2-37
その晩良翔は、酷く嫌な夢を見た。
魔力を失い、何も出来ずに、手足をもぎ取られ、仲間を失う夢だった。
良翔は、はっと意識を戻し、目を覚ます。
芽衣の穏やかな寝顔が見える。
「夢か……」
生々しい夢を見た後は、それが現実に起こるのではないかと、不安になる。
正夢という迷信がここまで世の中に浸透するのは、どこかでやはり現実になったケースが多いからではないか。
つまり、絶対にそんな事は起こり得ないとは言いきれない。
冷や汗を流しながら、良翔はふと指に目をやる。
時刻は夜中の1時をまわったところだ。
夜中なのにも関わらず、良翔は指輪が通信可能な状態である事に気づく。
指輪の先は、バンダンだ。
バンタンはどうやらまだ起きているらしい。
思わず良翔はバンダンに念話で話しかける。
「バンダン、聞こえるか?まだ、起きてるなんて夜更かしする程の何かがあるのか?」
しばしの沈黙の後にバンダンが答える。
「良翔か…。良翔こそこんな時間に連絡してくるなんて珍しいな。ホームシックか?」
戯けながらバンダンが返事をしたので、良翔は思わず笑う。
「ホームシックか……、まあ、まだ、今日別れたばかりだからな。次の機会に取っておくよ。ところで、バンダンはこんな時間まで寝れない何かがあるのか?」
「確かにそりゃそうだ。俺はな……、ノアに言われて気付いたんだが、鑑定スキルを自分で身に付けるのもありだと思ってな。始めたら案外熱中してしまって今に至る感じだ」
良翔は感心する。
「へえ、バンダンが魔法の練習なんてイメージと少し違うな。で、うまくいきそうなのか?」
すると、念話の向こうから溜息が聞こえる。
「残念ながら、うまく行かずに四苦八苦しているところだ。対象の魔力の属性分解迄は出来たんだがその先がな…」
バンダンにそう言われ、良翔は考える。
良翔の場合、この魔力はこんな効果がある、といった事が、何故か瞬時に分かって仕舞うのだ。
だから、それを理屈で説明するのは難しい。
分かってしまうから、分かる、としか言いようがない。
だが、バンダンはそれをちゃんと要素分解して、それらがそれぞれどの様な効果をもたらすのか、合わさればどの様な結果を生み出すのか、といったところが分からずに、苦戦している様子だった。
「そうか、聞く限りでは、もう直ぐな感じなんだけどな。試しに自分の魔力と分解した魔力を合わせてみたらどうだ?そこで変化が見られれば、自分に対してどんな効果があるか分かったりするんじゃないか?」
「成る程……。それは試してみる事にする。きっと良翔の口ぶりからすると、良翔自身はその辺は深く考えんでも、何となく分かってしまう、といったところだろう?だから、良翔への魔法の相談はあまり当てにならんと思っていたのだ」
バンダンは笑いながら、良翔に答える。
それについては良翔は何も言えない所だ、と思う。
「ああ、すまない。本当のところ、バンダンの言う通りなんだ。だから、大した助力も出来ず悪いな」
「元々あまり当てにはしておらんから、気にするな」
良翔は鼻を少しかく。
そして、ある事を思い出す。
「話が変わって悪いが、魔法について一つ教えてくれないか?バンダンは、大気から魔素を集めて魔法を放つ事は出来るか?」
それにはバンダンは疑問の声を出す。
「ん?自分の魔力ではなく、大気中の魔素を集めて魔法を使用するって意味か?」
「ああ、そうだ」
すると、バンダンは突然クックックと笑い出す。
良翔はバンダンが笑う事を不思議に思う。
「実に、良翔らしい質問だな。まず、大気から魔素を集めて魔法を放つなんてのは、殆どの者が出来んよ。理由は簡単だ。非常に扱いが難しいからだ。だから、皆自分に馴染んだ、扱い易い自分の魔力で行うのだ。だから、答えはノーだ。そういう話をするって事は良翔は大気から魔素を集めて魔法を使用する事が出来るって事だな?全く規格外な奴だ」
バンダンは笑いながら答える。
成る程…。
皆使えないから、自分の魔力を使うのか…、と1人納得する良翔。
「因みに、大気の魔素を使用するのは何故難しいんだ?俺はバンダンが言う通り、使えてしまうから、その理由が分からないんだ。確かに自分の魔力で生成した魔法の方が、大気の魔素から生成した魔法よりも、同じ魔法であっても扱い易さやエネルギー効率は断然に良い事は分かったのだが…。大気の魔素が扱いづらい最大の理由ってなんなんだ?」
すると、バンダンが教えてくれる。
「いいか、大気中にある魔素はあらゆる生物、いや、生物だけでなくこの世界のあらゆる物から放出された魔素で出来ている。それに生物達の思念や特色なども混ざっている。つまりごちゃ混ぜになった魔素が大気にはある訳だ。そこから自分の魔力へと変換し、術式に当てはめて魔法へと変換するには幾重にもふるいにかけて使える状態にまで濾過してやらなけりゃ使えないのさ。だから、良翔を除いて誰も大気の魔素を利用しないんだ。逆に良翔が出来る方法ってのを教えて欲しいぐらいだ。まぁ、説明出来ないから、規格外なんだろうと思うがな。説明出来るなら、それは他の奴も出来るって事だ。良翔みたいな奴がもっと沢山いる事になっちまう。それはそれで勘弁だな。ガハハハ!!」
「成る程……。俺はかなり恵まれているとは思っていたがそんな事まで何となく出来てしまっていたんだな…。よく分かった。助かったよ、バンダン」
良翔はスッキリ腹に落ちた事で胸のつかえが取れたのか、再び眠気に襲われる。
「何となくか……!流石は良翔だな!ガハハハ!!」
「あまり、からかわないでくれよ、バンダン。すまないが俺は一足先に寝る事にするよ。すまないな、作業の途中に邪魔してしまって」
「なに、気にするな。俺も煮詰まってたところだ。お陰で少しスッキリしたぜ。じゃあな、良翔!また連絡して来い!」
「ああ、そうするよ。お疲れ、バンダン」
「ああ」
バンダンはそう返事をして、念話を切った。
そして、良翔はそのまま、瞼を段々と閉じていく。
それ以降は特に夢を見る事もなく、気持ちよく深い眠りの中へと誘われるのだった。