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サラリーマン、異世界へチート通勤する  作者: 縞熊模様
第2章
144/163

2-33

一同は個室を出て、サリアノの後ろに従う。

松の木の構造は比較的に柳亭と似ている雰囲気があり、全体的に木調の作られている。

先程までは薄暗く感じた明かりだったが、慣れれば、むしろこちらの光量の方が落ち着く。

サリアノに続き、3階まで上がり、一番突き当たりの部屋へと着くと、サリアノは部屋の鍵を開ける。

扉が開かれると、まず第一に大きな窓が目に入る。

窓からは、そのまま外に出られるテラスがあるのだ。

ノアはテラスを目にするとはしゃいで、一目散にテラスへ出る。

良翔も続き、テラスへ出ると、テラスが有るのはこの部屋だけだった。

この造りにしたのには、きっと何か意味があるのだろう。

それについてはおいおい聞くとして、先ずは部屋を見渡す。

ベッドは丁度4台あり、どれもセミダブルほどのゆったりしたサイズとなっていた。

クローゼットも、ウォークインとなっており、部屋に有るのは、シンプルに必要最低限なベッドとテーブル、椅子のみであった。

その為か空間は思った以上に広く感じられ、そして、落ち着いた雰囲気となっている。

 「いかがでしょうか?こちらで特に問題ございませんようでしたら、早速こちらへの宿泊手続きを致します」

良翔はノアやハザを見ると、2人とも頷く。

 「ええ、こちらで問題ありません。とりあえずこちらの部屋で一週間程宿泊の手続きをお願い出来ますか?」

 「かしこまりました。では、お手数では御座いますが受付へお越し頂いても宜しいでしょうか」

良翔は頷き、サリアノと共に部屋を出る。


階下へ向かう途中良翔は気になっていた事をサリアノに聞く。

 「サリアノさんは、クドラさんとどの様なご関係なのでしょうか?あ、もちろん私的な事だと思いますので、仰って頂かなくても問題ありません。個人的に少し気になったものですから」

すると、サリアノはニコリと笑い、ユックリと思い出す様に話し出す。

 「お恥ずかしい話ですが、以前私は良翔様と同じく冒険者をしていたのです。正確には他の冒険者様とは少し違い、あまりクエストなどは行わず、各地を見て回る旅人の様な事をしておりました。ところが、ある時、迂闊にも魔物の巣に気付かずに入り込んでしまったのです。正直もうダメかと思ったその時、当時冒険者でいらっしゃったクドラ様に出逢ったのです。その場でクドラ様に命を救われた私は夢でも見ているのかと思う程に、クドラ様のあの美しく流れる様な動きに目を奪われたのです。当時私も腕にはそれなりに自信を持っていたのですが、私が迷い込んだ魔物の巣はそんな私の自信など簡単に打ち崩す程に強力な魔物達でした。そんな状況下の中、クドラ様がそれはもう、踊りでも舞うかの様に優雅に動きながらあっという間に目の前の数え切れない魔物を一掃したのです。私は気が付けば、クドラ様に必死に頼み込んで、共に行動をさせて欲しいと何度も何度も懇願しておりました。その時もクドラ様は微笑み、私の願いを優しく叶えてくれたのでした」

 「なるほど…。クドラさんは元々冒険者だったのですね。今の柳亭の支配人からはイメージが湧きませんでした。それから……、サリアノさんはクドラさんと共に旅をされたのですか?」

サリアノは微笑みながら頷く。

 「それ以降、私はクドラ様のパーティーのメンバーとして共に多くの旅へと出かけました。クドラ様は決まって困っている人がいればその方達の為に、一生懸命に努力をされていました。そして、それは楽しくとても充実した旅だったと言えます。しかし……、そんな永遠とも思える日々は無情にも突然終わりを迎えました。クドラ様はいざという時のために身に付けていた、身代わりの指輪を傷を負った冒険者に貸し与えてしまったのです。傷を負った状態からの装着では、現状維持にしかなりませんが、それ以上の悪化にはなりませんからね。そして、その冒険者を担いで街まで向かっている最中、不幸にもドラゴンに遭遇してしまったのです。クドラ様は、まず第一に足手まといである私とその冒険者を逃してくれました。私は心配でたまりませんでした。ですが、クドラ様から言われた通り、必死に傷付いた冒険者を街に運び入れ、医者の所へ連れて行きました。冒険者を医者に預け、私は一目散にクドラ様の元に戻りました。………そこには既にドラゴンはおらず、恐らく飛び去った後と思われました。クドラ様は…………」

良翔は言葉に詰まるサリアノの言葉を待つ。

 「………クドラ様は全身血塗れで、その場で倒れておりました……。私は必死でクドラ様を担ぎ、街へ向かいながら、治癒魔法をかけ続けました。街へ着くまでなんとか持ち堪えたクドラ様でしたが、血を多く流し過ぎた為に、一命は取り留めましたが、冒険者は叶わぬものとなってしまいました。私達の旅はそこで終わりを告げたのです」

悲しい表情を浮かべているサリアノに、良翔はそっと肩に手を添える。

 「辛い話をさせてしまい、申し訳ない……」

すると、サリアノは涙を流しながらも笑顔で首を左右に振る。

 「良翔様はお優しいのですね…。大丈夫です。どうか、お気になさらないで下さい。それにこの話には続きが有るのです」

サリアノは階下へ向かう途中の廊下にある窓の外に向けて、立ち止まると話を続ける。

 「クドラ様はそこから何日も眠り続けました。やがて、目を覚ましても、どこかぼうっとして遠くを眺めておいででした。私はそんなクドラ様に申し訳なくて、酷く隣で泣いておりました。そんな時、ふと私に向かって、優しく言うのです。サリアノ泣かなくていい。私達は幸運にもまだ生きている。ならば私達にはまだまだ出来る事は沢山ある。クドラ様はそう言って、私に宿屋の話をしたのです。そうです、良翔様達が泊まられた柳亭はそのクドラ様の新しい目標である初めての宿なのです」

そう言いサリアノは大きな笑顔を良翔に向けて来る。

 「クドラさんは凄い人ですね。それにしても、何で宿を始める事にしたのですか?他にも色んな選択肢がある様にも思えるのですが」

 「そうですね……、きっと他にも選択肢はあったのだと思います。ただ、クドラ様は、自分は冒険者が大好きだと。多くの人の為に身を危険に晒してでも守る、その人達の為に生きる。そんな彼らの生き方が好きなのだと。だから、そんな彼等に安心して帰ってこれる場所を与えたい、とそう仰っておりました。そして……、それは私も同じです。こうして今、私はクドラ様と志を同じくして、この松の木を運営しております。それもこれもクドラ様が道を示してくれたからこそです」

最後にサリアノは窓から顔を良翔に戻し、笑顔を向ける。

クドラもサリアノも、冒険者達の帰ってくる場所を守り続ける、そう思い続け、この宿を経営している。

良翔は強く胸を締め付けられる思いに駆られる。

彼等こそがこの世界に必要とされる人達ではないのだろうか。

そして、クドラが良翔達に身代わりのアイテムを託した思い。

それをいっぺんに理解した気がする。

良翔は何かを覚悟しなくてはならない事に気付く。

それは恐らくこの世界での良翔達の在り方を今一度見直さなくてはならないという意味に他ならない。

良翔は、サリアノに気付かれない程に、小さく頷くのだった。

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