに見せたりしちゃいけないよ?きっとみんなとてもビックリして、転んでケガをしてしまうかもしれない。だから、皆んなには内緒だ。もちろん、こっちの世界でなら使っても構わないからね。約束出来るかな?」
2人は良翔の話を聞き、素直に頷く。
良翔は念の為、芽衣にも視線を送ると、分かっているわ、と頷く。
良翔はニッコリ笑い、2人の頭を撫でてから、フィーの方へ向く。
「パパはちょっとフィーと2人で話がしたいから、あっちで遊んでおいで。芽衣、2人の事を少しだけ見てもらえるかな?」
3人は頷き、その場を離れて行った。
するとフィーがクスクス笑いながら、良翔に口を開く。
「お話って何かしらね?」
良翔は軽く溜息をついてから、答える。
「さっきは悪かったよ、フィー。だから、さっきみたいなのは勘弁してくれ。正直俺も精霊に会うのは初めてだったからな。敵なのか味方なのか分からなかったんだ。………ところで、何で俺の職業の事を知っているんだ?」
すると、うふふとフィーは微笑し、良翔の目を見つめてくる。
「私は精霊よ?魔力の事、この世界の事、あらゆる事が風を通して伝わってくるわ。そして、貴方がこの地に初めて来た日の事も知っているわ。最初はとても面白い子が来たわなんて見ていたら、とても他の者とは比べ物にならないマナを感じるじゃない。勝手に悪いけど、暫く様子を見させてもらったわ」
「そうなのか……。全く気付かなかったな……。その、マナってのはなんだ?魔力とは違うのか?」
フィーはニコリと笑って、答える。
「マナはね、精神を司るものよ。例えば貴方もさっき気付いたと思うけど、私達精霊は精神生命体と呼ばれていて、魔力では無くマナのみで出来てるわ。だから、貴方が気づけ無いのも無理はないのよ。マナはね、意志の力。魔素は意志を与えられ、魔力となり、魔物や人間、獣人を形作るの。全ての生き物にはマナが存在し、マナ無くしてはその形、存在を維持できないわ」
成る程と良翔は思う。
この世界を構成する新たな原子的存在、マナ。
マナも魔素も互いに原子的な存在だが、お互いが存在し、お互いに働き合わねば、この世界では何かを形作る事は無い。
ただし、精霊の様に人々が神と崇める存在は、魔素を必要とせず、マナのみで存在が出来る。
つまりあらゆる生き物の思いが形となって顕現したという事か。
簡単に言うならば、思い込みに近い。
あると信じれば存在し、出来ないと思い込めば出来なくなる。
その関係性を考えた所で、良翔はある事を思い出す。
良翔の持つ、イメージ創生の力だ。
確かにこの力も人々の思い込みによって、実現できる事とできない事がある。
良翔の世界で魔法の様な力を新たに創生するには、創世の粉の利用が必要となる。
人々が信じている事で有れば、創生の粉を使わずとも、実現可能だが、それは魔法で実現したい事とは異なる。
つまり、良翔のニーズを満たせないのだ。
しかし、マナについてはどうだろうか?
良翔は信仰者ではないので、その気持ちはあまり詳しくは分からないが、神という存在を信じ、神ならば人類が出来ないあらゆる事が出来ると信じている者は、良翔の世界にだって沢山いる。
つまり、良翔の世界でもマナは存在し、フィーの様な精霊が存在していても不思議ではないという事だ。
良翔の世界では、魔素がない為、良翔の様に魔力を体内に溜め込んでいなければ、魔法は使えない。
しかし、マナを利用すれば、イメージ創生のスキルを利用して同じ様な事が出来るのではないか。
そして、良翔が取得している、イメージ創生スキルを含め、これらのスキルはマナによって構成されているのではないだろうか。
マナを利用し、また、新たなスキルを作る。
そうすれば、魔素が無くとも良翔の世界でも、魔法の様な事が出来る様になるかもしれない。
良翔はそう結論付け、フィーにしっかりとした視線で向き合う。
「あら、何やら素晴らしい事でも思い付いたみたいね?これだけの情報で何かを思い付くなんて、あなたはやっぱり面白いわね」
良翔は微笑み、フィーに答える。
「ああ、まだ机上の空論だが、後で試してみる事にするよ。ところで、話は変わるがフィーの契約って俺にもされてるのかい?」
すると、フィーはまたしても、ふふふ、と笑う。
「いいえ、あなたとはまだよ、良翔。あなたの様な存在とはちゃんとした契約を結ばないと関係性が崩れてしまうもの。それは私の存在を脅かす他ならない事なのよ?意外に関係性って私達精霊の間ではとても大事なの」
良翔は首を傾げる。
「だが、芽衣や子供達にも契約を結んだんだろ?その関係性は大丈夫なのか?」
「彼女達とは確かに契約を結んだわ。だけど、それは繋がりを持つというものだけだから、関係性はあまり重要では無いわ。言うならば仮契約の様なものね。だから、彼女達が私の力を100%引き出す事は出来ない。風と戯れたり、風を利用して空を飛ぶ程度ぐらいでしょうね。だけど、私とあなたの契約についてはそうではないわ。言うならば魂の契約ね、まあ、本契約って所よ。それを結ぶには、あなたが私を求め、私があなたを主として認める必要があるの」
「それって、つまり……」
「ええ、私と戦い、私に勝利する事よ」
フィーはニコリと屈託の無い笑顔を良翔に向ける。
しばしの沈黙の後、良翔が口を開く。
「……え?」
良翔の疑問にフィーはニコニコと笑ったままで、何も答えない。
「戦うって……、今ここでか?」
「ええ、そうよ。あ、ただ彼女達を巻き込みたく無いっていうのも当然わかるわ。だから、こちらでね」
そう言うと、フィーはさっと手を振り、転移ゲートを作り出す。
良翔は遠くでワイワイ楽しそうにしている芽衣や子供達を見てから、ゲートへ視線を移す。
「……分かったよ。じゃあ、行こうか。ただし、あまり時間は掛けたくない」
「その辺は平気よ。これが繋がる先は私が作り出した空間。時間の流れもこちらとは異なるわ。恐らく戻って来ても、彼女達にしてみたらものの2、3分程でしょうね」
良翔は、頬を伝う汗が口に入るのを感じたが、臆する事はしない。
「分かった。なら、問題ない」
そう言い、良翔はゲートの中へ入る。