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サラリーマン、異世界へチート通勤する  作者: 縞熊模様
第2章
142/163

2-31

ロビーに戻ると多くの冒険者達でごった返していた。

カシナの部屋に居たのは僅か30分程だ。

なのにその30分の間に劇的に人が増えた。

良翔とハザは疑問に思いながらも、時間帯のせいかと思い、なんの疑問も思わず、ロビーへと出る。

すると、良翔の姿に気付いた冒険者達が一斉に左胸に手を当て、良翔達を見つめる。

冒険者流の最敬礼にあたる。

それを良翔達に向けてするのである。

そして、気が付けばそれが伝染する様に、ロビーに集まっていた冒険者達全員が最敬礼をする。

良翔とハザは戸惑い、立ち止まってしまう。

すると冒険者の1人が一歩前に出て、この場にいる全ての冒険者達に伝わる程の大声で言う。

 「良翔殿達の新たな旅立ちに武運を!!」

その言葉が響き渡ると、最敬礼をしていた冒険者達が一斉に復唱する。

 「「「御武運を!!」」」

良翔はその行いに目が点になっていたが、やがて原因に当たりをつける。

原因となったと思われるミレナが満面の笑みで、こちらを眺めている。

良翔は戸惑いながらも笑顔で言う。

 「勘弁してくれ….」

 「ミレナ殿の人脈と行動力には脱帽だな」

ハザも笑みをこぼしながらそれに添える。

良翔は諦め、片手を上げ挨拶をしながら、ハザと共に冒険者達の拍手喝采の花道を通り、出口へと向かう。

出口付近に近づき、良翔が後ろを振り返ると、目があったミレナが深々と腰を折り、頭を下げる。

とても綺麗なお辞儀であった。

すると、それに従う様にカウンター内の全ての受付嬢が立ち上がり、ミレナ同様深々とお辞儀する。

そして、冒険者達も拍手を止め、再び最敬礼を取る。

なんとも圧巻な光景だった。

そうなりたいと思う事はまず無いが、その光景はまるで、人望の厚い王に対して忠誠を誓った家臣達が、その忠誠心を示すかの如く敬礼をしている様だった。

ただの敬礼ではない。

誰も何も言わないが、言わずとも伝わる何かがこの空気には潜んでいる。


 「皆さんありがとう。では、行ってきます」

良翔は、恥ずかしさもあってか、短い言葉で切り、振り返る事なく、真っ直ぐギルドを出る。

ハザはこういう時はジッと黙り、黙々と良翔の後に従う。

その姿はとても凛々しく、普段の印象とは大分違う。

 「ハザはずるいな。黙るだけでそれっぽく見えるんだからな」

良翔はギルドを出ると、思わずそう笑いながらこぼす。

ハザは自身も自覚があるらしく、ニヤリと笑う。

 「これについては私も素直にそう思う。ああいう時にどう振る舞って良いか分からなくてな。黙ると何かを寡黙に実行している者と見られる様で、正直助かっている」

それには良翔も笑う。


 「さて、ノア達に合流しよう。支度の準備をしなくてはな」

 「ああ、急ごう」

ハザも頷き、賑やかな街中を歩き出す。

良翔はノアとコンタクトを取り、集合場所を決める。

話の内容を聞くと、エヴァが若干暴走気味で、出店を梯子している状況だと言う。

良翔は笑いながら、ノアに答える。

 「分かった、今から向かうから、ノア達も向かってくれるか?」

 『ええ、エヴァにはちゃんと言って連れて行くわ』

 「ああ、宜しく頼むよ」


合流場所の噴水広場に着くと、まだノア達は来ていなかった。

辺りは殆ど日が落ち、遠くの空に夕焼けが一部残る程度だった。

広場には街灯が灯り、店々の明かりが外に漏れる。

良翔とハザは噴水のヘリに腰掛け、ノア達を待つ。

すると行き交う人たちの間をすり抜け、ノア達が顔を見せる。

エヴァの口には、串カツ、とうもろこしが刺さっている。

更に両手には他の食べ物を持っている。

 『ごめんなさい、待たせちゃった?』

良翔は笑い、ノアに返す。

 「いや、大して待ってないよ。それにノアも大変だったんだな」

するとノアは大きく溜息を吐き、エヴァを見る。

エヴァはそんな事など気にも止めず、辺りをキョロキョロ見渡し、ほかに美味しそうな物がないか、物色している。

 『あまりにもエヴァが欲しそうにしているから、まあ、一つなら、何て軽い気持ちで買い与えてしまったら、この有り様よ。まぁ、それでもちゃんとある程度の物は買っておいたわよ』

するとハザが口を開く。

 「ノア殿、買った物はどこかに置いてきてしまったのか?手には何も無いようだが…」

それには、ああ、と思い出した様にノアが答える。

 『言ってなかったけど、私と良翔は異空間収納が出来るのよ。だから、買った物はその中。大体食糧だけでもそれなりの量になるのに、それを持って歩くなんて、ナンセンスだわ』

それを聞いたハザは笑う。

 「やはり、ノア殿と良翔殿には、この世界の常識は通用しないな」

 「ああ、それは私も、まだ、短い間しか一緒に居ないが、非常に思うぞ」

モグモグしながらエヴァがハザの意見に同意する。

 「まぁ、便利に過ごせるなら、そうするに越した事は無いさ。さぁ、残りの買い出しを済ませてしまおう。エヴァ?ここからは先程までみたいに寄り道はしないからな?目的を忘れたらダメだ」

良翔に指摘され、エヴァはシュンとして頷く。

 「そうだったのだ…。ノア姉、済まなかった。これからは我慢する」

 『ええ、是非そうしてもらうと助かるわ』

ノアは笑いながら、エヴァに答える。


4人は残りの必要物資を買いに、再び歩き出す。

結局は、全ての買い物を終えるのに、そこから大して時間は掛からなかった。

ノアが大方買っていてくれたのが大きい。

買い出しを終えた事で、残すは宿の精算だ。

 「よし、じゃあ宿に戻って精算しよう。クドラさんにも挨拶しなきゃならないしな」

ノアは頷く。

だが、ハザとエヴァはよく理解していない顔をする。

それに対し説明をする、良翔。

 「先程もノアが説明した通り、俺たちの移動方法のメインとなるゲートは、通常では目にする事が出来ない珍しい魔法の様なんだ。だから、他の人からその能力がある事を隠す為にも、宿を借り、その借りた部屋から毎夕、毎朝俺たちの世界へと行き来してるんだよ。今日もその宿の部屋から来たしな」

するとハザとエヴァも理解したらしく、頷いている。

 「ふむ……、力があり過ぎると、隠すのにも手間がいるのだな…。確かに良く考えれば、自分の手の内をひけらかしたり、人から想像されてしまっては、色々と都合が悪い事も想像つくな。了解した。つまりアトスでもその様にするつもりだという事だな?」

ハザの問いかけに良翔は頷く。

 「ああ、その通りだ。さぁ、急ごう」

良翔達は柳亭に向かって歩き出す。


柳亭に着き、ノアとハザ、エヴァはロビーのソファーで待機し、良翔のみが受付に向かう。

 「こんばんは。クドラさんはお手隙ですか?」

 「総支配人で御座いますか?…はい、確認して参りますので、失礼では御座いますが、お客様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 「はい、冒険者の良翔と申します。その名前をクドラさんにお伝え頂ければお分かり頂けるかと」

受付はいきなり総支配人を呼び出す良翔に、若干不審には思ったが、名前を伝えれば分かるとの内容に、何かあると気づいた様子で直ぐに裏へ姿を消す。

少し待つと、直ぐにクドラが顔を出し、カウンターの端へ移動し、良翔を呼び寄せる。

 「良翔様、こちらでお話をさせて頂いても宜しいでしょうか」

 「ええ、構いませんよ。忙しい時間帯に申し訳ないですね」

良翔はそう言いながら、他に並ぶ客を横目に見ながら、クドラの方へ歩み寄る。

 「いえ、こちらこそ、先程の者が失礼致しました。まだ見習いとは言え、お客様に対し、あの様な反応をするのは、私共の教育が未熟な故です。誠に申し訳御座いません」

クドラは丁寧に頭を下げる。

良翔は焦り、手を左右に振る。

 「い、いやいや、それを言われるまで、ちっともそんな風に思っていませんでした。なので、どうかお気になさらずに。頭を上げてください。そ、そうだ、確か精算前に声を掛けて欲しいと言われてましたが、あれは何か御用だったのでは?」

クドラは顔を上げると、頷く。

 「ええ、良翔様に私どもの方からお渡しさせて頂きたい物が御座います」

カウンターから出て来たクドラに促され、良翔はカウンター隣の扉に案内される。

クドラは扉の前に立つと、懐から鍵を取り出し、開錠する。

そして、扉は見た目よりもずっと重い音を立てながらユックリ開いていく。

表面の見た目は他の扉と大差ないが、その扉の厚みは、他の扉の倍以上ある。

 「どうぞ中へお入り下さい」

クドラの案内に従い、良翔は中へ入る。

中には、見た感じからして、高級そうなローテーブルとパーソナルソファーが置かれている。

その向かいには、一脚の木製椅子が有り、そちらも年季の入った、重厚な作りの物となっている。

 「こちらへお掛け下さい」

クドラはそう言い、ソファーへ手招きする。

良翔は少しこの部屋の高級さから、自分が場違いな気持ちになるが、クドラに言われた通り、大人しくソファーに腰掛ける。

ソファーは柔らか過ぎず、かと言って固いわけでもない。

良翔が座った事により、独特なクッション性を遺憾なく発揮し、なんとも不思議な座り心地を良翔に与える。

 「これは凄い…。とても良いソファーの様ですね」

するとクドラはニコリと笑い、頷く。

 「良翔様は家具に対しても見聞がおありの様ですね。そのソファーは私どもの用意した家具の中でも最高級のものなのです。多くの方はそういった椅子に腰掛けた事が無いようでして、時には難色を示す方さえ居るぐらいです。ですが、良翔様はその様な椅子もご存知な上、他との座り心地の違いさえお分かり頂けるとは……、いやはや良翔様の底の深さが計り知れません」

良翔は照れるが、一応誤魔化す事は忘れない。

 「いえいえ、たまたまですよ。私も家具については殆どの知識を持ち合わせて居ません。このソファーについても、こちらにお邪魔する前に、ひょんな機会から座った事がある、という程度の事です。ただその時は、この様な感覚は味わえませんでしたので、これの座り心地の良さに驚いただけです」

すると、ふふとクドラは笑い、良翔に答える。

 「私とした事が……、それは早とちりを。申し訳ありません。ただそのソファーの良さを御理解頂けるのは、個人的な意見では有りますが、大変嬉しく思います」

それには良翔も笑顔で頷く。


 「では、こちらで少々お待ち下さい」

クドラはそう言い、奥にある扉の鍵を開け、姿を消す。


やがて、クドラが小箱を持って、戻ってくる。

そして、良翔が座る目の前にあるローテーブルの上に、そっと置く。

 「こちらをどうぞお納め下さい」

クドラはそう言い、小箱を良翔に向けて開ける。

中には、鎖に通った指輪が2つと、ブローチが2つ入っていた。

一見、アンティーク調のアクセサリーに見える。

 「…これは?」

良翔は両方を手に取り眺めながら、クドラに聞く。

クドラは微笑みながら、説明する。

 「先程のロビーにいらっしゃいました、ノア様とお連れ様、良翔様を合わせて全員で4人とお見うけしましたが間違いないでしょうか」

 「ええ、よく見てらっしゃいますね。その通りです」

 「では、その個数で間違いなさそうですね。そちらのアクセサリーは、それぞれ身代わりの指輪と身代わりブローチとなります。効果と致しましては、文字通り、持ち主の命の危機の際に、その身代わりとなって代わりに全てのダメージを受けるアイテムとなります。私は冒険者では有りませんので、あまりその様に身を危険に晒す事も少ないかと。それに私の身の危険を案じるよりも、当宿にご宿泊頂いているお客様をお守りする事が先決となります。それには、少々数が足りません。故に私どもでは手持ち無沙汰になってしまう物なのです。ですので、どうぞ遠慮なくお持ち下さい」

話を聞き、良翔は迷う。

いくらクドラ達が手持ち無沙汰とはいえ、その能力からしても、かなりの高級なアイテムである事に変わりない。

 「…ですが、こちらはそう安価な物ではないはずです。私はその相場感が分からないのですが、少なくとも100万ゴールド以上してもおかしくない物かと思うのですが…」

それに対し、クドラは首を左右に振る。

 「売れば恐らくもっと高額な売値をつける事でしょう。ですが、これは私……、いえ私どもが命をより存えて欲しいと思う方にお持ち頂くべき物と理解しております。どこぞの裕福な貴族が私腹の為に手にして良い物では有りません。例えば良翔様の様に多くの民の為に立ち上がられる様な方に相応しい物と考えております。私どもは決して盛大に利益を上げ、大きくして行きたいが為に当宿を運営しているのではなく、人々の生活を守り、その営みに必要となる存在として有りたいと思う為に有るのです。ですから、これは是非とも良翔様達にお持ち頂きたい物となります。是非遠慮なくお受け取り頂きたく思います」

クドラの熱心な説得に良翔は折れる。

いや、正確にはこのクドラの考え方に強く共感したからである。

 「分かりました、クドラさん。では、こちらは遠慮なく頂戴致します」

クドラはニコリと笑い、頷く。


クドラは良翔がカバンにしまい終えたのを確認し、口を開く。

 「この後はどちらに行かれるかお決まりになりましたか?」

 「はい、せっかくクドラさんに柳亭の一覧を頂いたのですが、まずはアトスに行く事になりました。その後、寄れる様であればラクトナにも伺う予定です。ラクトナに寄れる際はぜひ柳亭さんを利用させて頂くつもりです」

するとクドラは首を左右に振る。

 「良翔様、どうかお気になさらずに。ただ、アトスでは良翔様が望まれるサービスを行える宿はここタリスよりも少なくなる可能性が御座います。良翔様にお渡ししたあの店舗一覧には記載が有りませんが、アトスにも我々と志を同じくする宿が御座います。もし差し支えなければ、そちらへの紹介状を記載させて頂きますがいかがでしょうか」

思いもかけないクドラからの、支援に良翔は驚きと共に感謝する。

 「それは助かります!ぜひこちらこそお願い致します!」

クドラはかしこまりました、と告げると部屋を出て行き、また、用紙を一枚持って戻ってくる。

 「では、こちらをお持ち下さい。そして、その宿を訪れた際には、こちらの用紙と先程お渡し致しました、アクセサリーのどれかをお見せ下さい。それぞれのアクセサリーには、当宿の正式な証明となる印が刻まれておりますので、良翔様が我々から紹介状を受領された正式な方である事を証明するのに役立つ筈です」

良翔は頭を下げ礼を言う。

 「何から何まで申し訳ありません。ですが非常に助かったのも事実です。この御恩はいつか必ず」

 「いえ、良翔様は何もお気になさる必要は御座いません。ただ、良翔様の思う通りに進んで頂ければそれで良いのです。いつか良翔様はこの世界にとってなくてはならない存在となります。その時には、当宿をご利用頂いていたと言うだけで大きな箔となります。ですので、これは私どもからの先行投資と捉えて頂ければと思います」

クドラはニコリと冗談ぽく言う。

それには良翔も笑いながら応える。

 「では、クドラさんの宿に箔がつく様に精進しなくてはですね」

 「ええ、期待しております」

良翔とクドラは2人で笑い合った。


良翔はその場で宿の精算を行い、部屋を後にする。

部屋を出る間際、良翔はクドラに一礼する。

 「では、行って参ります」

クドラも丁寧に頭を下げる。

 「どうぞ、御武運を」

良翔はノア達の待つロビーへと向かう。

ここまでお読み頂きありがとう御座います!

私用の為、数日更新が出来ず申し訳ありませんでした。

また、可能な限り更新して参りますので、宜しくお願い申し上げますm(__)m

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