2-32
良翔達は柳亭の外に出る。
全ての準備は完了した。
良翔達は城下門へ向かって歩き出す。
「バンダン!聞こえるか?」
「あぁ、もちろんだ」
良翔は歩きながら、ふと笑う。
目の前では、エヴァがハザに担がれ、ノアからふらふら屋台に行きそうになる事を注意されている。
どうやら、エヴァはハザに捕まったらしい。
「随分と返答が早いな。まるで待っていたみたいだな」
良翔が冗談交じりに念話で言うと、バンダンの照れた声が返ってくる。
「ば、バカ言え。たまたまだ。偶然ひと段落したタイミングで良翔から連絡が来ただけだ」
良翔は小さくクスクス笑う。
「そうか、ならいいんだ。さて……、挨拶が遅くなって悪かったな。これから、タリスを出る」
「そうか……。もう行くか……。まぁ、俺とはこの指輪が有るから特に問題無いしな。で?次は結局どの街に行く事にしたんだ?ジラトミールか?」
「ああ、この指輪があるからいつでも会話は出来るからな。だから、ワザワザ別れの挨拶には行かないからな。正直照れ臭いし。それで、次の街はアトスに向かう事にしたよ。ハザの別の仲間が困ってるみたいだからな。行って何か役に立つなら出来る事をしようかと思ってね」
バンダンは軽く笑う。
「理由が良翔らしいな。しかし………、ハザの仲間って事は、またしてもアースワイバーン絡みか……。やはり、アースワイバーンとあの男は何かあるのかも知れんな」
良翔は、バンダンの問いに素直に同意する。
「ああ、その可能性は高いと思える。奴は何かアースワイバーンに大して強い執着がある様に感じるな。まぁ、理由までは分からないがな。アトスに行けば、その辺も何か分かるかも知れないし、注意して見てみるつもりだ。何か分かればバンダン達にも連絡する」
「ああ、頼む。それじゃあ…、良い旅になるといいな!良翔達に武運を!」
「ああ、ありがとう。じゃあ、行ってくる」
そう言い、良翔とバンダンは互いに念話を切る。
気が付けば、もうじき城下門だ。
思い返せば怒涛の1週間であった。
門をくぐり、良翔は後ろを振り返ると、酷く懐かしい光景の様に思えた。
「この門をくぐることはしばらく無いな…」
良翔は小さくそう呟く。
しかし、視線をすぐに北西に向け、3人に声を掛ける。
「じゃあ、行こうか」
ハザ、ノアにエヴァが頷く。
そこから、良翔達は高速スピードで移動する。
生憎、当初はエヴァもハザも共に飛んでいたが、良翔とノアのスピードについて来れず、エヴァは片手で抱えられる程の亀に、ハザも同じくらいの大きさの、ミニワイバーンに化け、それぞれ良翔とノアに抱えられている。
正直良翔も急いでいたのもある。
もう1時間もすれば、秋翔が終業を迎える時間だからだ。
そこから更に30分程でいつもの入れ替え場所に来てしまう。
残すは僅かに1時間半程なのだ。
良翔はミニハザを抱え、ノアはミニエヴァを抱え、アトスに向け時速数百キロものスピードで移動する。
良翔とノアは黙々と飛び、1時間ぐらい飛んだ頃だろうか、やがて山の上に薄っすらと灯りが見える。
恐らくあれがアトスだろう。
良翔達はややスピードを落とし、街へ近づく。
「ハザの仲間達はあの街の中には居ないよな?」
ミニハザが、体の大きさとは似つかわしく無い、声で応える。
そのギャップは、それはそれで可愛い。
「ああ、恐らく我々と同じくどこか近くの森に潜んでいる筈だ」
「分かった」
良翔はそう言い、アトスを含め周辺の森を包み込む様な超広域鑑定を行う。
良翔は目の前に映し出された鑑定マップの結果をジッと眺めるが、周辺の森からはアースワイバーンらしき影は見当たらない。
そして、案の定アトスの中にも見つからない……。
いや、一つだけ反応がある。
どうやら何かの建物の中に居るようだ。
「他のアースワイバーン達はどうしたんだ…?」
良翔はそう思いながらも、黙って街に向けて飛ぶ。
この事を告げても、ハザはきっと不安に思うだけだ。
ノアも様子がおかしい事に気付いたらしく、眉間に皺を寄せて街を見つめている。
『良翔、どう思う』
ノアから念話で連絡が入る。
「分からないな…。街の中の一つだけの反応。想像できる事は、既に他のワイバーン達は全滅している。もしくは地中深くに潜っているって事ぐらいかな…」
『だよね……。前者であれば、問題ね…。後者であれば、そこまでして身を隠さなきゃならない状況になってるって事ね』
「ああ、そうだな。いずれにしても、タリスと同じ、もしくはそれ以上に状況が進んでいる事になる。先ずは、アトスの宿を探そう。クドラさんから紹介された宿は……、松の木って宿みたいだな」
『了解。であれば一旦宿を目指しましょう。街の調査はその後で決めましょう』
良翔はノアに向けて黙って頷く。
ノアと良翔は一旦、アトスの街の数百メートル手前で大地に降りる。
そこからは徒歩でアトスに向かう。
アトスの城下門が近づいてくると、衛兵が複数立っているのが伺える。
衛兵は厳しい表情をし、目の前の暗闇を睨むように立っている。
良翔はその辺の棒切れを拾い、松明風に先端に火を付け、城下門へと向かう。
「どこから来たんだ?」
門番の男が良翔達に質問する。
「タリスからです。こちらに松の木と言う宿があると聞き、そちらを頼りにここまで来ました。何やら少し物騒な感じですが、何かあったのですか?」
良翔はそれとなく門番に聞く。
「………、タリスからか。ご苦労であったな。松の木はこのまま入って、大きな十字路を右手に曲がって直ぐ右側にあるぞ」
そう言い、入門を許可してくれた。
当然、その時にはハザもエヴァも人間サイズに戻り、4人での入門となる。
人数が少な過ぎても怪しまれるし、多過ぎても怪しまれる。
4人という数字はパーティーという面では印象が良いらしい。
すんなり城下門を潜った良翔たちは、門番の言った通りに松の木を目指す。
先ずは宿に腰を据えて、今後の方針を立てるつもりだ。
それに宿さえとって仕舞えば、秋翔との入れ替わりも、いつでも行える。
先ずは自分達の拠点の確保が最優先であった。
やがて、門番の言った通り、大通りを右折し、少し行くと右側に、松の木、と書かれた、古びた宿が目に入ってくる。
宿に向かうまでの間、不思議な事に他の街に住む者、滞在する者には会わなかった。
まるで、外出時間を決められて、街に居る人々が生活しているかの様だった。
そんな中、松の木へ着く。
扉を開け中へ入ると、少し薄暗めの灯りが、揺らめきながらロビーを照らす。
ロビーには、この街に来て初めての、門番以外の人が複数人居る。
しかし、どの者もどことなく疲れていて、覇気が感じられない。
そして、カウンターには、その雰囲気に似つかわしく無い、ニコニコ顔の店員が良翔達に笑顔を向けている。
「ここで、宿を取る事をタリスの柳亭の主人から勧められて来たんだが、空きはあるか?出来れば、1週間程滞在したいのだが」
すると、受付の男は一瞬だが、眉をピクリと動かし、お辞儀する。
「それはそれは、こちらまでわざわざお越し頂き誠に有難うございます。では、確認して参りますので、このままお待ち頂けますでしょうか」
そう言い、受付の男は奥へ姿を消す。
しばらくすると、男は戻ってきて、再び頭を下げる。
「大変失礼では御座いますが、柳亭様からの紹介状などをお持ちで御座いますか?」
良翔は黙っで男に対し頷く。
すると、男は不自然なニコニコ顔から、本来のものであろう、笑顔を良翔に向ける。
「かしこまりました。では、お手数では御座いますが、こちらへ」
そう言い、良翔達を別室へ案内する。
そこはさっぱりとした部屋で、部屋の光量も先程のロビーに比べ格段に明るい。
「こちらにお掛けください」
そう言い、男は先程と同じ自然体の笑顔を4人に向け、その場を去って行った。
良翔達4人は、素直に受付の男に言われた通り、長めのテーブルの一面に置かれた、椅子に腰掛け待つ。
やがて、良翔達が入った扉とは別の扉からノックの音がする。
ガチャリとノブを回し、1人の美しい女性が入って来た。
ターコイズ色の瞳が目を惹く。
よく見ると、耳が天に向かってピンと立ち、少し長い。
エルフだった。
「ようこそ、当宿、松の木へお越し下さいました。私は松の木の支配人をしておりますサリアノ・ワズと申します。どうぞお気軽にサリーとお呼び下さい。失礼では御座いますが、冒険者様とお見受け致しましたが間違いで御座いませんでしょうか?」
良翔は笑顔で頷き応える。
「はい、その通り我々は冒険者です。そして、私は良翔と申します。こちらが、ノア、ハザ、エヴァとそれぞれ申します」
サリアノはニコリと笑い、話を続ける。
「そうですか……。ご丁寧に有り難う御座います。……失礼ですが、クド…、いえ、柳亭様からの紹介状をお持ちとか。一度拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」
良翔はクドラから貰った紹介状をサリアノに手渡す。
そして、それに続けて、自身に身に付けていた、身代わりの指輪を外し、サリアノの前に置く。
サリアノは紹介状をさらさらと読み、続いて良翔が置いた指輪に視線を移す。
しかし、途端に目が大きく開き、固まる。
じっと指輪を見つめていたサリノアは、ふと、小さく微笑みをこぼし、良翔に顔を戻す。
「……そうですか……。クドラ様がこれをあなたに…、いえ、良翔様にお渡しになったのですね」
良翔はサリアノの真意がよく読み取れなかったが、恐らくクドラとサリアノは何らかの関係性があるのだということまでは想像出来た。
「はい。これはクドラさんから頂きました。この紹介状を正式に受け取った者として証明出来ると聞いてます」
「さようで御座いますか……。因みにこの指輪について他に伺っている事は御座いますか?……例えば、装着者への効果ですとか……、どの様にして手にした物ですとか……。いかがでしょうか?」
サリアノは良翔に対し、どこまで知っているのか、また、どこまで話して良いのかを探る様に聞いてくる。
この答え方によっては、話の内容を変えるのだろう。
「装着者への効果も伺っています。あまりおおっぴらに口外すべきではない能力の為、ここではあえて伏せさせて頂きますが、とても貴重な物である事だけは理解してます。ただ、この指輪の出所まではクドラさんからは聞いてません。私達にぜひ持っていって欲しいと仰ったのみです」
サリアノは良翔が話をしている間、じっと良翔の目を見て話を聞いていた。
そして、良翔が話終えると目を細め、頷く。
「分かりました…。お話頂き有難うございます。そして、クドラ様がこれを良翔様にお渡しされたのにも何となくですが、理解出来ました。是非とも当宿、松の木をご利用下さい。何か有れば遠慮なくお申し付け下さい。直ぐに良翔様達のお部屋を用意させて頂きます」
良翔は頭を下げ、お礼を言う。
「サリアノさん、感謝致します。ただ、我々もあなた方にあまりご迷惑をお掛けしたくは有りません。他の冒険者達と同様の扱いで基本問題ありません。強いてわがままを言わせていただければ、冒険から帰ってきた際の休息はしっかり休みたく思いますので、特別な緊急時など以外は、在室中であっても、我々の部屋は放っておいて頂ければと思っています」
それにはサリアノも笑顔で頷く。
「かしこまりました。その様なご要望であればたやすい事です。……その……、一つお伺いしたいのですが…、良翔様方は何故アトスに?ジラトミールやラクトナの方が冒険者様には過ごし易いと思うのですが……、あえてアトスに来られた理由を、差し支えなければお聞かせ願えますか?」
良翔はサリアノからの問いに、少し迷う。
サリアノは友好的だが、必ずしも良翔達の味方で有るとは言い切れない。
良翔はじっとサリアノを眺めつつ、密かにサリアノを鑑定する。
しかし、サリアノの魔力には例の男の魔力は見出せなかった。
サリアノはその間も、真剣な表情で、良翔を真っ直ぐ見ている。
良翔は、結局話す事にする。
「………分かりました。では、理由をお話しさせて頂きますが、他言は一切無用に願います」
サリアノは表情を崩す事なく、静かに頷く。
「………私達は今、この地で起きているであろうアースワイバーン達の問題を解決出来ないかとやって来ました。実は先日も、タリスの街でアースワイバーン達に関して同じ様な問題が発覚したばかりなのです。そちらは未然に防げたのも有り、結果的に街には大した被害は有りませんでした。そんな中、ここアトスでもアースワイバーン達に問題が発生していると聞き及んで、ここまで来た次第です」
良翔は確かに、この街に来た理由は伝えたが、ハザの事や例の男の話はしなかった。
どこでどうあの男に繋がっているのか分からないからだ。
であれば、聞かれた事に対する回答だけ伝え、不用意な情報は漏らすべきではない。
サリアノは静かに頷き、真剣な面持ちで話し出す。
「さすがはクドラ様がお認めになった冒険者様です。その情報は、この街が必死に隠し通そうとしている事なのです。そして、良翔様方が目を付けられた通り、実際に起きています。アトスは長きに渡り難攻不落の城塞都市として、各国の間で有名な存在です。そのアトスがアースワイバーン事件により、都市内が揺らいでいるとなれば、霊峰ユノの恩恵によって得られる豊富な資源を、悪意を持った他国に狙われるやもしれません。その為アトス政府は情報の徹底を民に命じているのです」
良翔はノアと目を合わせる。
ノアも良翔と目が合い、こくりと頷く。
「ですが、既にアースワイバーンの問題は解決したのですか?私達はここに来る前に、近くの森を観察したのですが、アースワイバーン達の影を一つも見かける事が出来ませんでしたが……」
その話を聞き、口を開きこそしなかったが、ハザが驚き、良翔の顔を見る。
良翔はハザを見つめ、そう言う事だと小さく頷く。
ハザは良翔の真意こそ掴めなかったが、この土地のアースワイバーン達に異変が確実に起きている事を理解した。
ハザの表情が険しくなり、良翔とサリアノの会話により一層集中する。
サリアノは、良翔からの問いに、眉間に皺をよせ、悲しそうに答える。
「………それについては分からないのです。良翔様の仰る通り、討伐に向かう者全てがアースワイバーン達の痕跡すら見つけられないのです。ですが、森の木を伐採に向かった街の者、山に向かった坑夫達などがアースワイバーンを見た、もしくは攻撃されたと口々に言うそうです。実際に被害も出ている事もあり、暫くは街の者は冒険者と同行で仕事に行く事になっています。そして、良翔様達の様な外から来た冒険者様や商人様には、街では外出時間の制限が有ると伝えて、本件に関する情報を遮断する様な対応を取る様、街全体に戒厳令が敷かれております」
「なるほど…。早速明日から街の様子や、外の様子などを見てみます。もちろん、その話は聞かなかった事にして、聞かれれば、何も知らずにクエストを行いに来たとだけ伝える様にします」
「御配慮頂き、有難うございます。では、早速お部屋へご案内させて頂きます」
サリアノの掛け声と共に、全員が立ち上がる。