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良翔がより一層警戒していると、声の主の辺りに、その場の大気の魔素が急激に集まる。
すると、徐々に声の主は姿を顕現させていく。
良翔の唯ならない様子に芽衣が気付き走ってくる。
「良翔!どうしたの!?」
「…芽衣。下がっていてくれ…」
そして、良翔達の目の前に突如として、薄く羽が透けた全身緑色で覆われた声の主が姿を現す。
良翔は目を見開き、相手を見つめる。
良翔はその姿に見覚えがあるのだ。
「……シルフィード」
良翔の呟きに、シルフィードと呼ばれた薄緑の肌の女性が驚きの表情をする。
「あら……、あなた私の事知ってるの?」
良翔はゲームでその姿を見た事がある。
その存在は空気を自由自在にあやつり、時にはそよ風を、時には荒ぶる凶悪な嵐をも起こす。
風属性の大精霊、シルフィードだ。
「ああ、知識ではな。本物に会うのは初めてだが」
ふうん、とシルフィードは興味深く良翔を眺める。
「なら、私がどういう存在かも分かって?」
シルフィードは試す様に良翔に問い掛ける。
「……風の大精霊だ」
良翔が答えると、シルフィードは満足そうな笑顔を向けてくる。
「へえ、あなた良く知ってるわね……。私達精霊は、貴方達人間では姿を見ることも叶わない存在だし、こうして人前に具現化するのも、もう数百年以上前の事よ。どうやって貴方が私の存在を知り得たのかとても不思議だわ」
「……」
良翔は沈黙し、答えない。
すると、シルフィードは諦めた様に、顔を未亜と奈々に向けて微笑む。
「ま、いいわ。でも、貴方達は何故か私が見えていたのよね。どうやら私の声も聞こえるみたいだし、不思議ね。ついつい嬉しくなって出てきちゃったわ。ねぇ、私はただこの子達とお喋りしたいだけだから、その武装を解いてくれないかしら?」
良翔は警戒は解かないが、どうやら敵意が無いことも理解して、両手に施した武装を解除する。
すると、未亜と奈々が口を開く。
「パパー、未亜と奈々ね、ビックリさせない様に静かにしてたんだけどね、この綺麗なお姉さんがお話ししたいってー。お話ししても良い?」
「うんうん、このお姉さん、噛み付いたり、叩いたりして来ないよー?」
良翔は仕方なく2人に了承する。
「……ああ、良いよ」
良翔は念の為、未亜と奈々の周囲にもう一重に魔力障壁を張る。
正直これで守られるかは分からない。
魔素から作り出した体を媒介にしているとはいえ、その大元の存在は魔素などでは出来ていないのだ。
魔力で作り上げた障壁がどこまで効果が有るのかは分からない。
「あら、やっとお許しが出たわね?良かったわ。やっと貴方達と落ち着いてお話が出来るわね」
「うん!お姉さん良かったね!」
「お姉さん緑なの、何でー?」
シルフィードと未亜と奈々は楽しそうに話を始める。
暫くは、3人のやり取りを眺めていた良翔だったが、どうやらシルフィードは本当にただ単純にお喋りがしたかっただけみたいだった。
「どうやら、悪い人じゃなさそうね?最初はビックリしたけど、とても綺麗で優しそうじゃない」
「ああ、どうやら本当に話し相手が欲しかっただけみたいだな」
芽衣はまだ負に落ちない良翔の顔を横で眺めながら、ふふ、と笑う。
「じゃあ、私も空を飛ぶ練習しなくちゃ!!あ!そうだ!シルフィードさんは精霊さんなんだから、その辺詳しく知ってるかも!?」
そう言うと、芽衣はシルフィードに駆け寄って、話に加わる。
シルフィードは話し相手が増えた事がうれしかったらしく、芽衣に丁寧に教えている。
芽衣はシルフィードの話を素直に聞き、頷き、試し、また、アドバイスを貰っている。
一方子供達も、自分達も空を飛びたいと、シルフィードに駄々をこねている。
そこで、面白い事が起こる。
「シルフィードのお姉さん、私達も空飛びたいよー」
「うんうん、飛びたい!やり方教えて!」
シルフィードはニコリと笑い、
「ええ、もちろん良い………?………あら?…………あらあらあらあら?貴方達……、何か珍しい雰囲気だと思っていたら、魔力が全く無いじゃない。魔力が全くない人間なんて初めて見たわ……。なるほど………、貴方達は異世界の人間なのね?」
それには芽衣が答える。
「ええ、私達は地球って所から来たのよ。だから、残念ながらこの世界の人間ではないわ」
「あら、貴方はもっと不思議な事に、魔力が無いのに、魔法が使えてるじゃない……。どうゆう事かしら……」
それには、芽衣は、ふふ、と微笑み答える。
「まずは名前を覚えてもらった方が良いみたいね。名前を覚えないと、ちゃんとお友達になれないじゃない?私は芽衣よ。こっちの子供達が、未亜、奈々よ。そして、向こうで膨れて座ってるのが、良翔よ。私達は家族なの。それで、シルフィードさんの質問だけど、私は空気中にある魔素を操る事が出来るの。だから、魔素を操って魔法を作り上げてるわ」
すると、シルフィードは、目をキョトンとさせて、暫く芽衣を眺めている。
芽衣はその間もニコニコ顔だ。
次第に、シルフィードの表情が崩れていき、大笑いが始まる。
「あはははは。貴方達面白いわね!魔力がなくとも、周りの魔素を操って魔法を使うし、片や、魔力が全くなくとも私の事が見えたり、声が聞けたりする子供達もいるなんて!それに!!精霊に向かって、友達になろう、だなんてそんな事一度も経験した事ないわ!!うふふふふ。もちろん、私も貴方達と是非お友達になりたいわ!」
すると、それを聞いた未亜に奈々は大喜びだ。
「わーい!!シルフィードのお姉さんとお友達になったー!」
「おっ友達ー!!」
「じゃあ、名前を考えてあげなきゃ!シルフィードどさんて、名前じゃないよね?」
芽衣の問いにシルフィードは驚きながらも頷く。
「あら、私に名前をくれるの?確かにシルフィードというのは、風の精霊の呼び名よ」
それに、真っ先に答えたのは奈々だった。
「じゃあ、奈々は、フィーさんが良い!」
周りが一斉に、フィー、と呟くと、皆がその音の余韻に浸り、頷く。
「良いじゃない、奈々!どう?シルフィードさん。貴方の名前はフィーちゃんなんてどうかしら?」
「うん、未亜も賛成ー!!」
思わぬ所から突然フィーという名前の提案を受けたシルフィードは、少しの沈黙の後、笑顔で奈々に微笑む。
「……フィー……。風に合った良い名前だわ……。ありがとう、奈々ちゃん」
シルフィードが自分の名前を認めた途端、シルフィード、いやフィーの体が突然眩く光だす。
一同は驚き、目を瞑る。
良翔だけは、とっさに立ち上がり、身構える。
この光景は前にも見た事がある。
それは、ハザ達に力を与えて進化させた時と同じだ。
フィーは今、進化を開始する。