2-35
良翔と秋翔は、ゲートを潜り、宿の部屋に出る。
そして、それを目を丸くしたハザとエヴァが出迎える。
「そっくりと言うよりも、同じであるな…」
「うん。全く同じ顔だ…」
ハザとエヴァは不思議な物を見る様に、良翔と秋翔の顔を行ったり来たりしている。
秋翔は笑いながらハザとエヴァに挨拶をする。
「やぁ、初めましてだね、ハザにエヴァ。俺は良翔のコピー体の秋翔だ。これから、週末と良翔の国の特別な休みの日は俺の出番となると思うから、宜しく。まぁ、俺は良翔と記憶を共有してるから、初めましてって感じでも無いんだけどね」
しかし、ハザとエヴァはぽかんとしたまま
「声や話し方迄同じであるな…」
「うん、同じだ…」
と相変わらずの反応だ。
良翔とノアはクスクス笑う。
秋翔は頭をポリポリかいて、2人の反応を待つ。
やがて、ハザがハッとし、姿勢を直し、口を開く。
「こ、これは失礼した、秋翔殿。私はアースワイバーンのハザという。これから宜しく頼む」
「私はエヴァだ!宜しく頼むぞ、秋翔!」
やっと返ってきた返答に秋翔は笑顔で頷く。
「ああ、こちらこそ宜しく頼む」
そこで、良翔は皆に告げる。
「さあ、明日からはこの秋翔と共に先程話した調査を各自頼む。それで、夕飯についてなんだが、サリアノさんに今日は頼んでおいたから、みんなで食べておいで。そして、俺ももう行くよ。じゃあ、みんな、また3日後に」
『ええ、楽しんで来てね、良翔』
良翔は笑顔で頷き、再び異世界転移ゲートを出現させる。
そして、良翔は手を皆に振り、ゲートの中へと姿を消す。
良翔はトイレの個室に出た。
そして、いつも通りこちらの世界の自宅へと向けて歩みを進める。
良翔は帰りの道中はいろいろな事を考えていた。
主には、良翔が先程新たに気付いたことだ。
それは自分の中には膨大な魔力があるという事についてだ。
良翔は異世界でも自分の体内にある魔力は殆ど使わず、周囲の魔素から常に使用していた。
その為、今まで吸収した途方も無い程の魔力の殆どが良翔の中に蓄積されているのだ。
そして、それはこちらの魔素のない世界に居ても、良翔の中から消え去ったりはしていないのだ。
取り込んだ魔力は、やがて良翔の血液と同じ様に体内を隅々まで巡り、良翔の固有魔力として定着している。
つまり、この魔素のない世界においても、良翔は魔力を保持している。
それは良翔がこの世界でも魔法やスキルを使用出来るという事ではないだろうか。
先日こちらの世界でスキルを試そうとして失敗したのは、良翔の体内にある魔力を使用せずに、異世界と同じ様に大気から魔素を集めて使用しようとしたからなのではないのか。
当然、こちらの世界の大気には、向こうの世界では当たり前の様に存在する魔素は存在しない。
では、良翔の体内にある魔力を利用してスキルの利用や魔法を使ったらどうなるのか。
よくよく考えてみれば、異世界の人々は自分の中の魔力を使用して、魔法やスキルを行使する。
むしろ体内の魔力を使用する事が本来の在り方なのだ。
その為使い過ぎれば魔力欠乏症に陥る。
良翔はその疑問に気付いたのだった。
しかし、仮にこちらの世界でも、異世界と同じ魔法やスキルが使えたとして、実際に向こうと同じ事をする訳にも行かない。
良翔は悩む。
帰宅したら先ずは、実際にスキルや魔法が出来るかを試して、出来る事が確認出来たら、何に使うか考えればいいかとも思ってみてはいるが、実際はやってみたい、実現したい事は既に出ている。
ただ、悩ましいのが、良翔のやろうとしている事は、きっと膨大な魔力を消費する。
それは、今良翔が持ち得る全ての魔力を利用しても叶わないかもしれない。
そうした際に、魔力欠乏症に陥る可能性がある。
良翔は本来魔力に依存せずに行動出来るはずだった。
その為結局は魔力欠乏症にはならなくもない気がするが、ある時から良翔の中には常に魔力が存在するのだ。
その魔力によって良翔の体質が変化していても不思議ではない。
本来であれば、そんな簡単に変化は起きない、と一蹴しそうな考えであったが、今の良翔は違う。
現に異世界での自分の肉体の変化は、この世界に来ても、そのままなのである。
経験値とレベルが正にそれだ。
経験値が貯まり、レベルが上がる度に良翔の肉体が、強靭な肉体へと変化していくのが感じ取れていた。
そして、それは走ったり跳んだり、物を持ち上げたり、といった日常動作においても、明らかに異世界へ来る前の良翔とは比べものになどならない程の変化を遂げていたのだ。
気が付けば、アースワイバーンやファウンドウルフを大量に倒した事で、良翔のレベルは軽く300を超えている。
アースワイバーンを蘇らせる事で、アースワイバーンを倒して手にした経験値が返還されるかと思ったが杞憂に終わった。
つまり、酷い話だが、良翔がレベルをあげようと思えば、魔物を倒しては蘇生する事を繰り返してやればいい。
そんなチートじみた行為が出来るのだ。
ただ、良翔にはそんな事をするつもりは全く無い。
話は戻るが、そうして異世界で手にした強靭な肉体は、異世界から、こちらの世界に戻って来てもそのままなのだ。
幸いなのは、見た目に関しては確かに年齢の割には筋肉質な見た目には変化したが、筋肉隆々といった変化ではない事だった。
だが、正直この肉体は、例え時速100キロを超えて走る10トントラックにぶつかられても、恐らくトラックの方が大破し、良翔はかすり傷程度で済んでしまう程のものなのだ。
それ程までに常軌を逸したと言っても過言ではない、この変化した肉体を異世界から何の影響も受けずにこちらの世界に持って来れてしまえている。
つまり、向こうでの肉体の変化はこちらの世界でもそのまま有効なのだ。
で有れば、仮に異世界で魔力に依存する肉体に変化してしまっていても、それはこちらの世界でも同じ事が起きるのだ。
そして、最悪なのは、魔力欠乏に陥った場合、回復する手立てがない事だ。
なにせこちらには魔素が存在しないのだ。
魔力の回復の源が存在しない事になる。
そんな中、魔力が枯渇するかもしれない魔法をこちらで試すのは非常にリスクがあった。
その為、まずは他の事で色々と試す必要があるのだ。
良翔は気が付けば家の前まで来ていた。
一度考える事をやめ、ドアを開ける。
すると、平日最終日というのもあってか、いつもなら既に就寝している筈の美亜と奈々が走ってリビングから出てくる。
「「おかえりーパパ!!」」
見事に重なった声に、良翔は思わず微笑む。
「ああ、ただいま2人とも。今日は遅くまで起きてるんだね?眠くないのかい?」
「んー、ちょっと眠い!」
「もうすぐパパが帰ってくるってママが言うから、頑張って起きてたんだよー!」
すると、その声の向こうから芽衣がひょいとリビングから顔を出す。
「お帰り、良翔。さあ、美亜と奈々はパパにお帰り言えたんだから、もう寝ようね?」
「分かった!寝る!」
「おやすみ!パパ、ママ!」
良翔は頷き
「おやすみ、美亜、奈々。パパの為に待ってくれていてありがとう」
「おやすみなさい」
芽衣も2人に挨拶し、2階の自室へと促す。
芽衣は2人を寝かしつけに行く途中良翔に振り返る。
「少し待っててね。寝かしつけたらすぐにご飯用意するね」
良翔は頷く。
「ああ、ありがとう。俺の事は気にしなくて良いから、急がなくて良いよ」
良翔の言葉に芽衣はニコリと笑顔で答え、そのまま2階へと姿を消す。
良翔はそのまま自分の寝室へ向かい着替えを済ませる。
そしてリビングへと入る。
良翔はリビングの椅子に腰掛け、先程の考えを再開する。
先ずは魔力がこの世界でも使用出来るのかどうかだ。
結局できた時のことをあれこれ考えても、出来なければ全てたらればになってしまう。
良翔は一番消費魔力が少ないと思われる鑑定を自分の魔力を利用し、良翔自身を鑑定する。
すると、見事に良翔にしか見えないステータスウィンドウが表示される。
「………やっぱり使えるみたいだな…」
良翔はウインドウを消し、体に異変がないか、慎重に体内、体外を探る。
しかし、特に何も変化を感じる事はなかった。
良翔は思い切って、初めてエヴァ、つまりアダマンタートルにあった時に、吸収した超強力魔力球を出現させる事にする。
少なくとも、良翔はその魔力球の10倍以上の魔力は所持している筈だ。
良翔は慎重に、超強力魔力球を、何も物がない位置まで移動して出現させてみる。
そして、魔力球は奇怪な音を出しながら良翔の掌の上に姿を現す。
良翔は直ぐに自分の体の様子を上から下までくまなく観察するが、全く持って疲れた気配も、何かしらの肉体への負担も感じる事は無かった。
「……どうゆう事だ?少しは脱力感だったり、疲労感といったものを感じてもおかしくない魔力を消費した筈なのだが…」
良翔は試しに、ステータスウィンドウを表示したまま、魔力球を取り込む。
するとステータスウインドウの魔力値が5000増えた。
良翔は目を疑う。
「おかしい……、あの魔力球は確か50万程の魔力を消費したはず……、5000て事は100分の1になってるじゃないか……、どうゆう事なんだ……」
良翔は繰り返し、同じ事を再度行ってみるが、数値の変化はやはり先程と同じ結果だった。
「………やはり、間違いじゃないみたいだな。威力も弱くなっているのかと言えばそうではなさそうだし……。この世界だからなのか、もしくは自分の魔力を使用してだからなのか、少なくとも同じ威力の魔法を行うのに、魔素から作り上げるよりも、自分の魔力を消費した方が100倍効率が良いって事か………」
良翔は考える。
理由はいまいちハッキリしないが、これは嬉しい誤算だった。
良翔がやろうとしていた魔法も魔素から作り出せば膨大な魔力を消費するだろうが、自分の体内魔力から生み出せば、100分の1の消費で同じ事が出来る。
良翔は再び同じ魔力球を生み出す。
生み出された超強力魔力球は、相変わらず危険な雰囲気を放っているが、良翔はふと気付く。
今まで何度と魔法を使用してきたが、どれも何かしらの意識を集中してコントロールをしなくてはならなかった。
魔法の威力が強力であれはばある程、気を抜いて仕舞えば、直ぐにでもその場で発動してしまう程に不安定なものだったのだ。
しかし、今目の前にある魔力球はどうか。
危険な様子は変わりないが、非常に安定している。
そこまで意識を傾けなくても問題ないのだ。
「同じ魔力球なのに、どうしてこんなに安定具合が違うんだ?それに気持ち、魔力の質も違う気がするな……。自分の魔力と大気から集めた魔力ではこうも差が出るとはな……」
良翔は呟き、いずれにしてもこちらの世界では比較対象が無いのだから、検証しようが無いという結論に至る。
「まあ、今はそういうものなのだと割り切るしかないな。………よし。本番行ってみるか……」
良翔は、魔力球を自分に取り込み、リビングを出て、玄関へ向かう。
先ずは玄関に出ている、自分のを含めた靴を端に全て寄せて、空間を作る。
そこから、いつもよりも倍ほど強力な魔力障壁を玄関を覆う様に展開する。
もちろんその間も、ステータスウインドウは表示したままだ。
自分の魔力消費量を確認しながら事を行わなければ、気が付けば魔力欠乏症に陥っているなんて事態に陥ってしまうかもしれないからだ。
結局の所、今生成したいつもの倍の強度の魔力障壁ですら、ステータスウインドウに表示された魔力値は500程度の消費しかしなかった。
「破格の燃費効率だな…」
良翔は思わず呟く。
「さて……」
良翔は右手を玄関の扉に向けてかざす。
体内から魔力を捻出し、先ずは宛先を決めぬ転移ゲートを作り出す。
白い光の渦が扉一杯に出現する。
魔力消費は……、30程だった。
全く気にする数値ではない。
良翔は出来上がった転移ゲートに対し、毎日通勤する異世界をイメージする。
そう、良翔が行おうとしているのは、自宅から異世界へ行く為の異世界転移ゲートを生成しようとしているのだ。
良翔がいつもの駅トイレから、異世界に通っていたのは、そこでしか異世界転移ゲートが生成出来ないからだ。
こちらで生成された異世界転移ゲートは創世の粉によって作り出された、魔力を全く利用しない、いわば異世界転移ゲートスキルと呼ぶようなものなのだ。
しかし、こうして初めて週末を迎えるに当たり、秋翔にずっと向こうにいてもらわなくては、都合が悪くなってしまい、ノアもまたこちらに来れないのだ。
良翔はまだ秋翔という身代わりが居る為、今回の様に、秋翔に無理をお願いすれば週末を休める。
しかし、ノアに至っては、身代わりはおらず、こちらに帰って来たくても、帰ってこれないのだ。
もし、良翔と一緒に帰って来てしまうと、週末の度に、飲み食いもせず、宿の部屋から一歩も出ない存在に写ってしまう。
それを回避するには、ワザワザいつもの駅に向かい、いつもの個室に入って行き来するという生活をしなくてはならない。
それは、かなり手間であり、非常に効率が悪い。
ならば、人目に触れぬ自宅の扉から異世界への行き来が出来れば何も問題ないのだ。
週末の間だけは、ノアと秋翔は食事については、異世界で過ごしてもらう事になってしまうが、それ以外は、良翔が自宅にいる時であれば、いつでもこちらに行き来可能なのである。
その為には異世界転移ゲートを作り上げなくてはならない。
ただし、ただ転移ゲートを作り出し、行き先を異世界にしてイメージするだけで良い訳ではない。
この自宅から、異世界への繋がりを作らなくてはならないのだ。
そうしなければ、転移は出来ない。
しかし、良翔はある考えを持っていた。
それは異世界転移ゲートも、通常の転移ゲートも理屈は同じだと言う事だ。
イメージする先が、良翔のいる世界か、異世界かの違いでしかない。
大きな違いは、良翔のいる世界と異世界がどれほど離れていて、その間にどの様な障害があるかだ。
良翔達と同じ世界であれば、遠くの別の星であっても、言ってしまえば、ただ長い距離の移動を行うに過ぎないのだ。
これであれば通常の転移ゲートで問題ない。
しかし、例えばパラレルワールドの様に並行世界であるならば越えていかなくてはならないのは、それらの境界線である。
良翔達の世界と異世界とで、環境や生態がこれ程大きく異なっているのだ。
その分岐点となる所まで遡り、そこから異世界の良翔達が訪れた時間軸まで戻ってくる事で初めて到達出来ることになる。
即ち時間を遡り境界線となる時間軸を経由する事が課題となる。
と、まぁ、難しく理屈で考えればその様な説明が必要となるが、大事なのは、良翔自身がゴールを知っているという事だ。
転移をする際は、必ず入り口のゲートと出口のゲートが出現する。
それがどの場所なのかをイメージしてゲートに与えれば、そこに出口のゲートが出現するのだ。
簡単に言えば、経路をどの様に導き出しているのかよく分からなが、つまりはゲートは使用者が思い描くイメージ(場所)を座標として認識しているのではないかと良翔は考えている。
始点の座標と、ゴールの座標が与えられる事によって、後はそこに至るまでの道を作り上げてやれば良い。
ゴール座標に出現したゲートが帯びる魔力に向かって、始点ゲートが帯びる魔力をどんどん伸ばしていってやればいい。
後は魔力量との根比べだ。
ゴールに辿り着く前に良翔の魔力が尽きれば、失敗。
良翔の魔力が尽きる前にゴールに僅かでも魔力が到達すれば成功だ。
ただし、先程も説明した通り、そこに至る迄の過程にはあらゆる障害がある故に、真っ直ぐと繋がるわけではない。
経路を良翔が認識しなくても、ゴールと始点の魔力が勝手に引かれ合うので、後はそれに従い、魔力を流し込んでやれば良い。
問題はゴールに辿り着くまでに、良翔の魔力が尽きるかどうかだ。
恐らく、一筋縄では行かない。
引かれ合う魔力は必ず正解の最短ルートを通るかと言えばそうではない。
例えるなら、迷路の正解の道、誤りの道、全てのルートを埋め尽くして、ゴールに辿り着く、そんな途方もない作業と同じ可能性を秘めているのだ。
その為膨大な魔力を消費する可能性がある、良翔はそう考えていた。